表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

132/161

ローレライの火種 終

こういうのしか書けません

 襲撃者は二人。アーティクティカの友人たる侯爵の領地に攻め込み、家に突入しようとしている。一人は状況がわかっていないらしく、慌てている様子だ。されどしていることの大きさが理解できるのか青ざめている。


 かつては貴族であったからこそ意味がわかる。


 これは高位の貴族に対しての反乱だ。反乱の時代は終わり、平穏や安定に戻りつつある中での襲撃。ローレライは争いを今求めていない。しかし、この二人は争いを引き起こしている。


 一人は青ざめたカルミア。


 一人は無邪気に笑うソラ。


 ソラの左手はカルミアの右手首を掴み、連れ回すように歩いている。その歩く中で領地を進めば進むほど抵抗が激しくなっていた。足は止まらず、ただ中心たる家へ向かい、中へと入る。そのさなかも激しい抵抗はあった。だが、ソラが指を鳴らせば、抵抗してきた侯爵の兵士たちはバラバラになった。手も足も出さず、ただ襲って来れば勝手に細切れになる。


 その光景を見させられたカルミアはとにかく青ざめた。


 カルミアが平民に落とされた当日に、ソラが現れた。そして意識が遠のき、気付けばここにいた。記憶がない期間は数日。だが状況は数日では思えないほどに悪化。正常化されていた知識はソラから聞かされてもいた。その中でわざわざ争いの種を増やす行為に意味はない。



 友人たる侯爵の領地に入った瞬間に攻撃されたときは驚いた。隙間なく放たれる矢の雨、強烈な熱をもって迫る火球の群れ。水がカッターのように飛ぶ水刃の嵐。ばちばちと弾けるような音を立てて向かってくる雷の玉。


 それをソラは笑って指を鳴らした。


 そして全てが届く前に消え去った。爆発や衝撃がありつつ、ソラとカルミアの眼前で何かに衝突して消えたのだ。


 まるで結界が張られ、その壁を突破できなかったのようだった。



 そのときソラは子供らしく。


 無邪気らしく、惨たらしい末路を笑っていた。カルミアは隣で手首をつかむソラの実力を見誤っていたのだろう。子供らしいだけの青年で、裕福な商人の子供。見た目も可愛らしい男の子であって、その外面にあった甘さがあると勝手に思い込んでいた。



 そういう目でカルミアは見て、ソラはそれに気づいたのか。


 嘲笑を向けていっていた。



「人を見た目で判断するのは駄目だよ。決して人は見た目じゃわからない。ただ人の判断基準は外見によるものでもある。きちんとした格好をした大人とだらしない恰好をした大人。どちらが真面目かは前者に決まっている。人は外見で決めてしまう。決めちゃいけないといいつつ、結局のところ難しいものだよね」



 それは教育するようにソラはカルミアに語り掛けた。


 ソラはそういう風に演じて、狙った通りに騙されただけのカルミア。その事実を優しく教えるようにし、嘲笑を隠さない。



「でもね、でもね。あれがいっていたよ。人は見た目じゃわからない、だけどわからないからこそわかりやすくするのが礼儀でもあるってね。・・・その礼儀を前に押し進む詐欺師には誰もかなわない。正しい恰好をし、優しい笑顔を向けた詐欺師を見分けるのだけは、難しいってね」



 ソラは言った。


「僕はね、君をだましたかったんだ。学園をだましたかったんだ。生徒たちをだましたかったんだ。だってそっちのほうが素敵にことが運ぶと思ったからね。愉快に争って、血が流れて、暴力があふれて、人の心が勝手に病んでいく。しかも歴史書に記されるのもはずかしい、色恋沙汰が原因といったもの。最低な記録に、最低な原因。最低に最低を更新させて、壊れていくものたちを尻目に堂々と支配するチャンスを窺う。人は最低なことをその場では認識してくれない。時間が立たないとわかってくれない。そういう僕もわからないことだった。それをあれが教えた。君を負かし、貴族から平民に落としつつも命を守った男がね」



