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冬の女王の探し物

作者: 日野真春



あるところに、春・夏・秋・冬、それぞれの季節を司る女王様がおりました。

女王様たちは決められた期間、交替で塔に住むことになっています。

そうすることで、その国にその女王様の季節が訪れるのです。



ところがある時、いつまで経っても冬が終わらなくなりました。

冬の女王様が塔に入ったままなのです。

辺り一面雪に覆われ、このままではいずれ食べる物も尽きてしまいます。



困った王様はお触れを出しました。


冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。

ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。

季節を廻らせることを妨げてはならない。




これは、冬と春の間に起こった物語





***



「困っちゃったわね~」


ステンドグラスのはまる窓の下、少女は心の底から、言葉通り困った顔で腕に顔を伏せた。

つややかな白銀の髪。抜けるように白い肌。瞳は冬の空と同じ、透き通った薄い青。

設えられた一室は白で統一されて、雪化粧をしたかのようだった。

ここは、季節の塔。

決められた期間、少女は冬の女王として居を移し、この塔の主となる。


しかし。今年は。


王に言い渡された日にちはとっくに過ぎていた。本来なら、次の季節である春の女王に明け渡さなければならない。


はあ、と似合わないため息がまたこぼれた。


「姫様。だらしのうございます」


きびきびとした声に、はっと少女が身を起こした。ばつが悪そうに、今しがた部屋に入ってきた女性――ぱっと見は人の好さそうなおばあさんで、きれいな金茶色の毛皮を羽織っている――を上目遣いに見上げた。


「ばあや。もう姫様じゃなくってよ。私、女王になったのだもの」

「さようでございましたね、陛下。着任早々、とんでもないことになっておりますが」

「早々、でもないでしょ。この前も、その前も、その前も前も何もなかったのよ?」

「たった3回ではありませんか」

「もうちょっとあるわ」

「……いづれにせよ、百を数えぬうちに仕出かしているんですから、変わりありませんね」


反論ができなくて、少女はうつむいた。その通り、冬の女王を母から引き継いで、あまり時間がたっているとは言えない。もう1000回もの季節を巡らしたほかの季節の女王――姉様方と呼んでいる素敵な女性であり女王である方々には、残念ながら及ばない。百どころか、まだ十回も数えていないのに、事件を起こしているのだから。


困っちゃったわね~と、もう一度繰り返した。


「国王陛下はお触れをお出しになって、どうにか姫様を塔から出そうと必死ですよ」

「そうよね。私もできるなら早めに出ていきたいのだけれど」

「塔の前には見物客と褒美目当ての挑戦者がたくさん並んでおります」

「そうね。こんなに賑やかなのは初めてね」

「昨日は国一番の知恵物、その前は国一番の腕自慢、いえ、力自慢?」

「どっちでもいいと思うわ。彼らの力を借りても、私は塔から出られなかったもの」


 別に冬の女王は塔を締め切っているわけでも、来る人来る人を追い返しているわけでもない。丁寧な訪問客にはもちろん礼儀を尽くして挨拶をし、寒い中足を運んでくれた客人にはお茶をお出しすることさえある。食堂に招き、ともに食事だってしたのだ。


「旅をする人の話は面白かったわね。私の力は、国に同じように雪を降らせるものかと思っていたけれど、雨も雪も降らない、コートを羽織らなくてもよい土地があるなんて」

「そうでしたねえ。で、ぜひとも行ってみたい、という姫様のお言葉に浮かれて勇んで連れて行こうとしたのはいいですが、扉から出られない姫様を置いていったのに気づかないとんだ間抜けで」

