「(残念だったな、だが、こちらも仕事だ。)」
強風にテントが煽られて幾つか倒れた。
倒れたテントの中の「アレックスファミリー」の男達は、罵りながら灯台の中に逃げ込んで風を避けた。
その強風も、夕刻になって凪いてきた。
テントを畳んだ「アレックスファミリー」の男達は瓦礫の上にエア・マットを敷いて腰を下ろし、冒険者携帯用レーションを食い始めた。
この取引現場を妨害する者が近くに潜んでいるとは、思ってもいないのだろう。
飢えに胃を焼かれネズミが物陰から出てくると、それを狙撃して下品な笑い声を幾人かの男達が上げて
面白がる。
品性の欠片もないのが、その笑い声でわかる。
射撃技術が劣っているのか、滅多に命中することはなかったが・・・・。
ラインヴァルトは、地下広場からラジコン・ボックスなどを取ってきた。
ヘルメットと地下迷宮・古代遺跡用特殊ブーツをつけ、特殊補助結界も唱えているが、ネズミを狙って
「アレックスファミリー」の男達が撃つ流れ弾が、トンネルの入口の煉瓦を時々砕くのには、さすがに
肝を冷やされるラインヴァルトであった。
灯台とラインヴァルトが隠れているトンネルの入口かとの距離は三百メーターほどだ。
ラインヴァルトは点滅しながら回転する灯台の灯が消えるリズムの間に、トンネルの入口の煉瓦の隙間を
少しずつ、楽に這い出す事ができるぐらいに広げた。
夜の十一時近く、第六海堡の沖一キロほどの所から、貨物船の霧笛が三度聞こえた。
海堡にいたアレックスファミリーの男達のうち八十人ほどが、岸壁に繋いである二十隻のモーター・ボートに素早く飛び乗っていく。
後の男達は全員岸壁に立って沖を見る。
トンネルから這い出たラインヴァルトは、自然に獰猛な狼の様な凄まじい笑みを浮かべながら、近くの
煉瓦の山の蔭に移動した。
身体を起こすと、沖をゆっくりと航海する一万トン級の貨物船が
照明弾を夜空に打ち上げて、岸壁を離れたモーター・ボートの群れが貨物船に殺到するのが見えた。
落下傘付きらしく、海面を照らす照明弾の落下スピードはごく遅い。
貨物船から、ブイ付きの大きなゴム袋が海に次々と投下された。
殺到したモーター・ボートは、それぞれ一隻に付き、1人が運転、1人がバランス取り係となり、後の
二人が荷物をボートに引きずり上げている。
ゴム袋のブイには乾電池を電源としているらしい豆ランプまでついていて、漂う位置をはっきりとしめしている。
貨物船がゆっくりと去ると、海保と沖を往復するモーター・ボートの群れは、海に漂う最後の荷物まで引き上げた。
百トンの粉末状の戦闘性欲「チラミィ」を、最後の一袋が灯台に運ばれるまでには、かなりの時間がかかった。
モーター・ボートの連中は岸壁に上陸した。
陸上にいた連中と一緒に灯台の近くで煙草を吹かしながら、卑猥な冗談を交し合っている。
「(残念だったな、だが、こちらも仕事だ。)」
ラインヴァルトは、興奮で口唇を舌でなめ、震える手でラジコンのスイッチをゆっくりと押した。
瞬間、轟音と共に灯台の近くの地面が持ち上がり、蒼白き火柱が夜空に高く吹き上がる。
「アレックスファミリー」の完全武装をした男達は、一体何が起こったのか理解出来ないまま、大半が千切れ吹き飛ばされ、または蒼白き炎に呑みこまれ絶命していく。
灯台は爆発の影響で横転した。
煉瓦の蔭で身を潜めたラインヴァルトは、トールが用意した特殊爆薬の威力に戦慄し、その威力の計算しちがえた自分自身を罵った。
身を潜めていたラインヴァルトの背中の上を、爆発で飛んだ瓦礫が鋭く夜気を噛んで向かってきたが、
