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人形使い 5

連休最後に何とかできました。

 二人の視線が見守る中で、彼は相手への対策を考えていた。



 対策を描くには、一番わかりやすいのは経験。


 記憶。

 

 彼が見てきた記憶。現代も異世界も含め頭で思い描く。どういう状況で、どういう人間が、どんな反応をしてきたか。その中で思い出す過去の自分。無駄に観察し、無駄に知識に組み込んできた。勝手に分析し、被害にもあってないのに自分ならどんな対策をするかを考えてきた。


 相手を観察するのは勉強の一環。


 人形使いは性格が悪い。せっかちでもある。


 これは彼も思ったことだ。あったこともないが手口の一つは知れた。先回りしたような罠とアルト、ミズリの二人の次なる手、対応を知ったうえでの策。


 ここでは彼は言わなかった。


 人形使いはベルクに入り込んでいるか、もしくは協力者が入り込んでいる。


 なぜ二人より先回りできるのか、それは情報を知っているからだ。位置における情報、向かう先、戻る道順。手口をしっても、場所がわからなければ罠は作れない。しかも日常のフリをした人形劇を作るなど、そう簡単には上手くいかないはずなのだ。だが二人が来て、彼が仕事を受け取り、人があふれる地点へ戻ろうとした。


 その時間は短時間。


 あらかじめ準備をしていたとしか思えない。


 その準備をしても、場所がわからなければ時間がかかる。人形をそろえ、脚本を考える。とくに簡単にはわからなせないような工夫。日常の会話にはありがちなレパートリー。それらが込められていた。


 普通のものでは気付かない。


 優れたものでも気付かない。


 これは圧倒的最下層の者でしか気づけない。誰にも負けたくないと心の底で考え、結局のところ負けていることを自覚したもの。負け過ぎていて、勝ったところを少しでも見つけたい。その思いから培った観察の目。


 自分が誰かを比べる基準にすら立っていない。諦めの境地に立ちながら、しぶとくあがく。そういう人間でしか無理なのだ。不自然なほどに冷静に、第三者の視点を持つ。


 それを持てるのは底辺


 優れたものは自分と比べられる。自分とすら比べるのが烏滸がましい思いを持つ人間ではない。


 彼が気付いたのは。


 実のところ、ありがちすぎる日常。それらがふさわしくない地点。人はありがちを求め、誰とも似たり寄ったりなことを考える。されど、誰とも同じようにありたくないと願うものだ。


 誰かが言っていた会話の。


 真似事をするほど、人は素直じゃない。


 人ごみがあっても、人は必ず周りの誰かを気にする。家族持ちなら、相手の家族を見る。気付かれないように、自分に子供がいれば、相手の子供を見る。自分に夫、もしくは妻がいれば、周りの家庭の旦那や妻を見る。独身者であれば、別の独身者を見る。仲間内で来ているものがいれば、仲間がいるものたちを見る。一人のものは、一人でいるものを見る。


 自分とは異なるものを見る中で、自分と同じものを必ず観察する。自分と異なるものといえば、仲間がいるものが一人でいるものを見て、同情もしくは別の感情をいれていく。されど何かを感じ取る。一人でいるものは仲間がいる誰かを見て、嫉妬もしくは哀れみ、その他の別感情をこめる。


 だがそれ以上は余りない。


 勝手に相手を見下して終わるからだ。自分が勝ったと都合のよい思いを込めてくれるからだ。一人でいるものは多数の仲間を持つ者を、一人じゃいられない弱い奴。もしくは群れるだけの人間。自分勝手に騒ぐ煩い奴。とにかく見下せるような都合の良いものだけを見る。そして勝ち誇る。家庭持ちに対しても同様。

 

