表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/45

「まさか一人で考えた訳でもないでしょ?」

 ――――ポートリシャス大陸西部:第2級独立自由都市サラムコビナ連合警備隊冒険者管理局支部―――最上階にある支部長室

 



 支部長室は、部屋を快適な温度に保つために天井に設置されたエアコンから乾いた冷気を吹き出して低い音が室内で響いている。

 窓を背に座っているのは、腰まで長い銀髪を一つに束ね、紺色の女性用スーツを着込んだ、身長140㎝の外見から判断すれば、愛くるしい少女が座っていた。

 何処かほのぼのした雰囲気を感じさせ、見る者を和ませる所がある。

 だが、一定の戦闘経験者が見れば評価は違う事だろう。

 外見から想像できない、多くの修羅場を経験し物事に慣れたベテラン職員の雰囲気を醸し出しているからだ。

 彼女の名前は、ジュリア・ソルビーノ。

 ポートリシャス大陸西部第2級独立自由都市サラムコビナ連合警備隊冒険者管理局支部の支部長だ。





 そして、部屋には黒色の頭髪と日焼けをした肌、二重瞼の眼の騎馬騎士のような精悍な風貌の、冒険者管理局が支給している背広を着込んだ男性職員がいた。

 その男性職員の右頬には、冒険者管理局の任務時にで負ったのか、

 耳から顎に達する細長い刀剣傷がある。

 その精悍な風貌のためか、それとも彼のおのずと発散する動物的なほどのセックス・アピールの磁力に引き込まれるのか、女性は魅了される。

 その男性職員の名は、ラインヴァルト・カイナード。

 連合警備隊冒険者管理局組織内で、数少ない元凄腕の傭兵上がりの冒険者管理職員である。

 ラインヴァルトは、不機嫌な表情を露骨に浮かべている。

「――――正直、俺自身は引き受けたくないですよ」

 ラインヴァルトは応えた。

 ジュリアは、マホガニーの執務机に両肘をつき、両の手を眉間の辺りで合わせ祈るような姿勢のままじっと動かずにいた。

 眼鏡の奥の眼はずっと閉じられたままである。

 ラインヴァルトがジュリアから呼び出しを受けて、何を告げられたかと言うと

 話は簡単である。

 ラインヴァルトにしか命令出来ない、非合法任務を命じられると言う事だ。

「――――頼れるのは、ラインヴァルトしかいないのですぅ」

 ジュリアは暫く閉じていた眼をようやく開くと上目遣いの視線を、ラインヴァルトに固定して、鈴を鳴らした様な声で告げる。

「ほう?」

 ラインヴァルトは不機嫌に、短く応える。

 頼れるじゃなくて、汚れ仕事を命じられる適当な職員がいないのでは・・・とラインヴァルトは思わず言いそうになった。




「あと、数日もしないうちに東部海岸の第三海堡にある犯罪組織が、トリールハイト大陸から帰ってきた船から粉末状の「戦闘性欲チラミィ」百トンを受け取るのですぅ」

 ラインヴァルトは、その大規模な数字を聞いて一瞬だけ、「冗談か」と思ったが、ジュリアが冗談を言っている様子ではない事をわかり、言葉を失った。

 余りにも莫大な量だ。

「その犯罪組織というのは?」

 ラインヴァルトは、恐る恐る尋ねた。

「 「コーサ・ノストラ」に加盟する「「アレックスファミリー」ですぅ」

 ジュリアが、そう告げるとラインヴァルトは、さらに不機嫌な表情を浮かべる。

「――――普通なら、聞かなかった事にして拒否したいですよ」

 ラインヴァルトがそう応える。

 出来る事なら、この場から席を立って通常勤務に戻りたかった。

「なぜ、そうしないのですかぁ?」

 ジュリアが尋ねる。

「あなた方が、俺の息子を人質に取っている様なもんだからですよ」

 ラインヴァルトが、ジュリアを睨みながら応える。

 彼には、死別した妻との間に一人息子がいる。

 息子が生活しているのは、サラムコビナではなく別の地域だが。

「別に人質を取った覚えは・・・」

 ジュリアは、少し困惑した表情を浮かべる。

「そちらになくても、俺から見れば人質のようなもんですよ」

 ラインヴァルトが静かに応える。

 冒険者管理局に入職してから、幾つもの非合法な汚れ仕事を命じられて、任務を遂行してきたラインヴァルトが、珍しく嫌がっているのには十分な理由がある。





「コーサ・ノストラ」・・・古代用語で「我らのもの」を意味して、一般的にはギャング集団とされているが、 正確にはギャングとコーサ・ノストラは区別される。

「コーサ・ノストラ」とという呼称は、「賢王」ザメンによる「冒険者条約」の考案より幕が開いた現時代――――

 新冒険者時代初頭から始まった冒険者登録制度と共に闇社会で、新たに発生した世界的な組織だ。

 



