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不幸の連鎖 5

次話は9月4日 19時ごろ投稿します

 ゴブリンの掌底が頬の横をすぎ、リザは間合いに入り込んでいた。右手を後ろに流すように走り、接近後すぐさま右手が下から上へ。銀の輝きが残像を残す速度にてゴブリンの首を狙っていく。ただ首には勢いよくぶつけられたものの、思った通りにはいかない。


 首筋に刃物が当たってなお、切っ先は奥へ進まない。



 傷はない。


 充血した両目を何度も瞬かせた。リザの速度にゴブリンは追いつかないし、間合いにも簡単に入り込めた。その勢いを利用した一撃は鋭く、常人も達人もことごとく首を落としてきた。しかも相手はゴブリン。下等種族のはずだ。


 簡単に殺せるはずだ。


 時間はかからず一撃で殺し、すぐに怪物の首を上げる。


 そのはずだった。


 下等種族と見下しても、相手は怪物の配下だ。通常のゴブリンではないとは思っていた。されど下等種族という認識もあった。



 銀色が食い込まず、皮一枚で食い止められた。



 いまだ力を込めてなお、先へ進まず、停滞しかけた。だが視界下方から流れる緑の動き。拳がアッパーのごとき勢いにて放たれていた。その気配を読み取り、すぐさま地を蹴り後方へ。先ほどまであった顔面の位置まで拳があり、空をきった形。



「あの怪物め、ゴブリンですら異常ですか!!


 徒手空拳といえば言葉は格好良い。されどゴブリンの手足は短く、筋力もない。そんな存在の格闘技など恐れる必要なし。だがゴブリンが徒手空拳を打つほど、技を磨くこと自体が異常。そういう奴らではない。


 ただ武器をもって、野蛮のごとき数で群れる、雑魚。


 風のように再び接近。黒い気配が瞬間移動したと違える速度。次はゴブリンの側面に出現。上空へ身を投げ、旋回。その勢いから放たれる回し蹴りですら、常人には見えない。気づくのはリザの黒い服が翻ったことと、振りぬかれたあとでしかない。


 狙いはゴブリンの顔面。


 その破壊力は並みの冒険者であれど、顔面粉砕ほどの威力がある。


 だがその効果はない。顔面に一撃を与えられてもなお、勢いを止めず、リザへ攻撃の意志を見せる。ダメージがないのだ。

 

 振りぬかれた足が地面につくころ、ゴブリン側の上段蹴りが着地点へ目掛け放たれる。


 間髪入れずの一撃に対してもリザのほうが行動は早い。


 すぐさま上段蹴りにて迎撃し返す。二つの足が互いにエネルギーをぶつけ、交差する。衝撃はあれど、リザは勢いを止めず、その場を維持。ゴブリン側は衝撃でよろめきつつ、必死にその場で踏みとどまった。


 

 足と足がぶつかり、隙だらけ。


 されど互いの気迫と気迫がぶつかり、余計な手出しをする考えすら及ばなかった。足の重みをリザが強くしてみせれば、ゴブリンは表情をゆがめて、押し返してくる。



「どこでその技を覚えましたか?私は二度殺したつもりです。それが死んでいない。これはありえないことです。ただのゴブリンじゃ無理な芸当。それより普通の魔物ですら無理でしょう。怪物の手下のトゥグストラですら、ただでは済まない。二度撃退してみせる技を受けてなお、最弱が息をしている」



 現在の硬直状態ですら維持すらさせない。



 リザはそのまま力をこめ、足を踏りぬいた。ゴブリンは急激なリザの力の変化に追いつかず、必死の抵抗。されど流れるように地面へ足をぬいつけられる形で倒れた。踏みつぶすほどの勢いでリザは足裏に力をこめる。だが潰れない。



