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赤き炎の霊術師  作者: ハチカレー
週末の修行編
17/38

第17話 赤と金の剣士

 矢島信康の声に、1人の女性が諒と咲耶の前に姿を現す。

 女性は一見何もないように見える空間から姿を現すと、髪をなびかせながら地面へと左のつま先から順に降り立つ。その動作の一つ一つは、優雅と言えるほど綺麗なものだった。

 腰に届きそうなほど伸ばされた髪は金色に輝き、髪の一部を結わえてハーフアップの髪型にされている。瞳はサファイアのように(あお)く、化粧はまつ毛と赤い唇にとどめられていた。その顔立ちは明らかに西洋人と分かるもので、金色のリョウキンカという花のような美しさを持っていた。

 服は赤を基調としたドレスのような作りで所々に金の装飾が施され、開かれた胸元は彼女の豊かな胸の大きさを際立たせ、そこに碧い宝石が光り輝く小さなブローチがある。その一方で局部には、およそドレスのような服には似つかわしくない騎士甲冑の一部が装着されていた。

 前腕部を守るアッパーカノン、手首を守る一方で動きを邪魔しないよう最低限の造りに留められたガントレット、(すね)を守るグリープ、足を守りながら女性靴のような特徴を併せ持つソールレット――。銀の輝きを持つそれらは彼女の身体にフィットするように造られており、同時にシャープな印象を与える。

 腰部からは彼女の身の丈ほどはあろうかという両手剣が収められており、それが左の大腿骨部分にかけて提げられている。

 彼女は地面に降り立つとスカートの裾を上げ、咲耶に向かって軽く会釈をするようにしながら自己紹介をした。

「初めまして。ワタシはフィリーネ・エーゲル、矢島信康の契約霊をしておりますわ。出身はドイツ、使う属性は炎でランクはA+。ワタシが今腰に下げている両手剣<エグモント>。ワタシの剣は、信康のために振るうと誓っていますわ」

 フィリーネは一礼し、驚きの余り口をぽかんと開けていた咲耶の紅い瞳を上目遣いに見つめる。その瞳はどこか艶めかしさを感じさせるもので、咲耶は思わず唾を飲み下しながら自身も自己紹介をする。

「は、初めまして。あたしは中島咲耶――諒の契約霊でランクは同じくA+で炎の属性です。え、えっと――よろしくお願いします」

 咲耶が短く自己紹介を終えると、フィリーネはにこやかに笑いながら彼女の傍へと歩んでいき、顔を至近距離まで近づける。咲耶は今にも全てを見透かされてしまいそうなその瞳に、えも言われぬ何かを感じて身体を強ばらせる。

「へぇ――あなたが、咲耶さんなのね。透明化しているときは、声しか聞こえていなかったからどんな子かと思っていたら――中々強気な目をしていますわね。強い意志のようなものを感じますわ」

 言われて、咲耶は目を見開きながらも何とか答える。

「は、はい。あたしはつい先月までオーバーSランクの悪霊だったので……。そんなところから助けてくれた諒に、自分の力を役立ててほしいと思っています」

 冷や汗をかきながら、咲耶はフィリーネから瞳をそらさないようにする。

 そんな彼女の様子を見てフィリーネはふと口元を押さえ、くすくすと言いながら柔らかな笑みを浮かべた。

「いいですのよ、そんなに緊張しなくても。なるほど、貴女――どこかワタシに似ていますわね。ふふ、仲良くなれそうですわ」

 そう言って咲耶から顔を離すと、今度は笑みを浮かべたまま関心したように頷いた。その姿はどこか嬉しそうにも見える。

 咲耶はその様子を見て強ばらせていた身体の力を抜き、そっとフィリーネに尋ねてみた。

「あの――。一つ、聞いてもいいでしょうか」

「ええ。いいですわよ」

「その、諒とは中学の頃からお知り合いということですが――。一度矢島さんから話は聞きましたが、どういう関係だったのでしょうか」

 咲耶によって、フィリーネにそんな質問が投げかけられる。諒は、いつもに増して丁寧な物言いをする咲耶に内心驚く一方で、己のフィリーネへの警戒心を強めていた。咲耶にも既に話されているが、フィリーネのことだ。その質問によって何が起こるのか、諒は容易に想像していた。

