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人形使い 9

展開に悩んでおりました。

 牛さんはこの仕業を雲の仕事だと断定していた。姿を見せず、気配もわからない。牛さんが察せられないが、確実に人形使いの人形を視認できる場所にいる。だが必死に見渡しても、耳を立てても、鼻を利用しても決してわかりはしない。雲と牛さんの実力は同じ。


 ただ方向性が違う。


 牛さんの防御力や破壊力を雲は出せない。物理的な攻撃から、全体的な属性による防御力は突出しているのが牛さん。逆に属性的なものやスキルによる戦闘力などは、得意なジャンルより遥かに劣っている。


 雲は物理的な攻撃もそこそここなせ、防御力もそこそこ。ただし属性による呪詛など、スキルによっての多様性が突出している。どんな敵、どんなに強大なものであってもダメージを確実に与えられる。ただし単純なほどに硬く、強い力、防御力に対しては効果が薄いだけだ。


 二匹が同時に本気を出せば、同時に死ぬ。そこに運の要素が加わって、一匹が助かるというものは一切ない。運の要素を込みで確実に二匹はお互いを殺しきるからだ。生命を失ってでも相手を殺すことができる。だからこそ同等の戦闘力として評価できるのだ。


 手数と多様性にて攻める雲と、一撃でも与えればよいという大振り攻撃極ぶりの牛さん。そんな牛さんは正直気配を探る能力などは低い。雲が本気を出さなくても、姿を隠そうと思えば見つけられない。だから牛さん早々に探すのをあきらめた。


 だが牛さんは軽く身を低くした。


 そして泣いて気絶したコボルトの体の下に角をさしこんだ。地面の土砂を角が削りつつも、コボルトの体を傷つけずに角をコボルトの背へいれた。そして優しく引き上げれば、コボルトの背が空を少し舞う。降りた先が牛さんの背中へぼすりと落ちた。魔物の体は人間とは違って丈夫だ。彼が同じことをされれば骨折する。だが、コボルトは牛さんの体にうつぶせのように倒れても気絶したままだった。




「ぐるああああ」


 牛さんは吠えた。見えない雲に、命令をしたのだ。見えないからといって、いないわけではない。認識できないだけで、確かにこの場にいる。そんな雲に命じた。同等の力量を持つ魔物のくせに、争ったくせに、自分が命令する立場であるかのように自然にだ。



 ゴブリンの首を持って帰れ。


 こういう命令をした後、牛さんは走りだした。コボルトを落とさない程度に揺れを小さくし、それでも速度を上げる。踏み出した重さの一歩が地面を足跡を残しつつ、その犯人は現場からすぐ消える。



 牛さんは早急に彼の元へ戻らなければいけない。この相手は、人形遣いは近くにいる。牛さんにはわからずとも、危険は身近にある。ゴブリンは宿に待機させていたはずなのだ。しかも人が流れるように動く環境下の宿だ。人目を気にせず、宿で暴れたということ。


 何よりこの町での彼の不名誉な名声を知っての行為。


 牛さんは駆けた。


 この町でパニックが起きる。彼が悪役だと認識させられていることを牛さんはわかっている。それも強大で最低で、最大な交易や組織を持つ異常者としての評判がある。事実を知ったうえで焦っていた。


 知性の怪物たる彼に人形使いという部外者が喧嘩を売った。この町の住人はどう思うか。彼という目の上のたんこぶ。彼という好景気の象徴。彼という稀代の怪物。その人間に対し、喧嘩を売った人間。その争いは確実に起きると噂され、人々はパニックになるだろう。

 

 知性の怪物の悪名の価値を牛さんは知っている。牛さん自体は頭が悪いが、それでも彼から授けられた向上した知能が判断するのだ。パニックした人々は暴走を起こす。もしかしたら彼の排除という行為に及ぶ未来もあるかもしれない。だがそれは確率が低い。最初期ならともかく、ここまで町に利益をもたらしたものを排除どころか、守ろうとするのではないか。もしくは逃げようとして混雑するか、不安からの暴動が起きるか。