「そうねえ。あれは残念だったわね」

「昨日は力自慢が窓から姫様を放り投げようとしましたねえ」

「そうねえ。結局跳ね返ってその人にいやって程お尻をぶつけちゃったわね」

「相手はお顔でございましたね」


悪かったわねえ、と思い返す女王様の、あまりののんびりように、ばあやはやれやれとため息をついた。


「姫様。いつまでもそんな調子では困りますよ。その内、お怒りになった国王が、姫様に軍隊を差し向けてきたらどうします」

「そうねえ……」

「塔に火をかけられたら、逃げ場がございません。火傷は辛うございますよ。煙は姫様の喉を焼きます」

「あらあら」

「塔を崩されれば、かたいレンガがぶつかるでしょう。埋もれてしまうほどの量が降ってきます。嫌でございましょう?」

「そうね」

「でしたら」


きらり、とばあやの目が光った。あら、と今更に冬の女王が首をかしげる。


「なぜこんなに長い間冬をお続けになるのか、いい加減白状なさいまし」

「あらら。ばあやったら、上手ね」


にこりと笑えば、姫様、と厳しい声が飛ぶ。ぴゃ、と首をすくめる少女は、女王の威厳とは程遠かった。


「そうよね……そろそろ、ちゃんと言わなきゃダメかしらね」

「そろそろ、ではなく最初からおっしゃってくださいまし。隠し事をしても無駄ですよ」

「まあ。さすがばあやね。私の秘密の約束まで知ってるなんて……」

「どなたと、いったい何を秘密にしたのです?」

「春のお姉さまと」

「春の女王様と?」


 ちょん、と首をかしげながら、ちょっと遠くを見て思い出すように。


「素敵な恋人ができたことを、秘密にしたのよ」


口の前に人差し指を立てて、声を落としながら冬の女王はそっと秘密を洩らした。ばあやにだけ、聞こえるはずの声だったのに。


「恋人だって?」


音を拾って、低い声が割って入った。ぱっと二人が顔を上げる。ひゅう、と冷たい風が部屋の中で渦を巻いて、雪のかけらが散った。追いかけて、風の止まったその先に。


「まあ、冬将軍さま」

「ご機嫌麗しく、冬の女王様」


黒い短髪、青と銀ので彩られた上着を一部の隙なく着こなした、背の高い男。切れ長の双眸が、二人を見下ろしていた。いつの間に、と驚くこともなく、冬の女王は笑いかける。


「しばらくお見掛けしませんでしたわ。どこへ行ってらしたのかしら?」

「姫様、お怒りになってください。ここはあなたの私室ですよ。冬将軍様、弁えてくださいまし」

「私がどこに現れようと、私の自由だ」

「そうよばあや。将軍様を止めるのは難しいわ」


ちっとも敵いっこないんだもの、と女王ののんびりぶりに、ばあやは小言を引っ込めた。もとより説き伏せる気がないのだから、耳に入れたところでどうしようもない。


「で、恋人って誰だ?」

「冬将軍様も、興味がおありなのね?」

「もちろんだ。私の知らない間に、いったいどんな素敵な恋人が出来たのかな?」

「ちょっと将軍様に似ているわ」

「ほう」

「西へ吹く海風さまよ。いつの間にか現れて、いつの間にかいなくなってしまうの」


ね、似てるでしょう、と冬の女王は同意を求める。後ろでは、ばあやが少し落ち着かない様子だった。


「とても暖かくて、陽気で、それに広くいろんなところに行かれるから、物知りなんですって。将軍様はご存知かしら」

「海風……まあ、一応は見知った相手だが、どこでお会いに?」

「もちろん、海岸よ。将軍様、またお出かけなさるの?」

「ええちょっと」

「剣をお出しになって、冬の魔物退治かしら」

「もっと手ごわい相手かもしれんし、あっさりケリがつくかも知れない相手だ」

「でも、せっかくアップルパイを作ったのよ。お食べになってからにしてはいかが?」

「いや、逃げられ……会えなくなっては困るので」

「まあ、お相手はどなた?」

「話に出た西へ吹く海風だ。顔が見たくなった」


 冬将軍の利き手が、剣を握りなおす。ばあやは冬の女王の後ろで忙しなく二人を見比べていたけれど、まるで変わらない調子で、まあ、冬の女王は手を叩いた。


「なら、ここでお待ちになった方がよろしいわ。きっともうすぐいらっしゃいますもの」

「ここへ?」

「ええ」

「あなたに会いに?」

「そうね。ご挨拶にいらっしゃいますの」

「……」


冬将軍が黙り込む。女王は硬くなった雰囲気にはまるで気づかないまま、にこにこして返事を待っていた。

ぐい、と一歩、冬将軍は女王へ近づいた。


「どこがよかったのですか」

「どこ?」

「海風のどこがよかったのですか」


 鋭く射抜かれて、冬の女王は瞬きをした。何か変ね、とようやく悟った。何が変なのかしら、とこてん、と首をかしげる。追いつけない女王を、将軍は待てなかった。


「恋人になさったのはなぜです?」

「恋人?」


もう一度。今度は反対側に首をかしげた。焦れて将軍の手が女王に伸びた、その時。


「お二方。落ち着かれませ」


 意を決して、ばあやが口をはさんだ。ぎり、と将軍に睨まれても、一歩も下がらなかった。


「ばあや。私、落ち着いているわ。今考えているところなだけよ」

「姫様はもうちょっと言葉を選んでくださいまし。冬将軍様。姫様はこの冬、一度もこの塔を出ておりません」

「なに?」

「姫様」

「なあにばあや」

「海風様とはお会いになっておりませんね」

「ええ。わたくしは一度もお会いしていないわ。お話は、ずいぶんたくさんお伺いしたけれど」

「なんだって」

「姫様」


何か続けそうな将軍の言葉が出てこないよう、ばあやは畳みかけた。


「海風様は、どなたの恋人でございますか?」


あら、と冬の女王が怪訝な顔になる。


「言わなかったかしら」

「ええ。そのせいで、ややこしくなっております」

「それはごめんなさいね」


もちろん、と晴れやかに女王は続けた。


「春のお姉さまよ」


やっぱり、とばあやが肩を落としたのと、将軍が目を閉じたのは同時だった。


「……なるほどな」


冬将軍が呆れた顔でつぶやいた。

季節の塔は一人が出て、一人が入る。交代には、二人の女王が不可欠。

けれど今もって、春の女王は季節の塔に来ていない。

ずれた話は、ようやく季節の塔と長い冬の話に戻ってきた。


「例によって、春の女王の恋、か」


非難めいた響きに、まあ、と冬の女王はたしなめた。


「そんな言い方はしなくってよ。春のお姉さまは恋多き素敵な女性ですわ」

「冬になる前にはでかいクマと戯れてなかったか?」

「山神さまは冬眠なさってしまって、お姉さまはご一緒できないことを悲しんで、身をお引きになったのよ」

「ついてくるな騒がしい、と一蹴されたの間違いでは?」

「ちゃんとお話合いをしてお別れになってらっしゃったわ」

「で、次の相手が西へ吹く海風か」

「ええ。気の早いハヤブサから、わたくしのオオワシにたくさんお話が回るようになっていて」

「ただのノロケだろう」


ばっさりと切り捨てた冬将軍に、冬の女王は否定もしない。けれどとても楽しそうにそうね、と続けた。


「お姉さまはいつもどんな些細なことでも嬉しそうで、私も聞くだけで浮かれてしまえるほどよ」

「時間がもったいないな。今更恋人ができようが、秘密も何もあるまい。陛下に口止めした理由は?」

「さあ? 私は秘密って言われたから、誰にも言わなかったのだけなの」

「恐れながら」


またしてもさっとばあやが割って入った。今度は特にとがめられず――もともと、口出しするなと女王は絶対に言わない――二人分の視線がばあやに向いた。


「西へ吹く海風様はこの時分、海の暖気を陸へお届けするのがお仕事でございます」

「そういえば、そうね。いつもその暖かい空気が来ると、冬の空が遠くへ行きたがるもの」

「然様にございますれば……彼の方が、冬と春の境に、海と陸の境を離れられないのは必至にございます」


 冬将軍が、眉間にしわを寄せた。ぼそりとあのワガママ女王が、と呟く。


「つまり、恋人と離れたくない女王が、季節の塔へ来ないことも当然、と」

「はい。姫様に秘密といったのは、他の者に言えば間違いなく感づかれ、お話しできる(ノロケられる)お相手が姫様しかおらず、さらに姫様の口から広まるのを防ぐため、でしょう」

