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ローレライの火種 20

修正は後日

 ベラドンナに対し集まる者たち多数。晴れの光が隅々まで突き刺さる昼頃、ベラドンナを中心に学園の生徒たちのほとんどが集合していた。貴族も平民も関係なく、ベラドンナを囲んでいた。


 だが生徒たちの表情には、初期の険悪なものはない。無視のような陰湿なものはない。ベラドンナに対し憔悴しきった表情を誰もが見せていたのだ。それもそのはず、この学園はローレライ中から集まった優等生たちなのだ。その優等生たちの故郷が今、反乱の火種がくすぶっていた。


 この中にはまだ反乱が起きていない地域の貴族も平民もいる。しかしいつ起きるかわからない。その原因は現状不明。推測理由、アーティクティカ。アーティクティカに害をなしたものの領地から反乱がおきた。侯爵家における絶対的政治性。忠義を軸にした家を敵に回した時点で、誰もが信用してくれない。




 この場所に集まるのは全員、アーティクティカに喧嘩をうったものだ。中立をうたった無視も含め、直接危害を加えたものも含め、その元凶であるカルミアも含め。


 今燃えている。其の故郷が。



 燃え尽きた貴族もいる。その故郷もろとも、家が。



 家が燃え、故郷が壊れ、その地盤を代表する貴族が消えた。学園にいる生徒は未だ子供。家なきあとの子供など未来なんてあるわけもない。子供一人では貴族であっても意味がない。誰かの手を借りなければいけないのだ。燃えかけている故郷の者たち、燃え尽きた者たちは慈悲を訴えている。


 その反乱の推測理由たるアーティクティカ。


 誰が悪いか。


 自分たちが悪い。


 わかっていて慈悲を求めているのだ。アーティクティカたる高位な貴族に喧嘩をうった罰。その罪を忠義たる家は手を出さないと勝手に思い込んだうえでの狼藉。アーティクティカに本当の意味で喧嘩を売らなかった一部の貴族の領地は平和だった。反乱が起きそうなそぶりすらない。


 むしろ、どこからか過剰な物資と資金が、喧嘩を売らなかった貴族の家に流れた。何かあったときの対策費用といわんばかりの処置。流入元は特定できないよう、色々な手をかけられている。しかしこれはアーティクティカに対しての賢明な判断をした結果のものだ。



 しかしアーティクティカの娘、ベラドンナは困惑していた。


 この集まった者たちの表情。かつて無視をしてきたものたちの憔悴しきっぷり。中には嫌悪を媚びで上塗りしたかのようなものもいた。貴族がプライドを捨て、娘たるベラドンナに慈悲をこう。


 ベラドンナですら、この状況は自分がやったと思われても仕方がないタイミング。


 疑われても仕方がない。その確信が確かにベラドンナにあった。自分が同じであれば、同じように慈悲をこうだろう。しかし、他人は他人。可能性は可能性。


 ベラドンナなら、絶対に同じことはしない。それも事実。



 他人がやることを幼稚だと思いつつ、実際には言わなかった。思わないようにしていたことを、思ってしまった。なぜ被害を先に推測できないのか。なぜ利益を考えられないのか。後悔は先に立たないというが、先に後悔を作る努力を何故しないのか。


 己と他人は違う。


 同じ年代をもってして、まるで相手が幼稚だと思ってしまう。


 自分と同じ子供であるはずなのに、ベラドンナは勝手に落ちぶれていったものたちを見て思ったのだ。


 同情より、嫌悪より。


 勝手に他人を評価してしまっていた。それは人が人を勝手に線決めするようなもの。心の中で誰もが他人の価値を決めつけて、線を引く。極力避けていたそれを、今この場で実行してしまったのだ。



 その時だ。囲むものたちが突然、ざわめきと共に波がひくように左右にわかれた。人が一人通れるほどの隙間をつくった波は固定され、その中から二人ほど歩んできた。


 一人はこの学園の最高権力者の子供。ローランド。


 一人はこの学園の火種の原因。 カルミア。


 ローランドは強敵を前にしたかのように、表情を硬くし、カルミアは演技ではない疲れをみせていた。ローランドに対しての道。カルミアに対しての殺意まじりの視線。ローランドがカルミアの様子を見て、周りを睥睨するが、目をそらされて終わる。ローランドの視線が外れればカルミアは再び敵意にさらされる。


