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ローレライの火種 23

文字数が減りません。ごめんなさい

 伯爵の娘カルミアの領地で捉えられた首謀者。実行したほうの首謀者と黒幕。この二つの中で捉えられたのは実行犯である。其の実行犯は狐顔の男が率いる少数のギリアクレスタ構成員によって学園へ移送された。あまりの電撃戦にて、反乱の波は収まることはない。急激な逮捕では、末端にまで反乱の首謀者が誰かすらわかっていない状況。だから反乱したものたちは、祭りのように一時の感情に身を任せ暴れていた。


 そう簡単に終わるものか。


 戦いは終わったと宣言しても、認められないものが誰かを犠牲にして継続される。


 そのうち終わる。祭りの酔いがさめたとき、自分の仕出かしたことを思い知ることになるだろう。それは全部が原状復帰の道が見えたとき訪れる後悔。周りが冷めていき、徐々に元の生活へ戻るころ、暴れた報いを国が裁きだせば、いずれ。それを最初から知る者はしていない。途中で気付いたものだけが、反乱するのをやめたら危険という認識にて継続。祭りの感覚で反乱か、もしくは第三者の陰謀にて暴れるかでのものでしかなかった。




 黒幕がいようと、実行者がいなければ意味がない。実行者なき黒幕など、表に出れないだけの人間。脳内で考えた自分の作戦でしかないのだ。その作戦を必死に考え、優秀であると勝手に思い込んだ上の気持ちの悪い自己満足でしかないのだ。


 自己満足や途中で気付いたものたち如きが狐顔の男の襲撃を察知できるわけもない。だから首謀者は捉えられた。緻密な計画などお互いしていない。反乱軍もギリアクレスタ率いる狐顔の男もだ。世の中、第三者の目線をもってみてみれば、大したことをやっている者こそ少ない。あくまで単純に簡潔に物事をこなしているだけだ。その物事をいかに簡単にするかが、才能なのだ。



 学園へ移送された首謀者の性別は男。年頃は全盛期から少し過ぎた皺が額に生え始めた男だった。髪は銀のように輝いている。額に少しかかる前髪、その髪の隙間から見える瞳は力強さを感じさせる鋭さを持っている。頬についた苦労によるものか若干の皺。髭を沿っても残る、微弱なそりのこし。それらは決して不潔さを感じさせない。丁寧に自分の人間としての価値を整えたものに起きる、しょうがないもの。唇が薄く、しかし艶やかな男のそれは、少し両端をとがらせるようにしていた。


 両手を後ろで縛られ、ひざまづくように校庭に座らされていた。


 この場にいる全員の前で座らされていた。晴天の空の下、集まる生徒全員。防衛戦力に狙われた生徒たちも、狙われていない生徒たちも含め全員が校庭に集まっていた。


 自主的ではない。


 彼が集めた。


 狐顔の男が実行者の首謀者を捉えたという報告を彼に流し、それを学園に連れてくるように指示。その指示をもって、いつ到着するか時期を見計らった。到着する前にも報告させ、その後生徒たちを集めた。強制的ではないが、彼が集まれといえば皆逆らうことはしないだろう。実行者の首謀者の正体を教えてくれるという事前情報を交えた集まりであれば、興味も上回る。反乱によって被害を受けた貴族の場合、恨みに近い感情で集まった。



 この校庭の集まりは、ローランドとカルミア、ベラドンナ。少し離れたところに牛さんの護衛を付けた彼。計4名と一匹が主に前に立ち、後ろに生徒が並んで座っていた。彼が座らせた。前の生徒は座らせ、後ろ側の位置の生徒には見たければ中腰になってみてもよいという指示を出した。誰もが指示に従った。


 生徒たちの真後ろには防衛戦力たちが立っており、その両脇には弱みを捕まれた反乱したものたちが配置されている。配置された反乱者の列、その片側の列一つの先頭にたつのが狐顔の男だ。にやけ面をもって防衛戦力、弱みを掴んだ反乱者、生徒のものたちを監視していた。同時に少数のギリアクレスタ構成員が逆側の列の先頭に立っている。またオークとリザードマンが巡回するように最後尾を歩いている。