「ぐがああ」


 ゴブリンの悲鳴が上がる。痛み、肉体の悲鳴もそう。


 地面にゴブリンの足が沈んでいくだけで、何もない。



「おかしい」


 リザは一度足を上げ、ゴブリンの腹部を蹴り上げる。軽い動きながらも、ゴブリンがくの字を描く形で吹き飛んだ。木を緩衝材にするまで転がっていき、最初の緩衝物となった木はけたたましい音をたて、折れた。それでもなおゴブリンは止まらず、地面に何度もバウンド。



「おかしい」


 ゆっくりとリザが歩み寄る。ゴブリンへ。ゴブリンが痛みによる苦痛の表情をうかべても何も思わない。何度も息をすいこみ、必死に生きようとするゴブリンに対し、冷静だった。転がってなお、痛みがあってなお、必死に両手を地面に置き、両膝を必死に地面に合わせているすがた。すぐにでも立ち上がる意志があるのだろう。



 死んでいない。



 殺す気なのにしなない。壊すつもりなのに壊れない。


 右手の短剣をくるくると手で遊び、そして放った。飛来する銀の速度は人の技で出す速度でない。音すら出さず、ただ姿も一瞬の残像にしか見えなかった。


 ゴブリン側が気づくと同時に顔面を上げた。


 そして額に当たる。


 通常の魔物であれば刃物は頭部を貫通していく。もしくは強度を保つ肉体であれば、強度な衝撃によって肉体の内部が破裂し、外皮はそのままで内側がぐちゃぐちゃだ。




 されど当たっただけで、そのゴブリンの額に縫い付けられたように固定。


 最初はエネルギーによってゴブリンの額を突き進もうとした。されど何かに防がれている。肉体ではない。あれほどリザの軽い一撃で転がった魔物とは思えない。死ぬ攻撃を何度も無傷で防いだにしては、肉体が弱すぎる。


 いつまでもエネルギーはつづかず、刃物は落下。



「おかしい」



 リザはわからない。ただのゴブリンとして見下す淑女にとって未知だ。


 いくら怪物の配下であろうと、ここまで異常なゴブリンができるわけがない。



「あの男は異常です。こんなのを生み出すなんて、狂ってます。人間の制御を聞かないトゥグストラ。集団生活を好み、高い戦闘能力をもつリザードマン。頭も悪ければ、集団生活など維持できず、仲間内で殺しあうゴミのオーク。他種族に対して野蛮な暴力性、下品なほどの思考性。そのため共存できないアラクネ。あの男が維持できるのはリザードマンだけだと思っていました。いずれ殺されると思っていました」



 トゥグストラを媚びさせる異常性。


 リザードマンに対し敬意を見せさせ、野蛮なごみのオークの本能を抑え込む。


 他種族に対し、約束したとしても裏切り。仲間だと思わせて油断すれば襲撃し、殺害。他種族をおとりにしてほかの種族をつり出しては殺したり、凌辱したりする下品なアラクネ。


 

 いずれ殺される。


 正しくはいずれ殺させる。そのためにアラクネを怪物に渡した。トゥグストラは怪物を殺せないし、リザードマンは種族的にそういう考えはない。主人と認めたものを切り捨てない。オークは本能が怪物を恐れているのだろう。強者に従う本能のため役にたたない。


 アラクネだ。


 アラクネは唯一の保険だった。


 それもそのはず、あの時のリザは必ず保険を用意する人間だった。



 どんな人間に対しても排除する保険。それがあるからリザは部下として接することができたのだ。



 リザはあの時、怪物に初めて出会った時のことを思い出してしまった。ゴブリンが苦痛の姿を見せながらもなお、立ち上がる姿をみて、なぜか過去を思い出す。


 怪物を仲間に引き入れた。


 その後悔は今になってはある。


 だが当時はどうしようもないほどだった。




 一目見たとき、怪物は見たことのない人間だった。気配も薄ければ、気力もない。生きてる気配もないし、死んでいるかのような人間だった。表情はなく、目は死んだ魚。人形みたいといっても過言ではない。


