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その拾捌 城都ランカスター(5)

龍が往く 外伝

――もし現代の異能者が異世界に召喚されてしまったら――


その拾捌(十八)



安倍と池端が城都へやって来てから半月ほどが過ぎ、(フロスノ)(ルナツ)(十二月)になった。一気に冷え込み、石畳の上を白い霜が覆う日もあった。「タネオン・ネバトス」と呼ばれる山下ろしの寒風が吹き、城都はあっという間に冬の様相を呈する。ただ、北と南とを大きな山に挟まれた環境にあるオートス平原は、冷え込む代わりに降雪は少ない。

「大将、ジャガイモの皮むきはこれくらいでいい?」

池端の問いに、大将は出汁を取りながら答えた。

「そうだね。あと人参もむいといてくれるかな?」

「その後は乱切りで?」

「よろしく」

大将の言葉に、池端はすぐに人参の皮むきに取り掛かった。

城都での生活に慣れて来た安倍と池端は、春を待つ間に仕事をする事にした。所持金はまだ十分あるのだが、遊んでいるのも勿体ないと、池端が提案したのだ。言い出した池端は、すぐにヒノモトの屋台の大将に声を掛けられ、料理の仕込みの手伝いを始めた。

屋台はアウザム通りと道具屋街の角近くにあり、一度客が付くと、弁当より温かい食事を求めて、作業場の職人達が集まって来るようになり、商売は大いに繁昌していた。大将としても猫の手も借りたいぐらいだったので、池端の存在は大きかった。

一方の安倍も、数日前から東市場での荷物集配の仕事を始めており、朝からそちらへ出掛けている。

「大将、奥さんの様子はどうなんですか?」

池端は、手際良く作業を続けながら大将に尋ねた。

「ああ。今は安定期なんだけど、ここの冬は寒いだろ?さすがに屋台に立たせる訳には行かなくてね」

「いつ頃出産の予定なんですか?」

「来年の(フロレス)の月(三月)くらいかな」

「楽しみですね。初めてのお子さんなんですか?」

「まあ、そうだな」大将はしみじみと言った。「最初の妊娠は、流産だったんだ。城都(こっち)に出て来たのも、地元にいるのが辛かったってのもあってね」

「そうだったんですね。すいません、無神経な事を聞いてしまって」

池端は肩を落として言った。

「いやいや、こっちこそごめんな、ヘンな気を使わせて。まあ今回は、母子共に元気だから安心してるんだ」

「可愛いでしょうね、赤ちゃん」

気を取り直して、池端は笑顔で言った。

「そりゃあね。俺の子だからな」

大将も笑顔で答えた。


安倍は、東市場で力仕事に精を出していた。城都ほどの大都市であっても、現代の流通、安倍の経験で言えばクロネコヤマトのバイトに比べれば、十分把握し対応出来る仕事量だった。しかも集配の仕事は歩合制である。安倍は印呪の力も借り、集配部のルーキーとして一目置かれていた。

安倍が荷物を移動させている所へ、アーツがやって来た。

「よおアベ、がんばってるな」

アーツは人懐こい笑顔で言った。アーツの姿を見て、集配部の面々に動揺が走った。集配部の男達にとって、マッチョな冒険野郎のアーツは一種の憧れの対象なのである。

「どうも、アーツさん、こんにちは」

そんなアーツに気易く返事をした安倍の態度に、更に動揺が走る。最近来たばかりの他所者が、あのアーツと親しげに話しをしている。羨望の視線が嫉妬に替わるのに時間は掛からなかった。

「おいテメエ、アーツさんに何て口の聞き方していやがんだ?」

人足の一人が肩をいからせて安倍に向かって来た。

「別に普通の挨拶だろ?」

「アーツさんが挨拶して下さってんだ、きちんと返すのが礼儀だろうが」

「いつも通りなんだけどな」

安倍は姿勢を正して、アーツに頭を下げた。

「こんにちは」

「ありがとよ、アベ」アーツは気さくに言った。「おい、ヘダン、俺に気を使うこたあ無いから、アベを可愛いがってやってくれよ」

ヘダンと呼ばれた男は、アーツに頭を下げてから、再び安倍に向き直った。

「アーツさんがああ言って下さってるんだ。アベ、ありがたく思えよ。しっかりと可愛がってやるぜ」ヘダンはニヤリと笑った。「よおみんな、今から集配部恒例の、新人歓迎会をやろうぜ!」