 それは彼が望まない。


 町が景色を変えていく。弾丸のように足を止めず、街中で出すスピードではない。地面が足跡を残しても、その犯行は一切わからない。人が牛さんに気付き避けようとする前に、牛さんが通りすぎている。誰かの反応より、早く避けている。馬車が停止している場面もあった。牛さんが猛速度で接近すれば、馬は逃げようとパニックを引き起こしかける。されど起こす前には牛さんは先へ進んでいる。結果馬はパニックをおこせず、自分の高ぶった感情を恥ずかしそうに沈めるだけだ。



 揺れず、揺らさず、壊さず、当たらず、されど脅威というものを残していく。牛さんの速度は並みのトゥグストラよりも上である。馬よりも上である。体力も防御力も上である。攻撃力など硬い肉体の突進と考えれば凄まじいものがある。通り過ぎる人々からすれば、莫大なエネルギーの塊が瞬きする前に消えるのだからとんでもない。当たったら死ぬという認識を町の人々に残して突き進むのだ。



 そして、牛さんはたどり着く。


 人混みはない。パニックは一切ない。人の流れが激しい通りであって、ベルクの町でも値が極端に張るが、彼だけは格安の宿。その前付近では徐々に速度を落とし、されど急激な勢いからブレーキをかけたため大きく揺れた。其の揺れはコボルトを気絶から叩き落とし、本能から牛さんの体にしがみつかせた。落ちたら無事ではない。それがコボルトの本能が適切な対処をさせた。


 だが牛さんはコボルトの様子を気に掛ける余裕はなかった。


 宿の外壁が綺麗にはがされている。入り口が鋭利な刃物で切断されたかのように大きく開いていた。扉も開けるのが億劫だったのが、切断されたまま床に転がっていた。牛さんでも入れるほどの大きな入り口。土足で牛さんは入り込んだ。


 コボルトは宿の様子に終始驚愕しており、それを牛さんは気配で感じ取っていた。


 だが同時に牛さんは言葉に出さずとも、コボルトに圧力をかけている。


 牛さんは宿の中に入ったことはない。だから彼の部屋が一切わからないのだ。ほかに案内させようにも、魔物の気配は感じ取れず、人の気配もわかりづらい。暴れた痕跡だけが入り口から感じ取れた。


 切断されたカウンター。何かが逃げ回ったかのように小さな足跡が、赤い痕跡を残して奥に消えている。書類の山が崩れて床に散乱。入り口の天井にあった照明も落下。その落ちた照明の付け根の部分が綺麗に切断されていた。壁の破片、照明の破片。装飾物の破片。床の破片。それらを踏みつけて、砕いて進む。この程度で牛さんの足裏を傷つけるなど不可能。



 コボルトは牛さんの圧力を察した。だからか牛さんの背中を軽く叩き、手を前に向けた。牛さんは一切見ることなく、コボルトが腕を前にだした空気の音をもってして、先に進む。血が垂れていく奥、そこは階段だった。牛さんが一匹と人間二人が並んで歩けるであろう大幅な階段。


 一段などかったるく、3段を軽々と飛ばして歩く。飛び跳ねるのでなく、警戒しながら歩いている。いきなりの襲撃などないように3段程度で必死に抑えているのだ。体格の大きな牛さんにとって3段飛ばしは窮屈すぎた。だがそれでも歩く。警戒、慎重さは常に必要だ。



 階段を上がり終えると、コボルトが手を右に振った。牛さんは空気の音から再び察して歩く。血の痕跡が強くなる。血の匂いが強くなる。鮮度が強くなっている。壊れたときの建物の新鮮さ。破壊された痕跡の新しさ。それらを観察しながら牛さんは部屋へ近づいた。


 もはや部屋は入り口どころか、壁の大半を喪失していた。入り口であった場所から部屋全体を見渡せるほどに、部屋の区切りが壊され切っていた。血が散乱した一部屋も全てわかってしまっていた。



