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その拾伍 城都ランカスター(2)

龍が往く 外伝

――もし現代の異能者が異世界に召喚されてしまったら――


その拾伍(十五)



安倍と池端は、しばらく城内の近衛兵詰所にある来賓室で待たされた。

「何か、落ち着かないね」

安倍が池端に囁いた。

「ちょっと豪華すぎるよね」

池端も囁き返した。

二人がこの世界に来てから、カルカンドで二週間と少し過ごしている。すっかり馴染んでしまったカルカンドの文化レベルと比べると、ランカスター公国のそれは圧倒的に高い。

今いる来賓室でも、もしかするとカルカンドのカルクアン王に謁見した部屋よりも豪華で洗練されている。近衛兵ともなると、国王や大臣クラスを相手にするので、調度品もきちんと整えておかなければならない、という事か。

「王様の所は、どんなんだろうね?」

安倍がそう囁いた時、扉が開いてミラールと、ひょろりと背の高い痩せぎすの男が入って来た。

(ネズミ男だ)

安倍と池端は同時にそう考えた。

そのネズミ男は、何だか偉そうに口を開いた。

「あー、私は内務省次席のネズムだ。アベ、そしてイケハタとはお前らか?」

(ネズムだって!)

(やっぱりネズミ男だ!)

安倍と池端は、必死に吹き出すのを堪えている。それに気付かないのか、無視をしているだけか、ネズムはそのまま話を続けた。

「ブローワル中将の直々のご依頼だったので、速やかに用意をした。内務省発行の手形だ。近衛兵執務局のお墨付きだから、これを提示すれば、公国内ならばどこでも身元保証が出来るはずだ」

ネズムはそう言って、金属製のトレーの上に乗せた木の札をミラールに手渡した。ミラールがそれを安倍と池端の前の机に置く。安倍はそれを手に取ってみた。札の両面に焼き印で意匠が施してあり、表は獅子の紋章と『公国公認 内務省発行』の文言、裏には三つ首のドラゴンの紋章と『近衛兵後見』の文言があった。

「まあ、我が公国は国際色が豊かでな、城都内に外国人も多い。お前らほどアルキス語が堪能であれば、まず問題はなかろうが、何かあった時にはそれを示せ。それは内務省、引いては大公閣下からの身元保障をするものだ」

ネズムは偉そうに説明すると、「後は任せた」とミラールに言い置いて、ふんぞり返って部屋を出て行った。それを見送ってから、ミラールは安倍と池端に向き直った。

「済まなかったな。気分が悪かっただろう。私はあいつのああいう小役人っぷりが嫌いでね」ミラールは肩をすくめて見せた。「ネズミみたいだろ?」

それを聞いて、安倍と池端は我慢出来ずに吹き出してしまった。

「んっ?どうしたんだ?」

事情の判らないミラールは目を丸くしたが、あまり気に止めずに話を進めた。

「まあ君達も、何かと物要りだろう。とりあえずこれを渡しておこう」

ミラールの言葉に合わせたように、ネズムが出て行った扉から近衛兵の一人が大きな木のトレーを持って入って来た。

「君達の持っていたカルカンドの金を、公国の通貨に替えておいた。2ロマーも無かったくらいか。何せ為替の相場はラフヌス共和国は公国の4分の1だからな」

トレーには二つ袋が乗っており、一つはカルカンドの親切なおばちゃんがくれた金入れが、そのまま中身が変わって置いてある。もう一つは真新しい小さな巾着袋で、綺麗な錦の布地である。

「こちらは、我が軍の将軍からの、ドラゴンを退け、友軍救出を手伝ってくれた君達への謝礼だ。10ロマーある。これで、登山の装備を整えてくれ」

「ありがたく頂戴します」

安倍は、ずしりと重い二つの袋を受け取った。

「あと、宿屋住まいも何かと不便だろう。下町に家を一軒用意するから、そこに住むと良い」

「え、でもそんなにして貰ったら…」

池端が言いかけるのを、ミラールは優しく遮った。

「今回の友軍救出作戦は、非常に重要な意味を持っていたんだ。まあ簡単に言うと『軍は兵隊達を最期まで見捨てない』という事を示す意図もあったんだ。小将が台無しにする所だったがな」