「・・・ひえ」


 カルミアはただ怯えるしかないのだ。ソラの様子が険悪なものではないにしても、自身を見る目が家畜を見る程度のもの。興味がわいたから視線を交わしている程度のものだ。


 目の前では何かの壁に、攻撃が防がれている中。


 音だけは明確に攻撃を教えてくれる。


 視界だけは攻撃されていることを捉えてくれる。


 その中で悠々自適に大胆不敵に嘲笑するソラを見て、カルミアは震えたのだ。



「君は生かされた。君が騙したローランドも生かされた。君の父親は守られた。ベラドンナも勝ち進んだ。元々勝ち進む予定のベラドンナだったけれど、ここまで被害が少ないとは予測していない。甘く見ていた。あれを甘くみていた。さすがは、あれである。さすがは怪物と呼ばれるほどはある。見ていないようで、ちゃんと見ていた。・・・正直言うとね、あれの観察力を甘く見過ぎていた。もう少しアピールしてくんないとわかんないよ。誰にも悟らせないで、勝手に理解しているなんて、僕は少しばかり他人を甘く評価していた。次はない。あれを正しく評価していこうと思う。でもやっぱり、卑怯だよ」



 ソラは悔しそうに、されど楽しそうに嘲笑している。


 カルミアの手首をつかむ手は少しばかり強くなっていた。言葉では軽く言いつつ、本音では結構心にダメージがあったことを窺いしれる。


 痛くはない力であれど、少しばかりカルミアは不安になる。



「実力を隠しているけれど、本当は実力者みたいな展開はいらないんだ。有能だけど無能を演じているっていうのもいらない。わかるかい?実力を隠して、無能のふりをしているなら、第三者からみたら唯の無能じゃない。そういう風に思われたいのかもしれないけど、それなら初めから無能のふりをつづけて色っていう話さ。本気を出せるのに、本気を出さないのは自分自身に対しても、他人に対しても失礼だよ。有能が無能の振りするのはどんな糸があるっていうんだい?目立ちたくない?人は評判こそ命だよ。イメージ戦略っていう言葉を知らないのかな?人生一度きりなのに、何かってに悟っているんだ?目立てば面倒かもしれないけれど、目立たなければ光はさしてこない。平凡にすらなれないんだよ。目立たなきゃ。」


 

 ソラは笑う。


 笑いつつ愚痴る。


 人が平凡を望むのも自由。誰かが平凡と決めつけたのと、自分が平凡と決めつけたのがある。それは第三者が自分を認識してくれて、平凡という評価をくれたことが前者である。つまり第三者の視界と記憶にとどまった上での評価である。自分が自分を平凡と評価するのも、自分を評価したうえで甘く採点したものである。


 光が差しているのだ。自分からも他人からも。


 平凡は決して光がないものではない。目立たないものでない。


 なりたくてなれるものではない。有能も無能もなりたくてなるものじゃない。勝手になっているものだ。それをわざとらしく演じるならば、貫き通したほうが潔い。後から力を見せつけた本当の実力者など、出し惜しみをした手加減の証拠を見せつけてどうするっていうのか。人は初めから本気を出さないものを嫌う。頑張らない人間を嫌う。


 軽く物事を見ていると、世の中を甘く見ていると思われるのだ。



 だが同時に無能であっても頑張る姿や、本気を出した姿を見せた場合、優しさを見せてしまう。失敗ばかりでも、本気を見せて頑張るものを無慈悲に叩ける人間は実は少ない。


 無能こそ本気を出し、失敗すべきだ。やる気を見せて、努力を見せて、成果の無さを申し訳なく態度で示す。それだけで人は見下してくるが、慈悲をもって基準を下げてくれる。優しくなった基準で頑張れば、その分勝手に評価される。


 人は意外と優しいのだ。


 有能こそ本気を出すべきだ。有能が本気を出せば、更なる試練のチャンスを与えられる。


 本気を出すメリットは沢山ある。


 本気を出さないメリットは実は少ない。



 これも彼の受け売り。



 それが、勝手にソラの教訓となっていた。彼ならばきっと出来ていたこと、だがそれをソラが勝手に否定しただけのことでもある。なぜなら彼は目立とうとしないからだ。人前に立とうとしないからだ。それが今回の場合逆。


 彼が目立っただけでこの結果。



 血を流さず、優しい展開が訪れた。



 しかしながらそれでは駄目なのだ。ソラが求める争いの先にある利益。それを確保しなければ永遠に負け続ける。その利益はローレライにある。今の状況で、不安定から立ち直りつつある中でしかできない。アーティクティカの友人たる侯爵。この貴族を襲撃し、抑え込めれば、未来が変わる。



 ソラは常に本気を出して、悪事をする。


 それは甘さも手加減もない。

 