 何もできない無力。


 そうみることもできた。


 だが王国の大会で突如現れ、トゥグストラを率いて予選を突破。オークもリザードマンだけに身を預け、一人高みの見物をきめこむ姿は異常だった。あの濃密な空気、一流の冒険者たちの気をうけて落ち着くはずがない。達観した姿とは裏腹に、オークもリザードマンも死に物狂いで敵対者を排除、殺すことなく無力化させていた。トゥグストラは好き勝手に暴れ、大会の予選を大きくかき乱した。



 一流の冒険者はトゥグストラを殺せるし、オークもリザードマンも殺せる。


 それをさせず、己は何もせず配下にまかせて勝ち上がる。


 その姿を見て、なぜかリザは声をかけることにした。


 異常だとわかっていた。あんな人形が人間をしているやつに声をかけるなど頭がどうかしていた。されどリザにはリザの事情がある。地位を上げ、立場が不安定だった。リザ一人は優秀であり、それなりのソルジャーとして活躍できる。だが管理職となった際、必要なのは使える部下だった。



 自分だけでできること。


 自分だけじゃできないこと。


 ハリングルッズでのリザが当時抱えていた部下は信用ならなかった。


 管理職となった際、つけられた二人の部下だ。


 力自慢の部下は野心が高く、いつ裏切るかわからない。知能ぶったやつは仲間の振りをしりつつ、状況が悪化すれば簡単に裏切る。そのくせ結果はあまり出さない。部下の状況を調べれば結果は出しつつ、報告をしないだけだった。リザの部下はリザを信頼しておらず、結果を独占。多少は己の立場を維持するための報告のみだ。


 二人の部下にも部下はいる。リザが素直に命令したところで聞きやしない。上司を通せと無視される。


 リザも部下を信頼していない。


 己は一つ。


 責任は己のみ。


 あまりにいうことを聞かず、二人の部下のうち、知能ぶったやつを殺した。そうすれば野蛮なほうの部下は表向き命令を聞き出した。リザの強さがわかったのかと思えば、そうではない。いうことを聞かないやつを殺した上司。そんな上司がいれば保険を作るのが下の仕事。


 あくまで保険として表向き従い。


 リザの立場が弱くなれば裏切る算段を立てていた。



 そのためだ。


 あのときのリザは立場が非常に弱かった。



 そのため裏切る気も見せず、欲深ではなく、能力が高いやつ。必要以上程度の報酬を与えれば満足するやつがほしかったのだ。



 そんな人間を見つけるのは簡単じゃない。


 能力が高いやつは欲深い。自己肯定感があるため、高額な報酬を要求するのが常だ。それは悪いことじゃない。ただハリングルッズにもなると影響力は高い。そんな影響力の中の環境だと、必ず能力の高いやつは向上心を育むのだ。


 環境は人を育てる。


 だが環境によって人は上も下も切り捨てることがある。



 リザの部下も全員能力は高かった。もともと冒険者上り、学者上りだ。得意な分野は強いのだ。そういう特化した人間だけを一つの環境に収めれば暴走もする。抑えるための制御システムも上に立てばたつほど制約はなくなるためだ。


 


 部下を殺せば、ハリングルッズという環境はリザを無能といった意志をみせかけた。


 上司を殺されてなお、何もおもわないその部下たち。



 リザ一人で制御するにも、暴力しかない。暴力をふるえばハリングルッズはリザを無能と断じて、引きずり下ろす。

 


 ハリングルッズという組織はリザ単体よりも強く巨大だ。



 上へ目指すには、今を維持するには特化した何かが必要。


 裏切らず、能力も高く、欲深くもない。


 都合のよい人間。



 それを探すために大会を観察してた。


 そして見つけたのが怪物だった。


 ただリザは己以外信用していない。


 裏切るのが有能なやつの考えること。



 そんな人間にも裏切る仲間を与えておけば、問題はない。有能であって結果を出しても仲間に裏切られて死ねば、リザの責任ではない。またはリザを裏切ろうとするそぶりがあれば、放置しておけば勝手に自滅もしてくれる。現在のリザと同じ感情を味わせる欲望を満たしつつ、時限式の役割を与える。