 むろん、自分が負けたと敗北を感じるものもいるだろう。


 だが敗北だけで終わるのが人間なわけがない。


 自分が負けたと思うことも含めた、自己評価における分析。優れた部分だけを思い浮かべて、勝ち誇ってしまう。あくまで心の中で。


 だが表に出さず、深くは考えない。


 見下したことすら気づかない。勝ったということすら思えない。ただの瞬間的な考えのもと。



 だが、人は見る。


 思った以上に他人を見る。自分で気付かない以上に、人を見る。孤独な人間も人に恵まれたものも、家族がいるものも。誰もだ。例外はない。



 自分は違う。ほかの人間だけという考えを持ち、自分は思っていないという自己評価。


 誰かと比べて、自分が勝ったものだけを頭に刻んでいる。それは誰かを見て、比べたことによる結果のものでしかない。


 一切、他人を見てない。



 無意識における視線があの場にはなかった。人間特有の観察がない。人は他人に勝っていると思っても、負けているとも考える。負けているかもしれないから、他人を見る。それこそ相手を知りたいと願う心。比較し、競争し、勝ち負けを決めてしまう。どうしようもない行動であれど、それが相手を知る第一歩。


 きれいな言葉や行動で相手を知るわけじゃない。


 誰でも人は観察的な天邪鬼なのだ。


 それが無い時点で、人形でしかない。

  

 だから違和感をもって、気付いた。



 彼と牛さんの音にも反応しない点もある。


 こういう面倒な彼だからこそ、気付く不自然な点だった。


 

 だから相手は性格が悪い。彼がぎりぎり気付けるのだから、相当性格が悪い。常人の行動と違い、本格的に注意をしなければいけない。


 それも最低だと思えるほどのものだ。


 性格の悪さは幾通りもある。陰でこそこそし、対象を追い詰めるか。表だって動いて、対象に知らしめるか。色々だ。害悪なのは誰か第三者を巻き込むことだ。虐めるために仲間を募るのもそうだ。直接いじめに加担せずとも、関わらないようするのもある。



 そういう巻き込まれた第三者は加害者になる。無視したという間接的な加害者。だから仕返しがしやすい。立場が変わった際復讐されるのは第三者の場合も事例ではある。

 

 だが一番きついことがある。


 いじめでも、無視をされることでもなく。


 いじめられた対象にとってきついこと。


 関係ない第三者から受ける施し


 とくに関係のないものを形に巻き込むようにする奴が一番性格が悪い。どういうものにせよ、いやがらせやいじめをされた対象。


 仕返しの建前すら用意できない第三者。無視をせず、普段に挨拶を返すような無害な第三者。その第三者から受ける複雑な感情の数々。同情、哀れみ、関わりを避けようとする忌避の目。それらを対象が受け取り、気付くこと。屈辱もあるし、苛立ちもあることだろう。だが、無関係。そのため我慢するしかないのが常識。


 それに無視されるわけでなく、きちんと手を取り合おうとしてくれる。自分の不安を我慢し、対象に施しをくれるとき。


 そんなとき一番勇気が湧き。


 一番屈辱を感じる。


 されどそんな善意も何度もされれば不安が勝る。普段うける嫌がらせや、いじめがあるため、状況が変化しないか不安なのだ。今はこの程度かもしれない。明日はもっと酷いかもしれない。減ることだけはなく、増えることだけの予測だけが続く。


 自分を勝手に追い詰められる。誰もが敵ならば、開き直れる余地がある。だがわかってくれる人間がいるため、下手に開き直れない。立ち向かわなければいけない。嫌がらせや、いじめを前に戦わなければいけない。気にしない振りという戦い。犯人特定のためとかもある。


 見栄がそうさせる。


 わかってくれる人間が多くいるからこその見栄。一人であれば逃げる。そういう言い訳を殺す、見栄。


 嫌がらせやいじめが続く。


 対象が追い詰められ、普段とは違くなっていく。見栄は消え、感情がむき出しになる。人は理性をもって感情を押し殺すその普段とは違うものに、第三者たちはまた同情などといったものを送る。それが対象への屈辱や苛立ちに変わる。不安が想像のしない敵対心を作り、関係のない第三者を疑い出す。いつしか敵に回るのでないか。その同情や哀れみは、演技で本当は嘲笑ているのではないかと。