 本気の悪事だ。



 攻撃はやまない。ソラが張った結界は余裕で持つ。しかし領地に入った瞬間攻撃されたのは少しばかり遅いとも思った。




 なぜならソラは襲撃予告を侯爵家に出しているのだ。


 カルミアを引き連れ、攻撃する。日時は指定し、襲撃者も人数も連絡済み。


 ならば自分の領地に来る前に、他領地で暗殺か、もしくは入り込む瞬間に攻撃をするべきなのだ。ただ貴族の流儀として、侯爵の周りの貴族に配慮したのか。ルールを守った手加減でソラを歓迎した。


 ルールは大切だ。


 自分の領地のことは自分のところだけで完結するとか。


 素晴らしいことである。


 

 しかしながら助力も頼むべきなのだ。強いとかでなく、襲撃された以上、国全体で対処すべきなのだ。ただ反乱祭りのせいで、国家一丸となることは難しいだろう。でも、出来る限りのことをすべきだった。なぜなら侯爵は高位の貴族。貴族は国家の支配者層。反乱者に優しさや手加減を見せるならば、次はそれを前提に争いが起きてしまうだろう。一つの領地の争いは、一つの領主が片づけるといった前提が。


 協力していれば、他の争いを誘発しなかったのにだ。国家一丸となっていた場合、さすがにこういったことをするのは難しかった。勝てる勝てないでなく、ほしいものを得られないからだ。だが、結局自前で片づけてしまうのが、偉い人の特徴。



 ソラは嘲笑したまま、退屈そうに攻撃をみていた。結界に当たる攻撃の数々、侯爵軍が攻撃を繰り返し、休憩する魔もないほどの猛撃を加えているが、威力がいかんせん足りない。数が多いだけで、質が悪すぎた。


「・・・もういいかな。所詮はこの程度。やっぱり英雄を越えられるものはいないんだ。こんな小国ごときに英雄ベルナットを基準にすべきじゃなかった。・・・残念だよ侯爵軍。君たちごときじゃベルナットは越えられない。君たちごときじゃ、あれは越えられない。暴力だけで解決できることもあるけれど、暴力だけじゃ進まない事象もある」



 格上の相手に暴力を向けたところでやり変えされるだけだ。英雄ベルナットは一人で侯爵軍を皆殺しにできるだろう。ダメージを英雄に与えることはできても致命傷にはならない。油断した英雄がダメージを受けるだけで、本気を出した英雄にはかすり傷すら終えさせられないだろう。



 元々本気のソラの前では攻撃の嵐など、無価値だった。


 指をならす。


 矢が結界に当たる前に何かに掠め取られるように、あらぬ方向へ飛んでいく。まるで糸が矢を掴んで別の方へ飛ばしたようにだ。その矢は持ち主のところへ戻るように飛び、そして狙撃手を打ち抜いた。正確な制御ではないが、矢の飛ぶ数が激減したところを見れば、大多数に被害が及んだのだろう。


 結界は解除せず、ソラはカルミアの手首をつかんで歩く。手首を捕まれている以上、カルミアは付き従うしかなかった。


 ソラの会話の中で聞こえる


 英雄ベルナット。


 小国ローレライですら届く英雄の名。


 その英雄は今どこにいるのかわからない。ある時期を境に途絶えた名声の轟き。戦死したという噂もあるし、殺されたという噂もある。王国に名高いSランクの英雄。それを殺せるほどの逸材はローレライにいない。


 ソラの基準が英雄なのがおかしい。


 怪訝な表情をしつつ、カルミアは深く考えないように念じた。気付いちゃいけないことが世の中にはある。とくに英雄のことなどそれにあたる。

 カルミアの表情の変化をみたのかソラは愉快気に笑った。




「英雄は死んだ。殺したのは・・・君を守ったあれだよ。人形のように影の薄い男の一番の配下が殺したんだ。あれ本人は別の場所で、配下だけで殺させた事件。ローレライではまだ情報が届かずとも、王国ではもちっきりさ。対人最悪、最低の化け物と名高いんだよ。君も思い知ったろ?本来ならベラドンナを悪役にする幼稚な作戦が、たかが、化け物の手加減中の手加減によって負けたんだから」


 幼稚な作戦とカルミアは言われても苛立ちすら残らない。


 なぜなら彼とカルミアは一度話し、全てをその場でばらされた。生徒に取り囲まれ暗闇で遮断された事件のときだ。そして取り巻きの男たちの前でばらされ、証拠も事実も示された。カルミアを守っていた美青年たちは、カルミアに幻滅しその場を離れた。嘘も本当も言う間もなくだ。事実だけを提示されただけ、反論の機会も与えられない。カルミアという泥船に美青年たちは逃げたかったかもしれない。だが人間の薄情さを見せつけられた場面でもあった。