 狐顔の男のえげつなさは身近にいるほどよくわかる。弱みを知ったものを排除するのが人間の性であるが、それすらも読まれてしまう能力。裏切れば絶対に許さない冷酷さ。従った時に対しての多少の慈悲。人を恐怖に沈み込ませるのであれば、狐顔の男ほど適任者はいない。その男が監視し、彼の魔物が監視し、ギリアクレスタの構成員が監視している。


 この現状において学園は安全であった。



 その安全でありながら、人の心を沸き立たせる。生徒たちが喚くように恨み言を騒ぐ。反乱された貴族たちほど騒ぎ、無関係な生徒ほど静かだった。人が騒げば、自分だけは冷静になっていく。その現象をもって冷静なもの、一部騒ぐもの。事態を見守ろうと必死に抑えるもので生徒たちはわかれている。その生徒たちの姿をみれば、大人である監視者たちは冷静になっていた。



 彼は抑えない。


 必要がないからだ。


 所詮、この集まった生徒たちは観客でしかない。人の醜態を、失敗したものの醜態を怒るか笑うだけしかできない。そんな無関係なものでしかない。被害を受けようが、受けなかろうが所詮は無関係。自分で何かして解決するのでなく、他人の手によって得られた成功の中で、文句を言っても意味がない。


 他人が捕まえた犯人を、何もしないものが言えることなど文句でしかない。役割分担が仕事で分けられているならともかく、この事件において彼や狐顔の男はそんな役割などはない。自主的に行っただけのこと。ボランティアの中で得たものを、どうこう言われたところで従う気はなかった。


 同時に犯人を前にして被害者が黙れるとも思わない。その思いをくみ取り彼は抑えなかった。原因が生徒たちにあるにはある。それらを棚に上げ文句を言おうが、それ以上に被害を受けているのだから仕方がない。




 腕を組み、腰を僅かに牛さんに預けた彼。気楽な体制にて彼は見守った。


 人は自分の反応を表す。それを妨げることこそ他人がしていいものではない。


 独自の考えにて、彼は沈黙を貫いた。


 ローランドは絶句し、カルミアは口元に手を覆い、絶望にまみれた表情をしている。ベラドンナですら口を開いては閉じての繰り返し。


 その首謀者には見覚えがある。


 ローランドは、ローレライ後継者に決められたときのパーティにて謁見をされた男の顔。何より一番仲良くしたかった男の顔だ。



 ベラドンナは、アーティクティカ侯爵領地に時折挨拶に来る男の顔を忘れるはずもない。何より一番仲が最悪になっている者の身内だ。



 カルミアは、一番見知っているがゆえに忘れられるわけもない。何より一番、関係が厚く、一番関係が薄くなっている身内の姿だ。



 その中で最初に発言したのはカルミアだった。


 己の口元に手を当て、全身を震わしたカルミアの姿。そこには男を誘惑し、ベラドンナの立場を悪化させた悪女の姿はない。ただ一人、子供のように、か弱い存在のように己の本当の価値を見せつける。



「・・・お・・・おとう様・・・どうしてこんな」



 それこそあり得ないものだ。カルミアの領地に起きた反乱。その反乱が大きくなり他の貴族へ広がった。アーティクティカに敵対したもの貴族の領地で起きた反乱。その首謀者がアーティクティカと思われていた状況化。実はそうでなく、本当の実行者の首謀者こそ、カルミアの身内。



 この学園の騒動の原点のカルミア。


 この反乱の騒動の原点である父親。



 その父親はカルミアを視界に抑えた瞬間、両目を大きく釣り上げた。頬も額における皺も寄せられた中、口を大きく開いた。両手を縛られようが、決して収まらない。



「お父様と呼ぶな!!」


 絶叫よりも発狂。唾をまき散らしながら、それはカルミアに対し怒鳴り散らしていた。父親が娘に対し向ける感情ではない。カルミアの姿を捉えた瞬間、猛獣が敵対者に向ける視線で威嚇していたのだ。



