AI失業
「はあ」
溜息を漏らす。
私は困っていた。
そこはバーのカウンター席で、隣には経営コンサルタントの男がいる。仕事帰りに何処かで飲もうかという話になって、馴染みのバーに二人で寄ったのだ。
「そんなに悩まないで、こんな時くらいは仕事は忘れましょうよ」
経営コンサルタントはそう言って心配してくれた。彼の言う事は分かる。しかし、どうにも仕事上の問題が頭から離れない。忘れようと思っても、心の何処かにいる別の自分が“忘れてどうする?”と警告を発して来るのである。
「やっぱり、人を雇い過ぎでした……」
吐き出すようにそう言うと、経営コンサルタントは「ちょっとテンションが上がり過ぎていましたねぇ」と漏らすように返した。
私はとある企業でCEOをやっている。
コロナ19禍の時期は、活動を抑えていた。なんとかやりくりをし、企業の命を繋ぐような毎日。正直、鬱憤が溜まっていた。だからこそ、コロナ19禍が終わり、正常な企業活動ができるようになって一気にテンションが上がり、つい力を入れ過ぎてしまったのである。途中までは良かった。生産量の上昇と売上げには確りと相関関係があり、労働力を投入すればするほど業績は上がっていった。が、しかし、ある時からそれは鈍り始め、やがては明確に損益分岐点を超えてしまった。損の方が多くなってしまったのである。
が、その状態でも我々は投資を止めなかった。労働者を多く雇い続けたのである。直ぐに停滞ゾーンは抜け、やがては再び業績が上がり続けると、アニマルスピリッツ全開で信じ込んでいた……
それが願望に基づく楽観的観測である事にはしばらくの間、気がつかなかった。
「まあ、やはり、人を減らさなくては駄目でしょうなぁ」
そう経営コンサルタントが言った。
「そうなりますか」
と、私は返す。
当然ながら、心象は悪い。特に株主の目が怖かった。外資の連中が何と言うか分からない。
「株価…… 下がるでしょうねぇ」
責任問題である。
その私の愚痴を聞くと、経営コンサルタントは言った。
「下がりはするでしょうが、よりマシにする手段ならありますよ」
私はそれに驚いてしまう。
「そんな手段がありますか?」
「ええ、」と彼は返した。
「……ほら、昨今はAIブームじゃないですか」
私はそれと今の状況に何の関係があるのか分からず、目を白黒させていた……
ニュース記事の一つに、こんな見出しが躍っている。
“AI失業、いよいよ本格化! AIによる生産性の向上で、企業が大幅に人員削減!”
――もちろん、嘘である。
杜撰な計画で人を雇ってしまったと報告するよりも、「AIの活用によって、人員削減が可能になりました」と報告する方が心象が良いのは言うまでもない。
そして、そのニュース記事が切っ掛けとなって、ネット上ではAIの労働問題に関して熱い議論が交わされてしまったのだった。
“……なんか、ごめん”
と、私はそれを見て思った。