 その波の道をとおってベラドンナの元へ二人はたどり着いた。



 ローランドは息を吸って、はいた。


 カルミアは視線をそらし、顔をそらして向き合おうとしなかった。



 この二人の劇場。この二人が勝手に引き起こした事件。アーティクティカが悪いと断定はできない。しかし考えれば考えるほど、復讐という言葉が良く似合う。忠義を忘れれば、その容赦ない報復をみせてきたアーティクティカ。王族ですらアーティクティカを処罰しきるなど不可能なほど影響力は強い。しかし王族に敵対したこともない。絶対的忠義。その歴史が残す証明は二人を悪と断定したのだ。


 貴族は歴史を好み、家の考えを継承する。


 だからこの場の貴族は、アーティクティカが正しいと思っているのだ。思っていて、自分たちの愚かさを棚に上げ慈悲をこう。



 ローランドが口を開く。



「・・・ベラドンナ、君のやっていることは間違っている。私もカルミアも間違っていた。それに関しては後日謝罪する。またこの不逞な関係においての婚約破棄は私が責任をもって、受け付ける。賠償もする。謝罪もする。だから頼む、許してほしい」




 ローランドは胸元に手を当て、頭を下げた。このローレライにおいての頭を下げる文化はある。格上のものが格下に対して頭を下げる行為は、最大の謝罪とされている。この謝罪を前に慈悲を向けないものは、人間以下の家畜だけともされている。


 だからだ。


 ベラドンナは少し唖然とした。


 かつてのローランドは絶対に頭を下げなかった。誰かが悪いという逃げはしない。だが勝手にお花畑を脳内に展開し、少しばかり自分に都合の良いものに捻じ曲げてしまう癖があった。それをやんわりと指摘してもムキになって否定される。



 謝罪内容は頭に入ってこない。ベラドンナは何もしていないが、何かしたと思われても仕方がない状況。そのやり方は確かに間違っている。報復ならもう少し優しい手段があったのだ。ベラドンナならもう少し手ぬるくやる。この貴族全体の領地を火種に燃やすやり口はしない。


 これは誰かがアーティクティカに見せかけた報復をしたのだ。


 ローランドの謝罪内容にはそれは含まれていない。


 しかし表情を見れば、わかる。


 ローレライの混乱はベラドンナの仕業だと思っているのだ。


 当たり前だ。この火種騒動事件をローランドとカルミアの二人が原因という証明をするわけにもいかない。この加害者たちの集まりの中で、全部の謝罪をすれば王族の沽券にもかかわる。また二人が全ての原因だという謝罪をすれば、そこに擦り付けが発生する。

 


 カルミアが今度は口を開いた。


「・・・わたしが考えもしないで、変なことをしたせいでベラドンナ様に迷惑をかけてしまいました・・・ごめんなさい。許してください。どうか命だけは。どうか家だけは。どうか伯爵の領地だけは・・・お願いします」


 悲痛な叫びの謝罪。


 嘘ではない。


 偽りではない。


 誰かを嵌めて悪役にしようとした悪女の正式な謝罪。悲痛な表情の裏には、ベラドンナに対しての恐怖が混じっている。



「このままじゃ、家が、領地の皆がしんでしまいます。わたしがわるいんです。わたしが。だから、なにとぞ慈悲を慈悲を」


 頭を下げ、地面に垂れる涙の粒。嘘から流れる少量のものでない。本音から生じる痛みの量だ。本気で泣いたときの涙の数が地面に垂れていく。


 カルミアは恐怖にあらがい、慈悲をこう。



 ベラドンナは何もしていない。


 むろん、アーティクティカも何もしていない。


  


 無実でありながら、まるで報復した執行人の扱い。復讐される立場の人間が自覚し、復讐できる立場のものに謝罪。その謝罪は自分勝手であれど、数が数。権力が権力。



 アーティクティカに出来る代物ではない。


 このローレライ全体の敵対者の領地を区別しての火種。



 ベラドンナが思うアーティクティカの実態。


 アーティクティカは忠義を盾にしただけで、実際は考えなしの武力装置なのだ。上が命ずれば攻撃し、守る。それを極端に高めただけの武力貴族。その武力がローレライでトップだから、安全がある。その武力が弱者を守るから、安心がある。弱者を甚振らないのは、弱者の怖さを知るから、慈悲を見せる。



 考えられない武力。 


 その武力の矛先を誰かに決めてもらう。


 アーティクティカは自分で考えられず、主人を求める忠犬貴族なのだ。



 だからそういった小細工はアーティクティカにはできない。たまたま生まれたベラドンナが才覚を発揮しているだけで、実家にその実力はない。実家の領地が不穏な空気もないのも平和なのも、忠義を徹底し、弱者の救済を徹底し、武力を徹底しただけによるもの。ローレライの領地の大きさ、税の負担額は他領地より高くても、人が集まる。


