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「ヴァルトだよ、ラインハルトだと、別人になるだろうが」

 カウンター内には、左右に前に流して緩い波をうつ黒髪を肩程伸ばした店主がいた。

 無精髭だが、貌だちは堀が深くはっきりとしている。

「すいません」

 トールは、何処か親しみを覚えそうな口調で告げる。

 コップを拭いていた無精髭の店主が、トールに視線を向ける。

「ん?・・・、いらっしゃい」

 外見と一致する様な、渋めの声で告げてくる。

「今日、こちらで泊まりたいんですが、馬小屋空いてます?」

 トールが質問をする。

 ラインヴァルトは、その質問に若干驚いた表情を浮かべる。

「(・・・何を言ってやがるんだ?)」

 ラインヴァルトは、そう思った。

 幾らなんでも、宿泊所で馬小屋を提供しているはずが無いと思ったからだ。

 もちろん、元いた世界でも馬小屋など提供していない。

 ―――古き良き旧冒険者時代ならわからないが。




「―――冒険者か。裏に馬小屋があるが、何人だ?」

 無精髭の店主は、コップを拭くのを一旦やめ、外見とあった渋めの声で尋ねてくる

「(この世界では、馬小屋に泊れるのかよ・・・)」

 その返答にラインヴァルトは驚いて、そう思った。

 ―――新冒険者時代では、宿泊施設は馬小屋など提供はしない。

 まして、馬小屋で寝るという冒険者もいない。

 ラインヴァルトとトールがいる世界では。

「二名です」

 トールが親しみのある声で応えた。




「わかった。宿泊料は無料だ、ここに名前を記入してくれ」

 無精髭の店主がそう応えて、ペンと宿泊台帳をカウンターに置いて広げる。

 トールは、ペンを手に取って、自分の名前とラインヴァルトの名を書く。

 無精髭の店主はそれを見て、怪訝な表情を浮かべる。

 この地域の文字と違うため、読めないのだろう。

「ああ、ポートリシャスという国から旅にきたんで、こちらの所と文字が違うんですよね」

 トールが尋ねる。

「そうか、名前を教えてくれ。代わりに書く」

 無精髭の店主がそう告げる。

「トール・クルーガ、ライン・・・ハルトでしたっけ?」

 トールが、またしてもおどけるようにラインヴァルトに視線を向けながら言ってくる。

「ヴァルトだよ、ラインハルトだと、別人になるだろうが」

 ラインヴァルトが、やれやれとした表情を浮かべながら応える。

 店主は、きちんとラインヴァルトと名前を宿泊台帳に書き記す。

「馬小屋は、さっきも言ったが裏にある」

 無精髭の店主がそう応え、再びコップを拭く作業に戻っていく。




 トールは、ラインヴァルトに向き直ると、

「さあ、裏に行きましょう、ラインヴァルトさん」

 そう告げると、一旦簡易宿所から外に出て裏に回る。

 裏には、その名の通り雨露をしのげる程度の馬小屋が存在していた。

 もし、これが夢と浪漫と野望に燃えた、駆け出しの冒険者なら少し心が折れるかもしれない。

 ―――そう普通の冒険者ならだ。

 ラインヴァルトとトールは、雨露をしのげる程度の馬小屋を見ても特に何も思わなかった。

「まあ、野宿よりは断然良いな」

 ラインヴァルトがそう応える。

 不満を煩く言わない理由がラインヴァルトにはあった。

 雨露をしのげる程度の馬小屋でも上品に見える理由が・・・。




 現役の傭兵時代では、さまざまな劣悪な戦場を経験した。

 速やかに滑らかに軍隊を機動し、敵軍を不安定化させ、引き分けに

 持ち込ませずに後顧の憂いなく、敵軍を完膚なきまでに打ち破る傭兵式殲滅戦

 理論を実現するためだけに、尖兵として送られた戦場―――。

 包囲され、周辺に激烈な威力のある高度攻撃魔術と対悪魔・飛龍用兵器を

 際限なく注ぎ込まれ、周囲のほとんどの地域が目標と化した戦場―――。

 補給線をまったく軽視した杜撰すぎる作戦で、食糧と弾薬が欠乏し、

 極度の飢えや戦傷で作戦続行が困難となった戦場―――。

 豪雨と泥濘の中、敵陣営の機動兵力で後退路はしばしば寸断され、傷病と飢餓の為に戦闘力を失った本隊の退却戦で、撤退する時間を幾らかを味方に与えるため、傭兵士官学校で叩き込まれた傭兵式後退戦術で敵陣営の追撃を抑え続けた最悪の戦場―――――。

 上げたら際限がない様な事を戦場で体験したからだ。




 2人は何の戸惑いもなく馬小屋の中に入るが、中は至って普通だった。

 至って、普通の馬用の寝藁が敷き詰められているだけだった。

「あと、神経張りつめさせて地下迷宮や遺跡内で仮眠を取る事もですよ」

 トールは、とても嫌な事を思い出したような表情を浮かべながら、寝藁を使って寝床を作り始める。

「たしかにそれもあるな」

 ラインヴァルトも、同じくとても嫌な事を思い出したような表情を浮かべ、同時に溜息を吐いた。





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