 



 それがアラクネだった。


 

 ただ目測が間違った。


 怪物を部下として引き入れた。


 ただ表向きは仲間として引き入れた。実際はリザの部下として雇った形だ。保険もあるし、狙った通りの人間。初めは様子見をし、能力がなければ暗殺するつもりもあった。ただ初回から異常な結果を出した。


 怪物が出向くと、その先で敵対者がいなくなる。


 大会しかり、対立しかり。


 逆らうやつが消えて、従うのだ。


 弱者の立場を利用した我儘な敵対者、貸した金を返さない村などがいい例だ。命が危ない程度では金を返さず、奴隷として取り立てようとすればハリングルッズ本体に泣きつく。リザの立場を理解したうえで奴らは知能を発揮する。


 それをどうやってかは知らないが粉砕した。



 適当につけた野蛮な部下も、怪物と仕事を組ませれば、その欲深さを沈めていった。


 リザが管理する付近で争いを見せた犯罪組織同士の抗争も怪物がいる間は沈黙を保つ。



 グラスフィールの隣町の住人を皆殺しにしたのは非常識だ。リザは命令していない。もともとハリングルッズの支店がないため、損害もない。ただ悪名だけがついた。その点はやりすぎだろう。ただ怪物が手を下したわけじゃなく、あくまで他人がやらかしたこと。それを怪物が仕向けたことが異常なのだ。


 逆らうやつがいれば、町ごと滅ぼす。証拠は残さず、他人に実行犯として罪をなすりつける。



 勝手に使えない学生を自由すぎる労働条件で仲間内に引き入れた。これは非常に腹が立った。希望も夢ももつ学生など嫌いだ。とくに女という部分が気に入らない。自分は女として生きたこともなければ、そんなものを利用できるほど余裕がない。体を売って金銭などを手に入れればいいとさえ思っていた。自分はできない。そもそも他人に体を預けるなんてことは、命を預けるのと同義。


 あの怪物は金以外に目的を見出した。


 使えない人間も勝手に仲間に引き入れた。ただ最近は雇った女学生がそれなりに頭脳を回してくれるおかげで、簡単な事務処理が減った。殺した知能をもつ部下程度の能力はあったということだ。


 そんな現状はリザは教えてない。


 リザが教えてないが、求めたものを怪物は提供したのだ。


 リザの指示系統はごちゃごちゃであり、書類もほぼ適当だった。野蛮な部下は怪物が来るまでは横暴だった。だが怪物が来てからはおとなしく真面目ぶりだした。


 女学生を雇い、仕事をさせれば、本来の部下たちなら間違いなく手を出しただろう。


 だが怪物が選んだ人間とわかれば、絶対に手を出そうとも軽口をたたこうともしなかった。


 不足していた能力を補わせ、そのくせ女学生は心が死んでいるのか、多少の死体を見た程度では動じない。恐ろしい報告などがあがろうとも冷静に判断。必要なものを事務的に提供。潤滑に回ってしまったのだ。


 それを見ればほかの部下たちは怪物を恐れた。子供が犯罪者を恐れず、仕事をこなすなどありえない。常識人であろう見た目、犯罪歴も一切ない。女学生程度が周りを恐れないのだ。


 それはすなわち怪物のほうが怖いという証明にしかならない。怪物と比べれば、この環境の人間は大したことがないといった反応。それらを見せれば異常なのは気づく。


 怪物を選び、その上に立つ人間。


 つまりリザに対し恐怖を見せるようにもなっていた。


 怪物は欲深くはない。裏切りも見せない。能力も高い。結果も出すし、きちんと報告する。指示したことはやるし、それ以上の結果も出してくる。それでいて残酷にも敵対者は容赦ない。


 大商人も手下にした。グラスフィールの商人たちも手下にした。ただそれらはハリングルッズに寄付はするものの、怪物個人に従っている。それに関し文句はあるが、口を出す気はない。


