「ミスターヘイデン、あんたは俺に何をさせたいんだ?」
(・・・今更だが、冒険者管理職員になって別世界に来ることになるとはな)」
ラインヴァルトは、「鬼獣」の群れが映し出された「ゲートキーパー」の画面を確認しながらそう思い、そして、ふっと連合警備隊冒険者管理局へと勧誘したある人物の事を厭々思い出してしまった。
ラインヴァルトが所属していた傭兵団「ワイルド・ハント」が、ポートリシャス大陸東部で勃発したラクシュユミル帝国・バルドディヤ公国戦役にて、敗戦国バルドディヤ公国側に雇われ、そして潰滅した。
それから3年後――――。
ラインヴァルト及び大規模戦役用特殊武装機動猟兵大隊「アイスファントム」
第4小隊「スリーピングスコーピオン」所属傭兵団員は、終結時の混乱に
紛れて、全員が離脱した。
ラインヴァルトは、その後、ポートリシャス大陸西部スタンブルク地方のジャズバーで、ギタリストとして生計を立てていた。
彼のギター演奏は決して並ではなく、本気で演奏をすればポートリシャス大陸代表するギター演奏者として、名を馳せることは間違いないのだが・・・。
そんなラインヴァルトは、仮住まいの貸付アパートの近くにあるジャズバーで、細々と生計を立てていた。
壁は安物合板のパッチワーク、プリント木目とデコラ張りのテーブルとカウンターで、ただ古くなっただけの風格の欠片もない店だった。
ギター演奏者として名を馳せれば、この様な場所で働かなくても
いいのたが、名を上げれば、間違いなく物騒な連中の耳にも入る。
そうなれば、右手に銃、左手に爆発物を引っ提げて挨拶に来るだろう。
殺されるつもりも死ぬつもりも、今の所まったくないラインヴァルトは、
細々と平穏な生活をしていた。
平穏な生活に終止符を付けにきた人物は、夜の十一時半頃に左手に革製のアタッシェケースを引っ提げて来店した。
栗色の髪で彫りの深い幅広の貌、がっしりとした体格で連合警備隊冒険者管理局が
支給している高級スーツを着込んだ男性だ。
ラインヴァルトは来店した男性の姿を見て、驚かずにはいられなかった。
その来店した男性はゆっくりとカウンター席に近づき、ぴたっと足を止めると
腰を下ろした。
「・・・ミスターヘイデン、なんで俺の居場所が――――」
ラインヴァルトが静かに尋ねた。
「勧誘だ」
来店した男性が短く応える。
男性の名前は、ヘイデン・ノヴァック。
連合警備隊冒険者管理局で、過酷な仕事量を消化することでのし上がった管理職員だ。
ラインヴァルトは傭兵時代、眼の前の男性から幾多の非合法依頼を請け負わされた。
「勧誘?、汚れ仕事の依頼の間違いじゃないんですか?」
ラインヴァルトは不機嫌な表情を浮かべながら、濁った水溜りのように鈍い光を放つコーヒーをテーブルに置く。
「汚れ仕事ではない。お前さんの戦闘力がこの組織に必要になったんだ」
ヘイデンはそう告げると革製のアタッシェケースから書類を取りだし、ラインヴァルトの眼の前に置く。
ラインヴァルトはその書類を手に取ると、ゆっくりと眼を通す。
「・・・「ポートリシャス大陸連合警備隊冒険者管理局遺品回収課」?」
この世界の冒険者を管理する組織の名が載ってあり、怪訝な表情を浮かべる。
「元傭兵のお前さんでも、名前ぐらいは知っているだろう?、それとも1から全て説明するべきかね?」
ヘイデンが静かに尋ねる。
「詳しくは知りませんが、「冒険者条約」は、傭兵じゃなくても知っていますよ」
ラインヴァルトが応える。
「では、「冒険者条約:第六十四条「特殊能力者特別協約規定」については知っているか?」
ヘイデンが穏やかに尋ねてくる。
「何です?、その聞き慣れない規定は?」
ラインヴァルトは、ヘイデンが急に穏やかな口調で尋ねてきたため、警戒心を高め
ながら応えた。
「 「特殊能力覚醒者」は、生活拠点としている地域の「連合警備隊特殊能力者管理保安部」に登録しなければならない。
また、「連合警備隊特殊能力者管理保安部」は、この条約に関連して同「特殊能力覚醒者」が受領するすべての批准書、特殊能力加入通告書及び廃棄通告書について
連合警備隊並び冒険者管理局に通知しなければならない」
ヘイデンは、穏やでゆっくりとした口調で、「特殊能力者特別協約規定」の条文の一部を応えた。
だが、口調とは裏腹に、危険な光を眼の底に湛えるとラインヴァルトを見据えた。
「・・・・」
ラインヴァルトは、それを聞いても何も応えない。
「―――ここに訪れる前に調べさせてもらったのだが、登録もぜすに戦場で無許可で、