「・・・で、ですがお父様は・・お父様です」


 狼狽える中、カルミアはただ答える。その表情に絶望があり、その瞳は悲哀に満ちている。目元に残した大きな粒は偽りではない。本物の感情によって引き起こされる感情のそれ。



「違う!、お前は違う!お前もあいつも!」


 

 カルミアの言葉は父親に対して真摯である。そこに嘘はない。事実誰も嘘だと思えない迫力差がある。同時に父親の言葉も嘘ではない。


 そこに憎悪しかない。


 そこに愛情はない。


 カルミアは父親から嫌われている。



 明確に拒絶をされれば、カルミアは少し後ずさりをした。しかしカルミアは悲しみの中でも自分の胸元に手を当てた中、必死に言葉を紡ぐ。



「お父様はいつもどうして私を拒絶なさるの?!どうして反乱なんてものを引き起こしたの?やっていいことやってはいけないことをわからないお父様じゃないですか!!!」



 悲劇のヒロイン。しかしそれに酔っている節はない。一切ない。


 娘が本心を前に感情に従って父親に訴えているだけだ。父親の実力を知り、愚かでも、圧倒的賢さもない。普通の貴族としての実力を持つ父親。その父親は常にカルミアを否定してきた。極力視界にいれないようにもされている。その視線一つ娘であるカルミアにだってわかる。


 ベラドンナを悪役にしようとしているカルミアであってもわかる。最初の何もしらない子供のときは父親から優しくされていた。父親からの愛情を注がれていた。その愛情が一時期を境に途切れた。わからないが突然切れて、無視され出した。


 物ごころを付く前に無視をされ。


 物心がついたときからは視界にすら入れてもらえない。


 環境からの孤立。あるのは母親からの愛のみだ。母親は正室であり、伯爵である父の正当な妻だ。父親は側室を持っていない。正室だけのもの。浮気も一切父親はしていない。カルミアに冷たくなった後、母親にも冷たくなった。急激な温度差をもって母親とカルミアに強く当たり出した。


 そのことに恨みも持った。


 夫婦の部屋は分けられ、別居状態にさせられた母親。


 原因を訪ねても、自分が悪いという母親。


 状況がわからず、母親の存在が気力が次第に減っていく。


 使用人の態度が母親に対しては冷たくなっただけ、カルミアに対しては強く当たるように冷たくなった。父親が使用人に指示を出したのかわからないが、ただ冷たくなった。


 そうして続く日々の中。


 突然、父親の家の中で立場が逆転した。


 自分が悪いと追い詰めていた母親が偉ぶるようにし、父親を甚振り始めた。ただ甚振るといっても無視や、使用人に指示を出したうえでの食事提供なしなどといったもの。


 急激な変化。


 急激な立場の変動。


 弱かった母親が強くなった。最初は追い詰められた母親が父親に切れて反逆し、立場を逆転させた。そういう風な物語の逆転劇を想像していた。事情を知らないカルミアは、母親の立場向上に興奮し、応援した。


 立場が突然逆転した父親も変わる。


 弱くなる。


 強いからこそ、娘や母親を無視していた。弱くなれば媚びをうってでも下手に出てくるはず。しかし父親は絶対にカルミアを視界にいれようとしなかった。いれたとしてもすぐ視線をそらした。カルミアはそれを母親に相談。母親は父親にすぐ報復した。


 しかし、父親は決して譲らない。


 離婚をしてもいいという条件を父親が出した。追い詰められた父親が表情を暗くし、提案したもの


 しかし母親が蹴った。


 使用人への束縛が強くなった。給料を減らしてはいないが、仕事が忙しくなったように見えた。カルミアを腫物のように扱い、母親を王のように扱い。父親を表向き冷たく扱う使用人。その中で父親の立場が下がっていく中で、父親の考えがわからなかった。裏では使用人から同情されているのか父親は食事だけは在りつけていた。陰で見たことがある。