 ボスを頂点とするピラミッド型の構造を持ち、忠誠心と暴力による恐怖支配によって組織を維持しており、組織について沈黙を守るよう定める血の掟によって、その実態が表面化することはギャング組織と同じで表面化することは少ない。

 組織犯罪もギャング組織と変わる事はなく、麻薬・売春などの犯罪はもとより、公共工事への介入だ。

 新冒険者時代に産声を上げた「コーサ・ノストラ」は、各国の政府に、市民に、永遠の忠誠を誓わせるためなら、手段を問わない。

 どんなに厳重な警備で固める要人でも、どんな人徳のある聖職者でも、ありとあらゆる手段を用いて躊躇なく抹殺する。

 政治家、弁護士、検事、司祭、冒険者管理局職員――――「コーサ・ノストラ」撲滅という正義の剣を振り翳した何千という政治家や検事、冒険者管理局員が、どれだけ惜しまれながら埋葬され続けている事だろうか・・・。




 それが正義の象徴である各国の首相であろうが冒険者管理局、連合警備隊、神の僕である司祭であっても、「コーサ・ノストラ」に楯突く愚か者、要求に首を横に振る者、「コーサ・ノストラ」の契りを破る者は、死の扉しか残されてはいない。

 要求を呑んだある国では、着工数十年を経ても完成しない道路、

 船を接岸できない港湾、水を貯えないダム、壮大華麗な寺院の周囲に建てられた、七百棟にもあがる不法建設ビル――――つまり、まったく用を足さない公共投資に金をばら撒き、悪辣な事業主を通して

「コーサ・ノストラ」の懐を潤している。

 腐敗した政府を糾弾する英雄は、「コーサ・ノストラ」撲滅を声高に叫び、取り締まる冒険者管理局員と共に咲き乱れる華の肥料となっている。

 肥料となった英雄の数は、新冒険者時代初頭から現在に至るまで、

 凄まじい犠牲者数を出している。

 拒び背を向ければ未来は無く絶望だけが残り、受け入れば永遠の恐怖が纏わりつく。



 だが、そんな組織と縄張り争いをしているのは、古代冒険者時代から闇社会で蠢き、迷宮や遺跡などを探索するより、探索する者達を襲えば簡単に金儲けできると気づいた凶暴かつ暴力的な冒険者らが組織化した秘密結社的犯罪集団のギャングだ。

 活動内容も麻薬取引、暗殺、密輸、密造、共謀、恐喝及び強要など・・・・

「コーサ・ノストラ」とほぼ変わらない。

「コーサ・ノストラ」と「ギャング」同士の縄張り争いは大なり小なり発生しており、また取締を推進する連合警備隊冒険者管理局との進行中の武力紛争も継続中だ。

 ラインヴァルトが入職した5年の間にも、罪や抗争に巻き込まれるなどして約5万人が犠牲となっている。

 そんな物騒で非常に厄介な暴力組織の一つに対して、汚れ仕事をしてこいっと言っているのだ。

 さすが元凄腕の傭兵上がりのラインヴァルトでも、命令拒否をしたくなる。




「この非合法な事は、支部長1人で考えた訳じゃないですよね?」

 ラインヴァルトが尋ねる。

 尋ねられたジュリアは何も答えず、ラインヴァルトから視線をずらす。

「まさか一人で考えた訳でもないでしょ?」

 ラインヴァルトがもう一度尋ねる。

 確かにジュリアが告げた任務は、彼女1人の判断ではありえない。

 恐らく、ポートリシャス大陸中央部ラーガイル王国首都プラウスエルズ冒険者管理局総本部も関わっているはずだ。

「それについては、お答えはできないのですぅ」

 ジュリアの返答に、ラインヴァルトは舌打ちをする。

「わかりましたよ、その命令を受けますよ。でも、さすがに

 常識に考えて、その取引を粉砕して下手して身分がばれたら、

 地の果てに逃げても命が狙われますよ」

 ラインヴァルトが尋ねる。




 彼が心配するのも無理はない。

 成功すれば成功したで、「コーサ・ノストラ」が全力を持って組織に噛みついた愚か者を探すだろう。

 報復行為は熾烈を極める事は間違いない。

 計画を立案した者、計画を直接実行した者、そして協力した者、いやそれだけではない。

 その者達の一族郎党、飼い犬から飼い猫まで――――、将来的に復讐する相手を残さないために血の一滴すら消し去るぐらいの、手段を択ばない激烈な殺戮を開始してくるだろう。