「へえ」

「だから、将軍もこの件に関しては、ゆめゆめ(おろそ)かにしてはならん、とのお達しが出ているんだ。将軍の命令で、背く訳にはいかんのだよ。我々を助けると思って、受けてくれないか?」

「判った。そういう事なら、喜んで使わせてもらうよ」

安倍はそう言って親指を立てた。

「良かった。助かったよ」ミラールは爽やかな笑顔を見せた。「その家は、兵隊の官舎として軍が管理しているものだから、大したものじゃ無いが、二人でしばらく過ごす分には不自由は感じないはずだよ」

「何から何までありがとう」

「こちらこそ。無事にアルバドに会えるよう祈ってるよ」

ミラールは笑顔で言った。言いながら肩越しに指をこまねいた。すると、先程お金を持って来てくれた兵隊が一歩進み出た。

「彼は近衛兵第一大隊で小隊長をしているカルロッタ曹長。家まで案内させるわ」

「カルロッタです。よろしく」

金髪碧眼の、まだ幼ささえ感じる若者である。

「では、私は今回の作戦の報告書を作製しなければならないので、これで失礼する」

ミラールの言葉に、安倍と池端は慌てて立ち上がると、交互に握手をした。

ミラールは二人に気持ちの良い笑顔を見せると、未練を一切感じさせない態度で颯爽と部屋を出て行った。

「さてと」カルロッタが心安く口を開いた。「少し遅くなったけど、食事でもどうだい?」

「実は、もの凄く腹減ってたんだ」

「私も」

安倍と池端は口を揃えて言った。この四~五日は戦場食ばかりだったので、フツーの食事に飢えていたのも事実である。

「判った」カルロッタは頷いた。「少し歩くけど、今から案内する家に近い食堂があるから、行ってみよう。お金は中佐から預かってるから心配無いぞ」

「どこかお薦めの店があるのか?」

安倍の問いに、カルロッタは大きく頷いた。

「実は、最近出来たばかりの新しい店なんだけど、『ヒメール・コクィーナ(ヒメール号の台所)』って所で、凄い興味があってね」

「どうしてだい?」

「何でも、そこの店主は元はお城のお抱え料理人だったらしいんだ。しかも、あの伝説の『ヒメール号』を名乗るくらいだ。何だか期待出来るだろ?」

カルロッタはそう言って笑った。

三人は城を出ると、城都の中を北に向かって歩き出した。通りには人が行き交い、広い街路には乗合馬車も走り、今まで見て来た街とは文化水準が全く違っていた。大きな川沿いに聳え立つ城を中心に同心円状に街が発展していった様子が見てとれる。

「今歩いているこの辺りは商業の中心街だ。物品の販売や外食産業はこの辺りに集まっている。主に上流階級の生活圏だな。もちろん下町の住民も普通に出入りしているが、城下の方が質が高いな」

カルロッタが説明してくれるのを聞きながら、安倍と池端は周りを物珍しげに見回した。

「雰囲気で言うと、ファイ〇ル・ファン〇ジーかな?」

「ド〇クエじゃない?」

二人がそんな事を言っている間に、最初の壁を潜り抜けた。ただの石壁かと思っていたら、石垣の上にレンガ作りの回廊のある、堅牢な城壁であった。

「この城壁が城下と下町とを分ける『獅子の壁』だ。この先は平民の居住区だ。こちらの方が住み易いし遊びも楽しいけどな」

カルロッタは笑いながら言った。ここからは風景が変わり、壮麗な高層の建物が多かった城下と比べ、三階建てくらいの低い建物がびっしりと軒を連ねており、いかにも住宅街といった感がある。

その『獅子の壁』に沿って東に十 (アングーン)ほど歩いた所に、他の民家とあまり区別のつかない建物があった。通りに三角形の立て看板で『ヒメール・コクィーナ』と地味に書いてある。

店に入ると、意外に空いていたので、窓際の席に着いた。直ぐに、男の給待がやって来た。

「いらっしゃいませ」給待は女のような口調で言った。「ようこそ、ヒメール・コクィーナへ。給待のトーレムですぅ。色んなお店から、うちを選んでくれて、どうもありがとう。うちへ来た事を後悔させませんよ」