 使用人が父親に対し謝罪している姿を。


 その使用人を父親が優しく微笑んで許している姿を。


 使用人に向けられたやさしさ。弱い立場になった父親が使用人にすら見せるやさしさ。



 それがカルミアに降りてこなかった。


 ひたすらカルミアは視界にいれてもらえなかった。


 陰で見ていたカルミアは思わず拳を握りしめ、父親を憎たらしく思えた。しかし憎たらしく思えても、優しかった父親。使用人にも優しい父親の姿を思い出せば、憎しみは急激に薄れていく。


 されど寂しい。


 母親のやさしさは本物だ。


 母親は権力を握り、弱かったころの立場を忘れ、悪いといっていたころの感情を忘れ、思うがままに遊んでいる。だがカルミアにだけは苦労させなかった。


 母親の周りは男で囲まれている。


 それも容姿に優れた男だ。


 カルミアの周りは女性や男性の混合であっても、男性の比率が高くなった。カルミアが使用人の愚痴を言えば、その使用人はすぐ首になった。とにかく母親はカルミアに極端に甘くなった。同時に父親に対しては厳しくなった。


 使用人はつかず、食料は自前で。仕事は父親が。その成果だけを貪る母親。ふとしたときにみた母親は醜く、優しかった。


 ふとしたときに見た父親は毛嫌いされているけど、他人に対しては優しかった。



 使用人は母親の前で父親に厳しかった。


 父親だけの前では使用人は反省していた。


 それを愚痴った。母親にカルミアは愚痴った。


 該当する使用人は全員首になった。それでも父親に対し、謝罪をする使用人は絶えなかった。


 謝罪した使用人は首になった。女性の使用人ほど父親に謝罪し、男性の使用人ほど母親に媚びた。だからか給料の格差も起きた。女性の使用人の給料は大きく下げられ、男性だけが跳ね上がる。生活のできなくなった使用人はやめた。その際にも父親に謝罪した。


 自分の力が足らず申し訳ありませんという一言を残しやめた。



 母親に対しては謝罪がなかった。



 なぜかはわからない。



 気付けば自分も母親と同じようになっていた。目障りなのかはわからない。ただベラドンナが邪魔だと感じた。だから敵対するような環境にまで持ってきた。平民はベラドンナにだけ心を許し、貴族も表向きな敬意をカルミアに向けた。


 所詮は学園。


 外にでれば、ベラドンナの方が上。


 されど子供のうちは外がわからない。学園に囚われている中の生徒では、外の実力差はわからない。母親と一緒。カルミアも母親も一緒。



 それを本物にすべく。


 母親が父親にやったように。


 カルミアがべラドンナにやった。


 そして失敗した。


 化け物を学園に呼び出し、環境事態を思いっきり変化させた。たとえ母親が学園に口を出しても変わらないほど人間関係が壊れていった。隣人を信用できなくさせた。カルミアという人間が築いたもの前提を叩き壊した。


 所詮カルミアの築いたものは人間関係による立場の向上。


 その前提を壊されれば、カルミアは個人として生きるしかない



 カルミアは学園で容姿の良い男性を身近に置いた。求めるものがそれぞれ違う容姿の良いものたち。それらの求めるものは、大体予測できた。身分が高くなればなるほど、薄くなる感情のそれ。高貴な貴族になればなるほど子供に求めるものが強くなる。その中で薄れた個人への愛情の回帰。それをよみがえらせてやるようにし、偽りを与えてやれば簡単に自分のものになった。


 ローランド王子も同じだ。


 欲しがっていたものを与えただけだ。お金でなく個人への回帰。家に縛られているからこその個人への感情。


 家があるからそれに適応できる子供など少ないのだ。大人であれば自然と出来るかもしれない。しかし子供のうちには難しいものがある。子供のうちから大人になれるなど、人間とは思えない。


