隣席の女子が落とした消しゴムを拾ったら「あ、それもういらないから」と言われた。
本作は、会話のテンポと勢いで突っ走る短編ギャグシリーズの一作です。
細かな設定やリアリティよりも、勘違いとツッコミ、少々お下品な笑いを優先しています。
大げさな展開も含めて、気軽に楽しんでいただければ幸いです。
作中の描写は、実在の人物・職業・地域などの実態を示すものではなく、登場人物の発言や価値観も作者の見解を代弁するものではありません。
その日の朝自習。読書の途中で、消しゴムがひとつ、足元に転がってきた。
右隣の席に座る、クラス一の美人――美咲が落としたものだ。
この消しゴムは、持ち主と同じく清らかで品があった。
青と黒のきれいな服に包まれ、肌は陶器のように白く、なめらか。ほのかな香りまで漂ってくる。
消しゴムだというのに、黒ずみも汚れもひとつとしてない。持ち主が大切に手入れしている証拠だ。きっと、わざわざ白い紙でこすって、きれいにしているのだろう。
今どき、消しゴムにこれほど優しくしてくれる人も珍しい。
僕はそれを拾い上げ、そっと息を吹きかけてほこりを落としてから、彼女に返そうとした……。
「あ、その消しゴム……大丈夫、もういらないから」
彼女はよそよそしく、そう言った。
手を振るたび、滝のような長い黒髪が揺れる。
そうして、あっさりと消しゴムを捨てた。
* * *
「かわいそうに。捨てられちゃったんだね……」
僕は手の中の消しゴムを見つめた。
まだこんなに新しいのに、持ち主から無情にも捨てられてしまった。黙って見過ごすわけにはいかない。
くそっ、どうしてだ?
たった一度、床に落ちただけじゃないか。
それだけで、こいつの存在意義まで否定する必要があるのか!?
さっきの美咲は、必死に関わりを断とうとしていた。まるで、何か気持ち悪いものを前にしたみたいに。表面上は礼儀を保っていても、心の中ではこう叫んでいたに違いない。
『近寄らないで! この吐き気がするクズ!』
おい、なんだよ、その態度は!?
それがお前の、消しゴムに対する扱いなのか!?
この消しゴムが、そんなに嫌いなのか!?
床のほこりがついただけで、お前にとっては無価値なゴミになるのかよ???
当然、僕は怒り心頭だった。
あんなにも上品なクラスの美少女が、ここまで行きすぎた完璧主義者だったとは……。
これはいけない!
「大丈夫。悲しまなくていい。お兄ちゃんが、なんとかしてやるからな」
手の中の消しゴムに語りかける。
そうだ。あんな薄情な人間のために働くことはない。僕が必ず、新しいご主人を見つけてやる。心配するな。
そう約束して、僕は消しゴムを手に職員室へ向かった。
* * *
「女子の消しゴムを拾って返そうとしたら、相手が慌てて『あ、その消しゴム……大丈夫、もういらないから』と言った……?」
担任は、僕が説明した状況を繰り返した。なぜか、その目には同情がにじんでいる。
「そうです、先生。この消しゴム、かわいそうだと思いませんか?」
「……」
「まだ使えるのに捨てるなんて、美咲さんの行動は本当に許せません。これじゃ、消しゴムにとって不公平じゃないですか!」
僕は声を張り上げた。
反論を許さない正義の響きが職員室いっぱいに広がり、先生たちが一斉にこちらを見る。
担任は少し眉を寄せ、目を泳がせながら、言いづらそうに僕を見た。まるで、ガラス細工を割ってしまうのを恐れているみたいだった。
「あ、あのな、太田……」
「はい、先生」
「この件はな、なんと言えばいいか……問題は、消しゴムじゃないんだ……」
「消しゴムじゃない? じゃあ先生、いったい何が問題なんですか!?」
「ええと……」
「こんなに立派な消しゴムが、床に落ちて、僕に拾われただけですよ? それなのに、どうして美咲さんはいらないって言うんですか!?」
僕は胸に手を当て、堂々と訴えた。道理はこちらにある。ひるむ理由なんてない!
