夢だよ 夢 まだ4日目だよ
突然沸いて出た男、マッケンを冒険者二人と薬剤師一人が歓迎していた。この場を打開してくれたというのもあるが、何より有名人だ。
王国の奇跡の剣。
そう異名をつけられた英雄が目の前にいる。
伝説の英雄がここにいる。
生でいるのだ。
アイドルが近くにいて、興奮するファンのごとくこの場は大きく盛り上がっていた。
冒険者側も笑顔だが、特に行動が激しいのは少年のほうだった。マッケンのところまでいくと身を突き出し、目を輝かせる。
「あのマッケン様ですよね!」
先ほどの態度とはまるで違う。
彼のときはおびえながらだったのに対し、今の少年フーリは憧れの存在にあった喜びから声を弾ませている。
何というひとたらし。
彼にとって毒だ。
これはまぶしいものがあった。
少し、彼はこの集団から距離を離す。精神的防壁を突破されることはないが、この明るい場面に関しては大きな毒なのだ。暗闇から生まれたモグラが、光を苦手とするのと同じことなのだ。
明るすぎる。
だが、目はそらさない。そらせなかった。人が苦手だから距離は離した。だけど一人ぼっちは嫌だから集団を視界の中だけでもおさめている。
人から離れるくせに、孤独は嫌だった。
第三者から見れば冷たい眼光は、警戒を行っているようにしか見えないが。
まぶしいのは何度もいうが大嫌いだ。
巻き込まれれば、解けてしまう。
目が。
目が。そう心で叫んだ。
状況は三人からすれば好転しているが、彼からすれば悪い方向に突き進んでいた。
先ほどのマッケンが言った言葉だ。
君がやればいいじゃないか というもの。
「・・・貴方がいったあれは一体・・・」
低い声だ。無論、彼の言葉である。全力ださないと他の人間みたいに声は出せなかった。口を開くことが未だに慣れてない。練習をしようと違和感は残り続けるのだ。
彼の問いにあぁそうかという反応をマッケンは見せた。
「それはだね、今の森は危険だ。さっきのとおり、ゴブリンが力をつけてきている。こんな状態だと有力な人間でも死ぬかもしれないのに下手な人間が言っても危ないだけ。その点君なら大丈夫かなーと思っただけだよ」
あっけらかんに答えが返ってきた。
結構辛らつな方である。
「・・・僕は下手な人間のほうです。」
「うそはいけないよ、私は知っている。・・・とその前に君のお仲間を静めてもらえるかな?」
騙す気もない彼の意見を、マッケンは嘘だと断定し物事を否定する。人は自分の信じたいようにしか信じないのだ。
だから彼の意見をマッケンが信じることはない。
だが、彼の仲間が膨張する威圧をもってマッケンへと向けているものだから、その対象に視線を向けざるを得ない。マッケンの視線は彼の唯一の仲間へと警戒するように向けられた。表情こそニコニコしていても、内心にあるのは防衛する術を模索しているのだ。
されどもマッケンの内心を彼が理解するわけがなかった。
お仲間といった言葉を彼は脳内で反復するのに忙しかったからだ。底辺が並行作業なんかできるわけもなく、ただ思考が極端に仲間というのを探しているのだ。
気付けば、マッケンは一点を見つめていることに彼は気付いた。
そして同じ方向に彼は視線を向けた。
牛さんがすんごい顔でマッケンをにらみつけている。それだけじゃなく、彼以外の全員を獰猛な顔と牙でにらんでいた。
周囲にいるものすべてを敵対者と認定し、彼とマッケンに対する態度の違いについての意味を問うているのだ。命の恩人たる彼、そして伸びきった知能のレベル。そこにおいて、彼は味方でそれ以外の存在全てが敵だと牛さんが思い込んだのだ。
その反応、猛獣の凶悪な顔に彼は恐怖を覚えた。底辺が味わうことのない威圧に、直接向けられていなくても怖くて仕方がなかった。
どうしようかと悩んだ。だが、結果思いつくことはなかった。
手を出したらかまれそうと彼は少し逃げたかった。底辺特有の癖、逃避の術が発動しそうだった。
