「なんだよ、あの魔物は・・・、あれがこの世界での普通の魔物か?」
ラインヴァルトとトールを異世界へ送り出してから数時間後――――。
連合警備隊冒険者管理局遺品回収課オフィスにいたベルナルド・ライアンズは、一通りの雑務を終えて帰ろうと
していた。
「(さて、もう一仕事をするか・・・こっちの方がある意味大変だが)」
あまり喜怒哀楽の表情を浮かべないベルナルドは、珍しく口元に苦笑いを浮かべる。
連合警備隊冒険者管理局が支給している腕時計に視線を向けようとしたとき、
待ち人の気配を察知して、出入り口に視線を向ける。
連合警備隊冒険者管理局遺品回収課オフィスの出入り口には、連合警備隊冒険者管理局が
支給している淡いブルー色の女性用のビジネススーツを見事に着こなした女性職員がいた。
女性にしてはずば抜けた長身で、背中まで伸びていそうな紅蓮色の長髪を一つに束ねている。
鼻筋が通り、切れ長な目元という繊細な顔立ちだ。
男性を引きつける所のある白く透き通った艶かしいまでに美しい肌は、きめこまかい。
また、ビジネススーツを見事に着こなしている肢体は、エルフなどの異種族の女性と匹敵する魅惑の肢体だ。
――――ただ、貌の左半分は、左眼から頬にかけて無惨に引き攣らせた火傷痕があった。
戦場で負った火傷痕か、それとも地下迷宮や遺跡内部での魔物が吐く炎に焼かれたのかはわからない。
その無惨に引き攣らせた火傷痕からは、恐らく金輪際いかなる喜怒哀楽も示す事はないだろう。
淡いアメジスト色の瞳からは、恐怖、不安、野心の微塵も窺えない。
眼窩の底で光る眼は油断という言葉とはまったく無縁のもので、むしろそこに潜む冷徹な陰を隠すのに苦労しそうなほど鋭いが、その落差があるため見る者が見れば、震える様な凄絶な美貌である。
その女性職員は、オフィス内を一瞥し、ベルナルドに声が届く様数歩歩み寄ってくる。
「――――あの色男は、まだ帰って来ていないのか?」
その女性職員の質問に、ベルナルドはもう一度口元に苦笑いを浮かべた。
彼女の最初の言葉は、今、女性職員が尋ねた言葉しか浮かばなかったからだ。
ここまで予想が当たるとは、ベルナルドも思ってはいなかったが・・・。
「長期特別任務がラインヴァルトとトールに命じられたんだ。いつ帰ってくるかはわからないぞ、クラウディア」
ベルナルドが掠れた声で告げる。
クラウディアと呼ばれた、女性職員は一瞬だけ驚いた表情を浮かべた。
その女性の名前は、クラウディア・ウォーレン、この連合警備隊冒険者管理局遺品回収課に所属する女性職員だ。
「何処に?」
詰問するような声でクラウディアが尋ねてくる。
「俺は答えられない」
ベルナルドは、クラウディアの貌に視線を向けたまま、無表情で掠れた声で嘘を告げる。
クラウディアは、しばらく無表情貌のベルナルドををじっと眺めていたが、一向に表情を変えないため、
困ったように眉尻を下げて微かに笑みを浮かべた。
「その様子だと、教えるつもりはないって事ね・・・・あの色男は何か言っていた?」
クラウディアが尋ねてくる。
「・・・・「めんどうかける、帰ったら飯を奢ってやる」と言っていたが・・・・、嬉しいか?」
ベルナルドが掠れた声で尋ねる。
「――――――身も心も捧げ、あの色男を愛しているあたしにとっては、これほど嬉しい事はない」
クラウディアが、くすりと微笑みながら何処か嬉しそうな声で応える。
ベルナルドは、何処かやれやれとした表情をする。
「クラウディア・・・・。俺はとやかく言うつもりはないが、他に男を探さないのか?」
ベルナルドは、なんとなく尋ねる。
「あの色男に一度でも抱かれたら、もう他の男に興味はなくなるわ」
クラウディアは短く、赤面しそうな事をベルナルドに応える。
そのベルナルドは、軽く咳払いをする。
「まだまだ、子供な俺には大人の関係は深すぎて付いていけない」
ベルナルドが告げる
「十分大人なのに、なぜそんなことを言うの?」
呆れた表情を浮かべたクラウディアが尋ねる
「訂正をしよう、婚約者一筋の俺には、大人の関係は余りにも深すぎて付いていけない」
ベルナルドは、少し考え込んでからそう応えた。
異世界へと送り出されたトールとラインヴァルトは、クラウディアとベルナルドがそんな会話をしていたとは
思いもしていない。
――――いや、そんな事を思っている余裕もない。
木々の間隔が比較的小さいため鬱蒼とした雰囲気の雑木林の中で、2人は茂みに身を潜めていた。
野獣の様に警戒本能が発達しているトールとラインヴァルトは、耳を済まして何かか通り過ぎるのを待っていた。
心臓が喉からせり出してきそうになるのを覚えながらも、2人はまったく動かない。
数十メートル先を巨大な猿のような体躯と、山羊の角のような捩れた二本の角が横からつき出た頭部を持つ魔物が
唸り声を上げながら、移動している。
その数は四体だ。
2人がいた世界では、見た事もない魔物なため、念のため攻撃を控えているのだ。
その魔物の群れは、しばらくして、ゆっくりと遠くへと離れていく。
魔物の姿が見えなくなったのを確認すると、ラインヴァルトとトールは、硬ばった身体の苦痛から解放された
安堵の笑みを浮かべる。
「なんだよ、あの魔物は・・・、あれがこの世界での普通の魔物か?」
ラインヴァルトが、トールに尋ねる。
「でしょうね・・・、まぁ、とりあえず帰還しませんか」
と応える。
「同感だ」
ラインヴァルトも頷きながら応える。