 そして、部屋の中央で膝をついた彼の背中を見つけた。その彼の正面の床には赤い池ができている。


 ゆっくりと歩みよる牛さん。その彼の背中は揺れている。いつものように気配がなく、存在も薄い人形のような彼。いつもと変わらず、そこに背中を向けていた。彼に近づくたびに臭いが強くなる。血の匂い。牛さんはわかっている。彼の正面の床、背中で隠された景色より先には血の池ができている。


 彼によって池の正体が見えないだけで、わかっていた。



 牛さんが彼の背中の横に回った。


 彼の正面にあった血の池は、ゴブリンによるものだった。だが床にゴブリンの体はない。


 ゴブリンの体は彼が抱きしめていた。切断された首なしの二匹の死体。それをためらうことなく、彼は抱きしめ、顔を死体におしつけていた。自分が汚れることもためらわず、彼の服装は真っ赤だった。丁度首があったであろう場所は切断され、死体の胸元に彼の顔が押し付けられている。首があった場所から垂れる血液が彼の頭皮を赤く染め、顔を汚し、首を汚し、服を汚し、足元を汚す。


 何も聞こえない。


 静寂さがあった。


 泣く音もなく、ただ無言の空間。


 ここに護衛はいない。


 華も静もいない。きっと二匹は護衛中だ。あの依頼人二人の護衛中だ。コボルトも一緒、あの華と静ならどんな相手でも後れを取ることはない。断言できる。牛さんが本気を出さなければ、突破できない二匹の連携ならば何とでもなる。だから心配はない。



 心配なのは彼と。


 残ったであろう、無事かもしれないゴブリン一匹。



「もぉ」

 

 悲痛な表情で牛さんは鳴いた。それは自分のためでなく、彼のため。これは決して彼のせいではない。これは決して、彼が引き起こしたものではない。


 慰めるわけではない。


 悲痛な思いは自分の無力さからくるもの。鳴き声は彼の想いを受け止めるために、あえて出したもの。



 死んだ仲間とそれを抱きしめる彼。静寂すぎる。悲痛な思いは、無言に耐えられない。痛々しすぎるほどに、血があって、死体があって、生きた人間たる彼。死体があるから悲しいのではない。生きているものが死体に感情を込めるから悲しくなるのだ。



 牛さんは軽く体を身震いさせた。このときの動作の意味は誰よりもコボルトが理解した。コボルトは降りた。牛さんはただ一人と一匹の環境を作りたい。だからコボルトに降りさせた。されどコボルト一匹であれば危険かもしれない。離れることは許さず、牛さんは軽く戒めの睨みを放った。コボルトは臆することなく頷いた。そして耳をふさぎ、目を閉じた。耳をふさいだ程度では物事は聞こえるし、目を閉じただけでは気配でわかってしまう。それでもコボルトは従った。



 牛さんはそんなコボルトに、感謝するように必死に笑みを作った。凶悪そうで、狂暴な魔物の必死の笑み。これでも牛さんは頑張った。配慮した。仲間が死んで悲しいのは、ほかでもない牛さんである。


 見守っていたのだ。


 見下したことは結構あれど、それは親の、兄貴分の弟を見る保護者的立場のものだった。しょうがないから見守ってやるという強者の余裕からくる保護。そうして日常をこなし保護をし、手を貸したくても、貸せず見守るだけの環境。そうして常に見守ってた存在が命を落とす。


 それに対し牛さんが何も思わないわけがなかった。


 だから彼の横で座りこんだ。



 そして牛さんは、無言で死体を抱きしめる彼の前で大げさに感情を見せた。


「も・・・」


 声にもならない叫び。心の叫び。牛さんは大きく彼が見てない中で、必死に感情をあらわにした。つらいのだ。仲間が死ぬのはいつだってつらいのだ。身近にあった命が消えて、その命が過去に消えていく。時間が勝手に殺して、あのときはつらかったと思い出に変えてしまう。こんなのは酷い出来事で、決して忘れてはいけない。だが思い出という記録に変わる。今のつらさが、過去のものとなる。