 欲深くなく、裏切らず、能力の高い人間。


 そこに当てはまるのは怪物のみで、怪物にも利益が必要だと考えている。だから何も言わない。


 

 リコンレスタも奴隷化計画があった。


 その情報を野蛮な部下に流せば、まじめぶって反対の意を出した。女学生にも出してみた。何も感じず、冷静にご自由にという意見を現した。リザの手持ちの駒は野蛮な部下とその部下。女学生。知能ぶったやつの元部下は女学生に付けた。



 リコンレスタは異常な地帯だった。


 皆全部が敵。外からの人間は全員敵。敵対者をつぶしても何度でも立ち上がり、別の組織として抵抗してくる。そこに住む全員滅ぼさなければいけないほどのスラム街。


 それを怪物は支配した。


 分割統治として、かつての支配者狐顔の男を立てた。この男は出会った中で一番信用できない類の人間だった。リザは管理できず、生かしておくにはリスクがある。そのリスクを怪物は背負い、従わせて、裏切らせない。


 怪物が仕事をしているなか英雄が死んだ。


 リザですら逃げれれば最善の相手が死んだ。



 それはベルクでしんだそうだ。


 英雄は何のためにベルクにいったのかは不明。ただ死んだという報告が流れた。英雄の強さは皆が知っている。ハリングルッズが絶対に手を出してはいけない人間。かつて敵対し大きな被害を出した。敵対したものを英雄はひたすら殲滅するまで執拗に狙ってくる。殺そうとしても、仲間が死んでいく。逃げても逃げられない。


 勝てない勝負と上層部が判断。その中で謝罪を繰り返し、金銭を渡し、英雄が許す条件までを呑み込んでの和解。かつて英雄一人でハリングルッズが半壊するまでいったのだ。


 麻薬の販売停止。

 英雄によってハリングルッズは麻薬の販売を禁止されている。



 多大な利益を誇るそれらは、英雄の感性に大きく触れる。それを販売禁止にすることで英雄との和解が成立し、今に至る。


 それが死んだ。


 ハリングルッズは今さら麻薬を販売する気はない。英雄が死んだという噂のみで、死んだと思っていない。また王国政府からも麻薬に対しての監視もある。また王国民からも麻薬だけは拒絶する意志もある。環境に適応するため、麻薬だけは生産をしない。



 リザは知っている。


 英雄は死んだ。遺体が見つからないだけで死に、殺したのは怪物だ。


 本人はおらずとも環境があれば殺せる。


 怪物の本拠地、その環境があれば英雄だって死ぬのだ。


 リザの立場は怪物を引き入れたことによって強固になった。女学生が事務を管理してから部下の労働時間も把握できた。成果も文字化できた。野蛮な部下がおとなしくなった。リザに対し裏切る姿を見せなくなった。


 勝手に小国ローレライを支配したのは独断専行だ。だが何も言えない。あくまで怪物はローレライの貴族に頼られて、行動しただけ。ハリングルッズが最初に手をかけて、経済侵略をするために手を出そうとしたところで、横から奪われただけだった。混乱の火種を作ったはいいものの、その火種を大きくしたのも、うまい具合に混乱させたのも怪物だ。


 何も言えない。


 その仕事はリザの同僚の管理職の仕事。


 ただ仲は悪く、お互い殺しあうときがある。



 表立ってではなく、裏で邪魔をしたり、されたりだ。


 そう思えばリザ個人に損害を出したことはなかった。


 怪物は異常なほどに結果を出した。おかげで今がある。その気持ちに嘘はなく、必要じゃなくなっても片腕程度には扱ってもよい。もし邪魔になったとしても苦痛なき死を与えるつもりだった。