「お姉さま、黙ってるってことはできませんものねぇ」

「陛下はもっと違うところに気付いた方がいい」


鈍いと額を小突かれて反射で目をつむりながら、あらそうかしら、とまだ分かっていない女王に、ばあやはもう一度ため息をこぼした。


「とにかく、ここまではっきりしたからには、早いうちに春の女王様をお迎えに行っていただかなければ」


じろりと高いところにある男の顔を斜に睨むばあや。すい、と素知らぬ顔で無視する冬将軍。

が、それは大丈夫よ、と冬の女王は鷹揚に微笑んだ。


「さっきも言ったけれど、きっとそろそろ、お姉さまと海風様はいらっしゃる頃合いよ」

「なぜにございますか?」

「春雷の騎士様が動き出すもの。お姉さまがどこにいらっしゃっても、あっという間に見つかるのは間違いないわ」

「春雷の騎士様が? こんな寒い中、あの方がまともに動けるものでしょうか」

「平気よ。春のお姉さまが、冬の真ん中から恋していらっしゃるんですもの。きっと今頃、この国の誰よりもお元気になっていらっしゃるわ」

「おやおや。そんなに前から続いているあの方の恋も、珍しゅうございますこと」

「うつろいやすく、変わりやすい。風の男も似ているなら、気が合ったのだろう」

「『ワタクシの運命』だそうですから」


 ちょっと声を高くして冬の女王は物まねをして見せた。春の女王の声は、高く陽気で、早口だ。とてもではないが、冬の女王では口が回らない。


「似てないな。それ、クマの時も言っていたぞ」

「似ておりませんね。あの方は春に生まれたオタマジャクシにも同じことをおっしゃってましたが」

「確かに似てないわねえ。仕方ないのよ。オタマジャクシはあっという間にカエルになっちゃったんだもの。お姉さまの運命に手足はなかったのよ」


 ふう、と三人分の吐息が重なった。意味はそれぞれ違っていたけれど。

 とにかく、とばあやが気を取り直す。


「春雷の騎士様が春の女王様を連れてきてくださったら、陛下はこの塔からお出になられるのですね?」


 期待を込めた力強い言葉は、おっとりと微笑みで受け止められた。


「それがねえ……」

「それがねえ、ですかっ!?」

「ごめんなさいね、ばあや。私、お姉さまが来ても多分、塔からは出られないと思うわ」


また別の問題なの、と冬の女王は説明する。まだあるんですかっ、とばあやが頭を抱えた。


「交代はね、確かに二人いないといけないの。だから季節が変わるには、お姉さまがいないとだめよ。でも、私が外に出られないことと、お姉さまは関係ないわ」

「ですが姫様が塔からでないことには、冬が終わらないのでは?」

「そうなのよ。交代が出来ないの。困っちゃったわね~」

「ではなく! 理由、理由をっ」


ついにひっしと冬の女王のドレスをつかんで、ばあやが叫んだ。のんびりにもほどがある。いい加減、危機感とか必死さを持ってほしい。

ごめんさいねと謝る冬の女王は、そっとばあやの手を覆った。


「あのねえ」

「はい」

「鍵がないよの」

「はい?」

「多分ねえ、この前ハヤブサとオオワシにお話を聞いていた時はあったから……その後だとは思うの」

「……」

「ベッドにも食堂にもないし、オオワシがくわえていったのかと思ったけど、そんなことする子じゃないし」

「……姫様、あの。鍵というのは……いつも、お首に掛けていらっしゃった、あの」

「ええ、その。……冬の扉の鍵よ」


 ぴきん、とばあやに亀裂が入った、とのちのち冬の女王はその時を語った。

 ぱん、と割れるかのように。


 ぶわり、と金茶色の毛が逆立って。

 カッと丸く見開かれた両目は金色に細い黒筋。


「姫様ぁっ!」


 ぐわりと開いた口から、ずらりと牙の並んだ口。そこにいたのは、ばあやよりも数倍の大きさの巨大な狐だった。


 ぴゃ、と身を縮めて、反射で冬の女王は背筋を伸ばしていた。

 狐の口から延々と続くお小言とお説教の嵐の中に、冬将軍は巻き込まれる前に風と雪のかけらになって消え去っていた。




***



国王陛下にお手紙を、と狐のばあやは小言をそう締めくくった。


「冬の鍵を紛失なさるなんて、前代未聞でございます」

「そうね。私も無くなるなんて、考えたこともなかったわ。だってあれ、私なのよ」

「はい?」

「冬の鍵はは私の一部よ、ばあや。私の力そのもの、とても強く固めて鍵の形になっている。塔の扉をあの鍵で開くと、冬が始まるのはそのためよ。鍵の力で、塔の扉は冬の扉になる。季節が巡るときには、鍵で扉を閉めないと、いつまでも冬はこの国に残ってしまうわ」