 アーティクティカの考えに人は賛同し、集まっているだけだ。


 政治能力なんてものはない。一切だ。



 ベラドンナは頭を抱えた。この場で自分は何もしていない。アーティクティカは何もしてない。それを証言したところで意味はない。リスクがありすぎる。まず信用がない。アーティクティカがしたと思われる状況。そこで無実を訴えたところで誰も信用しない。もし信用がされたとしても、今度は手のひらが返される。謝罪も慈悲もなかったことにし、同時に疑いだけが残って前より酷いものが待っている。


 どうせ叩き潰せるが、無駄な手間は増やしたくない。




 ベラドンナはこの空気。謝罪された空気と許すべきという空気。慈悲を願っているのだから救済すべきという空気。数は数。


 同調圧力による謝罪の受け入れ。



 べラドンナは無視をしたかった。しかしながらできない。高位の貴族は何かしら答えを探るのだ。


 されど救いの手は訪れた。果たしてそれは幸せになれる手かどうかは不明。状況を読んだうえで、タイミングよく入り込むかのような救いの手。


「・・・あやまられたからといって・・・許さないといけない・・・そういうのはよくないとおもいます・・・そうでしょう・・・みなさん」



 二人の謝罪を前に戸惑うベラドンナ。その言葉を前面に出し慈悲を願う者たち。その思いを砕かんとするように、独特の間を持つ声が割り込んだ。



 その姿はない。


 その声の持ち主はどこにもいない。



 しかし届いていた。校庭中に声だけが届く。



「・・・まず、カルミア様・・・貴女が元凶です・・・でも、貴女だけじゃない・・・このローレライを包む不穏なものは・・・元々起きる可能性はあった・・・その隙を作ったのが貴女なだけです・・・。次にローランド様・・・貴方も元凶です・・・でも・・・貴方だけじゃない・・・ここにいる皆さんが加担していただけ・・・そして・・・皆さんの陰湿な協力の元、行われた苛め。・・・それを皆さんと同じ手でやり返されただけです・・・規模が違うだけ・・・陰湿なやり口でそのまま皆さんが一番傷つく方法へ転換された・・・」


 ベラドンナが一番ダメージを負うようにやられた、悪役への貶め作戦。アーティクティカの看板を引きずり落として、上の席を開けて滑り込む。その思惑があった貴族の子供たちの考えなしさ。その大人も同様。子供は環境が育てる。環境の親と子供は似たり寄ったりの思考になるのだ。



「・・・苛めって怖いです・・・圧倒的な数の差があれば些細な苛めも、巨大な苛めの巣窟です・・・でも権力差によるいじめも、巨大ないじめです・・・数の差のいじめをした皆さん・・・権力差による巨大ないじめを受けている皆さん・・・皆さんは今、被害者です・・・ベラドンナ様も被害者です・・・逆に謝罪を要求したらどうです?・・・皆さん数の差で謝ればよいというものを思うのであれば・・・数の差で謝罪させればよいのです・・・」


 そんなことはできない。ベラドンナは侯爵。アーティクティカはローレライ最強の武力。戦争になっても負けるし、権力闘争なぞになっても負ける。安定した地盤とローレライにおける広大な領地。そこから出る人的資源も物資も資金も桁が違う。小国とはいえ、その中での貴族闘争には差が絶対にあった。


 数の差で戦争しても、結局戦いにならない。


 そもそも反乱中。反乱が起きている状態で対外戦争などできるわけがないのだ。無事な状態で貴族が集まって戦争して五分。今の状態では、平和を維持するだけで精一杯。


 信用も信頼も集まった貴族たちにはないのだ。アーティクティカは無防備に領地を開けていても、反乱の疑いはない。むしろアーティクティカ領で反乱の兆しがあれば、平民自体がそれを浄化してくるのだ。貴族でなく、平民自体の善意で粛清される。それがアーティクティカのみにあるのだ。


 このままいけば、アーティクティカの策略の撤回の慈悲を願うだけじゃすまない。アーティクティカの武力を借りなければいけないのだ。だから表向きは懇願をしなければいけないのだ。認めさせれば、あとは手助けさせるよう、努力する。貴族は次なる手をうつのだ。



「・・・できないのですか?・・・きこえません・・・皆さんの謝罪を求める声が?・・・助けろというベラドンナ様への媚びしか見えません・・・許してほしければ、謝らせればいい。・・・助けてほしければ謝らせればいい・・・できるわけがない・・・それが当たり前なんです・・・」