 ゴブリンが痛みの中、立ち上がりかけた。


 その頭部にリザは足を乗せた。


 そして踏み下ろした。


 踏みつぶす気であったが、結局潰れず、勢いのみが力を残す。


 土にゴブリンの顔面が埋もれ、バタつく形で必死にもがく。



「本当に惜しい。怪物も最後に馬鹿なことを選択しました。これでも少しは感謝していたりもしました。怪物のおかげといいたくはありません。が、怪物のおかげで利益をいただきました。個人としても組織としても必要なものを提供できる強さ。人の心を見抜く力、強さ、弱さも理解できる柔軟性。どんな人間だろうとあの怪物はスタンスを変えてこなかった。本当に素晴らしい人材でした」



 足の力を緩め、その瞬間ゴブリンは勢いよく顔を上げ、激しく呼吸をする。



「痛みによって呼吸できないくせに、地面に埋まってなお生きれる力。お前は異常です。ですが、異常な奴の手下と考えれば納得しないといけません」


 苦しむゴブリンをしり目に、冷酷な目で見下す。見下ろすのも疲れたのか、その場でしゃがんだ。両手で顔を支えるようにして、ひたすらゴブリンが空気を取り込むのも見守った。


 激しい呼吸。


「お前は生きててつらくないですか?ただのゴブリン。最弱にしては健闘したとは認めます。ゴブリンとは思えない強さでした。技術もあることは認めます。人間の真似事にしては、それなりでした。だが勝てない。お前は勝てない。人間以下なんです。いくら努力してもお前は人間以下」



 リザはなぜこんなことをゴブリン程度に語るのかわからない。


 さっさと殺せばいいと思っている。


 だが話をしたがっていた。


 己の心がゴブリンに対し心が揺れ動いているようだった。認めたくないが、なぜかゴブリン程度に思うところがあったのだ。



「弱者が今を生きようとしても苦しいだけです」


 

 ゴブリンが苦しい中でも必死に顔を上げ、リザをとらえた。強い目線がリザの視線とぶつかる。死を覚悟したものじゃない。生を感じる強い目。生きたいと願う強さ。


 その目を見た際、リザの心が大きく荒れた。


 片手で頬を抑えるようにし、空けた手はゴブリンの頬を大きく叩いた。ダメージはないと思ったが、激しい音が鳴り響いた。先ほどまでなぜかしない音が今だけなったのだ。



「・・・なるほど、これが本来のお前の感触でしたか」


 空いた手で何度も往復でたたく。余裕ぶった形でしゃがみながら、頬杖をつく。そのくせ何度もたたく。冷たい視線で何度もだ。



 先ほどまでとは違う。


 最初殺す気で当てた攻撃とは感触が違う。



 肉体強度による防御力。スキルによる防御力。前者は違う、前者であれば今の感触は余りに柔らかすぎた。後者にしては何度も防ぎすぎた。さすがに死に値する攻撃を何度も防ぐスキルはゴブリン程度に使えない。リザでも使えない。多少防御力をスキルがあっても、何倍も引き上げるスキルはこの世に幾つも存在しない。


 それが使えるだけで一流の戦士だ。



 元が強いからスキルで強くなる。元が弱ければスキルを使っても弱いまま。



「手品といいますか、インチキをしていたわけですか」


 血がリザの手につく。体液が地面を汚す。必死に生きようとし、強者に蹂躙される。



「そのネタが知りたいとは思います。ゴブリンごときが私相手に時間を稼げるネタがね。ただ知ったところで私に使えるとは思えない。部下に教えようとも思わないのです。強くなれば裏切るようなゴミどもに与えるものは何もない」


 充血したリザの目がゴブリンを見下す。



「弱者が今を生きようとするのはやめなさい。痛みが増すだけです。つらくなるだけです。潔く諦めなさい。そうすれば楽に殺してあげます。別にお前に恨みは一切ありません。怒りはありますが、それで拷問しようとは思いません。ゴブリン、お前は努力した。認めましょう。下等種族のくせに私相手に立ち向かえた。だから」