「そんな大事なものを、どうして無くしてしまわれたのです?」

「そうねえ……だってあり得ないと思っていたのだもの」

「?」


要領を得ないばあやに、ううん、と冬の女王がどう説明するかと考える。


「鍵は私でしょう? だからいつも持っていたし、たとえどこにあってもきっとすぐに見つけられると思っていたの。実際、寝るときに外しても、目を開ける前に鍵がどこにあるかを当てるのは簡単だったもの」

「ですが姫様。姫様はこの冬、一度もこの塔からお出になっておりません。必ずこの塔の中にあるのでは?」

「そうよ。だから私は今、『塔の外』に出られないのよ。鍵が……私の一部が塔に残されているから。鍵があれば、きれいに雪の積もった庭に出て、雪遊びもできるけれど」

「姫様は冬に外遊びなんてなさいませんでしょう。毎日読書と編み物をして、紅茶とお菓子ばかりお召し上がりに」

「でもアップルパイは作っていてよ」

「そうですね。近頃は飽きるほど御作りになられますからね。そろそろ違うものに挑戦してみては? ばあやは見るのが嫌になってきそうなのですが」

「でも、ほかのお菓子はそんなに減らないと思うわ」

「……」

「……」


完全に迷子になった話の筋を、コホン、と空咳をしてばあやが元に戻す。


「まずは国王様にお手紙を。必要なら人手を貸していただいて、鍵を探さなければ……または姫様が人手を足していただいてもいいですが」

「それはちょっと……でも、手紙を書いて怒られないかしら? 女王を辞めろって言われない?」


書きたくない、と暗に告げる冬の女王に、きっぱりとばあやは首を振った。


「女王は辞められません」

「でも、王様が怒ったら、怖い人が来るんでしょう?」

「先ほどは姫様を脅かすためにああ言いましたけどね、絶対に有り得ませんよ」


そうかしら、と首をかしげる少女に、ばあやは呆れた顔つきになった。


「姫様は国王陛下をどんな方だお思いなのです」

「やさしいおじ様」

「そうです優しいですよ。優しすぎて甘すぎて苦いお茶が欲しくなるぐらいですから」


毎度毎度毎度、とふん、と鼻を鳴らすばあや。


「やれ花だ、やれ菓子だ、やれ服だと姫様にお渡しになられた挙句、手紙の返信が来なくてあほなお触れを国中に出すような大甘な国主殿ですよ!」

「ばあや……ちょっとその、あんまりじゃないかしら?」

「早く姫様がお話になってくだされば、こんな事になっておりませんっ」


王妃様はお止めになるどころか、一緒になって宝石やら書物やら、目新しいものはまず姫様にお送りになるほど……とばあやの愚痴は止まらない。

季節の女王は国主に大切にされる立場にあるけれど、毅然とした女王とは少し毛色の異なる冬の女王は――


「そういえば……そう、かしらね?」

「駄目な子ほど可愛いんですよ! まったくもう」


こののんびりさ故にとても愛されていた。

さすがに、ダメな子と指摘されれば眉が下がる。


「やっぱり……書かなきゃダメ?」

「駄目です」


厳しいばあやは、事細かに説明した手紙が書き終わるまで、冬の女王が机から離れるのを許してくれなかった。


手紙をタンチョウに持たせて王城へ送ったあと、礼儀正しいノックの音がした。振り返れば、穏やかに微笑んだ老執事と、従僕の二人が立っていた。


「陛下、よろしいでしょうか」

「何かしら?」

「本日の謁見はいかがなさいますか? 見物を含め、お触れの挑戦者たちが時折騒ぎを起こしております。我々二人では、少々抑えづらく……」

「それは大変ね」

「陛下のお力で、人手を増やしていただけますと助かるのですが……」

「そうねえ……雪だるま(スノーマン)従僕(フットマン)にするのは……難しくはないのよ?」


ただねえ……と歯切れが悪い。


「なにか、ご懸念が?」

「……雪が降ってしまうのよ」

「雪?」

「ええ。だって、雪だるまをたくさん作ろうとしたら、たくさん雪が必要でしょう」

「そうですね」

「……外にいる人間が……ねえ? 埋もれてしまったらことでしょうし」


そこまで降らせることはないのだが、久しぶりに力を使うので、冬の女王にはちょっと自信がない。うっかりはしゃぎすぎてしまいそうなのだ。

老執事は穏やかに微笑みながら、左様でございますか、と鷹揚にうなずいた。


「では来年の冬に、練習なさってから、ということにいたしましょう」

「練習……うう。長い冬の次は、雪の多い年になってしまいそうだわ」


けれど、新米女王よりずっと長生き――と表現するしかない――な執事が進言してくるのだから、きっと人手はいつも足りないのだろう。ぎりぎり回っていたのが、今回のお触れでやってきた人々のせいで、さらに忙しくなってしまったに違いなかった。