 カルミアだってわかる。


 あれは慈悲以外の何物でもない。



「感謝しなよ。化け物のおかげで君は生かされた。君の父親も生かされた。君に深く愛を込めたローランドも生かされた。その命は君だけのものじゃない。化け物のために一生懸命生かさなければ、君は助けられたことすら後悔させられる・・・だから。そのための襲撃なんだ!!」


 意味が解らない。


 命が助けられ事実。


 それはわかっても襲撃する意味がカルミアにはわからない。



「襲撃して、黒幕たる侯爵を叩く。君のお父さんを反乱の実行者にせしめたのは侯爵だよ。アーティクティカを守るためかもしれないし、原因はわからないよ。でも、そのせいで君のお父さんは反逆者。君のお母さんも君も貴族の地位を亡くした。奪う原因も、苦しむ原因は黒幕さ。それがいなければお父さん一人が不幸なだけで追わった事件だから。君の義理のお父さんだけが苦しむだけで済んだんだから」


 黒幕はカルミアにとって憎い存在ではある。義理とはいえ父親。その父親の道を誤らせた根源。


 しかし反乱を起こさなければ、父親だけが被害者で、不幸のまま。


 反乱を起こしたことによって、父親は幸せになったかもしれない。


 その二つを思えばカルミアとしては複雑だった。母親は恨むかもしれない、父親を。だが育ての親と生みの親。どちらを選ぶかといえば、育ての親だ。なんだかんだいいつつ、食費も学費も出した父親に憎しみが抱けなかった。



 そんなカルミアの表情を見て、攻撃されている中でも愉快気にソラは笑ったのだ。



「気にしなくていい。どっちにしろ黒幕を苛めることには変わらない。君を巻き込んだのは、復讐の機会を与えるのと同時に、平民になっても本気をだせばどうにかなるという自信を持たせたかった。その自信はいずれ役にたつ」




 くすくすとソラは笑う。


 再びソラが指を鳴らせば、魔法が止んだ。

 戦場に飛び交う光り輝く糸状のものが、攻撃者のからだを貫くように交差する。その瞬間、攻撃者の体がばらばらになる。魔法を使うものたちが、魔法を使うたびに糸は舞い、戦場は血とバラバラの肉体で埋め尽くされた。


 結界は壊れず、攻撃が勝手に消えた。


 あるのは死体。


 ソラは笑って手首を握りしめたまま、カルミアと前進。


 カルミアは自分の体力であれば、限界を超えている距離の徒歩でも疲れることはなかった。まるで魔法でもかけられているように体力が続いた。


 街並みに入り、人の生活圏へと入る。ソラが通る道には人はいなかった。事前に避難情報でも流れているうのか、探したところで人の気配はない。ただ攻撃があちらこちらから飛んでいる。それも気にせず指を鳴らしては、攻撃が止む。何かが裂けて、落ちる音は良く響いた。


 ソラの見えない糸のようなものが相手を切断、殺害。人の生活圏ですら赤く染め上げ、突き進む。建物は鋭い刃物で叩き切ったように斜めにスライスされた。その建物の中に攻撃者がいたのだが、特定も面倒だから建物ごと殺害。


 そうして殺して、赤に染めて、進む破壊の襲撃者。


 ゆったりと、さりとて人間が進む速度よりははるかに早く。カルミアも同様だ。本来のカルミアならばできない走破も何故かできていた。


 そして侯爵の家。


 領地に相応しい、権力にふさわしい豪華な外観。広大な家の敷地。大げさなほどの花壇。それらを踏みつけて、侮辱するようにソラは土足で入り込んだ。門は壊され、外壁は焦げにまみれている。血で塗れている。領土は軍隊の死体で溢れ、騒ぐ領民の声で溢れた。


 カルミアとソラ。


 その二人の名をもって侯爵の家へ突入。領主の部屋まで気配を探っての侵攻。カルミアは半ば気絶しかけたまま、ソラに抵抗する気もなく付き添った。




 黒幕をただ甚振り、暴力をもって兵士たち、使用人たちを暴行。暴力的な暴行によって家の使用人たちを沈め、兵士たちを殺害。領主の肉体にソラは呪いをかけて、物事は優しく終わった。


