「ん、どうした?」
振り返った先にいたのは、身長190センチの男性職員がいた。
白色の頭髪、白く透き通る肌、左眼を海賊や盗賊が愛用している黒い眼帯で覆っている。
片方の右眼は鋭く切れ上がっている。
瞳はわずかに青みかかっているが、底無しに冷たく非情な瞳だ。
繊弱な容姿をしており威圧感や力感とは無縁にみえるが、荒事に慣れている者が見れば、間違いなく濃い血の臭いを嗅ぎ取る事が出来るだろう。
それも、傭兵や軍人とはまた違う、濃い血の臭いを―――。
「・・・なんでこんな所にいるんだ?、ベルナルド」
ラインヴァルトは怪訝な表情を浮かべながら尋ねた。
白髪の男性――――――彼の名前は、ベルナルド・ライアンズ。
ラインヴァルトの同僚である。
「その事についてはぁ、説明しますよぉ」
聞きなれた声が聞こえたのでそちらの方に視線を向けると、支部長のジュリア・ソルビーノがいた。
「支部長・・・・、いったいどんな説明をしてくれるんですか?」
ラインヴァルトが怪訝な表情を浮かべて尋ねる。
「任務前に言った通り、身を隠せるような場所を提供させていただくのですがぁ、それにはベルナルドの協力が必要になるのですぅ――――ベルナルド」
そう告げると、べルナルドが頷きながら懐から、一つの古びた鍵を取り出した。
「ラインヴァルト、これから少し説明をする事は、お前にとっては信じられない事かもしれない」
取り出した鍵を見せ付けながら、掠れた声で告げてくる。
あまり感情を表に出さないベルナルドが、何処か迷っている表情を浮かべる。
ラインヴァルトは、滅多に感情を見せないベルナルドを見て、少し驚いた。
「(珍しいな。あんまり感情を出さないのに・・・。第一、ベルナルドが協力しないと提供できない場所って、何処だ?)」
ラインヴァルト、疑問に思った。
べルナルドがチラッとジュリア・ソルビーノを見て、少し息を吸い込む。
「ラインヴァルト」
べルナルドが掠れた声で尋ねてくる。
「ん、どうした?」
ラインヴァルトが応える。
「独自の世界観や歴史をもち、俺達がいる現実世界とはかかわりの薄い異世界が実際存在すると言ったら、
お前は信じるか?」
べルナルドが質問してきた。
ラインヴァルトは、一瞬何を言われたのか理解できなかった。
いや、この質問をされてすぐ「信じる」と言うのが不可能だろう。
「・・・・お前、ついに小説と現実が区別できなくなったのか?」
ラインヴァルトがそう応えた。
べルナルドは、見かけ通りというべきか、趣味は読書だ。
特に、この世界の中高生が好んで読んでいる冒険小説などだ。
ラインヴァルトは、貪るように読んでいるべルナルドの姿を幾度も読んでいる姿を見ているので、そう尋ねたのだ。
「べルナルドが言った事は間違いじゃないですよぉ。安全な場所―――――それは、こことは違う異世界ですぅ」
ジュリア・ソルビーノがそう応えるが、そこには冗談を言っている様子はない。
「支部長もベルナルドも、仕事のやり過ぎじゃないんですか?、それとも、それは新手の冗談ですか?・・・
冗談抜きで、何処ですか?、安全な場所は?」
たちの悪い冗談と思いながら、ラインヴァルトがもう一度尋ねる。
ベルナルドは、視線をジュリア・ソルビーノに向ける。
「やはり、俺の言った通りです。ラインヴァルトは信じません」
ジュリア・ソルビーノは、少し苦笑いを浮かべる。
「確かにぃ、普通は信じませんよねぇ」
と応える。
ラインヴァルトは、その2人の様子を見て不機嫌な表情を浮かべる。
「で、場所は?」
と尋ねる。
「・・・・ラインヴァルト、冗談ではない。真面目に言っているんだ」
ベルナルドは、掠れた声で告げながら、再びラインヴァルトに視線を向ける。
「俺は、お前がそこまで精神的に追い詰められているとは見抜けなかった・・・・その責任は俺にもあるな」
ラインヴァルトは、悲しそうな表情を一瞬だけ浮かべた。
ベルナルドの事を、過酷な仕事に精神的に耐えられず、現実と空想が区別出来なくなってしまったと思ったのだろう。
だが、それなら、なぜ、そんなベルナルドをジュリア・ソルビーノは連れてきたのか、理解できなかった。
ベルナルドは、痛々しい表情を浮かべたラインヴァルトを見て、こちらも一瞬だけ不機嫌な表情を浮かべた。
「とりあえず、ラインヴァルト、聞いてくれ。俺は、これからこの鍵を使い異世界の扉を開く」
ベルナルドが掠れた声で告げる。
「その鍵はぁ、ベルナルドの以前の職業で偶然に手に入れた鍵ですぅ。管理局職員に入職して頂く時にぃ、
渡されてぇ預かっていたものですぅ」
ジュリア・ソルビーノが補足説明をする。
ベルナルドの前の職業とは、冒険者だ。
そこに超一流の枕詞が付く。
「・・・・・」
ラインヴァルトは応えない。
いや、どう応えたら良いのかが、わからないと言った方が良いのかもしれない。
「偶然、手に入れた時に一度だけ使ったが、それほど深く探索もしていない。別の依頼で立て込んでいたという理由もあるが・・・」
ベルナルドが応える。
「我々、冒険者管理局も預かってからはぁ、一度も使用はしていません。というのも、使用出来る時間も労力もありませんからねぇ」
ジュリア・ソルビーノが応える。
現在のご時世では、冒険者管理局が調査に乗り出すほどの暇も時間がないためだ。
ラインヴァルトは、まったく興味もない表情を浮かべたまま、聞いている。
「で、ラインヴァルトが厄介な仕事の影響で、身の危険があるかもしれないから、異世界へ通じる鍵を使用させてもらってもいいかと支部長に聞かれて、俺は、「それならお安い御用です。どうぞ使ってください」と言ったのだ」
ベルナルドがそう応える。
「そしてぇ、使用許可を頂いたのでぇ、ラインヴァルトに長期特別任務としてぇ、異世界へと行ってもらう事にしましたぁ」
ジュリア・ソルビーノが告げてくる。
ラインヴァルトは、深く溜息を吐く。
「うん、間違いなく二人はどうかしてますよ、なんかいろいろと精神的に疲れました」
ラインヴァルトは、何処かうんざりとした声で応える。
「・・・ラインヴァルトは、「異」、「世」、「界」と、文字三つしかないっていうのに、どの文字が
分からないのですかぁ?」
ジュリア・ソルビーノが、何処か困惑した表情を浮かべながら尋ねてくる。
「わかりやすく説明したんだが、何処か説明不足だったか?、ラインヴァルト」
ベルナルドが掠れた声で質問してくる。
ラインヴァルトは、思わずため息を吐いた。
「なあ、ベルナルド、一体何があったんだ?、何か悩みでも――――」
ラインヴァルトがそう尋ねようとしたとき―――。
「無理ですよ、ラインヴァルトさんは、自分で実際見て確認しないと納得しませんから」
親しみを覚えそうな声が聞こえたので、ラインヴァルトはそちらに向ける。
その方向に視線を向けると、ラインヴァルトは驚きのあまり言葉を失った。