 フィリーネは咲耶の言葉に、突然顔を俯かせる。金色の髪によって顔は隠れ、表情は確認出来ない。何かまずいことを言っただろうかと咲耶が慌てていると――。

「よく、聞いてくれたわ――」

 唐突に変わったフィリーネの口調に、咲耶は一瞬理解できずに周りを見回す。そしてどうやら彼女のものであるらしいと認めて視線を戻すと、そこには不気味に身体を震わせるフィリーネの姿があった。咲耶はますます困惑して、声をかける。

 誰かが咲耶の隣で、危険を感じて後退りの足音をならしていた。

「えっと――、フィリーネ……さん?」

「こういうこと――――なのよ!!」

 まるで咲耶の声を合図にするかのように、フィリーネは台詞を溜めると共に彼女のとなりへ向かって、屈伸してから一息に飛び上がる。

 その先には、今まさに避難しようとしていた諒の姿があった。

「――あっ」

 諒がフィリーネと目が合い、声を漏らしていた瞬間には彼女の両腕は彼の身体をがっちりと抱きしめていた。その腕は一見華奢なようでいて、その実細くもしっかりと鍛え上げられた筋肉で彼の身体を拘束する。

「諒ちゃーーん!! 会いたかったよ~~!!」

 フィリーネはそう叫ぶと同時に、自分の右頬を諒の左頬に思い切り擦り付けた。その激しい動きに、諒は両腕ごと拘束された状態で為す術もなくされるがままになっていた。

「りょ、諒――ちゃ……?」

 咲耶は突如として豹変したフィリーネに、驚いて絶句してしまう。

 そんな咲耶の視線の先で、諒は動けないながらも必死に抵抗していた。

「ちょ、ちょっとフィリ。やめてくれ――咲耶や師匠が見てるって」

「じゃあ、咲耶さんや信康がいないところでならやらせてくれるの? ()()()()?」

「そんなわけないだろ――って何で最後の方だけ強調するんだ――っ」

「ええ? いいじゃないの~。それとも、ワタシのこと嫌いになっちゃった?」

「別に――嫌いじゃないですけどっ――」

「じゃあ、いいよね? 3年も諒ちゃんに会えなかったんだから、もうちょっとこうしててもいいでしょ?」

「いいわけないでしょう! って、師匠――助けてくださいよ」

 フィリーネに頬を擦り付けられ続ける中、諒は苦い笑いを浮かべながら事を見守っていた信康に助けを求める。

「諒――お前も知ってるだろう……。こうなったフィリーネは中々止まらないと――」

「そんな、『車は急に止まれない』みたいに言わないでくださいよ!」

 信康の諦めろといった台詞に、諒は思わず突っ込みを入れる。

 そこに、フィリーネが割って入るように諒へ話しかけた。

「もう。諒ちゃん、よそ見したらダメだよ?」

「そりゃ、よそ見もしたくなりますよ!?」

 諒が悲鳴にも似た声を上げると、不意にフィリーネは頬の擦り付けをやめて彼の顔と至近距離で向かい合う。そして唇を突き出しながら彼に迫っていく。

「そんなに嫌なら、キスで許してあげる」

「何でそうなるんですか!?」

「だって、諒ちゃんの初恋相手はワタシでしょ? だったらいいじゃない」

「いいわけないでしょう!!」

 そんな問答をしながら、諒は顔を真っ赤にしながら必死に仰け反っていく。その度に、彼の胴体にフィリーネの身体の重さが加わっていった。

霊にも体重はないわけではないが、その重さが感じられることは一般的にはほとんどない。しかし諒は霊に()()()()()ことが出来る。そのため、咲耶のように実体化していない霊でも重さを感じることが出来た。

 フィリーネがキスを迫り、諒がそれを避けようとして身体を仰け反らせる。腕はがっちりと固められているために使うことは出来ない。

そんな体勢でやがて無理が出てくるのは当然だ。ある程度後ろに体重がかかったところで、諒がバランスを崩した。

「あっ――」

 そんな声を上げると共に諒はフィリーネごと後ろに倒れていく。

 その間、1秒ほど――。眼前でフィリーネと目が合い、諒はそのまま地面に背中を打ち付けた。その上に覆い被さるように彼女も倒れる。

その瞬間2人の唇が接触し、上顎の前歯と前歯がぶつかった。

「――――!!」

「……!」

 思わぬ出来事に諒は目を見開き、フィリーネも目を見開いて見つめ合う。

 諒が戸惑うあまり暫く呆然としていると、ふとフィリーネが碧い瞳を閉じた。何をするつもりだろうかと見ると、彼の両頬に両手が添えられる。

(え――?)