 領主にかけた呪いは寿命向上の呪い。


 その呪いの根源は殺した兵士たちの命。


 圧倒的暴力で敗北をさ取った侯爵に対し、呪いをかけた。その呪いによって肉体の見た目は変わらずとも中身が大きく若返った領主。その事実に驚きで頭が混乱している中で、呪いの根源が侯爵を崇拝する兵士たちの命だと教えた。


 その事実を公爵がしり狼狽。


 あおるようにソラが続けた。



「兵士から好かれているからこそ、君の命はのびた。よかったね、本当に。嫌われていたら死んでいるような呪いだけど、好かれている以上、君の寿命は増えるだけだ。その命は、兵士による命。君が差し向けなければ死ななかったはずの命。その命は君のせいで潰えて、君のせいで君に還元された。関節的部下殺しの君は、下の物の犠牲によって永らえる。誰も不幸にならない事件で住んでよかったよかった。・・ああ、部下に愛された君に一つ忠告しよう・・・逆らえば、呪いを消す。部下の尊敬の念も、君が家族にたいして託そうとしていた思いも殺す。僕にはできる。脆弱な君の部下事君自体を殺す。信念も思いも友情も暴力によって殺す。それが僕には出来る。僕とここに連れてきたカルミアのどちらかが君を害しようと思えば、すぐに。覚えておくといい。操っていた駒の家族によって君は苦しめられる」



 そしてソラは指をならした。


 公爵の体が力を失ったように床に倒れ伏した。意識はあるが、動けない。立ち上がろうとしても体が一切動かない侯爵。それを見下したソラはつづけた。



「・・・言うのが遅れた。アーティクティカの娘ベラドンナが連れてきた怪物。あれはね、ニクス大商会、ギリアクレスタの本当の支配者なんだ。そして僕は表の代表なんだ。グルだったんだ。君やベラドンナは怪物の手のひらで踊った駒なんだ」



 ソラはねつ造をもって情報を付け足して嘲笑した。


 嘘かどうかは大切じゃない。


 それが本当かどうか信じられるかどうかが大切なのだ。事実、あまりに出来過ぎた出来事に対し、つじつまが勝手にあっていく。


 公爵が苦し紛れにいう。



「怪物・・・め、・・・ローレライをどうする気だ・・・?」



「君がカルミアや父親を操ったようにするのさ、友人たるアーティクティカに対しては友愛を見せても、それに歯向かう物に冷酷な君に。同じように、君がしたように、君をさせるのさ。いつまでも駒を扱う側の立場でいられると思わないでねってカルミアがいっていた。僕は所詮、カルミアの手駒さ、怪物の手駒さ」


 これまたねつ造。


 カルミアはソラが無理やりつれてきて、勝手に襲撃犯に仕立てられた被害者である。だからソラが言った言葉に対し、反論をしようと口を開いた。しかしつづけられなかった。口を開いたときにはソラが少しばかり睨み付けるようにカルミアを見ていたからだ。


 余計なことを言えばカルミアはどうとでもできる。


 その意志を感じ取ったソラの視線の前にカルミアは沈黙。


 


「さすがはカルミア様!、怪物が命を救っただけのことはある!」



 そうわざとらしくソラは誉めたてた。カルミアの表情は渋めになり、同時に不安が増長。青ざめた渋さがカルミアの表情を埋め尽くした。




「カルミア様の命令を伝える。従え、私に。従うなら君の想いだけは汚さない。君の家族だけは安全だ。君の部下はこれ以上減らない。君の命も安全だ。それどころか寿命が延びて、家族に対して思いを伝える時間が延びる。友人たるアーティクティカに対しての敬意を占めせる時間が延びる。何よりも平和が訪れる・・・ただ君が私に従えさえすれば!平民である私の指示に従えば、君は苦しむことは少なくなる。友人が被害にあうことも少なくなる。約束しよう!!そうカルミア様はおっしゃられた」


 ソラは拍手した。カルミアを視線で制しながら、侯爵にわからせるように演技した。




「君の領地は今より我らニクス大商会のものだ。ローレライの拠点代表たるカルミア様からの指示だ。だが君の領地でもある。利益は君にも分け与えるし、無慈悲に搾取することはない。ただ今より幸せになれて、自由になるお金が増える。ただニクス大商会にしても領地自体には興味はない。君と侯爵家の力が欲しい。政治における能力が欲しい。だから領地における税金は今まで通り君の物。少しだけ優遇する政策と、ニクス大商会のために力を貸せばいい。簡単じゃないか。安心してほしい、君から搾取をすれば僕が怪物およびカルミア様に殺されてしまう。嘘をついても同じ。約束してもいいし、契約書を書いてもいい」