 加害者が被害者に許せなどといえるわけがない。特に自分が悪いと自覚しているものたちは、プライドが高いゆえにそれが言えない。言ったところで目に見えた報復が待つ。何様のつもりだという意思が生まれ、暴力につながるのだ。被害者からの逆暴力。


 被害者は加害者に仕返しできる。その仕返しの規模を高める言葉になるのだ。



「・・・では、今皆さんがしていることは・・・一体なんなんでしょうか?・・・加害者が被害者に許せという圧力・・・それって被害者であるベラドンナ様に謝らせることと何が違うのですか・・・・誰か教えてください・・・さあ・・・・こたえてください・・・」



 声が響く。声だけが届く。その言葉が常に事実を事実として述べている。


 この声の持ち主は最も人が直視したくない事実をつきつけてくる。



 答えられないものたちに、彼は気にした様子はない。彼の声は常に淡々としていて、予測していたことのように平穏だった。



「・・・そんなことしているから・・・裏切るんです・・・・そんなことを考えられる知能があっても、かんがえる気を起こさない・・・楽をしたい?・・・いいえ、・・・皆さんは楽をしようという考えはもっていない・・・自分が悪いことをしている自覚はあっても、していないと思い込みたい・・・いや、ちがう・・・していないという前提でありたい・・・だから皆直接手を下さない・・・だから皆、常識の範囲の最大の圧力をかける…相手が手を出しづらいギリギリを狙っている・・・そんな感じでしょうか・・・」



 そう、これこそが事実。


 ベラドンナに慈悲をこうのは、自分が悪いことを知りつつ、それが最善な分散方法だからだ。数による報復への分散。一人に強い報復より、多くのものに薄い報復を突きつけた方が全員楽なのだ。ベラドンナも貴族も全員が得をし、全員が損をする。ギリギリのライン。



 集まったものたちが彼の声を聴くだけで、びくついたように震えあがる。この学園で彼のことを恐れないものなどいない。人の心を手のひらで転がすように掌握し、反撃も許させない非情の男。ベラドンナに関わるということは、彼に関わるということ。


 その彼がいない間。彼が別のところで何かしらの仕事をしていると聞きつけて、ベラドンナを呼び出したのだ。校庭に。ベラドンナの護衛はいない。学園内においてよほどのことがない限り、護衛は入れられない。例えば、事件とか。



 例えば、彼とか。


 一人でいなければいけない状況においてのみ護衛を置ける。危機的状況と貴族が判断し、学園が許可すれば認められる。彼が相手の場合、この貴族たち全員は護衛をつけるだろう。そして、誰もが思う。護衛で彼は止められない。気休めにすらならない。


 現に彼はこの場にいなくても、この場に彼の声は届いているのだ。


 だが、この場にはローランドがいる。カルミアがいる。元凶が二人いて、その二人は高位のもの。一人は王族で、一人は伯爵の娘。この校庭に二人が現れたことは予測外だった。


 なぜなら二人を巻き込まずに謝罪し、自分たちだけは許される予定だった。


 ローランドやカルミアが謝罪して、許されれば。


 自分たちが罪の擦り付けとされるのだ。実際は擦り付けというものではない。世の中にはケジメというものがある。全体の流れの責任として、誰かを生贄に捧げるイベントがだ。元凶というわかりやすい二人。しかも元凶二人は高位のため処罰されにくいから、有耶無耶になって無罪放免になる可能性もある。


 罪悪感もわきにくい仕様。


 彼が出てくるのであれば、学園の普通の貴族では対抗ができない。あれは平民の立場を利用した悪魔なのだ。手を優しくして遊んでいるだけの外道。本気にならずとも崩壊などできる。あの秘密後悔暴露をそのまま流せばいい。個人を特定できないようにされているのが特にそう。


 秘密を握られている。


 手口を読まれている。


 力も持っている。


 アーティクティカが呼び出し、アーティクティカが背後にいる。


 誰に救いを求めるのか、アーティクティカだ。ではアーティクティカについているのは誰だ。



 彼だ。


 しかし、貴族に対する事実の押し付けは、横やりによって止められた。彼の追及の手を止めるよう、ローランドが顔を上げて言葉を発したのだ。



「お前は正しいことをしている。正しい事実を正しく伝える。それは大切なことだろう。しかし、しかしだ。間違ったものに正しい事実だけを突きつけ続けるのは如何なものか!人は間違える。私だって、カルミアだって、ベラドンナだって、お前だってそうだろう!!悪い立場の私がいう言葉ではない!皆のやり方を知ろうとしなかった私がいうことじゃない!!それでも開き直らせてもらおう!!」