 リザはたたくのをやめ、頭部をわしづかみにし、持ち上げた。


 しゃがみながらも、持ち上げ、ゴブリンを睨みつけた




「死ぬことを希望しなさい」


 リザは頬は嘲笑しているが、目は笑っていない。真剣だった。真剣にゴブリンに向き直っていた。



 ゴブリンは目を閉じ、か弱く手を伸ばす。リザはその動きを強く監視しながらも、止めなかった。やがて手は自身をつかむ手を握りしめた。


 弱い。


 痛みがあるためか、意識がはっきりしないのだろう。


 それでも尚、リザに触れて見せた。



「今のお前では無理です。私に勝てない」


「・・・がが」


 ゴブリンの口が弱く開き、何度もパクパク動く。音には出ない。



「なんですか?死ぬための遺言でもはきたいのですか?あいにく下等種族の声はわかりません。人語を理解しなければ私にはわかりません。何か残したければ人語でも理解して話しかけなさい。それができないからお前は下等しゅ・・」



 そのゴブリンは生を諦めていなかった。


 その口は鳴き声にしては独特の動きをしていた。


 見たことがある。


 リザは己の無自覚な特技、読唇術によって言葉が見える。


「・・・や、やっとつかまえた」


 音にもならず、声にもならない。それなのに声として聞こえ、急いでリザが振りほどこうとした瞬間。



 ゴブリンの鳴き声ではないものが聞こえた。


 はっきりとした人語。



 それはどことなく聞こえた。


 老婆の声だ。しわがれており、声がかれていた。


「誰ですか!!」


 あたりを見渡しても人語を語るものは見つからない。見えないところで周囲を囲む野生の魔物もリザの殺気の前に散っている。だから周りに誰もいない。人間はいない。いるのはゴブリンだけだ。


「ま、まさか」


 逃げることよりも、状況を把握するよりも驚愕が先に出た。



「・・・あんち、ふぉーるど」


 リザの足元を照らす六芒星の陣。それを避けようとゴブリンの手を振りほどき、立ち上がる。ただ術式の展開のほうがはやい。六芒星の外円から伸びる光の鎖が伸びてリザの手足、両足を拘束。ただその拘束時間も短い。拘束されたとみれば、リザの華奢な体とは思えない力で激しく抵抗するためだ。


「りみっと、それぐ」


 光の六芒星からの鎖が足に強く巻き付き、肌に絞めた刻印が浮かび上がっていく。


「りみっと、わいむず」


 光の鎖が両手に強く巻き付き、肌に絞め跡の刻印が浮かび上がる。



「りみっと、ぼるでぃす」


 胴体を光の鎖がまきつき、服の上から刻印が浮かび上がる。



「りみっと」


 老婆の声で次の術式を刻もうとするが、ただ時間切れ。光の鎖が音をたて、崩れていく。崩れていく鎖のなか激しい抵抗したため、その抵抗がなくなった際の反動によって大きく体制を崩す。ただ体制を崩しつつも、その場で踏みとどまった。


 六芒星を維持するための魔力が尽きたわけじゃない。リザの激しい抵抗が六芒星の拘束を打ち砕いただけのことだった。



 だがそれも先ほどまでの余裕はない。


 リザは己の両の掌を見つめ、腹部に視線をずらし、両膝に触れる。



「力が出ない」



 先ほどまでの怪力はない。ただ弱いわけでなく、並みの魔物は圧殺できるぐらいの力はある。また足においても力抜けが激しく起きており、感覚が大きくずれている。思った能力と、実際の能力が激しくずれたのだ。



 体もそう。

 