第一、動物をどうやったらとめるのか。教育なんかしてない。ただ、怪我から回復した牛さんは彼を襲わなかった。彼が行った行動も全て理解したように動いていたため、何も考えずにここまでつれてきてしまった。
彼は自分が飼い主と思われていると理解した。
ため息をついた。
彼はそっと手を開き、挑発しないように牛さんの顔までもっていく。怖い顔を治すため、指で口を閉じさせ、頬をつまんだ。そのままひっぱり笑顔の形にする。
牛さんは頭がいいはずだと信じて。
「・・・笑顔」
彼も牛の間近まで顔を持っていき、笑顔を作る。ぎこちない笑顔は治らないが、何回も反復して口に出す。
彼は理解させるように、自分の表情を必死に作り上げていく。
間近で見る顔は凶悪そのものだが、彼の表情変換を何回も行ったため、牛さんも理解した。知能が高いことが伺える
笑顔の意味は牛さんはわからないが、彼が今行っているのは静まれという行動だというのはわかる。そう中途半端に理解した。含める笑顔という意味ではなく、平和的に威圧を減らせということ。ようするに抑えろということだ。
彼が笑顔といった。
彼が必死に行って作ろうとしているものがその言葉が表している行動なのだ、と理解。
それに牛さんは従った。
本来、それを理解することは普通の魔物でも動物でも不可能だ。それを可能にしたのが彼が牛さんに食わせた黄金のりんごのなせる業だった。
あのりんごは知性を格段にアップさせる禁断の実だ。
人間が食べれば賢者のような頭の回転が早くなり、魔物が食べれば人間のような知性を得る。アダムとイブが食べた禁断の果実みたいなものだと思っていただければよくわかりやすいと思われる。
そんなのは食べなくても、牛さんが彼を攻撃するということは無いが、他の人間達は本能の赴くまま襲っていたかもしれない。
知性が格段に上がり、本能に勝つものがあった。
理性。
人間が必ず備える、感情を抑制する精神的壁。
もろくても儚くても、この精神的壁によって人は文化を形成する重要なもの。その理性を牛さんは手に入れていた。
格段にあがった思考の中で牛さんは少し考えた。
不規則な行動を抑えたのは彼と同じ人間を襲えば、彼には面白くないだろうとうストッパーが働いた為。牛さんだって仲間を攻撃されれば面白くは無いのだ。だから彼がいるときには一切、他の人間を襲わない。知性がそれを判断した。
同族協調の術を知識として身に着けたのだ。
だが、わずらわしいものもある。
好奇心があふれる視線、畏怖から零れる多大な警戒。いくつもの人間から与えられていく、まとわりつく視線が鬱陶しくて仕方がなかった。
だから町の中にいるときは、彼の体に頭をこすりつけていた。面倒くさいものは見ようとせず、感触をたしかめ自身を押さえ込んでいた。理性を維持できないから、命の恩人たる彼をもって収めようとしたのだ。
命の恩人であり、知性が上がる原因を作り上げた彼。
その彼と牛さんの応対を、余裕そうな表情でマッケンは見ていた。
ほかの三人なんかぽかーんと口を開けているだけだ。
言葉に出ない。そういうことだろう。
マッケンは彼と牛さんの行動を見て、笑みを浮かべている。優しそうな雰囲気を持つくせに、悪そうな顔でそこにいた。
「今の森は、危険だ。ここにいる人間は無能だ。皆死んでしまう。・・・トゥグストラを支配下におさめ、今も私を警戒している油断がならない君なら・・・余裕で行えるさ」
小さいこえ。
冷たい声。
誰もが聞こえない、一人声。
三人は気づかず、彼は気づく。
普段から陰口を気にしてきた彼の聴力は、小さい声を聞き取るのは得意だった。目の前の明るく、優しそうな男から聞こえる怖い声。小さくも毒があるマッケンの言葉は彼だけに届いていた。
別に警戒なんかしてないが、聞こえてしまったものは聞こえてしまったこと。
表情は変えずに、暗いままマッケンを見やった。びっくりした内容に驚きも隠せなかったが、残念ながら表にはそれが出ていない。ただの無表情でした。
視線が合い、にこりと意地悪そうに片目を閉じるマッケン。
夢の世界は本当にリアルである。