 疑い出した心は、最初は心の中にとどまっている。


 でも人間はそこまで丈夫じゃない。


 勝手に外にあふれ出していくのだ。


 あふれ出した思いは、やがて関係のないものに。


 関係のないものはそれを受け、対象と敵対していく。



 かつての感情は変わり、ただの敵に向けるものになる。



 そういうやり方もある。見てきた。


 しかし変わり映えのしない酷い日常。変わるのは人だけだ。人が嫌がらせやいじめを強くするか、変わらない苛めと嫌がらせの量を勝手に強く受け止めるかの違い。


 同情や哀れみを持った善良な第三者を巻き込んだ対象への苛めもある。


 対象を自滅させるために、精神を追い詰めるやり方もある。



 自分一人で完成させるのはこの世にない。虐めも嫌がらせも第三者を使って完成する。スポーツも文化による催しも仕事もボランティアも一人では完成などしない。仲間がいて、競い合いてがいて、基準を決める人がいて、判断をする人がいて、応援する観客がいて、初めて完成する。


 

 その生産的かつ善良的な催しでの第三者の活躍。そういう人々の正しい行いもあれば、正しくない行いによる協力もある。


 良いことも悪いことも、誰かの手がなければ上手くはいかないのだ。


 一人で何とか出来ていると思える人間など。


 所詮独りよがりの存在でしかない。誰かを頼らないのでなく、頼れない。一人で十分なのでなく、一人で何とかするしかない。他人を見下してて、無条件に他人に勝っている。本当は見下される価値すらない人間なのにだ。そういう人間の力は大したことがないが、込めた設定では大活躍する予定。そういう寂しく、孤独な人間の妄言なのだ。


 孤独な人間が享受する文明。それらは確実に第三者によるもの。金で解決できる世界の裏には、金の為に働く第三者がいる。社会もまた第三者の協力にて動く。



 人は善意と悪意を抱え、過剰なほどの自己評価の高さをもっている。


 誰かを便りながら、自分だけは他人より上と思い込む。どんなに相手が有能でも自分が勝つ。それは止まらない。相手にどんなに否定されても、決して消えない思い。



 


 対策はない。彼の経験には、あの人形使いのような技術を使うものはいなかった。異世界のファンタジー要素。現代人にとって、それが一番わからないのだ。人形使いの力の一部は見た。複数の人形を操ることができる。その複数の人形にセリフを話させ、日常のフリをできる。


 高度な技術であること。


 それが一人の人形使いであること。


 つまり人形使いとは一人で集団になれる技術者であるのだ。


 今頃はどう考えているのか。彼の思考には様々な思考が浮かぶ。


 罠にはまった間抜けな獲物の姿を考えるか。あのまま人形たちに気付かず、声を発して囲まれ襲われたかもしれない未来。もしくは罠があったことに気付き、郊外へ戻る選択肢を取ったのことを考えるか。


 人の行動を予測するのは不可能だ。


 人が他人を理解するなんて永遠に不可能だ。

 

 だから予測しかない。


 性格が悪いのだから、全部に対策を打っていることだろう。要点や予測した点だけで打つ手ではない。きっと全体的に濃厚な嫌がらせを打ったことだ。予測してなかったのは無事に先に進むことだけだ。


 相手は彼が関わったことを知らない。郊外にいた彼の助力を考えたものではない。


 第三者が協力することを知らない人間のもの。性格が悪くても、第三者のことを考えに含めていないものの考え。そもそも第三者が協力しても人形劇の正体を気付かないと思ったのかもしれない。



 だがこれはチャンスなのだ。




 どちらにしろ、今だからこそできる手があった。


 二人が見守っている事実を気付きながらも、彼は気にしないようにした。ただ相手の裏をかくことはできないが、意表をつくことはできる手段が頭に浮かぶ。


 原始的すぎて、躊躇したくなる。


 されどこれが一番効く。


 効率的な行為。極力さけたい手段。されど彼は考えを一旦やめた。軽く手のひらを胸元に掲げた。声は二人に届かぬよう、口先だけを振動したように見せた会話。



「・・・天・・・静と華を呼んできて・・・今すぐ・・・あと静と華がいなくても、絶対に子犬君たちは連れてきて・・・早急」


 牛さんですら聞こえづらい音量。彼が残す音にもならない会話。それは返事もなく、了承されたことすらもわからない。だが彼にはわかる。


 掲げた手は軽く何かが触れる感触。


 拒否などはさせない。明確な意思をもった視線を前に逆らえるものは、彼の家族や仲間などにいない。この世界に適応するため、文化人たる彼が妥協した行為。



 時間が惜しい。


 この手はすぐにしか使えない。


 彼は考えた先に相手に対し、牽制と油断を狙った一撃を放つことを決意している。本来の彼ならばここで遠慮するのだ。相手がわからないうちは、元々ある現代人の常識によって話し合い。元の世界の当たり前が下地となっている以上、いきなり争いごとになる手段は使いづらいのだ。


