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認知症のおばあちゃんへ。

認知症がなんだっていうんだ。

作者: 空猫月

高齢化が進む現代の日本。

認知症というのもは、必ずと言っていいほど自分や家族の未来に関わってきます。


そうなったとき、あなたには心構えがありますか?


この作品を読むことで、認知症への理解が深まるとともに、家族の大切さを再確認していただけると嬉しいです。

そして、これからはちょっぴりだけでも家族の話に耳を傾けて見てください。

きっと、それだけでも絆が深まるはずです。


※この作品は作者の実体験をもとにしています。そのため、多少方言がきついです。

※他サイトに投稿したものを転載しています。


 うちのおばあちゃんに、認知症の気が出てきた。

 最近物忘れがひどいし、しょっちゅう物がないと言っては「お母さんがとった」「泥棒がもっていった」などと言う。


「ゆみ、ちょっと、ゆみ」


 ほら。今日もまた、おばあちゃんがあたしを呼ぶ。


「どうしたの」

 うんざりした気持ちを抱え、おばあちゃんに声をかける。

「金庫のカギがないの。ゆみは知らんね」

「ううん、分からない。一緒に探そうか」

 昨日は保険証だった。そして今日は、カギ。毎日毎日同じように探し物をしなきゃいけないなんて、と思う。でも、こうなってしまったのは仕方ないのだ。きちんと向き合うこと、そうお母さんが言っていた。

「あれがないと、郵便局にも病院にも行けん。どうしよう、どうしよう」

 パニックに陥ったおばあちゃんに変わって、あたしが引き出しをゴソゴソとあさる。

 最近、重要なものをタンスから三段ボックスの一番下にしまうようになったおばあちゃん。でも、変えたばっかりだからか、すぐにタンスを探してしまうのでなかなか見つからない。こうしてあたしがボックスを探せば、たいていのものはすぐに見つかるのだ。

「おばあちゃん、あったよ。これでしょう」

 小さな銀のカギを見せると、

「あぁ、これこれ。よかったぁ」

 おばあちゃんが、少女のような笑顔を見せた。

「うん、良かったね」

 つられてあたしも、ニコニコと笑う。こんなふうに笑っていられるのが楽しいから、あたしはきつくてもおばあちゃんの物探しを手伝っていられるのだと思う。


「お兄ちゃん、よろしくね」

 夏休みがあけて、今日からあたしは学校。代わりに、あたしより夏休みの長いお兄ちゃんがおばあちゃんの面倒を見ることになった。

「おう、まかせろ」

 そう言ってニッと笑ったお兄ちゃんが本当に大丈夫だったのは、たったの四日だった。


「ただいま~」

 学校が始まってから一週間。金曜日になって、明日はあたしがおばあちゃんの面倒を見なきゃ、なんて思いながら帰ってくると、


 ゴトッ


 と、不穏な音がした。

「おばあちゃん?どこにいるの。おばあちゃん」

 荷物は玄関に投げ、大声でおばあちゃんを呼ぶ。おばあちゃんはどこにいるのだろうか。もし、怪我をしていたら。もし、動けなくなっていたら。そうだったら、どうしよう。お兄ちゃんは何をしていたのか。

「おばあちゃん!」

「ゆみね」

 階段から、ゆっくりとおばあちゃんが下りてきた。

「おばあちゃん。膝が悪いんだから、二階には上がったらダメって」

「ゆみ、お兄ちゃんがおらんと。二階にもおらんし、呼んでもどこにもおらん」

 どがんしよか、とつぶやくおばあちゃんの声に、思わずクラッときた。

「おばあちゃんが、通帳がないって言ったのがいけんと。昨日も探したけどなくてね、でもお兄ちゃんが一生懸命探してくれるけん、あったよってウソ言ったと。それで今日探したらね、やっぱりなくてから、だけんお兄ちゃんに聞いたと。そしたら、えらい怒らして」

 兄貴のバカヤロウ。何やってるんだ。

「おばあちゃん、あたしが連絡とってみるね。携帯電話にかけてみるから。ちょっと待っててね」

 そう言ってなだめてもまだ、どがんしよかとパニックになっているおばあちゃんを一階に残し、あたしはバタバタと階段を上がって、自分の部屋に駆け込んだ。携帯電話をつかみ、おにいちゃんにダイヤルする。コールが十回鳴っても、お兄ちゃんは出ない。ひとまず携帯を切り、急いで着替えていると、リリリとあたしの携帯電話が鳴った。

