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その拾 ミラヒイ山脈(1)

ようやく動き出しました。いきなり事件です。

龍が往く 外伝

――もし現代の異能者が異世界に召喚されてしまったら――


その拾(十)



安倍と池端が朝の食堂へ出ると、サム翁を始めとする一座の主だったメンバーは皆起きていて、二人の顔を見ると、口々に祝福の言葉を口にした。

「そんなに判る?」

さすがに赤面して、安倍は尋ねた。

「そりゃあ判るさ」サム翁が笑って言った。「お前が『男』になったってな」

池端はラレニナ達と何やら盛り上がっている。

「まあとにかく、今日からは皆とも別行動だ。今までありがとう」

そう言う安倍に、サム翁は巾着袋を差し出した。

「ほれ、昨日までの給金だ。道中で使い易いよう、小銭を多めにしといたぜ」

「ありがとう。助かるよ」

「何だか大変らしいなあ。ドラゴンに見込まれちまうとは」ウェンは肩をすくめた。「無事に済めばいいな」

「ありがとう。もうそろそろ出るよ」

「何だ。朝メシは食わねえのか?」

「ゆっくりしてると、別れづらくなるからね」

「判った。名残り惜しいが、さよならだ」サム翁は笑って手を差し出した。「元気でな。またどこかで逢おうぜ」

「団長こそ、お元気で」

「何だよ、改まって」

「まあ、最後ぐらいは、ね」

安倍が手を握ったところで、涙目の池端が、サム翁の首にすがりついた。

「色々ありがとう。サム翁、元気でね」

「ありがとうよ。イケハタも元気でな」サム翁はそう言いながら、池端の髪を優しく撫でた。「二人で仲良くやるんだぞ」


ヴィチャック一座に見送られて、安倍と池端は再び旅路についた。

カルカンドの街を出て、街道沿いに山を下る。遮る物もない開けた風景を見ながら、安倍は自分の感覚が今までより更に研ぎ澄まされている事に気付いていた。『意識の回廊』が開いている時より、意識が澄んでいる、というか、鋭くなっている、というか、まさしく『目覚めた』ような感覚である。

何でだろう?芳恵とHしたからかな?

昨夜の事を思い出して、思わず顔が熱くなったが、そこで安倍は、ふと思い当たった。

「そうか、『十七清浄句』か」

思わず声に出して言ってしまった。横を歩いている池端が、安倍の顔をのぞき込んだ。

「なあに?」

屈託なく見つめて来る池端に、安倍は急に恥ずかしくなって目を逸らした。

「いや、別に…。それより、何だか周りの風景が昨日と違って見えない?」

安倍のその言葉に、何を思ってか、池端は頬を染めた。

「いや、あの、別にそういう訳ではなく。何て言うか、能力が今まで以上に研ぎ澄まされてると言うか…」

「そうかなぁ」池端は小首をかしげた。「私は特に…。そもそも私、特別な力なんかないし」

凄い力を持ってると思うけどな。

昨日のステージでのパフォーマンスを思い出して、安倍はそう思ったが、口には出さなかった。

「乳操り合いは終わったかい?」

突然、頭の中に声が響いて、二人は飛び上がった。

「何だよアルバド。急に人聞きの悪い」

「えっ、この声がアルバドさん?」

「おや、連れ合いにも聞こえるのかい?」

「まあ、連れ合いだなんて」

池端は赤く染まった頬を押さえた。

「今朝から急にお前の力が強まったから、何事かと思ったのだが…。なるほど、随分鮮明な妄想かと思ったら、昨晩の記憶かい。この体験のお陰で魂のグレードが上がったんだね」

「人の頭の中を勝手に見るなよ!」

安倍は顔を真っ赤にして怒鳴った。池端も真っ赤である。

「とにかく、私の力は弱まる一方なのでな、お前の力が強まるのは心強い事だ」

「うるさいな。そっちへ向かうから、黙って待っとけよ」

安倍はそう言って、一方的に意識を断ち切った。

「ねえ、晴明、これからどこへ行くの?」

池端が、目前に広がる深い森の山すそを眺めながら尋ねた。

「とにかく、アルバドに会わないとね。奴は、ラウアー山脈に住んでるって噂だから、まずは山登りだね。オールルって国のカッスルって街が、こちらからの登山口の入口になるらしいんだ。エス滝ってでっかい滝があって、観光スポットになってるらしいよ」