 何が起こっているのか理解できず、思考が止まる。

 そんな中で彼の口に何か異物が入り込み、自身の舌と絡み出す。

「ん――っ」

 フィリーネの鼻から出てきた声で、自分が何をされているのかということに気がつくまで、さほどの時間はかからなかった。

「んんん!?」

 いつの間にか拘束が解かれていた両手でフィリーネの身体を離そうとすると、それに抵抗するかのように諒の舌が一気に吸い出される。

「んっ――んっ――。……ぷはぁ――」

 あまりの勢いに抵抗もするのを忘れていると、フィリーネが諒から唇を離すと同時に息を吐き出し、上体を上げた。そして馬乗りになり、上気した顔で諒のことを見下ろす。

「フィ、フィリ――?」

「うふふ。ごめんね、諒ちゃん。まさかホントにキス出来るとは思ってなくて、つい――。これで2回目だね」

「――っ!」

 諒は自分の顔が真っ赤に染め上がっていくのを感じながらフィリーネを見つめる。一方のフィリーネはほんのりと赤くなった顔で、満面の笑みを浮かべていた。

 ふと、諒の右の方で誰かが近づいてくる足音がする。そういうわけか、その足音が近づいてくる度に自分の体感温度が上がっているような気がした。

 どうやらフィリーネも同じことを感じたらしく、固まった表情で諒と目を見合わせていた。

「ねぇ――今のはどういうことか……説明してくれるかな?」

 足音が止まったかと思うと、上から咲耶が諒を覗き込むようにして見下ろしている。日も大分傾いてきたために、咲耶の表情は窺い知ることは出来ない。

 しかし彼女の首の周りには、本来戦闘時にしか見せないはずの炎のマフラーが現れていた。右の拳にも、同じような炎が纏われているように見える。

 何故だろうか。諒には、咲耶が今までにないほど怒っているように見えた。――いや。実際、怒っているのだろう。

 諒は何か言わなければと思い、咲耶に向かって弁明する。

「あ――いや。これはフィリがやったことで――」

「……そう。フィリーネさん()()が悪いの? あんた、あたしには抵抗してないように見えたけど」

「いや――これはその、事故というか――」

「事故で、あんなキスの仕方するのかな?」

「いや――それは、その――」

「2回目っていうのはどういう意味かな?」

「それは――その、3年前に道場が閉まる前日にフィリが師匠から見えないところで二人きりになったところで向こうから――」

 しどろもどろに弁明する諒に対して、咲耶の纏う炎が激しさを増していく。

「――へぇ。()()()()()()()で、()()()()

「いやっ、違うって! 咲耶!?」

「何が違うっていうのかな? 諒はこう言ってますけど、どうなんです? キス、したんですよね。フィリーネさん……?」

 そう言って、咲耶は抑揚のない声をフィリーネに向けた。

 フィリーネは予期しないことに冷や汗をかきつつ、咲耶の問いに答える。

「え、ええ。諒ちゃんとしたよ――キス……」

 その言葉に、咲耶はついに右の拳を握り締めた。炎は激しく揺れ、その隙間から諒が今まで見たことのないような形相の咲耶の顔がちらつく。

 咲耶は拳を上げて構えると、大きく息を吸い込んだ。

「イチャついてんじゃ――ないわよッ!」

 そう叫ぶと同時に炎を纏った拳を振り下ろし――諒とフィリーネの両名に、最大威力の「ヒート・ハンマー」が彼らの目の前へと叩き込まれた。


「ほんと、信じられない!!」

 駐車場の隅で、咲耶は怒った表情を見せて愚痴をこぼしている。先ほど彼女が発していた炎は既に消えていたが、それでも尚怒りが収まらないといった様子だった。

 そんな彼女に、隣で腕を組みながら立つ信康が宥めるように話しかける。

「――まぁ、フィリーネは俺の契約霊だからな。止めなかった俺にも非はあるが――。あいつ、留守にしていたこの3年間口を開けば諒の話をして会いたがっていたからな」

「――会いたがっていただけで、あんなキ……キスの仕方をするんですか?」

「フィリーネは諒と初めて会った時から、諒を随分と可愛がっていたからな……。自分があいつの初恋相手だって知った時も、満更でもなさそうだったしな」

「へぇ――」

 それだけであんなキスをするのだろうかと疑問に思いながらも、信康と会話をしていくうちにいつの間にか怒りの表情が収めていった咲耶の視線の先には、互いに距離を話して対面する諒とフィリーネの姿があった。

 諒は腰に提げた<霊刀矢島>の柄に右手を添えて腰を落としつつ右半身を前に出している。一方のフィリーネも、腰よりも低い位置に提げられた両手剣「エグモント」に右手を添えていた。

