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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

五千字以内で恋を。(恋愛短編集)

私の恋は叶わない

作者: 大森サンジ

 思い出してみると叶わない恋ばかりしていた。

 それこそ、恋が叶わない呪いがかけられてるんじゃないかと思うくらいに。


 初めて好きになった人は幼稚園の先生だった。先生には奥さんがいて、頼れる感じの綺麗な女性だったことが印象的。


 次に好きになった人は小学校のクラスメートだった。足が速くて暗算が得意で、漢字テストが苦手な男の子。

 その人は私に告白してくれた子の親友で、二人きりになった時に気持ちを伝えると「そっか」と言って逃げてしまった。翌日には告白なんかなかったことにされていて、私は男の子の友情の前に手も足も出なかった。


 その次の恋は中学二年の時、友達のおうちに遊びに行ったときに紹介されたお兄ちゃんだった。

 当時大学生のお兄ちゃんは何度も一緒に遊んでくれて、私もお兄ちゃんと呼ばせてもらって、手料理を食べさせてもらったりした。

 わがままを言っても困ったような顔をして聞いてくれて、呆れたようになだめてくれる人だった。お兄ちゃんにこんな顔をさせるのは私だけだと思うと嬉しくて、またその顔をして欲しくて困らせた。

 友達の手前二人きりで出かけることは出来なかったけど、万が一の機会に備えて誘い文句を考えたりもした。そんなときは必ずドキドキして、お兄ちゃんの笑顔を浮かべると胸がきゅんとした。

 本の貸し借りのためにメールアドレスを交換できたのはラッキーだった。やりとりが途切れないように時間を適度において、あれこれ質問を入れながら一生懸命メールを作った。

 やり取りが続いて一か月、お兄ちゃんから届いたのは「恋人はいない」という言葉だった。深夜のテンションで「私と付き合ってみませんか」と送ったら、「やめときます」と返ってきた。あまりにも早い返信だった。

 その時は悲しかったけど、お兄ちゃんは今でもたまにオススメの本を教えてくれたりする。


 そして最後の恋は、高校二年の夏。

 同じ中学出身の彼女はいつも凛としていて、さらりと揺れるショートカットがよく似合っていた。

 ある日突然彼女の笑顔がきらきらして見えて、彼女に触れたくなって、眠る前に彼女の顔が頭に浮かんで、幸せなのに悲しいような気持ちになった。

 その白い頬に触れたくなって、でも我慢して、手を繋ごうとしたら「邪魔だからやめて」と言われてたじたじになって。

 馬鹿みたいにポエムを書きまくって、頭の中の彼女には好きだって言えるのに、本人を前にしたら「ほんと可愛いよねー羨ましー」しか言えなかった。

 バレンタインにはみんなと同じ友チョコをあげて、でも彼女のチョコにだけメッセージカードをつけた。『大好きだよ! これからも仲良くしてね!』と震えそうになる手で書ききって、変な汗をかきながら渡したのに、1か月後に渡されたクッキーは他の子のと同じで、カードもなければ言葉での返事もなかった。

 きっとただの友達としか思われてないって知っていたけれど、一緒にいられるだけで嬉しかった。

 卒業しても仲良くしようねって言って彼女は留学してしまった。

 一度だけ届いたポストカードにはおとぎ話に出てきそうな建物の写真に読めない単語が添えてあって、彼女が凄く遠くなってしまった気がした。


 彼女を遠くに感じたとき、私はきっと、彼女より好きになれる人は現れないと思った。

 この恋を終わらせてしまったらもう人を好きになれない気がして、私は彼女への思いを最後の恋と名付けた。


 大学生になって、男友達が増えた。ありがたいことに告白もされた。友達に相談したら、とりあえず付き合ってみればいいじゃないと言われて、私には彼氏ができた。

 だけど、他の男と遊びに行くなって言われたり、「俺ら恋人だろ?」って言われてキスされたりとか、彼と会う度に悲しくなった。

 彼女を思う時に感じる悲しさが優しい悲しさだとすれば、彼といる時に感じる悲しさは冷たくて苦しい悲しさだった。

 ひとつずつ自分を切り取って捨てていく様な気持ちになって、世界が少しずつ灰色になった。

 このままじゃ私はわたしじゃいられなくなると怖くなって別れを告げたら、怒られた。

 気付いたら他の男の子たちに地雷女と噂されていて、弁解しようにもどうすればいいかわからなくて、しばらく大学に行けなくなった。



 月日の流れはあっという間で、私はなんとか社会人になった。

 先輩達はみんな凄く仕事が出来て、同期のみんなも私より作業が早くて、このままじゃクビかなぁって毎日ビクビクしながら終電まで頑張って、持ち帰るのは怖いから朝早めに行って前日の残りをやって、気づけば季節がいくつも変わっていた。

 季節がいくら変わろうと仕事が出来ないのは変わらなくて、忘年会の二次会のあと、先輩に駅まで送ってもらったのにも関わらず終電を逃してしまったとき、せっかく送ってもらったのにまたミスをしてしまったと落ち込んだ。

 先輩は「俺が店出る時に引き留めちゃったから」と言って謝ってくれて、タクシーを拾うと運転手さんにお札を渡して「彼女の家までお願いします」と言って私を車内に押し込んだ。