「連合警備隊特殊能力者管理保安部」の承諾もなく、「特殊能力」を使用していたとなると、これは重大な犯罪行為だ、逮捕されても文句は言えないな」
ヘイデンがラインヴァルトの貌を見ながらそう告げる。
ラインヴァルトは一通り聞き終え、その意味を分かるにつれて、背筋を強ばらせた。
―――――眼の前の人物が改めて、決して敵に回していけない人物であることを。
「・・・・なんで俺が、その「連合警備隊冒険者管理局遺品回収課」やらに必要なんです?、優秀な人材なら俺以上の者が沢山世間に埋もれているでしょ?」
ヘイデンから視線ずらしながら、動揺した感情を必死にかみ殺して応える。
「ただの優秀な者なら世間にはいるだろう。だが、今のご時世の世界情勢にしてみれば、それだけでは非常に困るのだ」
ヘイデンが静かに告げる。
ラインヴァルトは、個人的にヘイデン・ノヴァックとはあまり
関わりたくもなかった。
傭兵団「ワイルド・ハント」時代に、請け負った非合法工作依頼の一割ほどは、
何かしらヘイデン・ノヴァックが所属している組織からの依頼だった。
あくまでもヘイデン・ノヴァックが所属する組織はクリーン・ハンドで
いたいために、ラインヴァルトの様な使い捨てが効く傭兵を雇い、任務中運悪く
戦死しても雇った記録書類などは抹消するだけで済む。
だが、ヘイデンの非合法工作依頼は、二流や三流程度の腕の傭兵が成功させる様な
程度の低い依頼ではなく、難易度が高い内容の非合法工作だ。
ラインヴァルトが死にかけた回数も一度や二度ではない。
ただ、成功報酬に関してはケチる事は無かったのが唯一の救いだった。
金銭面的に関してだけはラインヴァルトは信用はしているが、それ以外での
事になると、全面的な信頼は危険すぎて出来ない所がある。
「ミスター・ヘイデン。あまり調子にのるなよ?、はっきり言って俺は、あんたには関わりたくもないし、あんたが何処の国の組織に所属しているのかも
興味がない。
だが、あんたの払ってくれる駄賃はその辺の依頼人が払う二束三文の料金よりも
高く、そんな大金を手に入れるのは難しい事もたしかだ。
でもな、陰謀を練るのと傭兵を扱うのが得意だからといって調子に
のるなよ?
あんたの様な連中が、俺みたいな元傭兵などから人生と生命を奪う事は
出来ても、誇りと勇気を奪う事はできやしないぞ」
怒りに満ちた声で、ラインヴァルトが応える。
ヘイデンは、ラインヴァルトの声を聞きながら、革製のアタッシェケースからもう一つ、書類を取り出すと、それをラインヴァルトの前に投げ捨てる様に置く。
その書類を眼にした途端、ラインヴァルトが凄まじい衝撃を受け額に脂汗を
浮かべる。
「もう一つ知らせなくてはならい事がある。今、取り出した書類に載せてある
写真に写っている四十五名の人物について、「特殊能力者管理保安部」と「冒険者管理局保安部」の二つの部署が、お前さんにどうしても尋問したい事があるらしい」
ヘイデンが穏やかな口調で告げてくる。
「尋問という名の拷問でしょうが・・・・、俺は知りませんよ」
ラインヴァルトは、静かに応える。
「・・・これは、「冒険者管理局保安部」の部署が去年から極秘に集めたものだ。
いったい、どのような経緯で集めたのかは知らないが、保安部から聞いたところでは、この写真に写っている人物達は、お前さんの特殊な私的護衛集団の
メンバーらしいじゃないか」
ヘイデンが穏やかな口調で告げてくる。
「・・・・」
ラインヴァルトは、何も応えないが、血の気の失せた白い貌だ。
「別に私的護衛集団を持つ事が犯罪ではないが、ただ、そのメンバーの経歴が経歴だけに見逃す事はできないらしい」
ヘイデンが穏やかな口調で告げてくる。
ラインヴァルトは、ヘイデンの言葉を聞きながら必死に思考した。
一瞬だけ、ほの昏い方法を実行してやろうかと思った。
この眼の前にいるヘイデンをこの場で殺害し、逃走を図るという短絡的な方法だ。
殺害する事は簡単だが、その先に待っているのは間違いなく溝鼠の如く逃げ回る人生が待っているだけなため、その方法はすぐに諦めたが。
「・・・・」
ラインヴァルトは、何も応えずにヘイデンを見ている。
「その中で、「冒険者管理局保安部」が特に気になっているのが、このエルフ種族の人物――――、私的護衛集団の活動資金並び財政管理を負っている
アルフレッド・ブランカーレ・・・、アディガリア大陸金融コングロマリットの
会長だ」
ヘイデンが穏やかな口調で告げながら、その人物が写っている写真を指さす。
ラインヴァルトは、それを見なかった。
その人物の表の貌は、アディガリア大陸内の経済界では知らぬ者は