 だがこの世界に来た以上、ある程度は順応している。それなりにいるのだ。躊躇えば、時間をかけた分だけ後悔する。死が目先にある世の中に、甘さだけは生きられない。現代とは違う。国が守っていた環境ではない。


 人の一生の流れを学び、人生に対し文化自体が飽きてきた現代。


 人は一人分しか動けないというのを知ら締めた現代。だから話し合いがあり、一人一人の価値観を大切にされる。昔は一人分の命が安かった。この世界も同じ。まだ価値観や人命において、重きを置いていない。


 そういう世界には、合わせた考えを持たなければいけない。



 彼は体を軽くかがめた。


 

 

 相手は牛さん。


 掲げた手はそのまま牛さんの頭部へ触れる。彼らしくはない、強気の撫で方。元々筋力の弱い彼にしては、結構無理した圧力のような力。


 牛さんは何かを察したのか、眉間に皺を寄せた。獰猛に吠える間際かのように、大きな口を開きかけ、牙が見える。鼻息が荒くなり、それは強大な獣の姿そのものだ。



「・・・最低な相手が・・・きっと待っていると思うんだ・・・罠にかかった獲物か・・・戻ってくる獲物かはわからない・・最低な相手の協力者の仲間かもしれない・・・いるんだ・・・僕が思う場所に・・・」



 彼は牛さんに対し、強気に。


 絶対に拒否されないことを確信したうえで。


 牛さんの耳元まで顔を寄せた。二人が見守っていることを知っているからこそ、子供の姿をしている以上、大人はきれいごとを見せるのだ。


 汚いことは言わず、決して隠すようにしてやるのだ。


 


「・・・ただ具体的な場所がわからない・・・だから・・・子犬君たちがきたら・・・」



 その先を言う前に、彼が感じる気配の中で知ったものが訪れる。



 小さい気配と薄く影の気配をもったもの。


 とくに小さい気配を持つ者が空から舞い降りるように訪れた。


 見知った子犬君こそコボルト二匹。もう一つは姿も見えず、気配もわかりにくい天のもの。姿の見えない天がコボルト二匹を抱え、空を浮かぶように連れてきた。彼の元にきたときに降ろしただけのことである。




 天をいたわる前に、彼は牛さんを撫でる手とは別。逆の手で手招くようにした。



 彼の手の動きは知っているため、コボルト達は彼のもとへ小走りに向かうていない。とくに急に呼び出され、出会った時の彼の意志をもった視線を前に逆らう意志などはない。


 彼の目は意志を持てば持つほど、死んだ目に氷のように冷たさが宿る。死体のような冷たさでなく、氷のごとき冷たさ。



 コボルトが集まれば、空いた手で牛さんに寄せるように抱き寄せた。二匹が牛さんの体に密着し、そこから離さないよう彼の手が柵の働きをする。



「・・・きてくれて早速だけど・・・子犬君たちお願いがあるんだ・・・」



 彼の表情は冷めている。人形の感情の無さからくる冷たさ。氷が表情を作るごときの寒気を灯らせたコボルトに頼みをする。



「・・・敵がいる・・・その敵の場所がわからない・・・だから・・・君たちの鼻が必要だ・・・臭いを識別し、探し出せる有能な嗅覚を持つ君たちが・・・相手の罠があった場所に牛さんが連れていく・・・その人形の臭いをかいで、・・・相手の場所を探し出してほしい・・・きっとベルク郊外に探している相手がいると思うんだ・・・」


