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その拾膝 城都ランカスター(4)

龍が往く 外伝

――もし現代の異能者が異世界に召喚されてしまったら――


その拾膝(十七)



安倍と池端がランカスター公国に来た初日は、大忙がしだった。街を見て回って、官舎に入り、市場へも行った。

カルカンドでミラール達と合流してからしばらくは、狭い船の中での共同生活だったので、プライバシーが全く無かった。ヴィチャック一座との生活も寮生活のようなものだったので、城都でのこの夜は、厳密にはこの世界に来た当日以来、初めての二人きりの夜と言って良かった。

二人は昼近くに、外の喧騒で目を覚ました。何しろ"初めての"夜以降、ようやく訪れた二人だけの夜だったので、夜明け近くまでずっと愛し合っていたのだ。二人が疲れ果てて眠ったのは、夜が白々と明けて来た頃であった。

安倍が先に目を覚ますと、自分の腕の中で眠っている池端を見つめた。

彼女の整った寝顔を見ながら、安倍は(絶対に芳恵を守り抜いて、元の世界に帰る)という思いを新たにした。

池端の額にキスをすると、彼女は目を覚ました。まだ眠たそうだ。

「ごめん、起こしちゃった?」

「んーん。何となく目は覚めてたんだけど…」

「しんどい?」

「ん、だって、晴明あんなに激しくするんだもん…」

池端は安倍の胸に頬を寄せて囁いた。

安倍はそんな池端を抱き締めた。

「もうしばらくこうしてようか?」

「んーん、お腹空いちゃった。何か作るね」

池端はそう言って起き上がると、素肌にシーツを巻き付けたまま寝室を出て行った。

(本当に新婚さんみたいだ)

安倍は声に出さずに呟いた。今、池端は「裸エプロン」状態である。

(これって、このままHに突入しちゃうパターンだよな)

安倍はそんな良からぬ事を考えていたが、すぐに池端の金切り声に妄想を中断させられた。

「あー、ヤダーッ!かまどの火が落ちちゃってるー!」

池端は凄い勢いで寝室に戻って来た。

「もー、火を起こす所から始めなきゃ。着替えるんだからあっち向いてて!」

池端はそう言って、纏っていたシーツを安倍の頭から被せた。

「いいじゃん別に。昨日いっぱい見たんだし…」

シーツ越しにそう言った安倍に、池端は枕を投げつけた。

「晴明も早く着替えて火起こし手伝って!」

女の子は現実的だなあ。

安倍は小さく溜め息をついた。


安倍と池端は遅い朝食を済ませると、街へと出掛けた。昨日案内してくれたカルロッタ曹長が、

「今は(グラヌ)(ルナツ)だ」

と言っていた。現代の十一月を指している。ここ城都はカルカンドより標高は低いが、緯度は高いので、空気はかなり冷たい。

家のあるアウザム通りから西の市に向かってネイル通りに出ると、一ブロックほど歩いて、細い路地に入った。

表通りは商店が中心になっているが、路地に入ると民家が多くなる。そんな一角に一軒の店があった。昨日その場所を確認しておいた『アーツの店』である。アウトドア用品なら何でも揃うらしい。

地味だが丁寧に彫られた『アーツの店』という看板のすぐ下にある、頑丈そうな両開きの扉は大きく開け放たれ、店の中が良く見える。

「お邪魔しまーす…」

声を掛けながら店内に入った二人だったが、中の様子に言葉を失ってしまった。結構広い店内には、武具が所狭しと展示されていた。壁は盾や籠手や鉄兜などの防具で埋め尽くされ、床には傘立てのようなスタンドが並び、そこにはびっしりと剣や槍、斧などの武器がひしめいている。