ヘダンの言葉に、人足達が雄叫びを上げた。

「ああ、済まんなアべ。余計な流れになっちまった」

アーツが大して済まなさそうに言った。

「何が起こってるんだ?」

安倍は首をかしげた。

「人足達の新人歓迎会、要はケンカだ」

「ケンカぁ?」

「強さを見せれば良いだけだ」

アーツは笑って言う。

「簡単に言ってくれちゃって」

安倍は肩をすくめた。

ヘダンは既に広場の真ん中へ行き、スタンバイしている。

「おい、早く来いよ!」

ヘダンが大仰な仕種で安倍を呼んだ。

「ケンカ、あんまり好きじゃないんだけどなぁ」

安倍は呟きながらヘダンの前に出た。

「あんまり派出な魔法は使うなよ」

アーツは笑いながらそんな事を言う。

安倍の前に立つヘダンは、アーツに見劣りしない程の体格である。筋肉も太い。

「どうしたアベ、怖じ気づいたか?」

ヘダンは鼻で笑った。体格差は歴然である。

「ウェイト差があり過ぎだ。ハンデを貰うぜ」

安倍はそう言うと、不動剣印を結び、真言を唱えた。

オン布祗歩醯ボギボケイ布伽跛底ボキャハチウン莎訶ソワカ

印呪を唱えた安倍の体が一瞬光ったように見えた。ただ、見かけは特に何も変わらない。

「ヘっ、何のこけおどしだそりゃあ」

ヘダンは指をボキボキと鳴らしながら安倍に近付くと、拳を大きく振りかぶった。

安倍はその一撃を首をすくめてかわした。意外に速いパンチだ。続いて二撃目もかわす。

直後にホディアッパーが安倍の腹にめり込んだ。安倍の体が浮く。会心の一撃のはずだったが、当のヘダンは当惑の表情を見せた。眉をしかめて拳を庇う仕種をする。

「何だテメエの体は?岩で出来てやがんのか?」

「少し身体を強化しただけだ」

安倍は言いつつ、ヘダンの顎を左拳で突き上げた。ひるんだ所へ右拳で更に突く。ヘダンは大きくのけ反った。がら空きになった胸に、半歩踏み込んで右肘をぶち込んだ。ヘダンは大きく後ろに吹っ飛んだ。白目を剥いて気絶していた。

「『拳児』の八極拳・裡門頂肘。一ぺんやって見たかったんだ」

「あっ、ヘダン!」

「てめえこのガキ!」

最初は余裕で見ていた人足達だったが、ヘダンが倒されたのを見て、殺気立って安倍を取り囲んだ。

「てめえ、このままで終わると思ってんじゃねえだろうな」

人足に凄まれて、安倍はアーツを振り返った。

「"強さを見せればいい"んじゃなかったのか?」

「まあこういう事もあるさ」

アーツは苦笑いして動きかけたが、そこへ一人の男が掛け寄って来た。

「おい待て待て!タイマンに負けたからって、みんなで袋叩きなんて、フェアじゃねえだろ?」

その男の出現に、強者揃いの人足達が怯む。端正な男前振りながらその眼光は鋭く、細くも切れの良い肉体は、只者ではない存在感があった。

「まあ待てダン=バル」アーツが鷹揚に口を開いた。「人足達の中の事だ。あまり目くじらを立てんなよ」

「なんだ、アーツ、お前がいながら何やってやがんだ?」

「熱くなり過ぎたら止めるつもりだったんだがな」

「馬鹿野郎!何かあったらこいつが可哀想じゃねぇか」

ダン=バルが安倍を指差しながら言った。優しいのか失礼なのか微妙な所である。

「お前もお節介な奴だな」アーツは肩をすくめて言った。「人足達はな、たまにワーッと騒いでストレスを発散させて、また仕事をがんばるんじゃねえか。このアベだって、そこん所は判ってるはずだ。見ろよこの空気。お前のお陰ですっかり白けちまったぜ」

「てめえらみてえな筋肉バカの考えてる事など判るかよ!」

ダン=バルはそう言いながら安倍に向き直った。

「お邪魔だったかな?俺はダン=バル、腕利きの運び屋だ」

「自分で言うな」

「黙ってろアーツ」ダン=バルはアーツを見ずに言った。「アベ、だったかな、あんたがここで見事な働きっ振りを見せてるってのは、運び屋仲間の中でも知れ渡ってるぜ」

「ありがとう」

安倍は笑って頭を下げた。

「あんたみたいな奴になら、安心して荷を預けられるってもんだ。また俺の荷物も頼むぜ」

「いつでも」

「頼もしい返事だ。じゃあまたな。アーツ、今度また呑みに行こうぜ」

ダン=バルは言うだけ言うと、あっという間にこの場を去って行った。人足達は、毒気を抜かれてヘダンを助け起こすと、各々自分の仕事に戻って行った。

「お疲れさん。これで、お前さんの事をどうこう言う奴もいなくなるだろうよ」

アーツが笑いながら言った。

「途中で止めてくれると思ってたのに」

安倍は恨みがましくアーツを睨んだ。

「すまんな。俺もちょっとだけ、お前さんがどれだけやれるか興味が出ちまってな」

「アーツさんも人が悪いなあ。で、さっきの人は誰なんだ?」

「アイツは、元空賊のダン=バルだ。この辺じゃ名の通ったワルだ」

「空賊!」

「まあ、仕事をしてたのは主にアルセア帝国の船ばかりで、もともと俺達の敵ではなかったけどな。それに、共に『東方遠征』を旅した仲間でもある」

「え、あの人も?」

「結果的には姫様の護衛みたいな役割だった」

「じゃあ、この国の英雄みたいなものじゃないか」

「そうだな」アーツは眉をしかめて見せた。「ただ、あいつは根っからの風来坊だからな。飛空艇(ロクサール)の船長が性に合ってるんだろうぜ」

「また会えるかな?」

「嫌でも会う事になるぜ、きっと」

そう言ってアーツは笑った。

「ところでアーツさん、今日はどうしたんです?こんな所まで」

「新しい道具作りに必要な、なめし皮や金属部品の買い出しにな」

「ヘえー、アーツさんもちゃんと仕事してるんだね」

「そりゃあな、食って行く為にはやる事はやらないとな。大体お前さんの仕事もあるんだぜ」

「その件に関しては、よろしくお願いします」

安倍は頭を下げた。

「じゃあな、アベ。仕事がんばれよ」

そう言い残して、アーツは市場の中に消えて行った。

「いい男だろ、アーツさんは」

安倍の後から声がした。ヘダンだった。

「ヘダン。大丈夫だったかい?」

「まあな。頑丈だけが取り柄でな。でも、凄え突きだったぜ」

「あんたもな」

「これでアベも正式に俺達の一員て訳だ。よろしくな」

ヘダンは屈託なく右手を差し出した。

「こちらこそよろしく」

安倍も笑いながらその手を握った。





20200114



註 :


ネバトス 冬、山から吹き下ろす寒風。辺境では「ラウアン・ネバトス」、城都では「タネオン・ネバトス」と呼ばれる。

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