「そうかい。じゃあ、表に書いてあった、『今日のお薦め』をお願いしようか。二人とも、それで良いか?」

カルロッタが言うと、安倍も池端も頷いた。どうせ、メニューを見ても判らないだろう。

「はーい、了解しましたー」

トーレムは小さく膝を折って礼をすると、厨房へ向かった。

「ダンブル!お薦め三つよ!」

トーレムが大声で注文を通す。女っぽいのかおっさんぽいのか良く判らない。

「何だか、カルカンドの下段の街みたいな感じだな」

窓から外の通りを見ながら、安倍が言った。

「そうか、二人はカルカンドにいたんだったな。どんな街だった?」

「活気はあったけど、ここよりずっとイナカだったね」

「まあそうだろうね」カルロッタは自分が誉められたように胸を張った。「多分、このランカスター城都が世界で一番素晴らしい街さ」

カルロッタが城都自慢をし始めた頃合に、木製の大きな皿に盛られた料理を持って、トーレムがやって来た。皿三枚を器用に一人で持って来る。

「はーい、お待たせ。そこにあるスプーンとフォークを使ってね」

見ると、ワンプレートで、焼いた鳥肉と牛(?)肉、揚げた魚、ポテトサラダとレタス(?)、人参の温野菜、そしてナンのような平たいパンが乗っている。

「ナイフは無いのか?」

そう尋ねたカルロッタに、トーレムは首をかしげて笑って見せた。

「大・丈・夫。うちのお肉はスプーンで十分切れちゃうから」

トーレムはそう言って、ウィンクして去って行った。

「凄い良いにおい」

池端が目をキラキラさせて言った。

「早く食べよう」

安倍も待ち切れない様子である。

「では、早速いただくとしよう」

カルロッタがフォークとスプーンを取りながら言った。安倍と池端は、手を合わせて「いただきます」と一礼してからフォークとスプーンを取った。

肉にフォークを入れると、ほぼ抵抗無く切れて行く。

「うわ、柔らか!」

安倍は呟きながら、肉切れを口に運んだ。

「何これ?口の中でとろける!」

「すごーい、噛まなくても口の中で無くなっちゃう!」

池端も思わず歓声を上げる。

「旨いか。気に入ってもらって良かったよ」カルロッタは、安倍と池端の反応に微笑みながら言うと、自らも一口食べた。「成程、こりゃあ確かに旨い!」

三人は、あっと言う間に全部平らげてしまった。見た目よりボリュームがあったが、絶妙の味つけでしつこさももたれも感じる事無く、食後のガフィでぴったり満腹、という加減だった。

「はー、満足した」

安倍が大きく息をついた。人心地ついたといった態だ。

「いやあ、美味しかったよ。確かに後悔は無いな」

カルロッタがトーレムに言うと、彼はニッコリ笑って勘定票を示した。

「えっ」思わずカルロッタは二度見した。「こんなんで良いのか?」

「だってランチだもん。そんなに高い物食べられないでしょ?」

トーレムが示した額は、一人15リムルであった。

「この質と量なら、40リムルでも安いくらいだ」

「ありがとう。ダンブルに伝えとくわ」

トーレムは笑顔で答えた。

満ち足りた三人が通りへ出ると、同じ通りが何だか先刻より明るく見えた。

「現金なものね」

池端は思わず笑ってしまった。

安倍と池端は、こうして城都ランカスターへとやって来たのである。




つづく


20190327




ダンブル=ドンブリ 元 『ヒメール号』のコック

バレス=トーレム 元『ヒメール号』の航海士

ランカスター公国通貨

リムリル 銅貨 民間のみで流通している =1円

リムル 銅貨 100リムリル =100円

ロマー 銀貨 250リムル =25,000円

コモン 金貨 10ロマー =250,000円

アルムス 金貨 10コモン =2,500,000円

アルマラス 大金貨 10アルムス =25,000,000円


ラフヌス共和国連邦通貨

ルラブル 共和国共通金貨 1アルムス=4ルラブル


曹長月給 5ロマー150リムル =140,000円

大佐月給 4コモン =1,000,000円

ビアー大 2リムル =200円

パン1斤 3リムル =300円 現代の2斤分のサイズ

鎌 100リムル =10,000円

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