「遠慮はいりませんよ姫様。ぱあっと降らせてしまうのがよろしいです」

「えっとまあ……来年ね?」


これから雪なんて降らせたら、さすがに国王陛下に怒られそうだ。先延ばしにして、けれどもはっきりと期日を口にしたためか、老執事はひとまず引き下がった。


「では、謁見は……」


と言いかけた言葉は、ばあん、と派手な音が広がったせいで途切れてしまった。くるりとあたりを見回してから……あらら、と冬の女王は目を瞬く。


「謁見は……無理、ね」

「左様でございますね」


騒々しい音がする。声も、二人分……いや、三人分のかなり大きな声量が城中に響いた。


「お客様ね。応接室にお通してね」

「どなたかご存じなので?」


顔も見ずに奥へと指示する女王に、老執事が少々驚いていたけれど、ええ、と冬の女王は確信をもって頷いた。


「春の女王様たちよ」




***



よう、と最初に声をかけたのは、太陽のような髪の色をした、春雷の騎士だった。用意された椅子につかず、扉近くに立っていた。


「御機嫌よう、春雷の騎士様」

「ひっさしぶりだな、冬の女王。相変わらず元気か? 女王様になってからはちっとも会えねえから、どうしてっかと思ってたぜ」

「おかげさまで恙なく過ごしておりますわ。春雷の騎士様もお勤めご苦労様です」

「うちの女王が悪いね。いつもは人間の事も季節の事もちゃんと考えてる、いい女王なんだけどさ」

「もちろん存じておりますわ。お姉さまは素敵な春の女王様ですもの」

「恋ってのは、厄介だよなー」


流れで小さな女王の頭の撫でようとした手が、ばしりと叩き落された。目を丸くしたのは春雷の騎士と、急に影に覆われた冬の女王。


「気安く触るな」

「冬将軍……お前も相変わらず神出鬼没だな」

「冬将軍さま。ばあやの小言は終わりましてよ。お逃げになるなんてずるいわ」

「陛下の小言に、私は関係ありませんからね」

「……お前、ほんとに……いやなんでもね」


睨まれて春雷の騎士が引き下がる。さりげなく冬の女王は冬将軍の腕に囲われて距離を取らされていた。


「まあ、とりあえずうちの女王と話してくれる? 俺はちょ~っと近づけないんだけどさ」

「もちろんですわ」

「終わったらまた春の芽探ししようぜ」

「福寿草と蕗の薹でしたわね。楽しみにしておりますわ」


ニコニコしながら冬の女王が頷く。後ろの冬将軍と目を合わさないように、春雷の騎士はあえて女王だけに手を振った。

そして冬の女王は果敢に――何も気づかず、でも間違っていない――春の女王へ近づいて行った。


「春のお姉さま」

「まあ、ふぅちゃん!」


ぱっと振り返ったのは、薄い桃色のドレスに、新緑の緑を瞳に持った、生気あふれる春の女王。冬仕様の襟首や袖の詰まった冬の女王のドレスとは違い、軽やかな生地がいくつも重ねられた春の女王の衣装はちょっと動いただけでも美しく舞った。


「お姉さま。素敵なドレスね」

「ありがとう。ふぅちゃんに会うから、気の早い紅梅にお願いして創ってもらったのよ」

「桜かと思いましたわ」

「あの子たちはまだ眠っているわ……さすがに、ねえ?」


そうだった、まだ冬なのだ。桜はさすがに花芽のままだろう。

その時、横から陛下、と春の女王にささやく声がした。うっとりと微笑みながら、ええ、と女王が頷く。


「ふぅちゃん、こちらが、ワタクシの運命よ」

「お初にお目にかかります。冬の女王様」

「初めまして、西へ吹く海風さま。いつも海の暖気を運んでくださってありがとう。お姉さまへ、すんなり春へ季節を巡るのも、あなたのお陰ですわ」

「もったいないお言葉です」

「ダーリン、そんな難しい話し方をしなくっても、ふぅちゃんは優しくってよ」

「ごめんね、でもけじめは付けないと……僕の恋人は、君だけだし」

「まああぁあ」


ひし、と抱き合った二人に冬の女王だけは笑っている。後ろの冬将軍はこれ以上ないほど目の奥に吹雪が舞っているし、四人の様子を遠くから見ている春雷の騎士はあちゃ~と頭を押さえていた。


「冷たいね、僕のお花さん。愛が足りないせいかな?」

「そんなの有り得ないわ……心はいつも燃えるようなのに、どうして伝わらないの」

「どうして伝わってこないのか……愛を確かめないといけないかな?」


二人の世界の中で、そのままソファに倒れそうになったところに。


「海風様。お姉さまのお体は、春仕様ですから。冬の塔で冷え切ってしまうのは仕方ありませんの」


至極まっとうな、けれど空気はまるで読めない穏やかな一言が止めに入った。


「暖炉を作って火を焚きましょう。春雷の騎士様も、こちらにいらっしゃるといいですわ」


そこは寒いですから、と冬の女王が手招く。いやあ、苦笑が返ってきた。


「お見事だけど……本気?」

「もちろん」

「なりません陛下。火と暖気はあなたの力を削ぐ」

「もうすぐ春なのだから、ちょっと元気がないくらいがちょうどいいと思うわ」


きらきらと冬の女王の手が輝く。ふっと息を吹きかけて雪を飛ばせば、部屋の真ん中に見事な暖炉が出来上がった。今度はパチリと指を鳴らせば、窓がひとりでに開いて、外から薪にちょうど良い太さの枯れ枝が飛んできた。