特殊補助結界の障壁に弾き飛ばされた。
ラインヴァルトはしばらくのあいだ聴覚を失った様な感じてあった。
固く瞼を閉じていたのに、眼を開いてみても少しの間は眼が霞む。
特殊補助結界を唱えてなかったら、もっと酷い事になっていたかもしれない。
耳鳴りが聴こえてくると共に、眼の方も視えてきた。
ラインヴァルトは、煉瓦の山の蔭で立ち上がり、両手を前に伸ばして静かに詠唱をする。
それは、魔術の詠唱では少なくとも違う。
「(我は戦場に棲み あらゆる者も あらゆる鎖も 暴風と黒雲が 立ち塞がろうとも
あらゆる総てを持ってしても 我を繋ぎ止めることが出来ない
我は縛鎖を千切り 枷を壊し 狂い叫び 戦の狼煙を知らせる 戦場の主なり
我が最良の友は 銃なり 数多あれど我がものは一つなり
我なくて銃は役立たずなり 銃なくては 我は役立たずなり
我を殺さんとするこの世の全ての者より 勇猛に撃ち 的確に撃ち 全てを滅ぼすなり
我は 魔獣にあって魔獣にあらず
我は 狂犬にあって狂犬にあらず
我は 猟犬にあって猟犬にあらず
我は 軍犬にあって軍犬にあらず゜
我は 傭兵にあって傭兵にあらす゜
我は 勇士にあって勇士にあらず゜
我は 戦場に棲む一匹の狼なり
我は 戦儀場に棲む 全ての神々に 誇りと魂をかけて ここに誓う
全ての敵の血 一滴さえも神々に 我は捧げるなり
全ての敵が滅び 平穏が訪れるその日まで――――――我は引き金を引くなり)
詠唱が終わると同時に、付近の空間に歪みが発生した。
ちりちりと焦げるような電流が空間一帯に広がると、空間が陽炎のように揺れて弾けた。
ぶれるような残像が、一つの物質を結像させるまで一瞬の時間もかかっていない。
現れた物は――――――――この世界中の各大陸の連合警備隊や軍隊で幅広く使われている、508mmの銃身長、装弾数三十発箱型弾倉の自動小銃が現れた。
アルフレア大陸グアディアゴ帝国北部紛争派遣以降、ラインヴァルトは、特殊武装機動猟兵大隊「アイスファントム」第4小隊「スリーピングスコーピオン」を指揮する事を命じられた。
当時も今もさほど変わらないが、ポートリシャス大陸西部地域とトリールハイト大陸全域では、列強国同士の過酷な紛争が発生していた。
「スリーピングスコーピオン」を指揮するラインヴァルトは、砲煙弾雨の中を両陣営の死体が累々と積み重なる激戦地を任務のため駆けずり回り、またある時は敵戦線後方の深部に潜入し非合法工作に
従事した(その中には、純粋な軍事作戦とは異なり、他の傭兵団の幹部や傭兵ギルド幹部、契約金を出し渋った依頼人、正規軍の要人、敵陣営側に寝返った裏切り者などに対しての誘拐、脅迫、暗殺も含まれている)。
推定で、約30000人を地獄か天国かに叩き込んだラインヴァルトは、この頃から対峙することになった列強国正規軍と傭兵団、またこの武勲に嫉妬した「ワイルド・ハンド」上層部から、憎悪と嫉妬、畏怖と恐怖を込めて、「戦狼」の名で知れ渡ることとなった。
一体誰がそう呼び、どんな理由で付けたのかは本人もわからない。
そんなラインヴァルトに、傭兵人生で最大の災いとも転機を迎える事になった。
それはアルフレア大陸ヘルズコミナ共和国・ラトビニュア帝国戦役の負け戦に従軍した時だった。
戦役の最終局面は、空前絶後の総力戦と化し、 圧倒的な物量でラトビニュア帝国はヘルズコミナ共和国首都ヘルムートを包囲をした。
ヘルムートを包囲する帝国軍は、傭兵団と正規軍合わせて300万という軍勢で、徐々に輪を縮めていた。
