「とりあえず貌を洗え」
――――冒険者ギルドを出てからラインヴァルトとトールは、そのまま最初に一晩を過ごした簡易宿所へ向かった。
今回先に入ったのは、ラインヴァルトだった。
旧冒険者時代を彷彿とせる様な光景はいつもの事だが、今夜は旅人や冒険者の姿が若干多い様である。
旅芸人が芸を披露するために設置されている中央の奥のステージには、今回も誰もいない。
ただ、左側の火を焚くため暖炉が接してある場所では、楽師がちょっとした余興を披露しているのが確認できた。
ラインヴァルトは、それを一瞥するだけで右手にあるカウンターへと向かう。
「(やはり、こんな光景を眼にすると、何か感動しますね)」
トールがラインヴァルトに、小声で尋ねる。
「(そうだな、この世界は俺達が生れる前以前の、遥か昔の旧冒険者時代の様だな)」
ラインヴァルトは短く応える。
カウンター内には、最初にこの場所に訪れた時の左右に前に流して緩い波をうつ黒髪を肩程伸ばした店主がいた。
「こんばんは」
ラインヴァルトは警戒させない様な穏やかな声で告げた。
コップを拭いていた無精髭の店主が、声をかけたラインヴァルトに視線を向けた。
「いらっしゃい」
やはり外見と一致する様な、渋めの声で応えてくる。
―――――翌日、最初に馬小屋から出てきたのはラインヴァルトだった。
資金的には余裕があるのでわざわざ馬小屋に泊る事もなかったのだが、ラインヴァルトとトールは、あえて馬小屋に泊った。
もし、万が一睡眠中に「スクルトリア」を囲む10mほどの城壁を鬼獣の大群が攻めて突破してくるという最悪の展開を考えたからだ。
特殊結界魔術を施していないありさまを考えれば、ラインヴァルトとトールも宿屋のベットの上で安穏と睡眠するという選択はない。
まもなくして、トールも欠伸をしながら馬小屋から出てくる。
「どうする?、先に公衆浴場に行くか」
ラインヴァルトは、ちょっとした寝癖をなおしているトールに尋ねる。
昨夜、この宿屋の店主に公衆浴場があると聞いたからだ。
この世界では、一定以上の規模を持つ都市にはほぼ必ずあるものらしく、一般家庭にとっても十分に優しい金額を払えば、誰でも利用可能と店主から説明を聞いた。
「そんなに女性の裸を見たいんですか?」
トールが何処か眠そうな貌を浮かべながら尋ねてくる。
「とりあえず貌を洗え」
トールの様子からして、まだ少し寝ぼけている様だったのでラインヴァルトはそう応えた。
馬小屋から出でから、まずやはり2人は店主に声をかけた。
そして改め公衆浴場の場所を聞き出すと、その場所へと向かった。
その付近には旅人専門の宿屋が集中しているらしく、多くの人々で賑わっている
様子が覗えた。
もちろん、異種族の姿は無く人間種族しか見当たらないが・・・・。
ドーム型の公衆浴場はそんな人口密集地のすぐそばに建っていた。
建物の中は、仕切りがあり、幾つかの風呂に仕切られているのがわかった。
設備も整い、値段もこの世界では適正なためか訪れている客層もお年寄りから子供、そして冒険者というぐらい幅広い。
「(残念でしたね、男女別々みたいですよ、ラインヴァルトさん)」
トールは、にやりと笑みを浮かべながら尋ねる。
「(元の世界に帰って、管理局に戻れば否応なしに混浴じゃねぇか・・・・)
ラインヴァルトは、そう応える。
ラインヴァルトとトールが所属している連合警備隊冒険者管理局の各大陸支部施設には、職員用ビュッフェ、ラウンジ、マッサージルーム、プール、スポーツジム、遊技場、 カフェテリアなどがある。
シャワールームとサウナルームもその一つだが、遺跡・迷宮へと遺品回収任務から帰還した全職員は、遺跡・迷宮内で付着した泥や穢れなどを洗浄するため、ドライブスルー式洗車機の様な機材へと移動をしなくてはならない。
装着装備品を脱いだ後は、その先にあるシャワールームへと向かい、身体の汗と硝煙の混じった耐え難い臭いを洗い流し清潔するという流れだ。
ラインヴァルトが言った混浴とは、連合警備隊冒険者管理局には男性用女性用シャワールームやサウナルームはなく全て混浴だ。
これは新冒険者時代が開幕し、連合警備隊冒険者管理局が創設されたから変わっていない伝統(?)でもある。
連合警備隊冒険者管理局に入職すれば、基本的な人間種族を筆頭に、ドワーフ、エルフ、ホビット、フェアリー、フェルパー、ラウルフ、ムーク、リザードマン、ダークエルフ、シャドウエルフ、各種の混血種族は全て等しく平等だ。
女性であれ男性であれ種族的忌避感で肌を晒す事に戸惑うならば、連合警備隊冒険者管理局に入職はしないだけだ。
受付で代金を払ったラインヴァルトとトールは、男性用の場所を尋ねて指定された所へと向かう。
着いた場所には、こじんまりとした扉があった。
扉の中に入ると脱衣場があり、その奥には浴場になっている様だった。
脱衣場で一糸纏わぬ姿となると、大浴場の隅へと向かう。
脱衣場で着替えていた幾人かの客は、ラインヴァルトとトールの無駄に脂肪がなく、鋼の様な強靭な筋肉を見て、低い呻き声を上げた。
ラインヴァルトとトールはその様子には気にせずに、隅でその湯の中に身を沈めていく。