準備が整った暖炉に、すぐに火が付く。


「まあ……ふぅちゃんってすごいのね」

「お姉さまも、ちょっと練習すればできますわ。お体はよくなりました?」

「もちろんよ。でも、春に暖炉は……」

「あまり使いませんね」


ふふ、と笑い合う女王の後ろでは、冬将軍の機嫌がブリザード、春雷の騎士はそれを遠回りして暖炉のそばへ行った。


「助かるけど……おっかねえなホント」


どーなるかねえ、とぼそっとしたつぶやきは誰にも聞こえなかった。

微妙な緊張をはらんでいた、その時。

騒々しく扉が開かれたのは、二度目だった。


「ふぅちゃん!」


分厚いコートとマフラーに巻かれた人間(・・)に、まあ、と冬の女王が驚く。


「おじ様!」

「君の一大事に飛んできたよ!」


ひっし、と小さな体を抱きしめて、あまりの冷たさに残念そうに体を離した。横で止めそこなった冬将軍の機嫌が、さらに悪くなっている。


「いやいや。飛んできたら駄目でしょうが」

「何を言うんだ春雷の騎士! ふぅちゃんが助けを求めてくれたんだぞ。今来なくていつ来る!」

「仕事はどーしたよ」

「優秀な部下に任せてきた」

「不遇な宰相に押し付けた、の間違いだろうが」


はん、と冬将軍が鼻で笑った。

やってきたのは国王その人だった。タンチョウはきちんと役目を果たしたらしい。

まあ、と冬の女王がたしなめた。


「冬将軍様、陛下はご心配してくださっているのよ。私が至らなくってごめんなさい、国王のおじ様」

「ふぅちゃんのためなら仕事くらい喜んでやってくれるから、大丈夫」

「口実にさぼってんじゃないだろうな」

「……そんな事しないよ?」


疑問形かよ、と突っ込みは入らなかった。とにかく、と国王が手を上げたからだ。


「状況を整理しようか」




***




「鍵がない?」


有り得ない、と春の女王は首を振った。彼女の胸元にも、美しい鍵が輝いている。温かい黄色は、春の始まりともいえる花と同じ色。


「春の女王が来たからには、すぐに交代はできる。けど冬の鍵がなくては、冬は終わらない……塔の中を兵士に探させようか?」

「季節の塔を人間に? あまり賛成しかねるわ」

「私は構わないけれど……次にお使いになる春のお姉さまがお嫌なら、止めましょう」

「ふぅちゃん。ここはあまり、たくさん人が来ていい場所じゃないわ。あの塔の周りの人たちも、どうして追い返さないの」

「別に塔の近くにいるだけなら、困らないと思って……追い返す人手もないし」

「前の冬の女王は、冬の兵士をお持ちだったでしょう?」

従僕(フットマン)雪だるま(スノーマン)で作れるけど、兵士は雹を降らさないといけないから……いないわ」

「追い返してほしいのか?」


言えばやりそうな冬将軍に、のんびりと冬の女王が首を振る。なんだか変なものを見た、という顔をしたのは、春の主従と国王だ。顔を突き合わせてぼそぼそと話し始めた。


「気のせいかな……私の知っている傍若無人な将軍が……」

「しい。国王様、本人の前ですからね」

「歴代の冬の女王に従ったためしのない方ではなかったかしら?」

「女王様……ダメだって言ってんでしょうが」

「以前お会いした時より、なんというか、丸くなっておられるような……」


危うく剣で突かれるかもしれなかった西へ吹く海風も、話に加わる。

冬の女王は蚊帳の外だけれど、気にした様子もなかった。ちょうどワゴンでお茶が運ばれてきたからだ。

部屋に入ろうとした従僕を、手で止める。


「あなた、ここはだめよ。ばあやはどこかしら?」

「ここに。やれやれ。火をお焚きになる冬の女王なんて、前代未聞でございましょう。冬毛が少々暑く感じます」

「鍵がなくなっちゃったせいだから、仕方ないわ」

「スノードロップが張り切っておりましたよ。こんなにお茶を入れる機会はないってね。姫様がもう少し活動的で、お茶会をお開きになればあんな愚痴は聞かないで済むのですが」

