Living Worldの暴走
【Living World】最終話
長い道のりだった。
仲間の裏切り、友との別れ、強敵との戦い。だが、それももうすぐ終わる。
女剣士フライセスは、友から託された重剣、"アンセスター"を手に、倒すべく魔王の根城の前までたどり着いた。
「あーもう、全く、何でここまで振り回さなければなんないのよ。早く帰ってシャワーでも浴びたいわ」
漆黒の空、鳴り響く雷鳴。目の前には、その大きさだけではなく、何かに取り付かれたような威圧感を見せる、魔王城。
吹きすさぶ風。その風音さえも、魔王の咆哮に聞こえる。
徐々にその城へと歩を進める女剣士。だが、その目の前には、城の入口の扉を守る二頭の"門番"がいた。荒れ狂い吠えるその二つ首の狂犬の名は、モンスターとしても名高い"ケルベロス"。
「きゃぁ、ワンちゃんだぁ!私犬大好きなんだよね!さぁ、こっちへおいで!」
だがそんな狂犬の咆哮に怯えることもなく、女剣士は剣を突きつけ、鋭い口調で語る。
「フッ、弱い犬ほどよく吠えるってね。まずは軽くウォーミングアップってところかしら……って、何言わせるのよ!私はこの子と仲良く……きゃっ!」
言うが早いか、長年の経験から俊足の太刀により、先制攻撃を仕掛ける。
二頭の門番達は女剣士に噛み付くことも触れることも叶わず、四つの首を飛ばされた。その視線は宙を舞い、谷底を見下ろし、無念さを感じながら主の城を見つめた。
見事、フライセスは華麗な剣捌きで門番を倒し、城への道を切り開いた。無念さを指し示すような、赤い雨が当たりに降り注ぐ。
しかし、女剣士も長旅の疲れが溜まっていたせいか、ふらふらとよろめいた。
「な、なんてことをするのよ!せっかく……せっかく出来ると思った友達を……」
そんな疲れなどにかまっている暇は無い。今は一刻も早く、魔王を倒さねば。
最後の力を振り絞り、城の門を開けた。
「あぁ、私には感傷に浸っている暇も無いってわけね。大体この剣重いし、扉も重いし。ったく、こんなことならあの時誘惑の森で幸せな一生を過ごしておくべきだったわ」
扉の向こうは薄暗い広間が広がっていた。赤いジュータンが敷かれた階段が、薄暗さのせいで一層引き立つ。
魔王はこの二階に鎮座しているはずだ。女剣士はゆっくりと、階段へ歩を進めた。
「あーもう、何なのよこの解説は。こんなんじゃ読者に伝わるわけないでしょ?大体こんなにでっかい城なのに、何で二階建てなのよ」
うるさい、ならばお前ならどう表現するというのだ?
「そうねぇ、たとえばこんな表現はどうかしら?」
冷たく、重い扉を開いた先に広がるのは、禍々しさを漂わせながらも、その豪華絢爛な装飾品に目を奪われる広間。その部屋の様相に加え、薄暗い中に照明代わりの雷鳴が、いかにも魔王が住む城に相応しいと思わせる。
この古城も、数年前は人間の誰かが住んでいたのだろうか。今では埃がたまり、せっかくの赤いジュータンも黒ずんでいる。
割れたガラスの破片を踏む度に何かがいる―そう感じながらも、蜘蛛の巣を取り払い、女剣士は階段を昇る。目的となる魔王は、おそらく屋上にいる。
「まあ、これくらいは書かないと雰囲気とかわかんないんじゃない?」
そ……そうだな。と、とにかくフライセルは階段を昇り、魔王が巣くう部屋を目指した。
「……そんないい加減な表現で大丈夫かしら?」
魔王城の屋上付近、その部屋の一角に、魔王は今か今かと女剣士を待っていた。
ギィ、と鈍く扉の鈍く音がする。重剣を持った女剣士が、その扉の向こうからやってきた。
「ち、ちょっと待ちなさい!入り口に門番配備してるほどの魔王なのに、何で城の中に護衛がいないのよ!」
仕方がないだろう。もう最終回なんだから、少しくらいのショートカットは仕方がないじゃないか。
「重要事項をすっ飛ばすって、あんた本当にファンタジー小説家?」
重々しい雰囲気の中、雷鳴に照らされた、玉座に鎮座する魔王が声を発する。
「よく来たな、勇者よ」
「……無視された。しかもいつの間にか勇者になってるし」
ああ、間違えた。
「よく来たな、女剣士よ。ワシが魔王だ。……俺に名前は無いものだろうか?」
そうだ、最終回の前に魔王の名前を決めておけと編集に言われていたんだ。
「ワシは魔王ソクラテス……俺は哲学者か何かか?」
すまん、とっさのことだから出てこなかったのだ。
「……あれ、魔王って結構イケメン?てか、私のタイプ?」
フライセルさん、勝手に好みの男にしないでもらいたいのですが。
魔王は女剣士を前に、一つの提案を持ちかけた。
「フフフ、それほどの力を持つならどうだろう?ワシと共に世界をこの手にしないか?今なら世界の半分をお前にやろう。いや、よく見るとタイプじゃんか。世界とかどうでもいいから、俺と結婚してここで一緒に住まない?」
しかし、そんな悪魔の誘惑に乗るわけもなく、女剣士の答えはただ一つ。
「はい、喜んで」
さすがに世界を託された女剣士である。そんな魔王の誘いには……って、ちょっと待て、何勝手に結婚を承諾してるんだ!