 ベラドンナは人間だと思っていない。


 嫉妬とかでなく、子供の時分から見てもベラドンナは同じ人間じゃない。子供の世界に紛れ込んだ大人にしか見えなかった。きっとそれを無意識で生徒たちは理解していた。だから苛めという環境に誰もが適応できたのだ。子供の世界に大人が紛れ込むのであれば邪魔でしかない。


 自分の価値観を独自に持ち、環境による変化すら受け付けない大人など邪魔なのだ。子供の世界観を独自の価値観にて拒絶。子供の環境に溶け込めない大人。大人による価値観は上から目線にて子供の世界を見下すのだ。慈悲による目線。子供だからしょうがないという目線。


 それを同年代がベラドンナが浮かべていれば、あるのは拒絶の感覚しか浮かばない。



 はたしてどうすればよかったのかはカルミアにはわからない。


 カルミアは自分が欲しかったものを、他人に与えた。自分の周りにいる容姿の良い男子たちには与え、ローランドにも与えた。自分の権力などは変わる可能性がある。保険として異性を選び、愛情を与えた。コレクションのようにも感じた。自分の力で得られた人間の関係。



 父親が憎々し気にカルミアを睨み付けている。


 同級生や先輩や後輩は篭絡できても、王子は篭絡できても。


 父親だけは篭絡できないのだ。


 娘でありながら、身内に対してだけは無力だった。


 父親は頑固なのか、反乱した理由も明かすことなくカルミアを睨み付けていた。



「・・・どうしてですか!!」


 反乱した父親、その父親からにらまれるカルミア。相手が悪い、母親を虐めた父親が悪いと思っていても、父親に対し冷酷にはなれなかった。記憶にあった優しかった父親の姿。立場が変わっても弱くなっても、使用人には優しい父親の姿。


 なぜ自分には向けてくれないのか。


 憎しみしかないのか。


 その思いがあふれたのか、カルミアは涙を流し訴えた。



「お父様はどうして私を恨むのですか!!!母様にも強く当たって!!急におかしくなって、母様も急におかしくなって!!どうしたんですか!!!!」


 嘘はない。


 偽りは一切ない。


 たとえ男を篭絡し、自分のものにしていたカルミアであっても父親の前で嘘は言っていない。だが、父親は縛られた中で、カルミアの様子を見て、鼻で笑った。


 嘲笑げに父親が笑う。使用人には絶対に向けない。母親が使用人に向けた嘲笑を、父親は決して他人には向けなかった。それをカルミアに向けた。




 父親が口端を歪めて告げた。



「お前が俺の子供じゃないからだよ。・・・お前はツアリ・・・あの売女の浮気によって生まれた他人の子供だからだよ!愛していた女の不逞から生まれた、望まれない娘。最初は愛していた娘が他人の子供。初めから他人の子供だと知っていれば、別の愛し方もあったが、結婚して裏切られた中での子供。そんな子供に対し誰が愛情を向けるっていうんだ?教えてくれよ、無理だろ?」


 軽々しく告げた内容は重苦しいものであった。その内容を聞き、カルミアは両目を点にし、一瞬頭が空っぽになった。


 父親はカルミアが硬直したのも気にせずつづけた。


「お前はな、使用人と妻の立場を持った売女の関係で生まれた娘なんだ。何度もいってやる。お前は他人の子供。俺の子供じゃない。浮気をしったときからお前が嫌いだ。たとえお前が悪くなくても、お前の母親が悪くても、お前が嫌いだ。子供は親を選べない。でもなその親が嫌いだと、そいつの子供も嫌いになるんだ。選べなくても他人は選ぶんだ。嫌いの相手をな」