 ソラは嘲笑したまま言うのだ。




「・・・侯爵家を搾取するより、手駒にしておいたほうが使いやすい。でも君にも利益が多大にある・・・ギリアクレスタばっかり目だっても邪魔だし。・・・これが答えさ。君の答えは、承諾しかない。なければ別の貴族を駒にする」



 そうした脅しによって侯爵は屈服。色々手は考えれば動けるかもしれない。しかしながら一人で侯爵軍の防衛を突破し、侯爵に呪いをかけた。その際、屋敷内にいた使用人は全員無力化されている。屋敷に配備された警備兵たちは皆殺害。使用人は洗脳してソラの操り駒。


 それを侯爵の前で実践もした。使用人の自害イベントも開催。殺害後、頭部を奪われた警備兵。その頭部をもってお手玉のように遊ぶ使用人。意志がないとはいえ、普段ならできないこともさせた。



 その際、ソラは何度も言った。


 君もどうだ?


 カルミアと侯爵に対し言い続けた。



「人をコケにしてきたんだから、おもちゃにすることも他愛もないじゃないか?それともできないのかい?自分は手を汚さず指示だけして終わりかい?責任を取ればいいってかい?ああ、正しい。まったくもって正しい。だけど、少し違う。自分が落ちぶれたときのことを考えて、多少は手を汚さなきゃ駄目さ。潔白さを見せるのも大切だけど、それだけじゃ世の中渡れない。世界には君が思った以上に、強敵がいる。其の強敵の前では君たちが、おもちゃなんだよ」



 ソラは楽し気に言う。



「たとえば、化け物とかね。人形が人間のふりしたかのような化け物を相手にした気分はどうだい?あれは個人でありながら、組織を束ねた異常者だ。何もないように人の背後にたち、いつのまにか本質を見抜く観察のスペシャリストだ。今じゃ侯爵様、君よりも強い権力と財力を兼ね備えている。僕一人相手にしても勝てない君ごときじゃ歯が立つわけがない。軍事力は君の方が上かもしれないけれど、結局のところ質が違う。僕で十分の弱者の仲良しごっこでしかないってことだよ」



 ソラは徹底的に叩く。侯爵の自尊心すら残さずへし折る。莫大な予算をかけて整えた軍隊。部下からの裏切りがないように、きちんと管理させた自負。休みもこの世界では珍しい、週一を実現。侯爵の軍隊は現代よりは過酷かもしれないが、労働環境においてはしっかりと整えている。


 現代とこの世界の環境は違う。


 弱肉強食が目の前で、死をもって実現する世界で整えた労働環境の有無。


 侯爵は実はすごい人物である。労働環境という下のものへ視線を向けた考え、だから尊敬された。だから兵士たちは殺されても尚、侯爵を守ろうとしていた。ソラが与えた呪いは奪った魂の質による、恨みが強いほどダメージを負う。逆に敬意があれば、あるほど良いことが起きる。


 あまりにも尊敬されていた為か、寿命が延びた。


 肉体は見た目と変わらないが、中身が遥かに若返った。


 殺した兵士250名。


 その全員が侯爵に力を与えた。


 地に伏せた侯爵が苦し紛れに言う。



「・・・部下は・・・仲良しごっこと馬鹿にされる謂れはない。貴様なんぞに・・部下を侮辱されてたまるか!!」




「部下がすごくても、君がしでかしたことが酷い。しでかしたくせに、結果をうまなかった。化け物一人によって簡単に収まったことでわかるだろう?君が失敗すればするほど、それに付き添う部下のイメージはがた落ちさ」



 ソラは膝を曲げて、その場に屈伸するように座り込んだ。



 両手を自身の顎を支えるように抑えて、侯爵を見下した。



「・・・それでも、だ。・・・決して許さん・・・部下を侮辱するのも絶対に」


「では僕も君を許さない。君がした遊びの行為のせいで主導権があっちに握られた。君のせいで多くのものが血を流した。君ひとりが動いたせいで大勢の血が流れた。・・・その責任を今ここで実践しようか?使用人たちに自害させて、その死ぬ直前にナイフで自身の体に文字を刻むってのはどうだ?侯爵への想いを見せてやる。安心して、侯爵への想いだけは常に感じている使用人の想いさ」