「――まさか、フィリの方から手合わせをしたいって言ってくるなんて思ってもみなかったな」

 その姿勢のまま、諒が向かい側のフィリーネへ話しかける。

「うふふ。諒ちゃんがどこまで強くなったのか知りたくって」

「それはどうも――。俺も、フィリとはもう一度手合わせしたいと思っていたから。剣の腕に関しては、フィリよりも強い人と出会ったことが無いしね」

「そっか――そう言ってもらえると、ワタシとしても嬉しいわ」

 そんな会話をしながら、二人はジリジリと右足を前に出して踏み込みの体勢をとっていった。

 そこに信康が一歩踏み出し、二人に対して声をかける。

「もう大分日が暮れてきているし、今日は早めの夕飯をとって30分休憩した(のち)諒は修行を始める。あまり時間は無い。よって、一本勝負としよう。それでいいな?」

 信康が二人に問いかけると、諒たちはそれぞれ頷いて了承する。しかし二人とも一切信康の方へは視線を向けず、対面している相手の姿を両目でしっかりと捉えていた。

「準備は――良さそうだな。それでは……始め!!」

 信康の合図と共に、諒とフィリーネはほぼ同時に右足を踏み切って前へと駆け出していった。

「はあああっ!!」

 諒はフィリーネへ向かって駆けながら抜刀し、「業炎斬」を発動させる。しかし、フィリーネはそれを見てもなお止まらずに諒の方へと走る。彼女の右手は<エグモント>の柄に添えられているが、抜刀する気配が無い。

 自分の間合いに入ったところで、赤い炎をまとった<霊刀矢島>が上段から振り下ろされ、フィリーネの眼前へと迫る――。

 しかし「業炎斬」は当たることはなく、空を斬った。

 諒が振り下ろした刀を静止させた瞬間、背中に衝撃が加わる。

「――ぐっ!?」

 重い一撃が加わり、身体が前方へ吹き飛ばされる。諒は声を漏らし、前転をして受け身を取った。

 受け身を取って攻撃があった方を見ると、そこにはフィリーネの姿があった。

 いつの間にか<エグモント>は抜刀されており、彼女は右方向に剣を振り抜いて静止した姿勢を取り、碧い瞳は諒の方を見据えていた。

「確かに、最後に対面した時よりも強くなったわね。抜刀から霊術の発動、上段からの振り下ろし――見違えるほど速くなったわ。でも、ワタシに当てるにはまだまだね」

 息を全く切らしておらず、姿勢にも一切の乱れがない。両手剣は重さは2,3kgほどで、取り回しが難しく誰にでも扱えるものではない。しかしフィリーネは、何ともないといった表情で諒に微笑みかけた。

 ほんの一瞬の出来事だが、その数秒ほどの出来事で諒はフィリーネとの実力差を悟る。「業炎斬」が当たる直前に、目にも止まらぬ疾さでそれをかわして彼の後ろを取って<エグモント>を素早く抜刀し、その勢いで背中を峰打ちしながら諒の身体を吹き飛ばす――。

 そんな一連の動作に、諒は自分の姿勢を立て直した後になって初めて気がついた。

「――今のは、居合ではないよね。フィリ」

「ええ。両手剣じゃ、そんな芸当は流石にワタシでも無理ね。居合をするには重すぎるもの」

 そんな剣を一瞬で抜刀し、そのままでは刃で斬り裂いてしまいそうなところを峰打ちしてみせるコントロール技術――。彼女のそんな器用さに、諒は脱帽せざるを得なかった。あれで居合では無いというのだ。諒はその事実に、ただただ驚くばかりだ。

「それじゃ、今度はワタシから仕掛けてもいいかしら?」

「――はい。いつでも」

 フィリーネの問いに諒が答えると、彼女は<エグモント>を顔の右横に構えて前かがみになる。ふと、<エグモント>に炎が瞬く間に纏われていく。その炎はただただ青く、一瞬海か青空かと見間違えてしまいそうな輝きを放っていた。

「――それじゃ、いくよ。ちゃんと構えててね。――『フロッティ』――」

 諒に言い聞かせるように呟くと、フィリーネは前方へと跳びだす。諒は咄嗟に「霊刀矢島」で防御の姿勢を取った。霊術札で霊術盾を展開することも一瞬考えたが、それでは時間がかかり過ぎてしまう。取り出している間にやられることは明白だった。