 全体的に能力が落ちている。



 その姿を前にリザは初めて表情をゆがめた。先ほどまでは自分優位だったものに対し、今は優位性を保てない。



 そのくせゴブリンは人語を語っている。


 ゴブリンは己の胸元に指をあてて


「ひーりんぐ、ひーりんぐ、えんじぇるりんぐ、ふるわいるど、ふるぼでぃ、ふるそれぐ」


 何かしらを唱え、その言葉通りに光の輪が出現。ヒーリングによって体の傷がふさがっていき、二度もかければ体力の大半を回復。


 また光の輪がゴブリンの頭上にうかび、天使のごときスタイルを演出。えんじぇるりんぐによる効果だ。


 ふるわいるどは腕力を引き上げ、ふるぼでぃは肉体の筋力を引き上げ、ふるそれぐは足の脚力を上昇し、スピードを向上。


 それらを共同で維持管理するのが光の輪だった。この術を使うと効果力が伸びる、時間も伸びる優れもの。ただ壊されれば意味はないが、通常の魔法も刻印は消されれば意味はない。触った程度じゃ壊せない。


 リザにかけた刻印も消されれば意味はない。


 消せればだが。



 あんちふぉーるど、相手の術式抵抗力を大きくさげ、少しの間相手を拘束する。またこの最中に放つ術式は展開速度が速い。ただそれだけだ。えんじぇるりんぐを相手に使用したほうが時間は長い。ただあんちふぉーるど最中で発動した術式は魔法専門職でなければ解除は難しい。



「ありえない。お前はなんなんですか!!!どいつもこいつも簡単におかしくなってくれます!!いてはいけないズレがあることをなぜ気づかないのです!!怪物は何を生み出した!!あいつは何をしやがったんですか!!ただのゴブリンがなぜ人語を理解するんですか!!!なぜスキルじゃない・・・魔法を使えるんですか!!!」


 リザはゴブリンが相手だと思ってはいても、怪物の配下だと理解していた。


 だから一切隙をみせていない。


 相手の攻撃も見逃さないほどに警戒していた。


 何か攻撃をされる前に即座に殺して見せる。


 


 リザが術式を刻まれたのは油断をしたからじゃない。本気で相手を倒すためであって、心からの屈服を求めただけのことだ。



 それも時間にしては十秒も満たない。


 あの状況ではリザの優位は覆せない。


 怪物がいれば十秒も与えないが、怪物がいない状況での十秒未満で状況変化するのがおかしいのだ。



「なぜ上級聖職者の術が使えるのです。拘束力は上級者ほどではないにしても、その力は間違いなく本物です!!お前はゴブリンでしょう!!魔力もなければ力もない。ただの雑魚であって下等種族!!下等種族は下等種族らしくしてろっていうんです!!!お前は!!」



 

 リザは吠えた。強く吠えた。異常事態が起きており、そこには本気で罠にはまったやつしかいない。理解が追い付かず、状況を呑み込めない。必死に叫んで心を落ち着かせようとしているのだ。



 だがゴブリンは一切気にすることなく。


 指先を自分の胸元にあて



「ひーりんぐ」


 体力の回復に努めていた。



 ゴブリンは回復魔法を使えない。そもそも魔法を使えない。一部ゴブリンの中で魔法が使えるものもいるが、それですら下級魔法職程度、あっても中級手前の魔法でしかない。それを上級聖職者ほどの術式を展開したのは異常なのだ。


 ありえないことが起きている。


「くそくそくそくそくそくそくそ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」



 地団駄を踏んでもその足は地面をへこませるだけだった。予想していた土埃はおきておらず、意識と実際の制限の差が強く出ていた。



「があ」



 ゴブリンは首を振り、笑って見せた。


 嘲笑じゃなく、強さを持つ存在の笑み。



 そして口を開く。



「おまえはつよい。おれはよわい」



 しわがれた老婆の声でゴブリンは指をさす。その差した先はリザだった。





「いまのおまえとなら、おれはたたかえる」



 対等宣言。ゴブリンはリザにあろうことか対等という宣言をかましてきたのだ。その瞬間リザの怒りは再沸騰。力を制限されてなお、相手に体力を回復されてなお、リザは負ける気がしなかった。



 

 


 

 


 

リザは一切手を抜いていません。ゴブリンも同様です。

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[一言] ゴブリンさん予想以上に魔法使いしとる…!
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