 ローランドの叫びだ。心の叫びでもある。ローランドはベラドンナの立場が厳しいものとはしっていた。しかしそれが策略による、いや苛めによる厳しい状況とは思っていなかった。しかしカルミアが突如、ローランドの元を訪れ全部暴露。其の暴露内容をもとにこの場に訪れた。


 婚約者だからといって間違いは間違い。自分の間違いを知り、相手の間違いをも知る。


 間違った相手に、押し付ける事実。ただ事実を突きつけ反省を促すのであればよい。ただ反省以上に事実の押し付けが相手を逆に苦しめる。それを権力者たる王子が見逃してよいものではなかった。



 悪い王子ではなかった。



「・・・よくご存じで・・・」


 対する彼の声は関心のものがはいっていた。淡々としつつも、確かに感心したようなものがあったのだ。



「・・・事実は起きた事。起こしたこと。・・・悪いことをした人に事実の押し続けは暴力と変わりません。・・・問題を起こし追い込まれた人は弱者そのもの・・・その弱者に対し事実という暴力は何らかわりません・・・でも、事実は押し続けなければいけない・・・加害者という人間を犠牲に、第三者の心を一致させるために必要なこと・・・じゃなければ現在進行形で皆さんが慈悲を求める形の事実は、きっと許してはいけないことにもなります・・・加害者が被害者になった事実・・・その被害の状況をただ集まって、全員で慈悲を願う・・・一体一ならともかく・・・数が数・・・ベラドンナ様は一人なのに・・・それを皆さんで慈悲をこっていたら・・・・事実の突きつけ続けていることだと思います・・それってただの言葉遊びになりかねない・・・僕は皆さんがやっていることを・・・形と言葉をかえてやっているだけなんです・・・正しいことでしょう?・・・」



 相手にすらさせない。この場にいない彼は、誰よりもこの場の状況を把握している。



「だ、だがな。私は」



「・・・ローランド王子・・・貴方は良い開き直りができた・・・ただもう少し開き直りが早ければ、まだ道は残っていた・・・ですが安心を。・・・最低の中でも・・・きっと幸せになれます・・・」



 その言葉は彼なりの慈悲。


 彼なりの認め。ローランドは言葉を失った。



 人をほめるというより、淡々と人の心をえぐってくる。正しさも人の本質も教え込み、しかしながら傷すら残す異常の教育者が。感情のまま、ローランドをほめた。


 その褒めた内容に不穏な物が紛れ込んでいるが。


 同時に、希望があるように言い分。


 それらを前に頭の回転が止まり、事態がどう動くのかがわからず、ローランドは混乱した。




 だが、それを待っている彼じゃない。




「・・・余計なことを一つ・・・皆さん・・・皆さんは加害者であり、被害者です・・・でも、ベラドンナ様は被害者なだけです・・・。加害者じゃない。・・・今の状況も含めて、ベラドンナ様は被害者なだけ。・・・・皆さんからの苛め、この場においての、状況の黒幕という決めつけ。・・・ベラドンナ様は二重の被害者です・・・可哀想に・・・・」




 彼はそうしてつづけた。




「・・・・この起きた事件は、ベラドンナ様は関わっていません・・・・無実です」



 彼の言葉の意味を理解したものは正直いなかった。アーティクティカに呼び出された彼の言葉を素直に受け取る者もいなかった。だが、否定できるものはいなかった。


 彼がわかりやすい嘘をつくように思えなかった。



 嘘をつかずとも事実で人を苦しめるのだ。


 ベラドンナが無実で、慈悲の懇願を数で押し切る加害者。ベラドンナが被害者だけでなく加害者であるからこその通じる手。それが唯の被害者であれば、被害を重ねただけだ。

 




 そして、その集会中に校庭に使者が一人駆け寄ってきていた。息を絶え絶えに荒い呼吸をもって校庭へ向かうもの。それは政府から各地域に伝達されるために使われる使者。信頼における貴族、もしくは一部の優秀な平民にのみなれるエリートの一つ。


 

 その使者が、人の波をかき分け中央へと駆け寄った。



 ローランドの元へたどり着き、両ひざを曲げるように息を整えた。さしもの硬直していたローランドも使者の様子がおかしいことに気付いたのか、調子を取り戻していた。



「どうした?政府の使者がそんなに慌てて?」



 ローランドが尋ねるように聞くと、使者はもはやなりふり構わずといった感じで声を荒げた。



「王都が、王都でクーデター発生!!その首謀者は、第二王子。ローギニア様です!!」






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