「(やれやれ・・・)」
目的地の森は静寂に包まれていた。
すでに日が昇ってからずいぶんな時間が立っているが、森の中に差し込む光の量に
眼に見える変化はなく、時間の経過をことさらにおぼろげなものにしていた。
原生する木々の間には腰の高さほどの低木が生え、ラインヴァルトとトールの歩行をことさら困難なものにしていた。
ラインヴァルトは、少し立ち止まって頭を上げた。
灰色に覆われた空が、すぐにでも手が届きそうな所にある。
よどんだ空気、沈鬱な静寂が明らかに天候が下り坂であることを予感させた。
「(やれやれ・・・)」
ラインヴァルトは、憮然とした表情を浮かべながら、低木の間を縫うように
前進を続けているトールの後を追う。
この2人は、動物の足跡を追うトラッキング技術と森林の中を音を立てず非常にゆっくりと進むストーキング技術が、他の三人よりも優れていた。
足跡やけもの道の状態、動物や魔物の糞や木につけられた傷などから、その動物、または魔物の特定だけでなく大きさ、体重、年齢、性別、魔物カテゴリー
レベル、健康状態、精神状態、またいつそこを通ったのか、どこに向かっていたのか、どこを見ていたのかなど、その動物や魔物自体を見るだけでは発見できないようなことまで読み取る。
2人の現世界のトラッキング技術とストーキング技術の本家、エルフ、ダークエルフ、シャドーエルフ種族にも引けは取らない。
最初登りが続いていた斜面は、いつの間にかなだらかな下りに変わっていた。
もうすぐ次の丘との間に広がる平地に2人は出る予定だ。
テオラギ村から目的地の森に入って、すでに一時間半ほど時間が流れていた。
今、ラインヴァルトとトールの神経は呼び起された雄の本能の赴くままに、「鬼獣」の群れの発見という一点に集中していた。
足元に厚く積もった枯葉や雑木の葉が、ブーツを通じて分厚い絨毯を踏みしめるかのように頼りない感触となって伝わってくる。
獲物を探し求める肉食獣のような繊細な足取りで、2人は一歩一歩と進んでいく。
「鬼獣」は、ラインヴァルトとトールの感覚では、現世界の魔物で魔物カテゴリーレベル1に分類され、小柄で醜悪な外見に邪悪な性格の「ゴブリン」だ。
正直2人は、それに関してはほっとしている。
もしも、この世界の「鬼獣」と呼称される魔物が魔物カテゴリーレベル2~非公式の5までに分類される「ゴブリン」並となれば、対処方法が厳しいものに
なる。
魔物カテゴリーレベル2~非公式の5の「ゴプリン」は、その姿とは裏腹に
頭の回転が速い。
戦闘となれば極めて繊細な戦闘行動が要求される。
魔物カテゴリーレベル2~非公式の5の「ゴプリン」は、遺跡や迷宮内部の
日常の空間に気付かれる事なく密やかに侵入し、その中に同化した所に罠を
張り、命知らずで英雄志願の冒険者パーティや遺品回収を行う冒険者管理局職員を待ち構える。
その中でも、3以上の「ゴプリン」は剣や槍といったもので武装はせずに、
冒険者パーティや冒険者管理局員が使用している、遺跡・地下迷宮戦闘用の軽機関銃、重機関銃、飛龍戦用無反動砲、妖魔・魔神戦用携帯式ロケット砲などで武装し、軍隊並みの統制が取れた戦闘行動をする。
2人のいる現世界の英雄志願で命知らずな冒険者パーティは、運という何をするにしても必要欠くべからさずな勝利要因が必要でも、魔物カテゴリーレベル3
以上の「ゴプリン」の立派なトロフィーを欲している事も事実ではある。
倒すにしても、戦闘技術や冒険者知識も並々ならざるものが要求され、習性や
行動方式を完全に理解した上で初めて可能になる。
ましてや、「特殊能力」といった極めて珍しい能力を用いる事が出来ない冒険者パーティや冒険者管理職員には、なおさらのことだ。
前方の木立が途切れ、広い空間が眼の前に広がった。
そこには300メートルほど先の次の森までの間に広がる空間で、草むらのあちこちに、灰色に朽ちかけた倒木が低い雑木の繁みに横たわっている。
ラインヴァルトとトールは姿勢を低くすると、さらに慎重に脚を運びながら
周囲を注意深く観察する。
草から露出した柔らかな土の上に、「鬼獣」の足跡が大量にあった。
さらに良く観察していたトールが、少し険しい表情を浮かべた。
「(どうかしたのか?)」
ラインヴァルトが怪訝に思いながら、小声で尋ねる。
「(・・・遭遇した「鬼獣」よりも、少し足跡が大きいのがあります、どうしますか?)」
トールが小声で応えてくる。
「(群れのリーダーって所だろうが、俺達が請け負ったのはあくまで調査だ。
戦闘関連は、この世界の冒険者に任せて後を追うぞ)」
そう告げると、足跡が続く300メートルほど先の森に向けて慎重に進んでいく。




