沖田総司
「ねぇ、歳サンってもしかして沖田君に惚れてる?」
「は、何を言い出すんだ」
にべもない。
歳三の反応を見て、兼定は少し、拍子抜けする。
「落胆でもしているのか。何故だ」
「何故と言われても困るけど。それより、なんで僕が落ち込んでると思ったんだい 。刀に生まれた僕には、泣いたり笑ったりできないのに」
「なんだか、少し重くなった気がした」
「歳サンの腰に下がってる僕が、重くなったと」
「だからそんな気がしただけさ。気が重い、ともいうじゃないか」
「ふうん、うまいこと言うね。さすがは豊玉宗匠、なかなかですな」
は。
歳三はうろたえた。
豊玉は後世まで伝えられる、歳三の句号である。
その率直で素朴な気風は「天は二物を与えず」と評する輩もいる。
「なんでその名を」
「名刀は主人の心が読めるのさ」
「いや、それはうそだろう」
「なんでそう思う」
「先刻俺が総司に惚れているか問うたが、惚れてなどいないから。確かに総司はも てる(・・・)。だが仮に俺に男色のケがあったとしても、総司と刃で向かい合っ た者ならば、惚れるなどとは考えられないだろうさ。こわい、などと思うのではな いかな」
「ほほう。歳サンは沖田君が怖いと」
「俺にとって総司は弟だ。弟を怖いと思う兄がいるかな。確かに、総司の剣は峻烈 だが」
沖田総司はたった九歳で天然理心流試館の内弟子となった時、近藤と土方は齢十 八か一九。当時いかほどかと立ち会った近藤は、向き合っただけで沖田の剣才に戦 慄した。
「沖田君待て。珍しい。猫が道場に入り込んでいるぞ」
そう言い沖田が剣気を削いだところで近藤は組み討ちを仕掛け、膂力のままに未 だあどけない九つの沖田を押し倒した。
沖田は目をぱちくりさせて降参し、身体をだらんとさせた。