安倍は受け売りで説明したが、ふと池端が黙り込んだので、その顔を覗き込んだ。

「どうした?」

「向こう…」池端は目を細めた。「何か見える…。音も聞こえる」

池端は北の空を指差した。しかし、安倍には見えない。

「ほら、あっち」

池端は、北の方の空を指差す。安倍は、その手に顔を寄せて、指差す方向を確認しながら、印呪を唱えた。

(オン)薩縛(サラバ)涅哩(ニリ)瑟致(シュチ)摩吒(マタ)

日天月天の力を借りて、視力を極限まで増幅させる。そしてようやく、こちらへ進んで来る二隻の船が見えた。

「船?飛んでる?ゴリアテ?」安倍は思わず口走った。「って言うか、あれが見えるの、芳恵?」

「うん。普通に見えるよ」

良く見ると、二隻は上下左右に進路を変えながら飛行している。まるで何かを振り切ろうとしているようである。

「何だろう?変な飛び方だ」

安倍の呟きに、池端の呟きが答える形となった。

「何か、羽の音みたいのも聞こえる…」

「そうか、何かに追われてるんだ!」

安倍はそう言ってから、少し考え込んだ。

「それにしても、飛行船を二隻も追い回すなんて…」

そんな安倍の言葉を待たずに、船の後ろに真紅の体に巨大な皮翼を持つモノが姿を現した。

「やっぱり、ドラゴンだ」

「あれが、ドラゴン…」

二人とも、初めて見るドラゴンに、言葉を失った。思っていたよりずっとイキモノっぽく、尚且つ禍々しい。

「体が赤いから、レッド・ドラゴンって事か?」

そう言ってから、、安倍はようやく気付いた。

「もしかして、アルバドが言ってたレッド・ドラゴンって、あれの事か?」

そうこう言っている間にも、ドラゴンは船に追い付き、船を掠めるように旋回を始めた。船からは、銃や弓などで牽制をしているが、ドラゴンは意に介した様子がない。

やがてドラゴンは船の上空に位置を取ると、口を大きく開けた。

カッと音を立てて、口から火球が吐き出され、赤い旗を掲げた船の船尾に命中した。火の粉が飛び散り、木造の船体に火が着く。船員達が慌てて毛布などで火を叩いて消すが、もう一発火球を食らって、爆風に煽られた一人が船外に落ちた。

攻撃を受けた旗艦を護ろうと、もう一隻がドラゴンの前に船体を割り込ませた。

三発目の火球は船の胴体部に当たり、砕けて落下して行った。

その時、信じられない事態が発生した。

たった今護られた旗艦が、そのまま回頭して来た道を戻り始めたのだ。煙の筋を引きながら、一目散に逃げ帰って行く。

「援護がなかったら、あの一隻で勝てる訳ないぞ」

安倍は忌々しげに言った。

「晴明、どうしよう?」

「芳恵はここで待ってて。手助けに行って来る」

そう言った安倍に、池端は抱きついた。

「イヤ。置いてかないで」

池端に切なそうな目で見つめられて、安倍はすぐに折れた。

「危ないかも知れないぞ」

「いいもん、晴明と一緒なら」

「判った。行こう」

安倍はひとつ頷くと、印呪を唱えた。

オン摩臾羅マユラ訖蘭帝キランテイ沙婆訶ソワカ

次の瞬間、二人の足元の地面が爆発して、球形にえぐれた。一メートルほどの穴の上に二人の体が浮いていた。そのまま高度を上げつつ、スピードに乗って空を飛び始めた。

初めて空を飛ぶ池端だが、安倍に抱かれているからか、落ち着いたものである。

「もっと風が凄いと思ってた」

「今は周りに力場があるからね。普段はゴーグルが欲しいよ」

そんな緊張感のない会話をしている間に、二人は船の上空にやって来た。甲板の上では、赤毛を後ろでくくった女兵士が、二人を見上げて何か言っている。

「芳恵、とりあえず船の上で待ってて」

「うん」

安倍は、池端を降ろす為に力場を解いた。途端に強い風が吹きつけ、池端のポニーテールとスカートが大きくなびいた。

安倍は池端と荷物を甲板に降ろすと、女兵士に敬礼して見せて、すぐにドラゴンへ向かって飛び去った。

池端は安倍が飛び去った空をしばらく見上げていたが、刺すような視線に気付いて振り返った。そこには、油断なく身構え、池端を鋭く見つめる、赤毛の女兵士が立っていた。

そうか。でも、そりゃあそうよねぇ。

池端は胸の内で、ちょっと安倍の事を恨みがましく思った。

「えーっと、私は、決して怪しい者ではありません」

空から降りて来て、十分怪しいよね、私。

池端は内心思いながらも、そう切り出した。




つづく


20171212

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