ほかの先生たちは次々と目をそらし、暗い顔で首を振って、ため息をついた。みんな、この消しゴムの境遇に同情しているのだろう。
そのとき、担任がさっきまでの慎重な態度を一変させ、僕の肩にぐっと手を置いた。
「お前の言うとおりだ、太田。消しゴムに罪はない」
「そうです!」
「どんな消しゴムにも、誰かに使ってもらう権利がある」
「そうです!」
「だったら、お前が使ってやればいいんじゃないか?」
担任は穏やかに言った。至極、当然のひと言だ。
けれど僕は、苦悩に歯を食いしばった。
「できるなら、僕だってこいつでやりたいですよ……でも、僕にはもう、決まった消しゴムがいるんです!」
「……」
「ひとつの消しゴムでやったあと、また別の消しゴムでやるなんて、僕にはできません! 破れちゃいますよ!(ノートが)壊れちゃいますよ!(ノートが)僕……僕、そんなに器用じゃないんです……!」
僕は歯を食いしばった。
ああ、僕があの男だったなら。二刀流で十六連撃を繰り出す、あの黒の剣士だったなら……!
担任は、もう一度僕の肩をぽんと叩いた。
「それなら、誰かのお下がりを引き取る男……じゃなかった、新しいご主人を探すしかないな」
「ううっ……!」
「筑波に行ってみなさい。あそこなら、きっと引き取ってくれる人がいる」
* * *
栄光。最高。お下がり引き取り代行。
僕は、名高い筑波研究学園都市――の近くにある公園へやってきた。
ここでは週末にフリーマーケットが開かれ、大勢の人が店を出して、自分にはいらなくなった中古品を売っている。
僕も申し込みをして、長机ひとつ分の出店スペースを手に入れた。
小花柄のテーブルクロスを敷いたその場所に、例の消しゴムだけを、誇らしげに立たせる。
……そう。消しゴムが、ひとつだけ。
僕の店で売るのは、この消しゴムだけだ。それ以外は何も売らない。
いや、「売る」というのは少し違うか。僕の目的はお金じゃない。こいつの過去ごと受け入れてくれる人を見つけることだ。
「ミイちゃん……待ってて。きっと白馬の王子様が現れるから」
消しゴムに語りかける。
うん、ミイちゃん。彼女にぴったりの名前だ。
――残念なことに。
太陽が真上に来ても、僕の店には誰ひとり寄りつかなかった。
* * *
一時間が過ぎ、二時間が過ぎ……。
一日の大半が過ぎても、客はひとりも来なかった。
通りかかる人は、ちらりとも見てくれない。まるでミイちゃんが、どこの馬の骨とも知れない、薄汚い消しゴムだとでも言うように。
焦った僕は拡声器を持ち上げ、呼び込みを始めた。
「いらっしゃい、いらっしゃい! ちょっと見ていってください! よくこすれる消しゴムが、ご主人様を待ってますよー!」
それでも、ミイちゃんを知ろうと足を止めてくれる人はいない。一秒たりともだ。
腹が立ってきた。
くそっ、こいつら、見る目がなさすぎる。
こんなにいい消しゴムがここにあるのに、誰も欲しがらないなんて!
中古かどうかって、そんなに大事か?
誰かにやられたことがあるって、そんなに大事か?
ちゃんと使えるんだから、過去がいくつかあったって、別にいいじゃないか!?
悔しさに机を叩いていると、向かいの店からせせら笑う声が聞こえてきた。僕の愚かさを笑っているらしい。
「へへっ。そんなタマで、引き取り手が見つかると思ってんのか?」
「……なんだって?」
「中古市場をなめすぎだぜ、坊主」
* * *
向かいの店主は、金髪の男だった。
鋭い目つきに、日に焼けた肌。顔には軽薄な笑みが浮かんでいる。いかにもNTRものに出てきて、人の女を寝取っていきそうなタイプだ。
「そんなタマを店に並べるなんて、中古市場をなめすぎだぜ、坊主」
男はいやらしく笑い、ミイちゃんを見下した。まるで、シンデレラをあざ笑う継母みたいに。
そのとき、僕は男の店に並ぶ商品を見て、思わずぽかんと口を開けた。
――消しゴム。
向かいの店も、僕と同じく、消しゴムだけを売っていた。
違うのは数だ。
ひとつしか並べていない僕と違って、金髪男の店には何個もの消しゴムが立っている。
全部、中古品。
誰が使ったものなのかは、言うまでもない。
信じられない。こんなひどい人間がいるなんて……。
ひとつやり終わったら、次のをやる。飽きたら売り払う。
消しゴムの気持ちなんて、これっぽっちも考えていない。
人の心がないのか!?