 今も片隅で警備兵たちの頭部をお手玉のように投げている使用人。


「使用人の次は、領民だ。お遊びのように、証拠を残さず自害。できないと思うかい?実は簡単なんだ。魔力じゃなく、別の手段で簡単にできる。あれが暴れたおかげで環境は整った。条件はあれがこの場にいること。あれが許可した悪意があることだからね。・・・殺して見せよう、君以外の侯爵家の家族。殺した兵士たちの家族、領民たちの命。反乱ごときじゃ収まらない、殺人劇を繰り広げてあげよう・・・



 そうカルミア様がいってたよ。さすがギリギリ命を守った悪女の鏡」



 カルミアは自意識的に気絶し、器用に立ったまま硬直。



「・・・悪魔め・・・外道め・・・」



「お互いさまさ。成功者の外道がカルミア様率いる僕で、失敗の外道が君だった。ランク外の化け物があれだった。君も僕も被害者さ。あれのね。・・・ただ僕は、あれ側の立場で、その敵対者が君だった。・・・さて、従うかどうかを決めなよ」



「・・」


 侯爵は答えを渋った。床に倒れ伏したまま、決して言おうとしなかった。



「ならこうしよう。君があれに従うのであれば、カルミア様に従うのであれば。忠実な化け物の配下でカルミア様の忠実なしもべである僕が、君の家族に祝福を与えよう。君の為に死んだ兵士の為に魂だけは天に召されるように解放しよう・・・実は君の部下の魂は僕が握っている。・・・永劫の苦しみを持つのも可哀想だから、君が従うのであればすぐに開放する。同時に君の家族が背負った宿命を治療してあげよう。使用人から今日の事を記憶から消し飛ばしてあげる。君が元気のまま引退して、家族に指導だけする立場になっても、健全な体制を整える環境を作ってあげる。・・・税金も増える、金が君に回る、友人へ友情を示せる。君がいるからこそ友情は成り立っている。でも君の死後、君の指導なしであれば友情が敵意に変わるかもしれない。人は勝手に変わるからね。・・・そうさせないための環境を君の為に作ろう・・・僕には君が必要だ。敵意だけじゃ意味がない。お互い恨みがあるのは確かさ。でも君は侯爵。約束しよう、君の友人には、君が従う限り、邪魔をされない限り、手を決して出さない。これはカルミア様じゃなくて、今回の解決者である化け物の意志もある」



 これは嘘ではない。


 しかしながら侯爵は訝しんだ。


 必死に顔だけを上げるようにし、ソラを見上げた。



「君如きの弱者に対し、慈悲を見せるのも強者の務めさ。嘘はつかない。今すぐに使用人の洗脳をとこう」


 指をならせば、使用人はその場でゆったりと倒れ伏した。いきなり倒れると怪我をする恐れがあるため、あえてゆったりと床に倒れさせた。



「・・・信用できるとでも」



「約束は守る。信頼を守ってこそのものだからね。カルミア様が信用の証さ。今は平民でも元は貴族。貴族の中で約束は絶対なんだろう?元貴族の立場をもって約束を果たす。悪女も化け物も約束だけは守る。君が必要だといっただろう?部下の供養も金も出してあげる。荒らした領地の支援金も出す。それ以上の莫大な資金が君の領地を駆け巡り、君はローレライ最大の経済都市になる。・・・君が従うだけでいい。カルミア様に、化け物に。ニクス大商会に協力をし、その君の持つ政治力をささげてくれればいい。君の敵は僕たちの敵。君が邪魔だと思ったら、格安で邪魔者を排除してもあげる・・・悪い話じゃない。良い話じゃないか。裏表あるけど、君には損害はない。君に必要なものは全部そろえる。カルミア様が君の領地ですること全て、黙認してくれれば。君の立場も家族も価値観も補償される。・・・君が部下に素晴らしい環境を与えたように、君にも与えよう・・・さあどうする?今だけだ。拒否すれば君も家族も領民もいらない。・・・頷けば先ほどの君への多大な利益が約束される」




 そうして侯爵は屈服した。


 ソラは本気でやる。その視線は間違いなく真実を語る目だった。約束を果たすことへの強制的なまでの義務感を背負った目だった。


 嘘はない。


 まるで組織のトップにたつように、方針を勝手に決めれば、守らせる立場にある人間の目だ。


 だから信じた。


 そもそも勝てないのだから、従うしかない。それを力で無理やりねじ伏せるのでなく、利益をまぶした形で言われれば逆らいようがなかった。




 そうして侯爵がソラの手に落ちた。



 ただ表向きはカルミアが脅したことになっている。ソラは全面的にカルミアの名前を出した。学園で悪事を働いたカルミア。その評判を軸に更なる悪への道が芽吹いていく。半ば気絶していても、勝手に悪名が高まった悪女の結末。




