「(それが現実だ。俺達のいるのは小説の中じゃないんだ、トール)」
「(・・・・やはり文字は読めないか)」
ギルドカードには、自分の名前とランクが刻まれているのだが、元いた世界とこちらの世界の文字が違うため、
ラインヴァルトには読めなかった。
「これで、登録は完了です。紛失されて再発行には銅貨150ナハル掛りますので注意してください。
ラインヴァルトさん、冒険者ギルドへようこそ!」
受付嬢が営業スマイルを浮かべながらそう告げてくる。
「これで、俺も冒険者か・・・。手間かけたな。御嬢さん―――トール、次は
お前だぞ」
受付嬢にそう告げると、その視線をトールに向けながら続けて告げる。
「おや、スリーサイズは聞かないんですか?」
とにやにやしながら、トールが尋ねてくる。
ラインヴァルトをからかって、楽しんでいる様なのだが、不思議とトールからは悪意が含まれている様子はない。
「馬鹿、女性には絶対に聞いてはいけない質問だ」
ラインヴァルトは、若干呆れた表情を浮かべながら告げる。
受付嬢は、少し困った表情を浮かべている。
「――――俺は、どんな依頼が張り出されているのか見てくる」
ラインヴァルトが、トールに告げる。
「あんまり遠くに行くと迷子になりますよ?」
トールが応える。
「俺は子供か・・・・」
不機嫌な表情を浮かべたまま、巨大な掲示板がある方向へ歩いていく。
巨大な掲示板には、無数の張り紙が所狭しに貼られているのが視界に見えた。
「(何がなんだが、まったく読めねぇ・・・・こんな時は、やっぱ「ゲートキーパー」か…)」
ラインヴァルトは掲示板近くに人がいない事を確認すると、懐から手の平サイズのコンパクトな特殊魔道携帯端末機「ゲートキーパー」を取り出した。
ラインヴァルトとトールのいた世界では、それには通常の音声通話や遺跡や迷宮内部での通信機能、また戦場地域で使用可能な通信機能を持つ特殊魔道携帯端末機だ。
「連合警備隊冒険者管理局遺品回収課」職員限定に手渡されている特殊魔道
携帯端末機は、魔物識別情報の管理などの多種多様な機能を持っている。
特にラインヴァルト、トール、ベルナルド、エレーナ、クラウディアに手渡されている「ゲートキーパー」は、
自由にカスタマイズ出来き、従来の特殊魔道携帯端末機「ゲートキーパー」とは一線を画した、冒険者管理局「特殊魔道具製造課」が製造した超高性能機能の「ゲートキーパー」だ。
だが、今回持ってきている「ゲートキーパー」は、異世界用に「特殊魔道具
製造課」が突貫作業で製作しているものなので、大方の機能は使えないはずだ
とは思うのだが――――ベルナルドの言葉を信じれば・・・。
ラインヴァルトは、何処か成れない手付きで「ゲートキーパー」の画面を触って操作を続ける。
しばらくして、「異世界言語翻訳」という機能を見つけて操作をして、貼られている無数の張り紙に翳す。
ごく小さく写真を撮った様な音がなったが、ラインヴァルトは気にせずに、「ゲートキーパー」の画面を見る。
そこには、全て言語翻訳された張り紙が写っており、ラインヴァルトは口元に笑みを浮かべる。
「(まるでギャングみたいな悪い笑みですよ、ラインヴァルトさん)」
何時の間に来たのか、登録を終えたトールが周囲に誰かが来てその会話を聞き、
不審に思われたくないため小声で言ってくる。
「(余計なお世話だ。で、登録は無事済んだのか?)」
ラインヴァルトは、小声で尋ねてきた心意を察知したのか、「ゲートキーパー」の画面を操作を行いながら同じく、小声で応える。
「(済みましたけど、あれですね、冒険者小説みたいにご都合展開が起こらない事に納得できませんね・・・)」
トールは、小声で不機嫌そうに言いながら、同じく「ゲートキーパー」を
操作する。
「(例えば?)」
ラインヴァルトは、少し興味を引いたので小声で尋ねる。
「(例えば、言語がいきなり読めたりとか、ギルドカードのランクがXXXランクから始まって、
ギルド中が大騒ぎするという展開ですよ、冒険小説なら定番中の定番なんだけどなぁ・・・)」
トールは、何処が無念そうな口調で小声で応える。
「(それが現実だ。俺達のいるのは小説の中じゃないんだ、トール)」
ラインヴァルトが小声で告げる。
「(・・・・ベルナルドさんならきっと拗ねて、「これでは無謀無双も無茶無双もできないじゃないか」と
言いますよ)」
トールは、そう小声で告げながら、手慣れた手つきで「ゲートキーパー」の操作を続ける
