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EP 9

コタツ部屋の侵入者

過労死寸前だった元公爵リアンが、辺境の緩衝地帯ポポロ村にやって来てから、ちょうど1週間が経とうとしていた。

三ツ星シェフの腕前と【ネット通販】のチート家電を駆使した食堂『ポポロ亭』の経営は、控えめに言って絶好調だった。

暗殺稼業の血生臭い日々から解放され、キャルルたちポンコツヒロインの胃袋を満たしながら、自分のペースで料理を作る日々。これぞ求めていたスローライフである。

その日の夜。

ポポロ亭の営業を終え、ピカピカに磨き上げた厨房で一息ついているリアンの元に、村長のキャルルがひょっこりと顔を出した。

「リアン君、お疲れ様! 今日はリアン君が村に来て1週間経った記念日だから、家でパーッと歓迎会をしようかなって!」

「歓迎会? 別に気を使わなくてもいいんだぞ」

リアンが肩をすくめると、キャルルの後ろからリーザとルナが飛び出してきた。

「気なんて使ってないよぉ! 私がリアン様の美味しいご飯をタダで山盛り食べたいだけだもん!」

「ふふっ。私もお母様(世界樹)から届いた極上の果実酒を開けますわね」

寄生アイドルと天然エルフのブレない姿勢に、リアンは思わず苦笑した。

なんだかんだ言って、悪くない日常だ。

「……分かった。悪いな。それなら、とっておきのツマミを作って持っていく」

リアンは魔法ポーチから新鮮な食材を取り出し、手早く仕込みを済ませると、三人と一緒に同居先である村長宅へと向かった。

「ただいまー! さあ、広間で宴会の準備を――」

ガチャリ。

キャルルが元気よく広間の扉を開けた、その瞬間だった。

「……は?」

「……え?」

リアンとキャルルの動きが、完全にフリーズした。

ポポロ村の村長宅は、木とレンガ造りの素朴で温かみのあるファンタジー建築である。しかし、扉を開けた先にある「広間」の光景は、どう見ても異常だった。

床には、なぜか青々とした『畳』が敷き詰められている。

部屋の中央には、異世界にあるはずのない分厚い布団が掛けられた『コタツ』。

その上には、ミカンが入ったカゴと、安物のテレビのリモコンのような謎の魔導具。

そして極めつけは、部屋の空気を満たす『ピアニッシモ・メンソール』の紫煙である。

「ああ、ストライク。いやボールかぁ……そこは打てよぉ……」

コタツの中に下半身を突っ込み、横向きに寝そべって尻を掻いている女がいた。

上下揃いの絶妙にダサいエンジ色の『芋ジャージ』に、足元には健康サンダル。手には缶チューハイが握られている。

「…………っ!!」

リアンの脳裏に、25年前の記憶がフラッシュバックした。

マンションの5階に突っ込んできたトラック。ガラポン。そして、「定時に帰りたいから」という理由で自分を異世界に蹴り落とした、あのクズ女神の姿。

世界を管理する絶対神にして、干物女の極致――女神ルチアナである。

「な、なんで家の中にコタツ部屋ができてるの!? ていうか、誰このおばさん!?」

「あ?」

キャルルの悲鳴を聞きつけ、ルチアナが気怠げに振り返った。

そして、顔面を引きつらせて立ち尽くすリアンとバッチリ目が合う。

「あ、リアンじゃん。久しぶり〜。元気してた?」

「…………てめぇ」

「ちょうど良かった。あんた料理上手いんでしょ? 私にもツマミ出してぇ」

神の威厳など微塵もない、親戚のダメな叔母さんのような図々しい要求。

求めていた完璧なスローライフの空間に、突如として出現した最大級のイレギュラー(神)。

リアン・クライン25歳(精神年齢50歳)の額に、かつてないほど太い青筋がピキッと浮かび上がったのだった。

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