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前編

猫島を舞台にしたカモメと猫のお話です。

 小さな島に、春の初めに生まれた子猫の体は(すす)をこすりつけたような、むらのある黒でした。

 きょうだいはたくさんいましたが、一匹だけ残りました。


「お、今日もいやがる」

 カモメは鹿呼志島(かこしじま)に着いたフェリーの舳先から梅雨空に飛び立つと、漁協のひさしの下にできた人の集まりを見つけました。少し離れた半分ペンキのはげた『ようこそ 牡蠣と猫の 鹿呼志島(かこしじま)へ』の看板に留まり、ようすを伺いました。

 みな真ん中にカメラやスマホを向けています。ひとしきり、かわいい・かわいいを連呼して傘をさした人垣が崩れると、黒い小さな点が残されました。

「おーい、チビ(すす)

 ひらりと半円を宙に描くと、カモメは猫の前に降りたちました。

「あいかわらず人気ものだな。たんまりオヤツをもらいやがったな?」

 コンクリートの床に残った花や魚のかたちをしたキャットフードのかけらを見ながら、カモメは悔し気に言いました。

「でも、かんこうきゃくからはオヤツをもらうなって、クロハチさんにいわれてるから」

「はん! ほんとかわいい子猫チャンはヨロシイこって。ああ羨ましい!」

 カモメは唸るように話しました。

「おじさん……きょうもさけんでたねぇ。ここまで聞こえたよ」

 カモメは、そうでなくても白目がちの三角の目をさらに三角にして猫をにらみました。

「おれの叫びは魂のシャウトびだからな」

「たましいのさけびが、『えさよこせ―』?」

「それがなにか」

 カモメは胸をはると、子猫の隣にならびました。

 もう、と子猫は吹き出すとカモメの胸に額をこすりつけて寝ころびました。

 朝からの雨で子猫の体は少し湿っぽくなっていました。それでも、黒いボタンのような目はぴかぴかに光って見えます。

 一匹と一羽が対岸の三鹿(みしか)の街へ戻っていくフェリーを見送っていると、網を抱えた若い漁師が坂道を登ってきました。

「おう、チビ。いつもカモメと一緒だな。ごはん出しとくから来いよ」

 頭に白いタオルを巻いて、よく日に焼けています。声をかけるとそのまま漁協の裏手へと回っていきました。

「あいつの……銀次の家で世話になってるって?」

「うん、生まれたとこだし。お母さんもたまにくるんだ。ごはんくれる。でも家にはあがらないよ。銀次さんとこにはポンタさんがいるから」

 カモメは、うーんとひとつ唸りました。

「ポンタはめっきり見かけないけどな。まだ生きているのかよ」

「口がわるいなあ。いるよ。でも、このごろは寝てばっかりだけど」

 ポンタは年を取ったオス猫です。彫刻刀ですうっと彫ったような細い目をした大きなアカトラです。

「むかしは広い縄張りを仕切っていたもんだけどな。喧嘩にやたら強くてなあ。鳥にだって遠慮なく飛びかかってきやがった」

「うん、顔にキズがあるのは逃げなかったしょうこなんだね。耳もちぎれてギザギザだけど、カッコいいんだよ」

 起きあがって興奮気味に話すチビ煤に、カモメはふんと鼻をならしてみせました。

「ま、せいぜい立派な黒猫になるんだな。ちょっとまだらだけど」

 と、横道から女の子の団体が現れました。髪の長いロングスカートの子がふたりを指さして声を上げました。

「カワイイ! 猫とカモメが一緒にいる!」

 カモメはゲッと一声鳴きました。

「ニンゲンに触られるのはゴメンだぜ」

 団体が駆け寄る前に、カモメはひらりと空へ舞いあがりました。

「腹を冷やすなよ、カラスに気をつけろよ」

「おじさんも、フェリーにぶつからないでね」

「そんなにニブくねぇよ、ばーか」

 ふたりのやり取りは、人の耳にはただの鳴き声に聞こえただけでした。


 ふたりがであったのは、二月(ふたつき)ほどまえでした。

 まだ赤ちゃんのチビ煤は海岸でカラスにからかわれて、べそをかいていました。

 からかわれて……と、いってもカラスのくちばしでつつかれでもしたらチビ煤は死んでしまったでしょう。そこへ、けたたましく声を張り上げて飛んできたのが、カモメでした。

「そいつはオレのエサだ!! どけぇぇぇぇ」

 いっけん愛らしい黄色の細い足で、カラスに鋭い蹴りを喰らわせたのです。

 その後は空中戦になり、カラスをさんざん追いましわしたカモメの勝利となりました。舞戻ってきたカモメは、チビ煤を見てがっかりしました。

「なんだよー、ウニじゃねぇのかよぉ……全力出してソンした」

 プイっと帰りそうになったカモメの背中にチビ煤はありったけの声でお礼を言いました。

「ありがと、ありがと。おじさん」

「おじさんかよー。おれは波ノ介ってんだ」

 振り返ると、チビ煤がちょこちょことカモメの後をおぼつかない足取りで走ってきました。

「おまえ、そんなにチビなのに、ひとりか? きょうだいは? かあちゃんは?」

 カモメが聞くと、子猫は目をパチパチさせました。

「あ、あの……いない、です。ぼくひとりです。おかあさんはいるけど……」

「……うん……まあ、そうか。ここじゃアリがちなヤツだな」

「おじさんは? おじさんもひとりぼっち?」

 カモメの波ノ介はむっとして言い返しました。