「もしもし」

「ゆみ?」

 お兄ちゃんだ。

「お兄ちゃん、どこにいるの。おばあちゃんが心配してるじゃない」

 早く帰ってきなさい、とは何だか言えなかった。

「ごめん、ちょっと頭冷やしてる」

 お兄ちゃんの声はすごく低くて、もううんざりだと言っているようだった。

 こんなとき、あたしはなんて言えばいいんだろう。お兄ちゃんがおばあちゃんの「○○がない」にうんざりしているのは分かる。家から逃げ出したくなる衝動だって、あたしも何度も経験してる。でも、だからと言って、


「分かった、図書館にいるってことにしておくから。でもね、逃げてもいいけど、上手くごまかして。おばあちゃんを心配させるようなことはしないで」


 黙って出ていくなんて。

 おばあちゃんは膝が悪いのに二階に上がっていくほど心配していた。その階段の上り下りで、もし、転倒していたら。お兄ちゃんを探しに外へ出て、車に気付かずに道路に飛び出してしまったら。取り返しのつかないことになる。それを考えずに出ていくなんて、ありえない。

 ちょっとだけ、ウソを言えばよかったのだ。

『一緒に探したいけど、ちょっと今から図書館に行くからね。帰ってから、一緒に探そう』

 こうでも言って、友達の家でもネットカフェでも、どこへでも行けばいい。そしたらおばあちゃんは、お兄ちゃんのことを心配せずにすんだのだ。なんでもっと、上手くやれないの。


 ぐるぐるする思いを抱えながらも、おばあちゃんのもとに急ぐ。

「ゆみ、お兄ちゃんがおらんと」

 もう一度同じ話をしようとするおばあちゃんを遮り、

「お兄ちゃんね、図書館にいるんだって。本を選びよらすけん、時間がかかるって。だから、心配しないでいいよ」

 出来るだけ笑顔で、優しく言った。

「そうね。あら、そがんだったと」

 そのときの、おばあちゃんの笑顔と言ったら。心の底から安心したのが分かって、ホッとしたと同時に、こんなに心配させたお兄ちゃんが心底憎くなった。

「それで、通帳がないと?」

「そう、そうたい。通帳がなかと」

「一緒に探そう」

 あたしだって、くたくただ。学校終わって、部活もやって帰ってきたのに、お兄ちゃんの騒動に巻き込まれて、おばあちゃんと物探しをする。誰だって、こんなの望むわけない。

 それでも付き合ってあげるのは、おばあちゃんが本当に大事だからだ。今まで何年間もあたしの面倒を見てくれて、家族のご飯を作ってくれて、洗濯物も掃除も全部やってくれた。おばあちゃんがいたからこそ、お父さんもお母さんも仕事が出来たのだし、あたしもお兄ちゃんも部活をして遅くなっても大丈夫だったのだ。だから今度は、あたしたちが面倒をみてあげないと。今まで大事にしてくれた分、ちゃんとお返ししないと。


 本当に辛いのはおばあちゃんだ。最近、よくそう思う。

 自分はちゃんとしてるはずなのに、気がついたら通帳がない、保険証がない。そのときの喪失感って、多分相当なものだと思う。だから必死で探して、あせってるから見つからなくて、孫に助けをもとめて。決しておばあちゃんが悪いわけではないのに、孫を怒らせてしまって。本当に、どうしようもなくて困っているのはおばあちゃんなんだ。だからこそ、あたしたちは笑って「大丈夫だよ」っていってあげなきゃ。少しでもおばあちゃんが安心できるようにしてあげなきゃ。


「おばあちゃん、通帳ってこれでしょ」

「ああ、それたい。ありがとう、ゆみ」


 この笑顔を、大事にしなきゃ。



ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


方言で分かりづらい部分があったと思いますので、標準語訳をのせておきます。


「知らん」=「知らない」

「行かん」=「行かない」

「おらん」=「いない」

「どがんしよか」=「どうしようか」

「いけん」=「いけない」

「だけん」=「だから」

「えらい」=「とても、すごい」

「そがんだったと」=「そうだったの」

「なか」=「ない」


他にも意味が分からない単語がありましたら、感想欄にてお尋ねください。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最近は若年性の認知症も出てきているようですし、他人事とは思えませんね。 いずれは自分の父母もそうなるかもしれませんし、将来は自分自身の身にも降りかかってくるかもしれません。 そうなった時…
2012/10/28 22:42 退会済み
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