 ぽろぽろと涙が牛さんの体からこぼれた。彼の横で、彼の邪魔をせずに泣いた。


 犯人に対しての復讐もある。だが今はそれより先に、失った命の重さが涙の根源。思いの根源。涙は素晴らしい機能だ。辛いものも、悲しいものも、形に表せる最高の機能だ。表情よりも涙によって、感情を高ぶらせて、落ち着かせる。生命に与えられた最高の意志表情だと理解できる。



 だがそういう自己評価をしつつ、本当は辛い悲しみを流したい。悲しいくせに、どこか冷静な自分がいることを考えると、その相反した思いが不甲斐なくてしょうがない。冷静であればあるほど、涙は大きくこぼれた。自分の立場、彼の立場、それを噛みしめたときに、思いのギャップが、自分の冷静な感情と反発して、涙を引き起こす。


 つらい。悲しい。寂しい。二度と会えない。思いが感情を。


 されど死んだ以上、何も生まない。客観的事実が、冷静さを。


 そして、二つがぶつかり、どうしようもなくなり涙以外の表現を失った牛さん。



 気付けば、彼の手が牛さんの背をさすっていた。優しく血にまみれた手で牛さんの背をさする。二つの死体を足元に降ろすようにした彼。牛さんは、さすられていたことを気付きつつ、彼からの施しを受ければ受けるほど大きく涙を垂らす。


 彼の右手は牛さん、左手は足元に置いた死体を支えている。



「・・・おぼえてる?・・・あのときのこと・・・王都からベルクに戻るとき・・・僕が涙にのまれていたとき・・・君は僕をはげました・・・侮辱することなく・・否定することなく・・・ほしかったものを僕にくれた・・・」


 彼は励ましなど。


 同情など。


 

 一切求めていない。誰かに対し、自分の変化をさせるものを好まない。求めるものは自分を変えない相手。



 受け止めてくる存在を求めていた。それを牛さんは知っていた。彼の力を、思いを、受け取ったときに知った。向上した能力や力と一緒についてきた彼の感情の複雑さ。あのとき彼が望んだものを牛さんは提供した。



 牛さんは頷いた。今の彼の言葉でなく、過去の自分の行いに対し頷いた。



「・・・あのときの僕は・・・勝手に自己にひたりたいだけの弱虫だ・・・ひたって、感情を吐き出して、それを知って傍にいるものがほしかった・・・牛さん、君は違う。・・・自分と他人が違うように・・・命と命は違う。・・・君が欲しいものを僕は提供できない」


 牛さんの背を彼は撫でながら言う。



「・・・君はものすごく辛いんだ・・・その吐き出し口を求めている・・・だから好きにしていい」



 牛さんは彼を熟知している。逆に彼も牛さんを熟知している。彼は受け止める誰かが必要だった。それを牛さんが提供した。彼が牛さんに対し提供できるものはない。あるとすれば環境を整えること。



 ただ吐き出すための環境を。


 彼が与えるものではない。牛さんが勝手に感情を吐き出すのだ。その手助けをするのが彼だった。



「・・・僕は・・・正直・・・この思いをどうすればよいかわからない・・・でも君はしっている。・・・悲しくない・・・寂しさはある・・・虚しさはある・・・仲間を、大切な仲間を失ったはずなのに、泣こうと思えない・・・でも、心に棘がささった。・・・きっと僕は自分のためにしか泣けない命なんだと思う。・・・そのくせ、永遠に残る棘ができてしまった・・・抜きたくても抜けない心の棘が突き刺さってしまった・・・だからさ」



 彼は撫でた。


 牛さんは受け止めた。


 彼は常に受け止める先を探している。



「・・・僕の為に泣いて・・・牛さん」


 彼の為に、泣く。


 自分の為に泣ける牛さん、感情が豊かな牛さんに対し、彼の願いも受け止めさせられる。だが良かった。牛さんは耐えていたのだ。泣かないように耐えて、涙があふれていたのだ。彼を受け止めなければいけない立場であるからこそ、自分を抑えなければいけない。



 自分より彼を。


 その優先したものが、彼の願いによって届られる。その願いのついでに、自分の感情を吐き出す。



 大きく牛さんは鳴いた。強く泣いた。



 彼は何度も撫でた。



 

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