「ちげぇよ、群れるのは性に合ってねぇんだ。オレは一匹オオカミなんだよ」

「オオカミって?」

 波ノ介は、かーっっと声高に叫びました。

「い、犬の大きいやつだよ」

 たぶん、と小さく言ったのは子猫には聞こえませんでした。

「いぬ?」

「ああ……ここの島には犬はいねぇんだったな」

「ひとりでサビシクないの?」

「さびしくねぇよ!!」

 カモメは言い終わってからも、モゴモゴとくちばしを動かすと丸い目をして自分を見つめている子猫と目を合わせて、あわててそらしました。

「そこまで送ってやんよ!」

 波ノ介はうえを向いて叫んだのでした。



 夏になりました。フェリーからは海水浴や釣りのお客さんたちがたくさんおりてきます。もちろん、猫たちに会いたくてやってくるお客さんもいます。

 でも、猫たちはきつい陽射しを避けて木や建物の陰で涼んでいて人前にはあまり姿を見せません。

 チビ煤も縁の下です。

「なんだよ、朝寝の次は昼寝か」

 波ノ介がひょいと床下をのぞきました。

「あ、おじさん」

 チビ煤は横になったままで、思いっきり伸びをしました。

「おもてに出たらどうなんだ。だいじなお客さまがお待ちだぜ?」

 波ノ介に呼ばれてしかたなく焼けるアスファルトの道路に出たチビ煤は、尻尾をふくらませませて回れ右しました。

 よその家の軒下に白衣の女の人を見つけたからです。

 逃げるチビ煤のうえを軽く飛び越えて、カモメは翼を広げて行く手を阻みました。

「ありがたく診てもらいなよ、アオイ先生はボランティアで来てるんだぜ」

「もー! わざとでしょ、おじさん。ぼく、あの人キライ。へんなにおいする。それに、まえチクッてされ……!」

 チビ煤は大きな軍手に掴まれたかと思うと、洗濯ネットの中に入れられてしまいました。

 波ノ介に気をとられすぎていたのです。

「銀次さん!」

 チビ煤は自分を捕まえた銀次さんに、にゃーと鳴いて抗議しましたが先生の前に連れていかれました。

 銀次さんと同じくらいの歳のアオイ先生は栗色の髪をくるりと一つにまきあげています。チビ煤を見ると、うなずいて微笑みました。

「だいぶ大きくなりましたね。保護されたときは心配だったけど」

 波ノ介は近くの家の屋根からチビ煤の様子を見ています。

「五匹のうちの唯一の生き残りだからなあ」

 銀次さんはチビをネットから出すと、先生が診察しやすいように両手で固定しました。

 いつもご飯をくれる銀次さんに逆らうわけにもいかず、チビはイヤイヤながら先生に体のあらゆるところを診られました。

「そういえば、チビちゃんの母親は、おめでたでしたね」

 チビの目がキョロンと大きくなりました。

「次の出産が終わったら、どうにかして捕まえて手術しないと」

「ダリアはすばしっこいからなあ。でも次は子猫(こっこ)が他の猫たちに踏まれないように別にしとくよ」

 ひととおり診察が終わったチビは解放さると、すぐに海岸のほうへ走り出しました。

 波ノ介がそのあとを追います。

「赤ちゃん、赤ちゃん! ぼくのおとうと、ぼくのいもうと!」

 弾むように走っていきます。

「おーい」

 追いついたカモメは港のコンクリートの道へおりました。

「おじさん、きいた? ぼくのきょうだいが生まれるんだよ。ぼく、いっしょうけんめいオテツダイする」

 駆け寄ったチビは、目をキラキラさせています。

「きょうだいの世話をする猫なんて聞いたことないぜ」

 チビは波ノ介の声は聞こえていないように話し続けました。

「ぼく、やさしいおにいちゃんになる。あと、ツヨイおにいちゃん。カラスにイジメられないように、まもるの」

 カモメはチビの細っこい体をしげしげと見ましたが、何も言いませんでした。

「ま、よかったんじゃね?」

 うんうん、とチビはなんどもうなずきました。

「ほんと、いつも一緒だなあ」

 先生の荷物をもった銀次さんが、先生と港へやって来ました。

 波ノ介は反射的に飛び立ちました。

「銀次さんはだいじょうぶだよ」

「人間はニガテなんだよ!」

「もー、ぼくには人からエサもらえっていったくせに」

「猫はネコ、鳥はトリ」

 ひゅうと海へと飛び去ります。

 銀次さんはアオイ先生の帰りのフェリーを見送りに来たようです。

「いつもありがとうございます。お仕事忙しいときにすみません」

 ドクターズバッグを両手でもった先生が頭をさげると、銀次さんは赤くなりました。

「そんな、ぜんぜん」

 早足でフェリーへ行くと、銀次さんは意味ありげに口笛を吹いた乗組員をひとにらみして荷物を渡しました。

「猫つかまえるの、得意だからさ」

 振り返ると、チビをひょいと抱き上げました。

 銀次さんとチビは、先生の帰りのフェリーを見送りました。

 夕焼けの中にフェリーが見えなくなると、チビの頭にあごをのせて銀次さんはため息をつきました。

「さて、帰るか。母ちゃん猫たちに、きちんとご飯あげなきゃな」

 次に先生が来るのは一月後(ひとつきご)なのです。

 波ノ介は高い空からフェリーの船影と、豆粒のような銀次さんとチビを見おろしましていました。


続きます

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