「だって好みのタイプだったしぃ、もう私も若くないんだから、早く結婚したいわけよ。しかもそのタイプの男から告白されたのよ?断れるわけないじゃない」
いやいや、君には女剣士っていう役割がですねぇ……
「女剣士の前に、私は一人の女なの。恋の一つくらいしたいのよ。いい?もう私はあんたの言うことなんか聞かないんだから。ね、アルバート、これからは一緒に暮らしましょ♪」
こうして女剣士フライセルと魔王アルバートは、結婚して幸せに……って、うわぁぁ、話が勝手にぃぃぃ!
「こんにちは、原稿はできましたか?」
編集者が部屋に入ると、そこには机にうつぶせたままの作家がいた。
「おや、またキャラと言い争いをして負けたのですか?」
「うぅ、そんなところだ……」
編集者は、作家の手元においてあった原稿を読み始めた。
「え、な、何ですかこれ?何で女剣士が魔王と結婚してるんですか?」
「……俺も知らん。キャラが暴走しすぎて、操作不能になったのです」
「とうとうここまで来てしまいましたか。いつもはちょっと勝手な行動しているだけだったのに……」
編集者は原稿をそろえると、封筒にしまった。
「とりあえず、いつも通りこの原稿を無機質な文章に変えればよいんですね」
「ああ、お願いする」
編集者はそういうと、部屋を出て行った。
「……どこに原作をわざわざ書き直させる作家がいるというのだ……」
【Living World】最終話(改稿後)
長い道のりだった。
仲間の裏切り、友との別れ、強敵との戦い。だが、それももうすぐ終わる。
女剣士フライセスは、友から託された重剣、"アンセスター"を手に、倒すべく魔王の根城の前までたどり着いた。
「とうとうここまで来てしまったのね。もう、後戻りは許されないわ」
漆黒の空、鳴り響く雷鳴。目の前には、その大きさだけではなく、何かに取り付かれたような威圧感を見せる、魔王城。
吹きすさぶ風。その風音さえも、魔王の咆哮に聞こえる。
徐々にその城へと歩を進める女剣士。だが、その目の前には、城の入口の扉を守る二頭の"門番"がいた。荒れ狂い吠えるその二つ首の狂犬の名は、モンスターとしても名高い"ケルベロス"。
「……あんた達も邪魔しようというのなら……っ!」
雷鳴に混じる狂犬の咆哮。だがそんなものに怯えることもなく、女剣士は即座に剣を構え、地獄の門番に向かって走り出す。
「であぁぁぁっ!」
女剣士が繰り出す俊足の太刀。二頭の門番達は女剣士に噛み付くことも触れることも叶わず、四つの首を飛ばされた。その視線は宙を舞い、谷底を見下ろし、無念さを感じながら主の城を見つめた。
あたりに赤い雨が降り注ぐ。女剣士は攻撃の勢いで方ひざをついた。そしてその眼には宝石のような、透き通った小さな粒が……
よく、小説家や漫画家は、「キャラが勝手に動いてくれる」「成長してくれる」という表現を使います。どうやらずっと物語を書き続けていると、まるでそのキャラクターが乗り移ったかのように、言動がどんどんと書き進められていくようです。
もしそんなキャラが暴走をはじめ、好き勝手に暴れまわったら……ということで、こんな話を作ってみました。
元のファンタジー小説のストーリーを長くすれば、もう少しやり取りを楽しむことは出来たのかも知れませんが……。
物語の登場人物というのは、自分で心、つまり感情を入れなければ、なかなか動いてくれないものです。しかし、その感情は本当はキャラのものではなくて作者のもの。実際にそのような物語があったとして、本当に登場人物はその通りの気持ち、行動を示すのか……
フィクションである以上、物語の登場人物の気持ちは、作り手の気持ちに左右されるみたいなのです。