「・・・うそだ」



「嘘じゃない。真実だ。俺が反乱した理由なんて、特にねえよ。ただなぁ、あの憎たらしい妻の立場が悪化するのとお前が被害にあえば何でもいいやと思っていただけだ」



 人間の行動理由なんて常に単純である。無駄なトリックや策略など含めず、人は簡潔に動くのだ。そこに後付けで複雑さをつけるだけだ。


 父親からしてみればカルミアは托卵された子供なのだ。自分の妻から生まれた他人の子供。自分の血を引かず、その後釜を狙う他人の寄生虫。


 使用人が父親に教えた。


 父親に忠義を尽くす使用人は、母親に愛想を尽かし全てをさらす。その後、父親から母親の前では従えという指示を受けて、従っただけのことだ。最初は使用人は父親側についたが、権力を握り出した母親。最初は弱くなった浮気した母親が急に力をつけ、逆転。使用人の労働環境、雇用する権利すら浸食し、母親のものとなった。


 ただそれでも母親より父親に付く使用人が絶えなかった。


 人間性。


 将来性。


 正直、カルミアの母親にそれはない。誰かが手に入れた成果を奪うだけだ。誰かと勝手に無秩序に恋愛ごっこを繰り広げ、正式な夫婦としての関係を強化しない。他人の誰かと関係を強化して、生まれたのがカルミアなのだ。その場でよければよいという短絡的思考によるもの。


 長期的戦略が取れないのがカルミアの母親だった。


 ばれた時点で離婚すればよかった。


 しかしできなかった。


 なぜなら、それは侯爵から明け渡された妻なのだ。その相手からは良くされている。父親からしてみれば、父親が外交をつないできた。貴族たちにおこる外交を父親がつなげ、その成果を母親が奪っていく。寄生虫そのものだ。


 でも寄生虫は宿主がなくては意味がない。


 浮気した、托卵を企み権力を握ったなかで弱者から強者になったものがやることなど決まっていた。かつての強者を弱者に引きずり落とすことだ。徹底的に落とし込め、力を奪う。その後釜として立場に付く。


 弱者は他人を引きずり落とす。


 家庭にもあるのだ。そういうものは。



 しかし父親がいなければ権力は保てない。



 なぜ逆転したのかは不明。いつからか逆転させられていた。



 しかし、父親が結局動けば、その通りに回る。反乱もそう。父親が動いた結果周りが動いた。抑圧されていたものが動き出し、暴れ出した。鎮圧できなければ国が持たない。鎮圧されても伯爵家は終わる。カルミアの母親は嫌われていて、家でしか権力を持っていない。


 外に出れば無力なカルミアの母親でしかない。


 外に出れば力を持つカルミアの父親ではないのだ。


 反乱を起こせる力、家を終わらせられる力。全てをなかったことにできる決断力こそ有能さが示せる。



 そういう中で父親が笑った。


 カルミアを見て嘲笑した。



「でもよかったよ。俺はお前が嫌いだ。だけどお前は好き勝手生きているようじゃないか。・・・たくさん男を集めて、ローランド王子も手駒にしたそうだな。どうだ、男を周りに囲んだ気分は?母親のように容姿が良くて、立場が良くて、素敵な魅力な男を集めた気分はどうだ?浮気していた親の真似事の気分はどうだ?気持ちいいか?お前の母親しかしらない俺じゃ、よくわからないな。教えてくれよ。ほかの恋人でも夫婦でもない。無関係な異性を連れ歩く気分はどうなんだよ?・・・教えられないよな?俺は反乱した・・そして負けた。残念ながらアーティクティカ侯爵様には勝てないようだ。元々知っていたけどな。でも、アーティクティカ侯爵の血をまがい成りにも引き継いだ、妻のような売女。どうして妻はベラドンナ様みたいになれないのか。・・・結婚当初は俺は妻に対して求めた記憶はない。嫌がることはしていないし、しようとおもったこともない。相手が求めた以上のことはしようと思ったこともない。証拠もある。ちゃんと使用人に記録をとらせている。アーティクティカ様からの婚姻関係だからな。むげには出来ん」


 カルミアの母親は、アーティクティカの血族のものだ。忠義を前面に出し裏切りをしない。


 そういった血族から生まれた厄介者。


 ベラドンナはアークティカ正当後継者である。女性でありながら有能すぎて後継者に選ばれた。そのなかの環境でもはずれはいる。



 カルミアとベラドンナは一族の血を引き継いだ子供なのである。しかし、簡単に言えば、アーティクティカで生まれたといっても、それはアーティクティカの中でも厄介さを持つ者達を集めた分家による血だ。