 その事を考えただけでも、ラインヴァルトは血の気が引く。




「それに関しては、安心してくださぃ。しばらくは身を隠せるような場所を提供しますぅ」

 ジュリアが告げた。

 ラインヴァルトは、何処か信じられない表情を浮かべながらジュリアを見る。

 生半可な隠れ場ならすぐに暴露する。

 この時点でラインヴァルトは、その身を隠せる場所の事を問い詰めるべきだったかもしれない。

 ――――例えそれを聞いても、ラインヴァルトにはどうすることもできなかったかとしてもだ。




「――――では、話を続けますぅ。

 ポートリシャス大陸で「チラミィ」などの違法薬物の取り締まりが厳しくなってから、「チラミィ」の魔術製造技術者達は、トリールハイト大陸やアディガリア大陸南部の島国に逃げて、あっちで製造していますぅ。

 ポートリシャス大陸に密輸出するわけですがぁ、ポートリシャス大陸のアスゲーク、エクスフォード、リュレエキスなどの大きな港では、監視が厳しいのでぇ、主なギャング組織は、東部海岸や南部海岸の漁港で陸揚げしていますぅ」

 東部海岸には企業港が並んでいるので、税関を通らなくとも貨物船が出入りしている。

「「チラミィ」の粉末はトリールハイト大陸やアディガリア大陸南部で一キロ三万ギルガですが、ポートリシャス大陸での仲値は八千ギルガもしますぅ。ギャング組織でもせいぜい一回に五十キロ単位・・・、しかし、今度の「コーサ・ノストラ」のアレックスファミリーは百トンという凄まじい量なのですよ?」

 ジュリアが告げた。

「この大陸における「戦闘性欲チラミィ」の相場が狂いますね」

 ラインヴァルトは短く応えた。

「・・・・アレックスファミリーもあまりにも凄まじい量なので、港での陸揚げがさすがに危険だとわかっているためか、東部海岸のインレット港に入る前に、第三海堡で下し、サマンサ運輸のポートリシャス大陸用貨物船に積み替えて南部のダニーインレット製鉄埠頭に運ぶという計画を立てていますぅ」

 ジュリアが告げた。




「で、俺は、東部海岸の第六海堡で、その取引現場を潰して来いって言うわけですか?、支部長」

 ラインヴァルトが尋ねた。

「・・・・」

 尋ねられたジュリアは、何も答えない代わりに頷く。

 ラインヴァルトはしばらく沈黙して考え込んだ。

 余りにも無茶な汚れ仕事なため、呆れて言葉がでなかった事もあるが、もう一つは具体的な作戦も考えていた。

 アレックスファミリーの「チラミィ」を横取りして海に叩き込むなり、「コーサ・ノストラ」そのものと対立しているギャング組織に安く流してやって、殺し合いをさせてやるのも良いと考えた。

 勝手に殺し合いをしてくれれば、冒険者管理局の仕事も格段に減ると言うわけだ。




 その沈黙をどう受け取ったのか、ジュリアは、

「第六海堡で待つアレックスファミリーは、手に入れた情報では百人以上が見張ったり陸揚げを手伝うようですぅ」

 ジュリアが応えた。

「・・・・第六海堡で警備する連中の武器類はわかりますか?」

 ラインヴァルトが尋ねる。

 内心は、警備する人数が多すぎると罵った。

「と、言うと?」

 ジュリアが応える。

「武器の種類、威力の問題、あと、できれば高度な魔術を習得しているのかどうか」

 ラインヴァルトが何かを考えながら尋ねる。

「自動小銃と対奇獣用の散弾銃、中程度の攻撃魔術は習得しているようですよぉ」

 ジュリアが応える。

「連中は、いつから第六海堡で待機するので?」

 ラインヴァルトが尋ねる。

「予定通りなら、三日の昼過ぎからですよぉ。ともかく貨物船は、ポートリシャス東部海岸に近づいたら、一時間置きに現在位置を打電することになっているようですからぁ」

 ジュリアが応えた。

 それを聞いたラインヴァルトは、横取りして海に叩き込む事や他のギャング組織に安く流す様な時間が無いことがわかったため、その選択を切り捨てた。




 ――――この時点では、まだ「無茶な仕事を押しつけやがる」ぐらいしか思ってはいなかった。

 この無茶な仕事を渋々請け負った事で、ラインヴァルトは別世界・・・つまり、異世界でしばらく身を潜める事になるとは思ってもいなかった・・・。







えー、なんとなく書いてみました。

本格的に異世界で自堕落・・・じゃなくて、呑気に過ごすのは六話辺りからです。

それまで、生暖かい眼で見守ってやってください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