EP 5
ヤンデレ世界樹の贈り物
その日、『ポポロ亭』の厨房はかつてない緊張感に包まれていた。
「ルナ。……これは、何だ?」
リアンが指さした先には、厨房の床を突き破って生えてきた太い植物のツルが、まるで大事な我が子を抱くように、恭しく一つのガラス瓶を掲げていた。
瓶の中には、黄金色に光り輝くトロットロの液体がたっぷりと詰まっている。
「あら。故郷のお母様(世界樹)からの仕送りですわ。私がちゃんとご飯を食べているか心配して、森の特製ハチミツを送ってきてくれたんですの」
「仕送りって……床ぶち破って直接生えてくるのかよ……」
ポポロ村は世界樹の森から何百キロも離れているはずである。
リアンは引きつった顔でガラス瓶を受け取った。その瞬間、ツルは「娘に何かあったらお前の首を絞めるぞ」とでも言いたげに、シュルシュルと威圧的な音を立てて地中へと帰っていった。
かつてルナが虫歯になった際、怒り狂って世界を滅ぼしかけた『ヤンデレ世界樹』の過保護ぶりは、ここポポロ村でも健在らしい。
「ひぃぃっ……! さっきのツル、絶対に殺意があったよぉ……!」
カウンター席の下でガタガタと震えているのは、限界地下アイドル人魚のリーザだ。
しかし、リアンはすぐに料理人の顔に戻り、黄金のハチミツをスプーンで掬って一口舐めた。
「――っ!? なんだこの香りとコクは……! 魔力が限界まで濃縮されていて、それでいて雑味が一切ない。最高級品なんてレベルじゃないぞ」
「ふふっ、お口に合って良かったですわ」
リアンの脳内で、最高のレシピが組み上がる。
彼は虚空にウィンドウを開き、【ネット通販】のスキルを起動した。
新鮮なクリームチーズ、無塩バター、グラハムビスケット、そして爽やかな酸味を持つレモンをノータイムで購入。裏金がまた少し減ったが、三ツ星シェフの探求心には代えられない。
「よし。今日の三時のおやつは、こいつで決まりだ」
リアンはボウルにクリームチーズを入れて滑らかになるまで練り上げ、そこへ世界樹のハチミツをたっぷりと投入する。
砂糖は一切使わない。ハチミツの極上の甘みだけで勝負だ。さらにレモン汁を絞って爽やかな酸味をプラスし、砕いたビスケットとバターを敷き詰めた型に流し込む。
あとは、通販で買った最新式のオーブンでじっくりと焼き上げ、冷蔵庫でしっかりと冷やすだけ。
数時間後。
「お待たせした。特製『世界樹のハチミツレモンチーズケーキ』だ」
リアンがテーブルに皿を置いた瞬間、ポポロ亭の店内に甘く爽やかな香りが爆発的に広がった。
こんがりと焼き色のついた表面。フォークを入れると、ずっしりとしたチーズの感触と共に、中から黄金色のハチミツがとろりと顔を出す。
「う、わぁぁぁ……っ!」
甘い物大好きな村長・キャルルが、ウサギ耳をピョコピョコと激しく揺らしながら目を輝かせた。
一口食べた瞬間、彼女の時が止まる。
「んん〜〜〜っ! しあわせぇ……! チーズの濃厚なコクの後に、レモンの爽やかさとハチミツの優しい甘さが口いっぱいに広がるよ! リアン君、天才! 帝国の国宝!」
「おいひぃ! おいひぃよぉぉ! パンの耳じゃない甘いお菓子なんて、帝国デパートの試食コーナー以来だよぉぉ!」
リーザに至っては、感動のあまりボロボロと涙をこぼしながら、皿の上のケーキを掃除機のように吸い込んでいる。
「ふふっ。お母様のハチミツが、リアン様の魔法でこんなに素晴らしい芸術品になるなんて。お母様もきっと喜んで、今度リアン様に『祝福の胞子(※吸うと植物になる)』を降らせてくれますわ」
「頼むからお礼の連絡はしないでくれ」
最強の暗殺術を持つ男が、エプロン姿で淹れたての紅茶を注いで回る。
窓の外にはのどかなポポロ村の風景。
リアンが求めていた「スローライフ」が、ヤンデレ世界樹の脅威と隣り合わせでありながらも、ほんの少しだけ形になった、甘く平和なティータイムであった。