 分家の血を持つ妻を父親が受け取った。


 裏切りそうな、自由そうな発想を持つものを分家に閉じ込めた環境。その環境からの父親への贈り物。分家とはいえアーティクティカ。本家が父親に対し受け入れた恩を与えるべく、とにかく便宜を図った。支援も行った。とにかく強く行った。貴族関係による外交の成功もアーティクティカの便宜によるものが大きい。



 恩には恩を返すアーティクティカ。


 それを裏切った母親。


 父親の怒りはどれほどか。


 最初から父親と母親は恋愛結婚だった。分家とはいえアーティクティカ。されど分家。その中でたまたま出会った二人。いつしか愛で結ばれた二人。しかし生まれたのは他人の子供。その事実が気に食わず母親とカルミアを苛め、いつしか逆転された父親。



「親が親なら、娘も娘だな。・・・そういえば俺も育ての親だったな。どうだ、男漁りの母親に、裏切りの育ての父親。主人を裏切る使用人の子供。お前もロクな親を持たないな。でも俺は謝らない。俺が悪かったとしても、お前の母親が悪かったとしても、本当の父親が悪かったとしても、関係ない。お前にだけは謝らない。嫌いだからだ」



 カルミアは知らない。


 カルミアは父親は父親であると認識していた。最初に優しかった父親がいつしか冷たくなった。母親に冷たかった父親が、今度は冷たくされた。その認識しかなかった。


 実は父親が父親じゃない。



 他人である。


 その考えを聞かされた瞬間、カルミアの頭がパニックになった。



「え?え?え?え?え?え?」


「お前もわかっているんだろうよ。本当はな。心のそこで思っていたんだろう。本当の父親ってなんだろうってな。俺が子供のころは厳しかった親に対し、常に思っていた。自分の本当の親じゃないから厳しいんだってな。でもよく考えれば、本当の父親だからこそ厳しかったこともわかった。優しいだけが本当の親じゃないってこともわかった。俺も浮気を知るまでは、お前に対し優しく厳しくいこうとした。だが無理だ。浮気によって生まれた子ども。そんなものに対して生まれたのは嫌悪だけだ。言っておくが、俺の思い込みじゃない。ちゃんと証拠も証人も証言もある」


 親は子供の為に理不尽になる。


 親が子供を怒るのは自分の感情を抑えるためでもある。しかしときとして子供のために怒ることもある。自分の感情のために怒っても、自分の子供であれば、子供のためと思い込める。


 それができないのが他人の子供。


 自分の感情で怒って、子供のためと思えないのであれば感情の行きつく先は八つ当たりでしかないのだ。


 托卵は罪である。裏切りは罪である。

 

 母親が思う子供と父親が思う子供は違う。母親が自分が生んだ子供が悪事を働いても許せるのは自分が生んだからだ。父親が自分の子供が悪事を働いても許せるのは自分の血を引き継いだ子供だからだ。そこに騙しがあれば話は別だ。


 母親が自分が生んだ子供だとしても、血が他人の子供。母親は強く感情を持つだろう。たとえ他人の子供であっても育てたのは父親なのだから、感情を入れろと



 しかし父親からすれば血も妻も自分のものだからこその想いなのだ。自分の子供を産み、自分のために苦労してくれた妻や自分の血を引き継ぐ子供だからこそ男は頑張るのだ。そこに裏切りがふくまれれば、男はわからない。妻が子供を妊娠したことしかわからない。その子供を父親は無意識に自分の子供と認識するのだ。