 閉まったドアの窓越しに先輩は「気をつけてね」と言っていて、なんて良い人なんだろうと惚れ惚れした。


 先輩は仕事のフォローもしてくれたし、上司に叱られて落ち込んでいるときに夕ご飯に誘ってくれたりした。私が叱られるのなんてしょっちゅうだから週に一度は飲むことになったけれど、先輩は苦にする様子も見せずに付き合ってくれた。

 美容院に行った翌日には「髪型変えた?」と気づいてくれて、先輩はいつもちゃんとセットしてて凄いですね、なんて返したりした。少し立てた黒髪にシンプルな黒スーツに、たまにこっそりつけてくるキャラもののネクタイ。そんなちょっぴりお茶目な先輩は他の後輩にも人気で、あこがれの先輩だ。

 コートを薄手のものに変えるころ、映画のペア鑑賞券を貰ったけど扱いに困っていると言った先輩に日頃の恩返しとしてご一緒した。

 映画は私好みのラブコメディで、食事をしながら感想を話していたらあっというまに時間が過ぎて。気づけば終電を逃してしまっていた。

 ごめんなさいこんな遅くまで、なんて言いつつ、今度こそ自分でタクシーを拾おうとワインバーから大きの交差点に向かって歩く。

 けれど広い道に出る直前、先輩は私の腕を引いた。


「帰したくないって言ったら、怒る?」


 突然の言葉は漫画みたいで、でも怒るかどうか聞かれるのは予想外で。

 怒りません、と答えたら、先輩は私を腕の中に閉じ込めた。


「じゃあ、付き合ってって言ったら、怒る?」


「怒りません」


 でも、困ります。

 そう続ける前に先輩の唇が私の唇に触れた。

 かすめるように触れて、もう一度触れて離れて。


「好きだよ」


 耳元で吐息混じりに囁かれて、また唇が合わさった。

 抱き締められる腕の力が強くなって、なけなしの抵抗は全く意味をなさなくて。

 深くなるキスに息苦しくなって離れようとしても先輩の腕は固くてびくともしなかった。

 先輩が私の下の名前を呼ぶ。

 普段は苗字にさん付けのくせに、まるで恋人みたいな呼び方に心臓が跳ねた。

 焦ったような困ったような口調で先輩は何度も私を呼んで、何度も何度もキスをする。

 困る、よくわからないけど、とにかく困る。

 逃げようとした私に「俺のこと、嫌い?」と言った先輩は企画が通らなかった時でさえ見せないような苦しげな顔をしていて、肯定することはできなかった。


「嫌いじゃないなら良いよ。これから好きになってもらえるように頑張るから」


 そう言った先輩に私は何も言えなくて、ただ頷くだけで精一杯だった。


 先輩は優しかった。

 一緒に終電に駆け込んだ日は、家に着いてしばらくした頃に「無事に帰宅できた?」とメールをくれた。

 風邪気味のときはビタミンCのドリンクをくれて、定時直前に上司から指示が出されそうになった時は「すみません、相談したいことが」なんて言って上司を連れ去ってくれたりした。

 一緒に過ごしても悲しくなることはなくて、穏やかで楽しい気持ちでいられた。

 日帰り旅行へ行った時にセルフタイマーで撮った写真はお互いやたら笑顔で、自分ったらこんな顔してたのかとちょっと恥ずかしくなった。


 そして季節は再び冬。


「結婚しよっか」


 テレビに映る芸人さんが猛獣に追いかけられている。

 今日の鍋はピリ辛で、シメのラーメンを少なめに作ってから雑炊も作る予定だ。


「いま、なんて?」


 あ、芸人さんが食われる!


「だからね……、ちょっとごめん」


 ぷつり、と画面が黒くなる。

 切られたテレビにむっとする私に、彼は言った。


「結婚しよう」


「はい。……はい?」


 思わずハイって言っちゃったけどなんか答え間違った気がする! というか、結婚?

 プロポーズ? いまプロポーズされたの私?!


「よっしゃ! ご両親に挨拶行かなきゃな。こっちの両親はいつでもいいし、なんなら来週末でもいいから」


 いやー、よかった。断られたらどうしようかと思った。そう続ける彼に今更断ることもできず、かといって断る明確な理由もなくて。

 ただ、既婚の友達から聞いていた夜景のレストランや花束といった素敵なプロポーズが空の彼方に吹っ飛んでいったことはちょっぴり残念で、一言二言三言重ねるとリベンジマッチの申し入れがあった。

 たまに突拍子もないことをし出すけれど、優しい人だと、思う。



 彼への気持ちが恋かと聞かれたら、その答えはノーだ。

 ドキドキすることも、彼を思って切なくなることもない。世界はこれまでと同じ色をしているし、彼だけが輝いて見えるなんてこともない。

 それでも彼といると楽しくて、優しい気持ちになれて。気づけば恋とは違う「好き」が私の中にできていて、彼はそれをちゃんと待っていてくれた。



 私には恋が叶わない呪いがかけられている。

 いつかけられたのか分からないそれはかなり強固で、二十年たってもまるでとける様子がない。

 こうなったらいっそ死ぬまでこの呪いと付き合ってやろうと思う。

 だって私にはもう、恋は必要ないから。


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