 カルミアはニクス大商会が預かった。そしてカルミアは、ローレライ、侯爵領地における代表にまでなった。



 ニクス大商会は経済圏、人材争いまではいかないものの、ローレライにおける政治力を手にした。襲撃の話は何処にも流れない。非難した領民たちには災害があるためとしか伝えていない。だから知るのはごく一部のものたちのみ。


 本来なら全てを手にしたニクス大商会。苦し紛れに最後にあがいて、政治力を侯爵自体を取り込むことであげたのだ。



 ローレライの政治の頂点、侯爵。


 襲撃された失態は外に流れず、成果だけが上がっていく。反乱への回復期、他所に目を向ける暇もない貴族たちでは気付かず、日常が続いていく。その間には確実に争いと、脅迫があった。だが平穏の前におわるのだった。


 ギリアクレスタにて、人を救った形になったローランド。


 ニクス大商会にて、侯爵をたぶらかし、多くの命を奪う形になったカルミア。



 二人の元凶は、今もこうして生かされた。


 そして二人は利用され、それぞれの代表として活躍させられるのだった。はたしてそれが幸せかどうかは不明。



 ただ一人、物事をすべて終えたソラは無邪気に蛙のような笑みを浮かべた。



 侯爵家への襲撃後、安全を確保させるためカルミアは一時退避。あとは廃墟まみれになった街並みをソラは一人歩く。



 誰もいない。


 だから足を止めて、自分の額を叩いた。


 まるで卵が自分から孵るように、皮膚がさけていく。人の形を維持した外殻が壊れるように裂け、まっぷたつになって地面に落ちた。外殻は糸でつくられたように、内部は繊維状のもので構成されている。


 出てきたものは、足が複数ある蜘蛛のもの。下半身が蜘蛛であるが、上半身は人間によく似たそれ。


 アラクネ。



「・・・にんげんって・・・おもしろい」


 見た目の子供チックな容姿とは違く、中年のようにしがれた声が現れた。




「・・・ほうしん・・・へんこう・・・これで・・・ばんじかいけつ」



 ソラの正体は雲であったのだった。




 


 そしてローレライにて活動を終える。ギリアクレスタ、ニクス大商会ともに楔をローレライに打ち付けて、もう二度と外せない重しを乗せた。



 もうどうしようもない。


 制約があるかわり、ローレライは繁栄のチャンスを得たのだから問題はない。



 ローレライの権力者がいくら自由を求めたところで、どうしようもないところまで来てしまった。


 それだけだ。



 そしてギリアクレスタ、ニクス大商会が好き勝手やった代償とまではいかない。だがその代わりに彼は倒れた。精神安定剤の大量使用において、体がダメージを受けた。精神的、肉体的負担も彼の体力では凄まじく負担。それを薬物でごまかしてきた。ローレライ滞在の中、服用しなかった日はない。


 倒れたのは帰りの馬車の中。気が緩んだのか、ただ気持ち悪さをもって倒れた。なんとか吐くことはなかったが、ただ倒れた。それを華が気付き、静に馬車を止めさせて休息。牛さんが心配そうに彼を窺い、二匹が必死に彼を休めるよう、支度をした。あとは魔物たちの看病のもと、何とか動けるまでは休めた。



 化学調味料から風邪薬。現代人では必ず摂取する添加物を否定することなく受け入れた彼。その彼の基準は、この世界の常人の薬物耐性よりも遥かに上。精神安定剤を大量投入されたところで、所詮はこの世界の未発達の薬。ポーションでさえ、彼の体を回復させることだけはない。


 魔力を含むからこその回復力や、薬の瞬間的作用なのであって、魔力が一切ない彼の体には関係がない。ただの薬物を大量に摂取し、体調が少し悪くなっただけ。


 でも、きちんと彼はダメージを受けた。


 

 これが罰かは誰も知らないことなのだ。

こういう風になるんです。文字数だけが増えました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 雲さん強引だなあ本当に! そのまま引き下がらないとは思っていたけど、力技のゴリ押しで楔を打ったか。 結局、あの二人は終始利用されて終わる運命だったか・・・ [一言] 最後の彼で殺伐した空気…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