 そうして前方に刀を構えると、フィリーネが諒に肉薄して<エグモント>の切先(きっさき)を一気に突き出す。青い炎を伴ったそれは<霊刀矢島>に接触し、火花を散らした。

「くうっ――!!」

 諒はその刺突を必死の形相で受け流すが叶わず、刀が弾き飛ばされる。その反動で転倒し、受け身のために後ろへ突き出した肘を地面に打ち付けた。

 そこに、フィリーネの<エグモント>の切っ先が諒の喉元に突き付けられる。

「そこまで!!」

 それで勝敗が決したと判断した信康の声が、駐車場に響いた。

 声を聞き、フィリーネは<エグモント>を諒の喉元から引いて鞘に収める。後に続くようにして、諒も立ち上がって<霊刀矢島>を自分の鞘へと収めた。

 背中の土埃を落として、向かいのフィリーネに目を合わせる。フィリーネの方も視線を合わせると、二人は同時に一礼をして対面を終わらせるのだった。


「やっぱり、フィリには敵わないな……」

 対面を終えて咲耶と信康と合流すると、諒は溜め息をつきながらフィリーネに話しかけた。しかし言葉とは裏腹に、不思議と悔しいという感覚は無い。頭の(すみ)で何故だろうかと考えると、フィリーネが柔らかな笑みを浮かべて諒を覗き込む。

「ふふ。そうでもなかったよ、諒ちゃん。あの『業炎斬』、威力も相当上がってて速くなってた。3年前とはまるで別物だよ。前は刀に迷いがあったけど、今日はそれが特に感じられなかったわ」

「あはは――やっぱりあの時、見透かされてたのか……」

 彼女の言葉に、諒は思わず苦笑いを浮かべる。3年前の中学3年生のころ――その時の諒の中では、思春期ということも相まって様々な思いが渦巻いていた。

 自分はこのまま霊術師を目指していていいのだろうか。自分は強くなっているのだろうか――。当時は邪念が多く、それが彼の刀を迷わせる一員となっていた。

「ワタシがあの時諒ちゃんに言った言葉、覚えてる?」

 苦笑いをしている諒にフィリーネは笑いかけ、問いかける。

 彼女の言葉に、諒は最後に対面した後のことを思い出してみる。あの時は、対面を始めた瞬間に刀を弾き飛ばされて負けを喫していた。思えば、つい先ほどの対面以上の早さで負けていた。当時、為す術もなく負けて歯噛みしていた諒にフィリーネがかけた言葉だ。

「『自分の身を捧げてでも守り、背中を預けたいと思える人を見つけなさい』――」

 そう言うと、フィリーネは嬉しそうに笑いながら頷いていた。

「そう。3年前の諒ちゃんには、色々迷いがあって強くなるための明確な目標が無かったみたいだから、ヒントをあげられたらって思ってね。その言葉のあと、『まずは、身近な人から守ってあげられるようになりなさい』とも言ったわよね」

 言われて、諒は確かにそうだったと思い出す。あの言葉で諒は明確な目標を得て、己の刀の腕を鍛えることに集中するきっかけとなった。

 身近な人――母や友人の和樹、何かと世話になっていた綾子など――まずはその人たちを守ることが出来るようになろうと、道場が閉鎖されてからも諒は鍛錬を欠かさず続けてきたのであった。

「――フィリーネの言う通り、確かに強くなったな。あの裕史という少年に、何故あんな負け方をしたのかが不思議なくらいだ」

 諒とフィリーネが話しているところに、信康が口を挟んで言う。諒にとっては、耳の痛いことだった。

「ふふ。信康の言う通りだわ。話を聞いていた限り、頭に血が昇って冷静さを書いていたみたいだけど――。諒ちゃん、あれは模擬戦だったからそれでも無事に済んだけど実戦だと命取りになるわよ」

 戦いにおいて冷静さといものは必要だ。冷静さを失えばそれだけ視野を狭くし、自分自身や味方まで危険に晒しかねない。

 フィリーネの言うことにも諒は返す言葉がなく、溜め息と共に肩を落とした。そんな諒の傍に、咲耶が歩み寄って話しかける。

「そんなに気落ちしなくても大丈夫だよ、諒。あんなに強いフィリーネさんに、『強くなった』って認めてもらえたんだから」

 その言葉を耳にして諒が顔を上げると、優しげな笑みを浮かべる咲耶の顔が目の前にあった。風が吹き、彼女の細く綺麗な黒の長髪がなびいている。

「ありがとう、咲耶……」

 諒は励ましの言葉に、自分が出来る限りの満面の笑みを咲耶に見せる。彼の笑顔に、咲耶は照れ臭さを感じたのか、笑みを返しながらも白百合のような肌はほんのりと赤く染まっていた。