「カルロッタさん、確かアウトドア用品の店って言ってたよねえ」

安倍は店内を見回しながら呟いた。

「うん。登山の道具とか、キャンプ用品は何でも揃うって…」

池端も小声で言う。

店の入口でもたもたしている二人の気配に気付いて、奥から男が近付いて来た。二メートルほどの身長にぶ厚い筋肉のついた大きな体ながら、軽快な足取りである。

「やあ、いらっしゃい」男は低いがはっきりした声で言った。「来年度の新兵の入隊用装備を品定めに来たのかい?」

厳つい顔に似合わぬ優しげな口調に、安倍も池端も少し安心感を覚えた。

「いや、俺達は山登りの道具を揃えたくて。カルロッタさんに、この店なら必要なものは全部揃うって聞いて」

「カルロッタ?ああ、近衛兵小隊長のあの子か」男は笑った。「ちょっと小生意気だが、良い奴だろ?」

「はい。色々とお世話になりました」

池端が答えると、男は頷いた。

「あいつの紹介って事なら、俺もしっかりとお手伝いさせて貰うよ。あ、俺はアーツ、この店の主だ」

「よろしくお願いします」

安倍と池端は揃って頭を下げた。

「じゃあ、こっちに来てくれ」

アーツに案内されて武器の間を通り抜けると、店の奥にある野外活動用品のエリアにやって来た。

「良かった。表は武器ばっかりだったから、来る店を間違えたかと思ったよ」

安倍が正直に言うと、アーツは豪快に笑った。

「そりゃあ悪かったな。ここは近衛兵や首都圏警備隊の連中の御用達の店にされちまったからな、どうしてもあいつらが日常使う武器や装備を扱うのがメインになっちまうんだ。でも本当のところはこういったキャンプ用品なんかを取り扱って行きたいんだよな」

「確かに、アウトドア用品も一杯あるね」

「そうだろ?色んな状況や目的によって道具を選べるように、一通りの物は取り揃えてるよ。もしここに無い物でも、取り寄せたり作ったり出来るぜ」

「作るの?」

「何言ってんだ。作らなきゃ、欲しい機能が得られないだろ?」

「そりゃあそうだろうけど…」

安倍は返す言葉に困った。『工場で大量生産された品物を買う』という行動に慣れ切った身には、ハンドメイドという考え方自体がなかなか思い至らない。

「まあ、その辺りは注文を聞いて、必要な物を手に入れてやるから、心配するな」

アーツは受け合った。自信たっぷりである。

その時、池端が何かに気付いた。

「あの、アーツさん。ちょっといいですか?」

「何だいお嬢さん」

「あの、壁に掛かっているプレートなんですけど」

池端が指差した先には、壁の少し目立たない所に掛けてある、何かの名前のプレートがあった。アルキス語の飾り文字で、『ヒメール』と書かれている。

「『ヒメール』って、何か大事な意味があるんですか?」

それを聞いて、アーツは少し驚いた表情になった。

「どうしてそう思うんだい?」

「昨日、カルロッタさんに『ヒメール・コクィーナ』ってレストランに連れていって貰ったんですけど、その時に"あの伝説の『ヒメール号』"って言ってたんです。"ヒメール"っていう言葉に、何か特別な意味があるのかな、て思って」

「ああ、行ったんだね、"ヒメール号の台所"へ」アーツはとても優しい笑顔になった。「店の連中は元気にしてたかい?」

「とっても繁盛していましたよ」

池端が笑顔で言うと、アーツは頷いた。

「だろうな。あそこでコックをしているダンブル=ドンブリは、元々ランカスター城の大公付料理人だったから、腕は一流だ。そして、今から二年前に、『ヒメール号』に乗って、エイミス姫と共に『東方遠征』をした仲間でもある」

「暗黒神ダンズ・ダンズを封じたって話だよね。前にカルカンドで聞いた事がある」

安倍は、ヴィチャック一座のサム翁の温和な表情を思い出しながら言った。

「夢物語だと思っただろ?」

「まさか、本当の話とか言わないよね?」

安倍は疑いの視線をアーツに向けた。それに対して、アーツは朗らかに答えた。

「もちろん本当の話さ。その証拠は、このネームプレートだ」

「これが?」

「そうだ。『東方遠征』から帰って来て、『ヒメール号』がオーバーホールに出された時、船から外されたのを貰って来たんだ。俺が甲板要員として搭乗して、歴史的な大冒険に参加した記念にな」

「参加したって、アーツさんも?」

池端が目を丸くして口元を押さえた。

「ああ。ダンブルも、トーレムも、レボネル隊長も、皆エイミス姫と一緒に冒険した仲間だ」

「凄いな、いよいよフ〇イナルフ〇ンタジーだな」

安倍が思わず口走った言葉は、アーツには理解出来なかった。

「まあ、凄い経験をさせて貰ったのは良かったんだが、ひとつ困った事があってな」

アーツは苦笑いしながら言った。

「どうしたんです?」

池端が尋ねると、アーツは腕を組んで大きく溜め息をついた。

「実はね、何かこう…、"退屈"なんだ」

「退屈?」

「ああ」アーツは肩をすくめた。「贅沢な事を言ってるのは判ってるんだ。暗黒神を封じて、世界に平和が戻った。皆が戦乱の恐怖から解放されて、穏やかな暮らしを取り戻した。それは素晴らしい、喜ばしい事なんだが…」