 その認識の最中で実は他人の子供など、裏切られた感覚しかないのだ。


 最初から他人の子供であれば、育ての親でいられた。途中から血族による子供から、育ての親になれなど言われても父親は困るのだ。


 母親を信用しているからこそ、愛していたからこその愛情だった。





 父親は笑う。


 嘲笑し。


 カルミアを見下した。



「おめでとう、浮気相手の子供。俺は反乱の罪で死ぬ。だがお前も終わる。売女も終わる。皆終わる。お前がやらかしたことに巻き込まれたものたちを含め、全員終わる。よかった。よかった。皆幸せに終わる」




 その中でベラドンナが口を挟んだ。会話の途中で気になったのか、ただ口を開き口を挟んだのだ。



「アーティクティカに対し、恨みを持っていたとは思えない反抗のように思えたのだけど」




 父親はベラドンナが口を開けば、頭を軽く下げた。



「アーティクティカ侯爵様には良くしていただきました。私が自主的に選んだ妻なのであって、家につながる関係によるものではありません。全ては自分の目がないだけのこと。事前に警告はいただきました。注意もいただきました。それでも選んだ自分の見る目がなかっただけのこと。アーティクティカ侯爵、娘であるベラドンナ様に対し、育ての親として謝罪いたします。たとえ他人の子供であっても、いつのまにか生まれた、別の男の子供であっても。形式上は私の子供。貴女に対し、ご迷惑をかけたことを命をもって謝罪いたします。この反乱の騒動の責任を取らされるかと思います。その際、命はなくなるのでしょう。それを持って謝罪とさせていただければ幸いです」


 カルミアに向けていたものとは違う。


 父親はベラドンナに対し真摯に謝罪を広げた。


 カルミアはその事実に対し、絶句。


 ベラドンナはカルミアの様子、父親の様子をもって、沈黙した。



 彼がカルミアを処罰しなかった理由。

 


 この一連の出来事を知らしめるためだ。


 人前で、ベラドンナの前で、カルミアの心を砕くために。


 実際は違うのだが、そう思えてもしょうがない。


 真実は時として残酷だ。


 信じていたものが信じられなくなる。


 


 思わずベラドンナは彼に対し、僅かばかりの畏怖を抱いた。


 その瞬間。



 沈黙していた化け物が口を開いた。




「・・・さあ、ローランド様・・・王子としての責任を・・・」



 トゥグストラに背を預け腕を組む化け物が、ローランドに向けて口を開いた。




「・・・罪は罪・・・この一連の騒動を収めるために・・・どうか力を向けてください」



 この流れで。


 カルミアが他人の子供。


 カルミアの父親が反乱を起こした。



 王族として見逃してはいけない。


 しかしこのタイミングにてそれを発言する意味。



 カルミアが彼の方に向かって視線を向けた。



「待って、待って。お父様はただ!!」



 カルミアが必死に何かを訴えようとした。


 しかし彼は無視した。


 腕を組んだ状態で、ただローランドを静かにとらえた。




「・・・ローランド様、・・・さあ、カルミア様のお父さんを・・・王族として判決をくだしてください・・・」


 


 彼からの指摘。彼からの突然の要求。


 この流れ。


 この流れにて彼は告げ、ローランドは言葉を失って彼とカルミアを凝視した。




「・・・貴方が王族であろうとするならば・・・避けては通れません・・・罪には罰を・・・」


 そうして彼は背を預けるのをやめ、ローランドの方へゆっくりと歩み寄った。気配も影もなくただ視界にうつる中でローランドの方へ近づいた。


 そのローランドの手に、彼は短剣を渡した。



「・・・貴方が王族である限り・・・責任はかならず付きます」




 そう言い残し再びトゥグストラの方へ向かっていった。


 ローランドの手に残ったのは短剣一つ。



 罪とは。


 罰とは。


 短剣の意味は。


 考えるまでもない。


 短剣で罰を与えるのが罪なのだ。ローランドの罪、それはカルミアの父親を裁くこと。


 愛したカルミアの父親を裁く。他人の父親じゃない。愛した女の父親を裁く重さ。それが短剣の重さよりも重かった。



文字数を減らそうとしてますが、減りません。書きたいことが多すぎる。

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