負け戦となれば、特に珍しくもないなんともない、当たり前の光景が展開されていた。
悲鳴と銃殺と爆音の狂奏曲は絶え間なく、容赦なく鳴り響き、街を人を根刮ぎ破壊し、殲滅していた。
老若男女、ラトビニュア帝国に敵対する総てを根絶やし――――。
依る大儀さえ手に入れば、総ての人種は残虐になれるという見本地の光景というものがだ。
傭兵団「ワイルド・ハント」特殊武装機動猟兵大隊「アイスファントム」第4小隊は、傭兵団「ワイルド・ハント」本隊の離脱時間を稼ぐために、捨て駒に等しい任務を与えられていた。
負け戦が展開されてから、ラインヴァルトが指揮する第4小隊は、帝国正規軍の防衛線へ徹底的に浸透し、
しらみつぶしに撃破していく工作を行い、また、厭戦的な正規軍将兵と脱走傭兵を隠密に処刑といった汚れ仕事まで行っていた。
その容赦ない苛烈な徹底工作で、第4秘密小隊「スリーピングスコーピオン」隊長ラインヴァルト・カイナードに関しては、ラトビニュア帝国陣営側からは、殺しても殺し足らないほど敵意と憎悪の的にされていた。
だからといって味方の陣営は良好だったとかと言えばそうではない。
忌々しいほどの武勲と、厭戦的な正規軍将兵と脱走傭兵の隠密に処刑という汚れ仕事を行なうラインヴァルトには、傭兵団「ワイルド・ハント」上層部や上官達の他に、味方の傭兵団からも嫉妬され蛇蝎の如く嫌われていた。
傭兵団「ワイルド・ハント」上層部の誰かが、決して知られることがない汚れ仕事を意図的に流したため、
ラインヴァルトの心象を著しく歪めた。
ここまでされたら、何が何でも退団するべきなのだが、いかんせん上層部が絶対にそんな事をさせず、かといって傭兵団の中の地位を上げる事もしなかった。
また、ラインヴァルトも妻の治療費と入院費、息子の生活費を稼がなくてはならないという切実な状況だっため、辞められなかった。
そんな状況の中、ラインヴァルトが指揮する第4小隊本隊は深夜敵中深く潜入し、ラトビニュア帝国後方陣地に奇襲を掛けた。
他の分隊は、別々の場所で工作に従事しているため、ここにはいなかった。
幾台か燃料車を破壊し、混乱の中へと叩き込んだのだが、時間が立つにつれ、ラトビニュア帝国正規軍と警備の傭兵団の火力と攻撃魔術は凄まじいほど強くなった。
唸り声を上げて銃弾を吐き散らす自動小銃と重機関銃、ハラワタに響く迫撃砲と攻撃魔術が浴びせられてきた。
本隊付の無線係のホビットの隊員が、背負った無線機ごと特殊固体ロケットに点火して飛翔させる攻撃兵器「ドラゴンスレイヤー」で吹き飛ばされ、副官のラウルフの隊員が迫撃砲で吹き飛ばされ、シャドーエルフ、ダークエルフ、ドワーフ、ムーク、リザードマンの隊員らは、攻撃魔術と重機関銃、速射砲のフルコンボの餌食となった。
生き残ったのは、ラインヴァルトと半獣人の隊員と同じ人間の隊員だけだった。
ラインヴァルト達生き残りは、四十名を超す敵兵に銃弾を浴びせるが、ラトビニュア帝国正規軍や傭兵団は、手榴弾、重機関銃、迫撃砲といった火力で反撃をしてきた。
数分後、敗走しようとしたとき、ラトビニュア帝国正規軍が撃った迫撃砲弾、もしくは攻撃魔術が炸裂し、
殺傷した。
半獣人の隊員と人間の隊員は、跡形もなく吹き飛ばされて形も残っていなかった。
ラインヴァルトは、辛うじて意識を保ってはいたが、骨折と裂傷を相当数負い、内臓が潰された。
出血多量で意識が朦朧し、平和、静けさ、そして責めさいなむような苦痛から解放を約束してくれる暗闇
の誘惑に身を委ねようとした時――――――――それが現れた。