いないほどの有名な実業家だ。
事業の中心は投資事業だが、四大陸各国で四十近い子会社を持ち、大陸の各国で
投資の他に、生命保険、銀行、不動産業を行っている大陸金融
コングロマリットの会長だ。
だが、傭兵や軍関係者のほんの一部が聞けば、もう一つの仇名と元の所属
組織名を嫌でも思い出す。
アディガリア大陸地域での言語や風俗に精通しており、各国の諜報機関などの紛争地域での平定化計画でその鬼才ぶりをいかんなく発揮し、アディガリア大陸の紛争地域で「政治屋」という仇名で 広く名を馳せ、アディガリア大陸南西部アケネシア皇国国家情報局特殊部隊出身の傭兵上がり――――。
「政治屋」アルフレッド・ブランカーレと・・・。
ラインヴァルトの肩がピクリと動いたが、何も応えない。
「勧誘を断るのもお前さんの自由だ、その意思は尊重しよう。
ただ、今現在、俺の権限で「特殊能力者管理保安部」と「冒険者管理局保安部」の部署には、一時間ほど出頭命令書と特殊能力者捜査令状を止めてもらっている。
まぁ、お前さんの事だからわかっていると思うが、これからさらに調べが進めば、
それほど時間をかけずとも私的護衛集団の全容が解明される事になるだろう。
ただ、一つ、俺にも「特殊能力者管理保安部」と「冒険者管理局保安部」
にも分からない事がある。
それは、一体何を目的でこの様な者を集めたのかだ。
「特殊能力者管理保安部」と「冒険者管理局保安部」、そして俺も
その点だけ聞きたい。
少なくとも一つの国を相手に戦争する事やクーデターを起こす事は可能だ」
ヘイデンが穏やかな口調で告げる。
どうやらヘイデンらは、勘違いした推測を立てている様子なので、思わず苦笑いを
浮かべそうになった。
だが、それならそれでいいとラインヴァルトは思った。
腕の立つ連中を密かに集め、狂瀾の私的護衛集団を結集させたのも
何処かの国と戦争をするために集めたわけではない。
ただ、一人息子の身の安全を図るために、傭兵時代の非合法作戦のどそくさに紛れて、悪徳商人や闇成金、新軍閥などを暗殺し奪い取った莫大な資金で集めただけだ。
一人息子を人質に取られれでは、幾ら凄腕の傭兵上がりのラインヴァルトも木偶人形の如く命令を聞かなくてはならない。
それと、ヘイデンは私的護衛集団の把握している人数を
若干間違っている事に、ラインヴァルトは気づいた。
四十五名ではなく、総員数四十八名が正解なのだが、もちろん
ラインヴァルトは馬鹿正直に指摘するつもりはない。
その三名は、それぞれ別々の組織に潜り込ませている。
一つは連合警備隊、一つは冒険者管理局、そして最後の一つは
ギャング組織だ。
だが、それもほとんど無意味だったかもしれない。
ここまで全て露見している以上、隠し通す事も逃げ通す事も出来ない。
拒否すれば、そのままノンストップで破滅への道を突き進む。
ラインヴァルトは――――覚悟を決めた。
「ミスターヘイデン、あんたは俺に何をさせたいんだ?」
ラインヴァルトは、底冷えするような声で静かに口を開いた。
「なに?」
ヘイデンは突然の質問に不意を突かれ、答えに窮し、一瞬口ごもった。
「「ポートリシャス大陸連合警備隊冒険者管理局遺品回収課」に入職してやるっと
言っているんだ、ミスターヘイデン」
ラインヴァルトはヘイデンの貌を見つめながら応える。
「そうか、良い返事をもらって良かった――――。それと昔のよしみで息子さんの養育費と奥さんの葬式代は、我々の組織が肩代わりしよう」
ヘイデンはそう告げながら、もう一つ一枚の紙切れを手渡す。
「・・・・あんたに関われば、私生活まで丸裸ってか、相変わらず反吐の出る
探りを入れるな」
ラインヴァルトは、不機嫌な表情を浮かべながら応えて、その一枚の紙を受け取る。
「それは契約書だ。そこにサインしてくれ」
ヘイデンがそう告げてくる。
「まるで奴隷契約書だな」
ラインヴァルトは、しぶしぶその紙にサインをした。
「(ラインヴァルトさん、どうしたんですか?)」
トールが小声で、心配した口調で尋ねてきたために回想から現実に引き戻された。
「(ああ、何でもない。人生っていろいろあるんだなと考えてただけだ)」
ラインヴァルトは、そう小声で応えた。
「(・・・そりゃあ、まぁ、ありますよ、いろいろ)」
トールは、ラインヴァルトが何を考えていたのか、少し気にはなってはいたが、
深くは聞かなかった。
「(さあ、一通り仕事は終えた。さっさと帰るぞ、トール)」
ラインヴァルトは、トールの肩を軽く叩きながらそう告げた。