 数秒間、二人の間に沈黙が流れる。諒にはこのまま視線を逸らすことが勿体ないように思われて、頬を染める咲耶をじっと見つめ続けていた。咲耶の方も、諒から視線を外す気配が感じられず、ただ相手をじっと見つめている。

 そんな二人の様子に妬き餅を妬いたのか、フィリーネが間に割って入るようにして彼らを覗き込んだ。

「ねぇ、何してるの? 二人とも……」

「――あ、ああ。ごめん、フィリ」

 彼女の言葉に我に返り、諒は一歩後ろに下がって咲耶からフィリーネに視線を移した。咲耶も気が付き、頬を染めたままフィリーネの方に視線を移すがその表情はどこか名残惜しそうなものだった。

 彼らの表情を見て、フィリーネは碧い瞳を半目にしながら二人に問いかけた。

「――二人とも、契約主と契約霊の関係だよね……?」

「そ、そうだけど――。それがどうかしたの? フィリ」

「いや、それならいいんだけど――。咲耶ちゃんの方はどうなの?」

 フィリーネの問いに、咲耶はどう答えたものかと思い視線を彷徨わせて思案し始めた。

「え? えっと……。諒はあたしを助けてくれた人で、あたしの契約主で――ええっと、その――」

 しどろもどろな答えをする咲耶に、フィリーネは何事かを察して悪戯っぽい笑みを浮かべる。そしてハーフアップの金髪で諒から咲耶の顔を隠すようにして腰を屈め、顔を彼女の鼻の手前まで近づけると周りには聞こえないほど小さな声で呟いた。

「咲耶ちゃん、ワタシが諒ちゃんとキスしたとき物凄い怒りようだったけど――もしかして、妬いちゃってた?」

「――っ! そ、そんなつもりは……!」

「あの様子じゃ多分、他の女の子とイチャついてるのを見たときもあそこまでじゃないにしろ、妬いてたんじゃない?」

 フィリーネの言葉に、咲耶は何も返せずに押し黙ってしまう。

「ふふ。図星――なのね。そんなに諒ちゃんのこと、気になるの?」

「き、気になるって――そんなつもりじゃ」

 言われて焦る咲耶にフィリーネは微笑みながら屈んだ腰を伸ばし、元の声の大きさで話す。

「大丈夫よ。誰にも言わないから。それよりも、自分がどんな気持ちを持っているのか――それを自覚することね。ただし、あまり時間をかけてると誰かに取られちゃうかもしれないわ」

 そう言って一拍おくと、今度は咲耶の耳元に近づけて唇を動かす。

「他の誰かか――ワタシにね」

 フィリーネの思いがけない言葉に、咲耶は目を見開いて後ろへ飛びずさる。咲耶が彼女の方を再び見やると、その視線の先にある顔はどこか赤いものに変わっていた。

 そんな様子を端から見ていた諒は、何が起こっているのか分からず咲耶とフィリーネの両者に尋ねてみる。

「えっと――。一体、何を話してるんだ? 二人とも……。誰かに取られるって、何が……?」

 彼が間抜けな問いをすると、彼女らは同時に諒の方に顔を向けてそれぞれの言葉を口にする。

「なんでもないわ。諒ちゃんは気にしなくていいことよ」

「――諒のバカ。もう、一生他の子とイチャイチャしてたら?」

「何で急にそんなこと言い出すんだよ!?」

 フィリーネが何処吹く風といった表情で話す一方、咲耶は諒の顔を見るといじけた様な表情を見せ、そっぽを向いた。どこからそんな流れになったのかが分からず、辺りに諒の抗議の声が虚しく響く。

 そこに、呆れたような表情の信康が口を挟む。

「まぁ、何だ――諒。たらし込むのも程ほどにな」

「俺がいつ、誰をたらし込んだって言うんですか!? 師匠」

「あんまり中途半端な態度は取るな、ってことだ。ほら、行くぞ。そろそろ由紀が夕飯の支度を終えることだろう」

 わけが分からない諒を適当に流すと、信康は三人に自宅へ上がるように促しながら歩き出した。その後に、咲耶とフィリーネが続いていく。

 状況が飲み込めずに暫くその場で立ち尽くしていた諒は遅れて彼らの後を追い、信康の自宅に向かって駆け出すのだった。



続く


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