そう言うアーツの表情を見て、安倍は彼の言いたい事が判った。

「要するに、大冒険の時のような刺激が無い、と」

「不謹慎ながら、そう言う事だ」アーツは頷いた。「だからといって、わざわざ自分から戦いに身を投じるのも違うと思うからな。それなら、せめて他人の冒険の手助けでも出来たら、と思ってね」

「それで、武器やアウトドア用品の調達って事か」

安倍は店内を見回しながら言った。

「じゃあやっぱり、カルロッタさんの紹介は間違いなかったって事ですね」池端は明るく言った。「それで是非相談に乗って欲しいんですけど、ラフト山に登るとすると、どんな道具が必要なんですか?」

「ラフト山!」アーツは目を丸くした。「こりゃまた手強い相手だなあ。差し支えなければ、何で登るのか、教えてくれないか?」

「そこに、アルバドってドラゴンがいて、俺達はそいつに会いに行かなきゃいけないんだ」

「アルバドって」アーツは思わず言葉を詰まらせた。「おいおい、アルバドっていやあ、昔話にも登場する、ラフト・ドラゴンの名前じゃないか。そもそも実在するのかい?」

「実在してるよ。まだ姿は見てないけど。話もしたし。それに、オルテール隊長も会った事があるって」

「オルテール?ああ、中将の女か。あいつ、やっぱりすげえ女だな、ラフト・ドラゴンに会ったとは」

アーツの『中将の女』という言葉を聞いて、池端は(ほら、やっぱり)と言いたげに安倍の顔を見た。

「それにしても、何でまたドラゴンなんかと関わっちまったんだ?」

アーツにそう尋ねられて、安倍は自分達がこの世界の住人ではない事を含め、全ての事情を話して聞かせた。アーツは余計な質問は一切せず、最後まで安倍の話を聞いていた。

話が終わると、アーツは大きく息をついた。

「何とも不思議な事があるもんだなあ」

「急には信じられないかも知れないけど」安倍は肩をすくめた。「でも、姫様と大冒険をしたあんたなら、この話も信じて貰えるハズだ」

「つまり、アルバドに会わないと、元の世界に帰る方法も解らないって訳だな」

アーツは頷きながら言った。

「そうなんだ。だから、なるべく早く、ラフト山に登りたいんだ」

安倍はそう言って身を乗り出したが、アーツはそれをやんわりと押し止めた。

「もちろん、手伝いもするし、必要な道具は全て揃えてやる。使い方や山の登り方もレクチャーするよ。でもな、今は無理だ」

「どうしてですか?」

池端の不安そうな表情に、アーツは済まなそうに答えた。

「もう(グラヌ)(ルナツ)(十一月)だ。登山道も雪に埋もれてるよ。標高が高い所なら尚更だ。雪山を登るのは高度な技術が必要な上に、危険度も高い。いくら君が魔法使いだとしても、(フロスノ)の月(十二月)や(スラフ)の月(一月)、(フロト)の月(二月)に山に入るのは自殺行為だ」

「そうかー。もし無理矢理登っても、凍りついてて何にも出来ないかもなー」

安倍は天を仰いだ。

「仮りに最も早く登れるとしても、(フロレス)の月(三月)の中ば以後だろう。それまでは、装備を整え、体力をつけて、万全の計画を練って、登山に備えるべきだ」

少しの沈黙の後に、池端が口を開いた。

「アーツさん、ありがとうございました。私達、何にも判ってなかったので、ただ闇雲に山に登ればいいと簡単に考えてました。時間を掛けてじっくりと考えて、準備します」

「そうするしかないよなー」

安倍は未練がましい口調で腕を頭の後ろで組んだ。

「と、言う訳でアーツさん。花の月の登山に向けて、色々とお世話になりますから、よろしくお願いします」

池端はむしろ清々しい表情でアーツに頭を下げた。

「任せとけ。最高の道具と完璧なプランを用意してやるよ」

アーツは胸を張って答えた。




20191017



註 :


クランツ=アーツ 『ヒメール』号の甲板要員。二メートルの筋肉ダルマ。

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