 そういって、彼はコボルトと牛さんを密着させていた腕を離した。そして牛さんからも手を離し、両手で一匹のコボルトの体を持ち上げた。


 そのまま牛さんの背に乗せた。



「・・・牛さん、子犬君・・・君たちの任務は・・・敵対者に一撃を与えること・・・そのあと逃げること・・・倒す必要はない・・・相手は性格が悪いからきっと・・・倒そうとするまでに反撃がきそう・・・そもそも一撃を加える前に攻撃があるかもしれない・・・そこは正直、読み切れない」



 彼はコボルト、牛さんの順に頭を撫でて。



「・・・危険だったら逃げてほしい・・・でも、叩けるなら叩きたい」



 この人形使いだけは本当にわからない。彼が出会ったことのないパターンの人間なのだ。そこまで明確な罠を仕組むのはいない。そもそも、後先を考えないような手口。準備もしているくせに、確実性を求めない。だが、対象の二人の癖ややり口などは熟知している。


 確実に二人を捉えるか、目的を果たすならば直接来た方がよかった。


 それがない。


 そもそも、ベルクに来るまでも二人より実力が上で、ここまで追跡出来ている。ここで先回りし、罠を仕掛けられる。それならばベルクに来る前に、罠をしかけて捕まえられるはずなのだ。


 姑息でわかりづらい人形劇。


 二人に気付く様子はなかった。


 あの手段ならば、いかようにもとれたはず。今まで色々仕掛けていたという証言もあるが、それでも不確実なものばかり。


 性格の悪いくせに技術力はある。技術とは経験と知性、感覚の集合体なのだ。


 それが出来る以上、相手は馬鹿なのではない。


 だからわからない。彼は相手が獲物を甚振るタイプなのかとも思った。されど甚振るにしては、恐怖がない。残酷性がない。追い詰めるようなものでなく、ひたすらわかりづらい罠。獲物にわからせて、追い込ませる狩りとは違うのだ。



 二人を泳がせている。二人が狙いで、単純に逃がしていた。もしくは二人は建前で、狙いが違う。それだと通じる。今まで何かを得るために、二人には泳いでもらっていた。二人だけが知る誰かがいる、二人だけの秘密の宝物がある。迫っているようにし、肝心なところで逃がす。


 その誰かに接触する。宝物に接触する。


 それならば捉えて、片方を拷問にかけて秘密を吐き出させたほうが良い。


 読めない相手。



 まさか趣味で、こういうわかりづらく罠を仕掛け、追い詰めて逃がす。


 そういう趣味ではあるまいだろう。もしそうであれば、彼は本当にお手上げだった。人は時折、感性や趣味だけで効率を無視する。むろん、感性や趣味の中には効率を求めるものもいる。だが好きな音を出したいからと改造や金をかけるもの。法律ぎりぎりの基準にまで引き上げたスペックを持った道具。其の過剰なアイテムを使いこなせるわけもないのに、ただ求めるものがいる。


 ロマン。


 ロマンによって行動するものだけは彼にとってわからない。



 人はミスをするが、基本合理的なのだ。疲れがあるため、単純なものに合理的になれない場合もある。だが基本は合理的。体力や精神に力があふれているときこそ、効率を求めたものをする。


 彼にはロマンがない。だからそれで動く者が相手だと経験が役に立たない。相手の行動や思いを言語化する術をもたない。データ化することすら放棄させられるのだ。



 もしくは。


 二人のことを本当の意味で知っている。二人だけが持つ秘密の宝物や誰かではなく。二人が狙いで、それはすぐに捉えられては困るもの。


 情報集め。二人が動く情報を求めるためのもの。ただ追い詰めて、データをとって、別の手をうつ。それに対しての二人の手を見る。


 そうして考え付くものを試していく。


 情報を集め終わった後、二人を捕獲する。情報が取れて用なしだから捕獲か。それ以上のものは必要がないからの捕獲か。




「・・・牛さん・・・時間が惜しい・・・子犬君・・・時間がもったいない・・わかるね・・・探って、見つけて、叩いて・・・今すぐに・・・」



 考えるたびに憶測が頭をよぎる。無駄に考え、無駄に相手を文字で当てはめようとする。


 彼はわかっているのだ。人は他人を決してわかれない。だが、分かれないと思っても、わかれるはずだと考えてしまう。無駄な挑戦。無謀への努力でしかない。



「・・行け!」


 彼は基本命じない。だが命じる。


 その彼の一言をもって、牛さんはすぐさま先ほど言った道へ戻るように踵を返す。渋る様子も一切なかった。牛さんからの返事はない。肯定も否定もない。彼の指示にそういうものはいらない。牛さんと彼の間にそういう要素はいらない。


