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EP 8

魔王を動かすアイドルの力

ポポロ亭の営業が落ち着いた昼下がり。

ゴルド商会の商人ニャングルが、いつになく真剣な表情でカウンター席に座っていた。いつもチャラチャラと鳴らしている算盤も、今は大事そうに胸に抱えられている。

「……で? 商会の寄り合いで留守にしてたと思ったら、血相変えてどうしたんだ」

リアンが食後のコーヒーを差し出すと、ニャングルは周囲をキョロキョロと見渡し、声を潜めた。

「リアンはん。折り入って、極秘の依頼がおます」

「俺はもう暗殺稼業から足を洗ったぞ」

「ちゃうちゃう! 命を奪う方やのうて、世界を救う方や!……実はな、ゴルド商会本部のトップから直々の特命が下ったんや」

ニャングルの言葉に、リアンはわずかに眉をひそめた。

大陸屈指のメガコーポであるゴルド商会。そのトップからの特命となれば、国家間の戦争すら左右するレベルの重大案件だ。

「ワイズ皇国との関税交渉や。あそこのトップ……魔王ラスティア様は、気分次第で空間ごと国を斬り伏せるというとんでもない御仁や。交渉なんて本来なら命がいくつあっても足りへん。……せやけどな、商会の上層部が、魔王の『唯一の弱点』を掴みよったんや」

「魔王の弱点だと……? 聖属性の超位魔法か、それとも天使族の遺物か」

かつて帝国軍のトップとして魔族と対峙したこともあるリアンが、思わず身を乗り出す。

しかし、ニャングルの口から飛び出したのは、予想の斜め上を光速で突き抜ける単語だった。

「いや、『日本のアイドル、朝倉潤あさくら じゅん』や」

「…………は?」

リアンの時が止まった。

「朝倉、潤?」

「せや! リアンはんのその便利すぎる魔法(ネット通販)で、朝倉潤の関連グッズ……できれば最新ツアーの限定アクリルスタンドと、公式ペンライト、あと推しジャンボうちわを出してくれへんか!?」

必死にすがりついてくるニャングルの言葉を聞き、リアンの脳内でパズルのピースがカチリと音を立てて組み合わさった。

(……待て。俺をこの世界に蹴り落としたあのクズ女神、地球の酒やタバコを持ち込んでたな。まさか、魔王にまで地球の娯楽を横流しして……オタクに育て上げたのか!?)

異世界を統べる絶対的絶望の象徴、魔王ラスティア。

その正体が、地球のイケメンアイドルに狂う限界オタクであるという衝撃の事実。

「……なるほどな。ワイズ皇国との交渉に、そのアイドルグッズを貢物として使うってわけか」

「その通りや! 魔王様、朝倉潤のグッズを見せたら、どんな不利な条約でも『尊い……』言うてハンコ押してくれるらしいねん! 頼むリアンはん! これが成功したら、俺も商会で大出世間違いなしや!」

ニャングルがカウンターに頭を擦り付ける。

リアンは深く、深ぁぁぁくため息をつきながら、虚空にウィンドウを展開した。

「……分かった。少し待て」

【ネット通販】の検索窓に『朝倉潤 公式グッズ』と打ち込む。

すると、キラキラした笑顔を浮かべるイケメンアイドルの商品がズラリと並んだ。リアンは無表情のまま、アクリルスタンド、マフラータオル、サイン入りポスター、そしてメンバーカラーに光るペンライトをカートにぶち込み、購入ボタンをターンッ!と叩き(決済)した。

ポンッ!

カウンターの上に、厳重に梱包された段ボール箱がいくつも出現する。

「おおおおっ!! さすがリアンはん! これぞ世界を動かす最強の供物や!!」

「……異世界の地政学的なパワーバランスが、アイドルのアクリルスタンドで決まるってどういうことだ。真面目に戦争の指揮を執ってた昔の俺が馬鹿みたいじゃないか」

段ボールを大事そうに抱え、狂喜乱舞しながらワイズ皇国への交渉へ向かうニャングルの背中を見送りながら。

元公爵にして最強の暗殺者リアン・クラインは、かつてないほどの虚無感に襲われながら、そっとキッチンの換気扇の下でタバコに火をつけたのだった。

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