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劇団『おれ』

作者: しらたきまい

初投稿ということで、練習がてら短編をひとつ。書いてみました。


今回は展開を考えるのに時間をかけていない半ば即興的な作り。まだまだ勉強不足な点も多い故、これから精進していきたいと考えて居ます。

カラン、カラン。空き缶がビニール袋の中で鳴いて居る。どこへ行くというあてもなしに、蚊のようにふらふらと歩く。懐は寂しいし、何より件の炊き出しまではまだ時間があるのが大問題であった。

「チクショウ。凍えちまうよっ」

よく分からない怒りが立ち現れて、そこいらの石を勢いよく蹴飛ばしたりなんかもしたが、気分は晴れない。そのくせ腹は空きやがる。そこでおれは、スーパーの試食コーナーに寄ってみる事にした。


スーパーアセロラは、このへんでは一番大きな商業施設だ。住宅街の記号的な並びに割り込んだそれは、存在感をきらきらと光らせて居る。堂々と入ろう。おれがホームレスという事で、好奇の眼差しを浴びたり、店員に嫌な顔をされたりするのにはもう慣れっこだった。

やはり広いな。おれがガキなら迷子になってしまうだろう。何から食べようか、そうだ、あの唐揚げがいい。

「良かったらどうぞ」

店員の明るい声。遠慮無く爪楊枝で刺して口に運んだ。

ウマい。ほくほくの身に、甘辛いタレが程よく染みて居る。5個ほど頬張ったところで、流石に周りの視線に耐えられなくなった。もう出よう。

入口まで戻って来た所で、おれは親子らしき2人とすれ違った。黒のトレンチコートを着た男と、小学生位の女の子。

仲の良い親子...いや、違う。よく見ると女の子は表情をこわばらせていた。女の子はトイレの方に連れて行かれるが、男の引っ張る力は少しの力強さを持っているようにも思える。おれのほかに気づくものはいない。


腐ったホームレスのおれにも、しぼりカスのような義憤はあった。しかし、考え過ぎではないだろうか。

もしおれの思い込みだったら。或いは、おれのヒロイックな妄想だったら。...ひたすら恥だ。

だが、その時のおれは心が勇者であった。歩みを進めるのだ。きっと妄想じゃない。


「お前、何やってるんだ!」

迫力のある声を作り、颯爽と登場してやった。これで危ない事は出来まい。ざまあみろ。

「え、何って、娘がもらしてしまったのであわててトイレに連れてきたんです」

ーしまった。これはおれが大馬鹿野郎である事の証明だったか。急に小っ恥ずかしい気持ちがしてきて、頭から足の先までダリの時計のように溶けてしまいそうだった。

「係員呼びますよ」

男のその呪文で、おれは外に向かって走らされた。



数時間ほど歩いたか。公園のベンチに腰掛け、今日の惨状を分析するのである。

妄想と現実を混同するアブナイおっさん。そうとしか言えない。

いや、待てよ。本当に妄想だったのだろうか。おれはたまたま今日勝負にまけただけで、100回、200回と行動を繰り返せば1回くらいは勝てる見込みがあるのではないだろうか。


おれは自分自身の狂言にのってやることにした。そうと決まれば、どれだけ面白い妄想を考え、おれの中の観客を満足させるかだ。おれは愛と勇気を持ったスーパーヒーロー。敵はいないのだ。考え出すと笑みがこぼれまくる。


シナリオは大きいほど盛り上がる。まず思いついたのが、小学校。

校長が密かに校内に仕掛けた爆弾。おれは放送室に走って行き、校内放送で子供たちを避難させる。

近所の人達から多大な感謝を寄せられ、おれは市長になる事に。


急がなくては!おれが行かなくては子供たちは死んでしまう。おれは来た道を引き返し、必死の形相で小学校に向かった。



一ノ宮小学校。県内随一のマンモス校で、全校生徒は年によって少し変動するがだいたい1200人くらい。

それを救うのは社会から隔離された汚いホームレスのおっさん。痺れる。

おれは駆けた。今までにないくらいに。途中で止められると困るからだ。授業中なのか、誰にも見られることなく放送室に到着する事が出来たのは幸いであった。鍵は当然空いていないので、窓をぶち壊して入った。無人のフロアとは言え数分後には音を駆けつけた誰かがやってくるだろうが、おれの緊急放送を成し遂げるには充分な時間であろう。くたびれた声をはりあげる。

「緊急放送!緊急放送!校内に大型の時限爆弾が、何者かの手によって設置されました。

生徒はすみやかに避難し、安全を確保して下さい!繰り返します・・・」





はっと我に返る。気がつくとおれは身柄を確保されていた。手錠をされている。

やってしまった。また、妄想と現実の境目がつかなくなっていた。恵まれた体躯の警官2人に連れられていく最中、かつてはおれをも守っていた白・赤・黒が唸っているのが見え、涙を誘わせる。

「待って!」


おれを呼び止める声などあるはずもなかろう。即ちこれも妄想。そう思われたが違う。実のある子供の声。どんな罵倒が小学生のボキャブラリーから飛び出すか、心だけ身構えた。

「おじさんのおかげで、嫌いな授業が潰れたよ。ありがとう」

現実はちっぽけな感謝だった。


それが良かった。

妄想の中のスーパーヒーローにはなれなかったけど、自分の妄想に感謝する子供と出会ったことで、自分の行動が完全には無意味ではなかった事、そしてその子にとってのヒーローには曲がりなりにもなれた、というお話です

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