「――俺が使うのは新品だけ。一度やったもんはもう汚れてんだから、あとはほかの奴に引き取らせりゃいいだろ?」
「あ、あんた……!」
その軽薄な顔を見ているだけで、怒りがこみ上げる。こんな無責任な男、絶対に許せない。
怒る僕とは対照的に、金髪男は余裕を崩さず、ミイちゃんを指さした。
「坊主、それじゃダメだ。そのタマじゃ、誰も引き取ってくれねえよ」
「どうして、誰も欲しがらないってわかるんだ?」
「ははっ。着飾る前のシンデレラを、白馬の王子様が選ぶと思うか?」
「…………」
「おまけに、中古だぜ?」
金髪男は両手を広げた。
また僕を馬鹿にするのかと思ったら、意外にも、自分の店から消しゴムをひとつ取り上げ、見せてきた。
……なんて美しいんだ。
表面がきれいなだけじゃない。服まで丁寧に仕立て直してある。もともとの紙ケースが、お姫様のワンピースみたいな形に切られ、消しゴムの体のラインを引き立てていた。
何より、その先端だ。
普通に使っていれば、不ぞろいな角やでこぼこが残るはずなのに、向こうの消しゴムは完璧な半円を描いている。明らかに、磨いて整えた形だった。
これは……これは……!
金髪男の形になってるううう!
向こうを見て、それからミイちゃんを見る。僕はようやく、あの男の言いたいことがわかった。
「これでわかったろ、坊主? あの研究者連中、自分の研究には詳しいくせに、女の過去には疎い。でもな、馬鹿じゃねえ。きれいに見せる工夫もしてねえ中古品なんざ、欲しがらねえんだよ」
「……!」
「それに、俺だけじゃねえぞ。ほかの店も見てみろ。どいつも中古品を念入りに着飾らせてから並べてるだろ? ここは競争が激しいんだ」
辺りを見回すと、確かにどの店の商品も、新品同然だった――。
いや、新品同然どころじゃない。新品を超えている!
汚れたところをきれいにし、古くなったところを隠し、ありとあらゆる見せ方を駆使する。そうして中古品は、中古品ならではの輝きを放つのだ!
――ただ。
なんで、みんな消しゴムを売ってるんだ?
「おいおい、知らねえのか? 研究者ってのは、アイデアを紙に書いたり、図を描いたりするもんだろ。そのために何がいる? 紙とペン。それから、消しゴムだ」
「……」
「でも、お前も知ってるだろ。消しゴムなんてライターと同じでさ、貸したり借りたりしてるうちに、いつの間にか変な形になって、汚れちまう。なのに、この近くには文房具屋がねえから、新品は買えない。となりゃ、まだきれいな中古品を選ぶしかねえだろ?」
金髪男はタバコに火をつけ、煙を吐いた。その表情は平然としていて、まさに百戦錬磨の男の貫禄だ。
この人……いったい何人の研究者に、自分のお下がりを引き取らせてきたんだ?
驚きと同時に、敗北感が押し寄せた。
ミイちゃんを見て、ほかの消しゴムを見る。
――勝てない。
あんなに見せ方の引き出しがある中古業者には、勝てないよ!
くそっ。僕がもっと……! もっと経験豊富だったなら……!
僕は絶望のあまり拳を握り、うなだれた。平然とタバコを吸う金髪の兄ちゃんの前で、まるで負け犬だ。
「まあ、そこまで落ち込むなって、坊主。見栄えを整えるのが苦手でも、中古品にはそれぞれ、独自の魅力がある。そいつを引き出せるかどうかだ」
「独自の魅力……?」
「そうさ。工場から出てきた新品の消しゴムなんて、みんな同じ形だろ。新しいとはいえ、代わり映えがなくて退屈なんだよ。その点、中古品は違う。ひとつとして同じもんがねえ。前の持ち主によって、違う匂いが染みついて、違う形になる。そこに魅力が隠れてんだ」
金髪男はタバコをひと吸いしてから、続けた。
「お前の消しゴムは、先っぽがきれいで真っ白だ。服に特別な細工はしてねえが、出荷されたときのきれいさがそのまま残ってる。少なくとも、紙ケースは使い込まれてしわくちゃになってねえ。前の持ち主が、相当大切に手入れしてた証拠だな」
「…………」
「無機質な新品と違って、中古品には使った奴の気配が残る。その消しゴムの品のよさを見りゃわかる。持ち主はお前じゃねえ。女だ」
「!!」
「それも、上品で、とびきりの美人だ。――違うか?」
「そ、そのとおりです……!」
この金髪の兄貴、いったい何者なんだ? 消しゴムの見た目だけで、持ち主がどんな人かまで見抜けるのか?