「ばあや。冬は寒いから、人はお茶会をしないのよ。暖炉の前で、本を読んだり編み物したりするんですって」

「まんま、姫様そのものですね。子供は雪遊びしそうですが。雪合戦にカマクラ造り。にぎやかな声が時折人の村で響いておりましたよ」

「雪合戦は、雪玉を最初にたくさん作っておくのがコツね」

「よくご存じで」

「ええ。でも私、女王になったのだから、子供ではなくってよ」


どの口が、と眉根を寄せたばあやに、ころころと冬の女王が笑う。お茶とアップルパイは、すぐにばあやの手で給仕された。

しばし、のんびりした空気となる。食べ終わって満足した頃合いで、ねえ、と春の女王が口を開いた。


「ワタクシ、思ったのですけれど」

「何でしょう、お姉さま」

「鍵はあなたでしょう? たとえ在処が分からなくっても、きっと強く願えば現れると思うわ」

「そうなのですか?」

「無くしたことがないから断言できないけれど」

「そ……の。申し訳ありませんわ」

「物は試し。やって御覧なさい」


はい、と冬の女王は素直に従った。

両掌を水をすくう時のように胸の前に持ち上げる。目をつぶって……意識を集中させた。

冬の女王の鍵は氷の色。白と青と白銀の鍵だ。雪の結晶をあしらった持ち手に、樹氷のような先が伸びている。


「…………」

「…………」

「………………出てきませんね」


海風に指摘されて、へたり、と冬の女王がうなだれた。


「どうしてかしら。本当に全然気配がないわ」

「ふぅちゃん、ちょっと元気がないわよ」

「火のせいでございますよ、春の女王様。氷と雪に閉ざせば、姫様はお元気なります」

「そんなことしたら、お姉さまたちを氷漬けにしちゃうわよ、ばあや」


それはちょっと、と国王が引きつった。


「考えたのだが」

「何でしょう、おじ様」

「鍵はあるのに出てこないんだろう?」

「壊されたら、きっと気づきますわ」

「君は鍵を呼んだ。けれど出てこない。君の力が及ばなかったわけだ。この城のどこかにあるカギに届かなかった」

「まあ、その通りだわな。で?」

「つまり、隠されているんじゃないか?」

「隠されている……?」


きょとん、としたのは冬の女王一人だ。春雷の騎士は、途端に厳しい表情になった。


「冗談にならねえな、それ。冬の女王を害そうってのか」

「害す?」

「鍵はその女王そのもの。鍵を壊せば女王はひどく傷つくのですわ」

「なんとっ……」


一瞬血の気をひかせたが、すぐに国王は怒りに赤くなった。


「冗談ではない! やはり今すぐ兵士に塔を検めさせる」

「それは嫌。人間が土足で塔に入るなんて」

「人海戦術は有効な手段だけど……俺もちょっといやかな」

「海風を吹かせてよいのでしたら、お手伝いが出来ますが……」

「まずいだろ。潮のせいで塔の空気が変わっちまう」

「だったら……」


混乱し始めた部屋を、ばしん、と机をたたく音が切り裂いた。お静かになさいませ、と堂々とした迫力で、ばあやが仁王立ちになっていた。貫禄に、全員が黙り込む。


「国王様。姫様の鍵が隠されている、ということにお気づきなられた。さすがのご慧眼でございます」

「そ、そうかね」

「ですが、となれば、結論は必然に一つでございます」


「「「は?」」」


重なった声に一瞥もくれず、ばあやはぎろりと鋭い獣の目で前をにらんだ。


「姫様のお力を以ってしても見つからず、なおかつ塔の中にあることが確実。この条件を満たしたまま鍵を隠せるのは、お一人でございます」

「……」

「だんまりは出来ませんよ、冬将軍様」


まあ、と冬の女王が驚いた。

くつくつと、面白そうに冬将軍が笑う。


「冬の眷属は気づくのが早いな」

「当たり前でしょう。姫様がなくした、のではなく、誰かが隠した、なら。我々は姫様のお力にて生きるもの。鍵を隠すなんて恐れ多く、触れることさえ躊躇います!」

「だろうな」

「ただでさえ眷属が少ないのに……当てはまらないほど強大なお力をお持ちなのは、冬将軍様、この塔ではあなたお一人ですよっ」


びしびしと指を突き付けられても、冬将軍の態度は変わらない。


「冬将軍様? どうして鍵をお持ちになってしまったの?」

「そうだな……いつまでも冬であればいいと思ったんでね」

「でもそれでは、他の季節にならないわ」

「構わない」


断言されて、一瞬全員が言葉をなくす。国王は特に真っ青だった。


「何を馬鹿な……冬が続けば、人も生き物も、食べ物が尽きて死んでしまう!」

「おいおい。冗談でも笑えねえぞ……季節の巡りを蔑ろにするなんざ、春の女王に仕える俺と、全面対決したいのかよ」

「面白いな、それも」


当惑しながらも、春雷の騎士は立ち上がって剣の柄に手をかける。冬将軍も、ひゅう、と粉雪を舞わせた。

さっと間に入ったのは、冬の女王だった。


「お待ちください、春雷の騎士様」

「冬の女王……」

「この方は冬に属する者。あなたとの争いの元は女王の責。どうぞ私にお預けください」

「しかし……」

「引きなさい、春雷の騎士。冬の女王に従うのです」


ぴしゃりと春の女王が命じれば、春雷の騎士はすぐに一歩下がる。

冬の女王は、穏やかに切り出した。


「鍵をお返しください、冬将軍様」

「ならん、と言ったら?」

「季節は巡るものですわ。春には春の、夏には夏の楽しみがあります。四季がなければリンゴの芽は顔を出さず、木に育たず、花は咲かないものですわ」


なんでリンゴ? と他の面々が首をかしげる中で。


「実がならなければ、将軍様のお好きなアップルパイも作れませんわ」

「……」

「……」

「……」


衝撃の事実に、さっきとは違う意味の注目が冬将軍に集まった。冬将軍がうっとうしそうに、顔がそらす。


「別に好きではない」

「そうでしたか? よくお食べになりますから、てっきりお好みなのかと」

「そんな覚えはない」

「あら。ですけど先ほど切り分けた分の残りは、全部将軍様がお召し上がりでしたわ」

「……」

「最近は作った分がすぐ消えてしまうので、完成してすぐ食べないといけないのが大変で……」

「……」

「リンゴは秋のお姉さまからいただくのですけれど、以前は手提げ一つでよかったのが、今は大籠三つもらっても足りないほどなんですの……少々、申し訳ないくらいですわ。雪は消えてしまいますから、差し上げられませんし、お返しが氷では味気ないので」

