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その5

 信秀の身柄が拘束されている美筑警察署に着いたのは、事務所から車で出て20分ほど後の事だった。僕の運転するセダンの後部座席で、二階堂が予め面会の予約を入れていた為か、着いてから長時間待たされることも無く、面会をすることが出来た。

 そして、僕たちの目の前に透明の仕切りで遮られた部屋の向かいで座る冴えない男は、紛れもなく尾行調査の対象、信秀本人だった。

「彼らが……文明の言っていた探偵か?」

「そうだ。国栖さん達なら、きっと信秀の無実を証明してくれるよ」

 僕に対して言われたわけでは無くても、そうやって持ち上げられると緊張するものだ。正直、信秀に対する疑いは、僕の中で完全に晴れたわけでもない。そんな事を思っていると国栖が、

「さて、私の顔に見覚えがあるか? 信秀さん」

 と言う。信秀は「うーん」と腕を組んで少し考え込むと、両眼を見開き、「あっ!」と声に出した。部屋の隅に座る留置係の係員の男がチラリと見る。

「もしかして、先週の土曜日に切符売り場で割り込んできた人なのか? あんなこと、滅多にされないから覚えているよ」

「ご名答」

 何がご名答だ! しっかり尾行対象に顔を覚えられているだけじゃあないか!

「あの時、私たちは信秀さんの事を尾行していたのですよ。ご存知でしたか?」

「び、尾行って……もしかしてお二人とも?」

 信秀が額を服の袖で拭う。

「察しは付いたと思われますが、実は我々は貴方を尾行調査して、女性との密会現場を押さえていたのですよ。それを依頼人である高橋涼子さんに報告したのが3日前、月曜日の23時30分頃だったのですが、信秀さん、単刀直入に聞かせていただきます。この写真の存在はご存知でしょうか」

 僕が、持ってきたカメラの液晶を信秀に見せると、彼は首を横に振った。

「なるほど、妻が……まさか、疑われていたとは思ってもいなかったよ」

 警察がこの写真を既に押収しているとは限らないが、この様子だと、少なくとも信秀は、写真の存在を知らなかったようだ。

「では、次に。君は二階堂に事情を説明する際『家に帰ったら妻が死んでいた』と言ったらしいね。夜遅くにどこへ?」

 隣に座っていた国栖が質問をした。確かに、涼子が自分で通報して隊員が駆け付け、死亡が確認されたのは午前1時。その前後に帰宅した信秀はそんな深夜までに及ぶ仕事でもしていたのだろうか。

「まず、俺が仕事を終えて帰ったのが22時頃だったんだ。妻は23時頃に帰ってきた。夕飯は、どんなに遅くても2人で取る様にしているんだよ」

「思ったより仲のいい夫婦だね」

「冷めた態度をとれば、妻に何をされるか分からないからな。上手くやっていたとは思ってたんだよ」 

「女と言う生き物は怖いな。私よりよっぽど探偵に向いてる」

 国栖は、クックッ、と笑いながら喋る。

「それで、夕飯の後なんだけどね、いつも決まってお酒を1杯飲むんだ。俺はビールで妻はハイボール。妻のジョッキにハイボールを作って入れた後、木曜日がカンとペットボトルの回収日だと思い出してね。ビールの空きカンとペットボトルを、洗って出しておいたんだよ」

「なんで飲み終わった後に出しに行かなかったんだ?」

「ウチから、指定のゴミ置き場まで、少し距離があるから、載せて行ったんだよ。バイクの荷台に。そもそも、歩いてあのゴミ置き場まで行った事は無い。それに妻の職業が検察官なのは知っているだろう? 目の前で飲んで運転なんて、たとえ相手が妻でもできる訳がない」

「信秀さん、バイクで往復にかかる時間を教えて頂けますか?」

「うーん、計ったことは無いけど、あの時は運悪く、行きも帰りも信号に引っかかって、少なくとも6分は掛かっていたはずだ」

 「そんなに奥さんを待たせたら、先に飲んでしまうよね」

 国栖は、間髪入れずに言った。

「ああ、よくある事だ。水曜の晩酌の時は大抵ゴミ出しをしている間に、妻は飲み始めているんだ」

 しかし、その涼子が飲んだハイボールを作ったのは紛れもなく信秀本人。確かニュースにも書いてあったはずだが、毒が検出されたのも、彼女が飲んでいたお酒だ。ただし、信秀はお酒をジョッキに注いでから6分間、涼子を1人家に残して外に出ている。もし信秀が無実であるとするならば、なんとか捜査情報を入手して、粗探しでもしないといけない。だが、正直言って、やっぱり信秀が犯人ではないか、と疑っていたりもする。

「ところで、君がゴミを出しに行く姿は誰かに見られていなかったか?」

 国栖が言った。ゴミを出していたことが証明されても、信秀にアリバイが成立するわけでもないのに、何を気にしているのだろうか?

「そういえば、ゴミを置いているときにスクーターが通り過ぎた」

「自宅の方向へ?」

「いや、ウチの方から来ていたな」

「色は?」

「黒い原付だ。ナンバーの数字だけは覚えている。615で間違いない」

「目が良いんだな」

 国栖の質問の意図は見えないが、小さなことでも何か手がかりになるのかもしれない。意外と真面目に細かいところまで聞き出す国栖に少し感心した。こいつは刑事に向いているのかも知れない。

「いや、ゴミ捨て場の街灯が明るくて、ナンバーがたまたま、俺の誕生日と一緒だったから覚えていただけだ。とりあえず、国栖さんよ。ちゃんと俺の無実を証明してくれ! 俺はとにかくやっていないんだ――」

「時間だ」

 部屋の隅の係員が立ち上がって言った。15分と言う面会時間は、やはり短い。聞き出せた内容はどれも、無実なんて証明できる手掛かりとは思えない。別の係員に誘導されるまま僕らは部屋を出た。

 ロビーに差し掛かると、来た時には誰も座っていなかった青い長椅子の上に、1人の男が座っていた。灰色のスラックスに、薄い水色の半袖シャツ。見た目は40代ほどで、短く刈り上げた髪と、右目の下に大きなホクロがとても印象的だ。

 どうやら、その男はこちらに気付いたようで「おや、二階堂先生。面会はもうお済みのようで」と、立ち上がりもせず二階堂に右手を上げるだけの挨拶をした。その二階堂は、愛想笑いを浮かべて、軽く会釈をした。

「二階堂先生、あんたが何をやっても無駄だぜ? 本人に素直に犯行を認めさせて、情状酌量を図る方針にさっさと切り替えておいた方が身のためだ」

山芋やまのいもさん、警察官の貴方に裁判の心配までして頂かなくても、私は私なりにやらせて頂きますよ」

「そういえば、あんた等は余計な事をしてくれたみたいだな。こっちが折角、落としに使おうとしていた材料を、わざわざ高橋に見せるとはな。まあ、あの男が写真を知らなかったのは計算外だったけどな」

 国栖の推測は、どうやら当たっていたようだ。

「面会の内容は、確認されるのですね。なんなら今度は取り調べの内容くらい、こちらにも見学させてくださいよ」

 2人の中年が、落ち着いた口調で火花を散らしている。お互い、顔は笑っているが、目がまるで笑っていない。

「付き添いの2人は助っ人か?」

「貴方に、お答えする義務はありません」

 山芋はフッ、と鼻で笑って立ち上がり、「じゃあな」と言ってその場を後にした。


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