い、いったい、いくつの消しゴムを使い込めば、その境地にたどり着けるんだ……?
僕は呆然として、その能力に圧倒された。
すると兄貴はタバコの火をもみ消し、ぼんやり立ち尽くす僕に、目の覚めるようなひと言を投げた。
「それが、売りになるとは思わねえか?」
* * *
翌日のフリーマーケット。
僕の店には大勢の研究者が押し寄せ、その場で、かつてない競りが始まった。
「五十!」「五百!」「二千!」「二万!」「ドランブレード百本!」
……値段が、ありえない勢いで跳ね上がっていく。
途中、変な入札も混じったけれど、競りは無事に終了した。
落札額――十四万三千円。
落札したのは、太った、頭の禿げた中年のオタク研究者だった。
売り手と買い手が握手を交わし、集まった人たちからは、いつまでも拍手が鳴りやまない。
ふたりを隔てる長机の上には、消しゴムのミイちゃんが立っている。
真っ白な先端。青と黒の服。何もかも、昨日と同じだ。
――違うのは。
ミイちゃんの隣に、額に入れた女子高生の正面写真が置かれていること。
その写真の下には紙が一枚敷かれ、大きな文字で、こう書かれていた。
『XX高校X年X組のクラス一の美少女・美咲が使った消しゴム。開始価格〇円。匂いも使用感も、そのまま保証!』
* * *
手に入れたお金は全部、消しゴムを買うのに使った。それを、暮らしに困っている家庭に寄付した。どの子どもにも、自分だけの消しゴムを持ってほしかったからだ。
週末の出来事を聞いた先生は、特に何も言わず、ただひと言だけ。
「そうか。それはよかったな」
僕は、かつてないほど満たされていた。こんな僕でも、ミイちゃんの新しい居場所を見つけてやれたのだ。
ふふん。美咲は想像もしていないだろうな。ゴミ扱いして捨てた消しゴムに、これほどの価値があったなんて。知ったら、ミイちゃんを返せって騒ぐだろうか?
でも、もう遅い。
ミイちゃんは、すでにほかの人の手に渡った。そのお金は善意に姿を変え、あちこちへ届けられた。
この物語はきっと、優しさの連鎖を生み、世界にもっと温もりを増やしてくれるだろう。
「ふふ……ふふふ……」
席に座ったまま、僕は愉快な気分で忍び笑いを漏らした。
僕の気分が伝わったのだろうか。周りから、妙な視線が飛んでくる。
不意に、消しゴムがひとつ、足元に転がってきた。
拾い上げると、左隣の席に座る優等生のお嬢様――麗奈が落としたものだった。
「あ、その消しゴム……大丈夫、もういらないから」
「…………」
どうやら、今週末も忙しくなりそうだ。
お読みいただき、ありがとうございました。
この短編は、もともと台湾の新竹を舞台に書いたものです。新竹は半導体企業が集まるサイエンスパークで知られ、原稿では研究者ではなく、エンジニアたちが登場していました。
台湾のネットには、「仕事に没頭するエンジニアは恋人を寝取られがち」「他の男が捨てた女性を引き取りがち」といった、身も蓋もないネタがあります。本作は、そのネタと消しゴムをめぐる勘違いを組み合わせた、下ネタ混じりのギャグ短編です。日本語版では、舞台を筑波に、エンジニアを研究者に置き換えています。
もちろん、作中の人物や出来事はフィクションです。登場人物の発言や価値観は作者の見解を示すものではなく、現実の研究者やエンジニア、女性、特定の地域について、その実態を述べたり、偏見を広めたりする意図もありません。
消しゴムひとつに大騒ぎする主人公の勘違いを、笑っていただけたなら幸いです。
本作は中国語で執筆したオリジナル作品を、生成AIで日本語に翻訳し、自分で加筆・修正したものです。
日本語の表現に不自然なところがありましたら、教えていただけると助かります。