 牛さんが返事をしない以上、コボルトも間に口を挟まず乗せられた。ただ連れてきた二匹のうち一匹が牛さん。

 

 牛さんとコボルトの姿が遠くなっていく。


 

 残ったコボルトの一匹は彼の近く。



 腰をかがめた状態で彼はコボルトに対し口を開く。



「・・・君は・・・刺激のある臭いを嗅いだらすぐ教えてほしい。・・・きっと鼻に突くと思うから。・・・君たちはきっと嗅ぎなれている。その・・・いつもとは違うけれど・・・嗅ぎなれたものを教えてほしい」



 そうして彼は腰を上げた。反応は一切見ない。返事すらもさせない。彼にはそれだけの意志があり、それを命じるための度胸がこの場にはあった。


 コボルトから視線をそらし、二人へ気付かれないような横目を送る。背中を見せている形であれど、顔は少し後ろに向きかけた形。


 彼は顎に手を添え、ただ考える。


 もし、思う通りならば。




 相手は二人が気付かないこと、彼が気付いた二人のことを知っている。


 知らない秘密を抱えているものも世の中にいるのだ。


 それは彼が気付けるのだから、人形使いも気づけているかもしれない。その僅かばかりの予測が、彼の心を支配する



 そんな彼を見守る視線が二つ。二人の依頼人の視線。それを彼は気付いて、無視をした。状況を把握し、わかりやすく理解しようとする彼。そんな彼がわからないわけがないのだ。


 むしろ、逆に彼は思っていることがあるし、言ったはずだ。


 少し前の記憶をたどれば言っている。二人で会話をしてよいという説明もしたはずだ。周りに人形はおらず、この通りにいる人々は紛れもなく本物。


 二人の世界に入り込めばよいのに、入り込めない。罠があったからこそ、没頭できないものもある。その理屈も考えもわかる。人形使いに狙われている状況下で、そういうものがしづらいのもわかる。


 気持ちはわかるが、それでも二人の世界に入り込むべきだった。


 今後、そういう機会が少なるかもしれない。未来のことを考え、今のうちに自分の世界に溶け込んでいたほうが良い。


 いつだって、自分にのめり込めるとは限らない。されど、いつでも人は自分のために動けるわけでもない。人は面倒だ。悪化した状況だからといって、今できることを放棄する。失敗をしたからといって落ち込み、空いた時間を沈み込んで無駄にする。成功したからといって、酔いしれた気分で、時間を埋め尽くす。


 だからこそ今を大切にするべきなのだ。誰も決して逃れられない未来があるのだ。悪化した状況の影響による地獄か、改善された状況の安定か。失敗の清算か成功の栄光か、どれだっていい。必ず自分のための未来が訪れる。


 今だけは変わらずにあるのだ。理性的に考えれば、未来はわからずとも今だけはわかること。


 そう理解してても、結局人は自分のために悩むのだ。



 上手く感情を制御する術はない。状況を考えろなどの意見は必要ない。未来も今も必要だ。


 過去だけが教訓として残る。過去は決して人生の道しるべにだけはならない。あくまで教訓、あくまで注意事項。自分の犯したことを噛みしめるための勉強道具。


 誰かが犠牲になったら、悲しむことはあるだろう。人形使いに狙われたような似た状況で緊張もするだろう。だが悲しみといっても、他人は他人。緊張をするといっても、それに囚われるのは無価値なこと。その事に対し尊重する意志を見せたうえであれば、自分を犠牲にする理由などはない。


 顎に添えた手は、彼自身の額に向かっていた。額の熱が高まることを手のひらで感じていた。



 二人は未だ気付かない。


 二人は彼の予測通りに進む。秘密があるくせに、決して彼の予測から外れない。


 そのことが彼からすれば、すごくもどかしく感じた。

 

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