「(そんな事は言う奴じゃあないだろ・・・・・とは言えないなぁ。まぁ、地道に冒険者稼業をしろと神様が言っているんだよ)」
そう小声で告げながら、ラインヴァルトは「ゲートキーパー」の画面に写っている比較的初心者向けの依頼を見て、張り紙に張っているその紙を剥がす。
「(それはなんですか?)」
トールが小声で尋ねてくる。
「(翻訳通りなら、比較的初心者向けの薬草採取依頼だ)」
とラインヴァルトが小声で応える。
トールは、何処か以外に思った表情を浮かべる。
「(俺はてっきり、Sランク以上の討伐依頼をするのかと思いましたよ)」
と小声で言ってくる。
「(そんな無茶な依頼には手を出すつもりはないぞ。どんな魔物カテゴリーに属するのかもかわらない今はな)」
ラインヴァルトが小声で応える。
「(まぁ、俺でもさすがにSランク以上の討伐依頼をするとか言ったら止めてましたよ――――。こっちの左側にあるのが、討伐系みたいですね。特にこの左半分は、全部「鬼獣」関連ですが、お、全部Cランクに属する討伐依頼だ)」
トールが小声で応える。
「(まぁ、それはともかく、この薬草依頼を受けようと思うのだが、トール、お前の意見は?)」
ラインヴァルトが小声で尋ねる。
「(特に引き受ける事自体に反対はないですよ)」
トールが小声で応える。
「(じゃあ、この依頼を引き受ける事を伝えてくる)
ラインヴァルトは、小声でそう告げると紙を持って先ほどの受付カウンターへと向かう。
「(俺は、外で待ってますので、ごゆっくりと)」
トールがにやにやした笑みを浮かべながら、小声で応える。
ラインヴァルトは、それに対して無視をすることにしたのか、何も答えない。
受付カウンターには、先ほどの受付嬢がいた。
「御嬢さん、さっそくこの依頼を受けたいんだけど?」
ラインヴァルトは、柔らかい口調で尋ねながら紙を手渡す。
「薬草の採集依頼ですね、分かりました。見た目はわかりますか?」
受付嬢が尋ねてきた。
「いや、なんせ初めての土地なんでね。どんな植物があるのか見当もつかないよ」
ラインヴァルトは、頸を横に振りながら告げる。
受付嬢は引き出しから、一枚の紙を取り出して手渡してくる。
「こちらになります」
受付嬢はそう応えると、その紙には採取目標の薬草の画が精密に描かれていた。
もし、この世界に写真などの技術があれば、写真だった事だろう。
「これか」
ラインヴァルトは、その紙を受け取りながら尋ねる。
「はい。 こちらの採取ランクはE、依頼料は 銅貨6ナハル。
依頼内容は、薬草を20束納品、20以上持ってくると余分も一束毎に銅貨1枚で買い取りますが、宜しいですか?」
受付嬢が尋ねてくる。
「問題はないよ、御嬢さん、ありがとう」
ラインヴァルトが応えた。
「ではお気をつけていってらっしゃい。」
受付嬢が営業スマイルを浮かべて告げる。
ラインヴァルトは、踵を返して外に出るとトールが待っていた。
「依頼は受けてきたが、野宿覚悟で取りに行くか?、今からだと確実だぞ」
ラインヴァルトが尋ねる。
トールは、それを聞いて苦笑いを浮かべる。
「そんな綱渡り的な事をするのは、冒険者小説の登場人物だけですって・・・・。
まず、宿屋に行きましょう」
トールが告げてくる。
「こっちの世界の金なんてまだ持っていねぇのに、どうするんだ?」
ラインヴァルトは、怪訝な表情を浮かべながら尋ねる。
トールは意味ありげな笑みを浮かべたまま、その質問には応えずに歩き出す。
ラインヴァルトは、頸を捻りながらトールの後を付いていく。
ギルドから右手にしばらく行くと、簡易宿所らしい建物が見えてきた。
トールは、そのまま建物の中に入っていったため、ラインヴァルトは慌てて入っていく。
建物の中は、こちらも旧冒険者時代を彷彿とせる様な光景だった。
――――つまり宿泊の他に、酒屋兼食堂を兼ねているという事だ。
1階はバー兼食堂、右手にカウンター、右手奥は台所に通じ、左手奥には2階へ上がる階段があった。
旅芸人が芸を披露するためか、中央の奥にはステージが設置してある。
左側には、寒い季節に火を焚くため暖炉が接してある。
そこで、楽師や語り部がちょっとした余興を披露してくれるのだろう。
「なんだろう・・・、もう驚きも感動もしないとは思ったんだけどな」
ラインヴァルトが告げる。
「さすが異世界だ。ここだけは予想を裏切らないなぁ―――。さて、交渉にいきましょうか」
トールは、鼻歌を鳴らしながら、右手にあるカウンターへと向かう。