「姫様、話がずれておりますっ」

「あらごめんなさいね」


こんな時でもどうも緊張のない冬の女王に、全員が毒気を抜かれてしまった。

とにかく、冬将軍の甘いもの好きに驚いている場合ではないのだ。


「とにかく、折々に一年を楽しむのが季節のだいご味。どうぞ鍵をお返しください」

「季節を楽しむ、ね……」


皮肉を浮かべて、冬将軍が冷笑した。


「お言葉を返しましょうか、冬の女王陛下。あなたは今回『冬』を楽しんだのですね?」

「? よく……」

「好きだった雪遊びをし、夢だった雪だるまで百人の友達を作る……」

「ええと……?」

「綺麗に飾った冬の塔で、『お茶会』を開いてみたいと言ったな――もちろん、叶えたんだろう?」

「将軍様」

「あなた優しすぎる」


言葉がなくなったのは冬の女王の方だった。


「何にもしてないんじゃ、鍵は返せない。せいぜい冬を楽しめ……ではな」


さあっと、冬将軍が風と雪に解けた。呆然と見送ってから、冬の女王はあら、と気づく。


「どうしましょう……」


固まってしまった冬の女王を、春の女王がそっとソファへ座らせた。


「ふぅちゃん……」

「春のお姉さま」

「ふぅちゃん、お茶会がしたかったの?」

「それは……子供のころの話ですわ。将軍様は、母様のもとへ時々お顔をお出しになっていて、私とも遊んでくださったので」

「本当は塔に詰めなきゃならんのだが……自由だな。で? そーいや冬の女王から招待状なんて来たことないけど、やりたきゃやればいいのに」

「あの、……私がやりたかったのは、お茶を淹れるまでで、お茶会はさほど興味が……」

「ないのかい? でもふぅちゃん、私たちの所へ来てくれるときは、いつも楽しそうじゃないか。たくさんの人がいるのは、嬉しいんだろう?」

「……」


冬の女王が、俯く。さっと顔を見合わせから、とにかく、とばあやが先をつづけた。


「お茶会はともかく、雪遊びはいつでもお出来になったでしょう。というか、いつ外に出ていらっしゃったんです?」

「将軍様が来た時だけよ、ばあや。母様は外が危ないって言って、強い方が傍にいるときにしか出して下さらなかったもの。よく将軍様を雪だるまにして遊んだわ」

「……」

「……」

「……」

「えーと。そりゃすげえ。じゃなくて。でも今の冬の女王はあなただ。好きに外に出ればいいじゃないか」


冬の女王が、やっぱり黙り込んだ。その様子に……ばあやがため息を吐いた。


「姫様……ひょっとして、雪だるまを作る時と同じでは?」

「どういう意味かね?」

「姫様が雪で遊んで、はしゃぎすぎると……冬は雪深く、寒くなるのでしょうね」


国王が瞬いた。それは、とかける言葉を探す。


「構わないとは……言えんな」

「何を馬鹿な。人の都合を考えて季節を調節する必要なんてないわ。季節を司るのは、私たち女王の領分よ」


きっぱりと春の女王は顔を上げる。隣で、海風が苦笑した。


「春の息吹は素敵だ……けれど時に、氷の息吹は非情だから……なるほど。だから『優しすぎる』か」


立ち上がって、下を向いたままの冬の女王のもとへ、膝をつく。


「冬の女王陛下。一つ、あなたに教えましょう」

「何でしょう?」

「春の花の蕾は、厳しい寒さにさらされてこそ、深い眠りが訪れ、そして春に咲くことができます」

「……」

「冬に眠る、多くの生き物たちも同じ。途中に目が覚めては、体がおかしくなってしまう」

「……」

「白く降る雪は、時に冬毛の動物たちを天敵から守りましょう」

「……西に吹く海風様」

「お忘れにならないでください。冬もまた、巡りゆく季節の、欠けてはならない一つです」


冬の女王が頷いた。そして、柔らかく微笑む。


「ありがとうございます、海風様。私……もともと冬は大好きですの」


それはよいですね、と海風も笑い返した。


「冬将軍を探せますか?」

「はい。ただ……」

「私たちがいてはならないのね?」

「ええ、お姉さま。先ほどばあやが言ったとおり、この塔をもう一度氷と雪に覆わないと、とても強い冬将軍様を探すのは難しいわ」


では、と春の眷属と国王が立ち上がる。


「ふぅちゃん、来年はきっとお茶会を開いてね」

「秋のお姉さまに、教わりますわ」

「そうね。あの子が一番、段取り上手だもの」


ふふ、と笑いながら、女王に呼ばれた春風の女神が全員を攫って行った。




***




雪に閉ざされた世界で、冬将軍様、と呼びかける。呼びかけていても、この場所において、女王の言葉は命令で――冬将軍は、すぐに現れた。


「ごめんなさい、冬将軍様。私……間違っておりました」

「……」

「冬は好き。雪も大好き。冷たい風も、どこまでも澄んだ空も、私が一番好きな世界ですわ」

「……」


でも、と女王は俯く。


「同じくらい。人が好きで、花が好きなのです。火のそばで、今年の冬は厳しいね、食べ物がなくなったらどうしよう、って言われてしまうと……雪合戦も、雪だるまも、お茶会もしてはいけない気がしたの。私が楽しいと……雪は心と一緒に舞い上がって……しまって」

「……陛下」

「私を心配してくださったのだと……ずっと憂いてくださったのだと。先ほど知りましたわ。気づかなくて、申し訳ありません」

「泣いて……いるのですか?」


頬に手が差し伸べられて、冬の女王は自分の指先を目元に当てた。確かに、涙がこぼれている。少しも、悲しくなんてないのに。


「私は……間違えたか?」


……ちがう、と心で否定した。慌てて、首も降る。


「これは、嬉し涙ですわ」

「嬉しい?」

「冬将軍様が、子供のころのことをたくさん覚えていてくださって……今日もとても、お優しくて、嬉しかったのです」

「優しい……か」

「はい。冬将軍様がいらっしゃた日は、外遊びが出来て一層冬が好きになっておりましたもの」

「……」


ふう、と冬将軍がため息を吐いた。


「私の負けだな」

「勝負はしておりませんわ。ただ……鍵をお返しいただけると」

「ほら」


あっさりと、鍵は冬の女王の手元に戻ってきた。ぱっと笑顔になる。


「ありがとうございます。これで春が来ますわ」

「そうだな」

「一年かけて、来年は『楽しく』過ごせるようにいたしますわ。冬将軍様もまたきっといらしてくださいね」

「……そうだな」

「アップルパイを作ってお待ちしておりますわ」

「……」

「お茶会も開きますし、ぜひ雪合戦のお相手を」

「また雪だるまにされるのごめんだ」

「その前に止めますから」


ねえ、とはしゃぐ女王は、冬将軍にとって久しぶりに見る姿だ。


「お別れは寂しいですけれど……」

「寂しいのか?」

「もちろんですわ。私の一番好きな方ですもの」

「ほう」


あら? と冬の女王は首をかしげた。なんだかいきなり冬将軍が変わったのだ。頬に当てていた手が、くい、と顎を持ち上げる。


「ではいずれ……」

「……?」

「すべてもらい受けようか」


かすめた唇は、もちろんの事冷たかった。









お触れの功労者は、冬の女王のばあやで、彼女は国王陛下より、兎の多いとある山を賜った。

後々、その山だけはなぜか雪が浅く、冬でも緑が見られる時があったという。








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