EP 13
忍び寄る悪意と、ポポロ村の危機
クラウスが『ポポロ亭』で極上のうどんをすすり、この村の異常すぎる日常に絶望してから数日後。
ポポロ村に、かつてない不穏な影が忍び寄っていた。
「た、大変や! リアンはん、キャルル村長!!」
バンッ! とポポロ亭の扉が勢いよく開き、ゴルド商会の商人ニャングルが血相を変えて飛び込んできた。
いつもなら「¥」の形になっている彼の目が、今日ばかりは真剣な焦りの色に染まっている。愛用の算盤を持つ手も小刻みに震えていた。
「どうした、ニャングル。商会の寄り合いで隣街に行ってたんじゃないのか?」
「それが、行けへんかったんや! 村から街へ続く街道が、完全封鎖されとる!」
仕込みの手を止めたリアンの横で、うどんの汁を飲み干していたクラウスがピクリと反応した。
「街道の封鎖だと? 緩衝地帯とはいえ、各国の商人たちが使う大動脈だぞ。一体どこの軍隊がそんな真似を……」
「軍隊やない。タチの悪い裏組織や……『黒蛇商会』の私兵部隊が、街道にバリケードを築いて関所を作っとるんや!」
『黒蛇商会』。
その名を聞いた瞬間、クラウスの顔色からサッと血の気が引いた。
「黒蛇商会だと……ッ!? 帝国、皇国、獣人王国の三国境を股にかけ、密輸、人身売買、そして暗殺まで請け負う最悪の犯罪シンジケートじゃないか! なぜそんな連中が、こんな辺境の村を包囲しているんだ!」
現役の公爵として裏社会の情報にも通じているクラウスが声を荒らげると、ニャングルはギリッと奥歯を噛み締めた。
「理由は二つや。一つは……アンタや、クラウス公爵。お忍びとはいえ、護衛もつけずにボロボロの馬車で村に駆け込んできた公爵サマを、連中が地の果てまで追いかけてこないわけがない」
「っ……! 私の暗殺で帝国のトップをすげ替え、裏から国を操る気か……!」
「せや。そしてもう一つは……このポポロ村の『異常な特産品』や」
ニャングルの視線の先には、庭で日向ぼっこをしているルナの姿があった。
「黒蛇の連中、ルナはんが善意で生み出した『市場破壊レベルの極上野菜や果物』の噂を嗅ぎつけよったんや。公爵の首を手土産にしつつ、この村の人間を奴隷にして、魔法の作物を独占・密売する腹積もりやで」
公爵の暗殺と、村の乗っ取り。
黒蛇商会は、力ずくでポポロ村の兵糧攻め(経済封鎖)を開始したのだ。
「そんな……私のせいで、兄上のスローライフの村にまで危険が……ッ!」
責任を感じて青ざめるクラウス。
一方、村長のキャルルは「ふーん、なるほどね」とウサギ耳をピクンと動かし、腰のダブルトンファーを軽く撫でた。
「つまり、そのチンピラどもを全員、私の『流星脚』でお星様にすれば街道は通れるようになるってことだね?」
「アカンアカン! キャルルはんが暴れたら街道ごとクレーターになって消滅してしまうわ!」
ニャングルが必死に止める中、沈黙を保っていたリアンが、静かに口を開いた。
「……ニャングル。一つ確認だが」
「な、なんやリアンはん」
リアンの瞳には、帝国軍の暗殺部隊を率いていた頃の、底冷えするような『絶対零度の光』が宿っていた。
「街道が封鎖されたということは……俺がネット通販以外で楽しみにしていた、『隣の港町から届くはずの新鮮な魚介類』と『特製の香辛料』が、届かないということか?」
「…………えっ?」
「俺が明日のランチの目玉にしようと仕込んでいた、極上シーフードカレーの食材が、あのごろつきどものせいで台無しになったということか、と聞いている」
リアンから放たれる、物理的な重さを持った凄まじい殺気。
それは、公爵としての領地防衛でも、弟を狙う刺客への怒りでもない。
純度100%の、『自分の料理とスローライフを邪魔されたことに対する、料理人のガチギレ』であった。
「あ、兄上……? そこですか……!? 私の命とか、村の危機じゃなくて……!?」
クラウスの弱々しいツッコミは、リアンの耳には届かない。
平和なポポロ村を包囲した『黒蛇商会』は、この時点で最大のミスを犯していた。
彼らが兵糧攻めにした相手は、か弱き村人でも、逃げ腰の公爵でもない。機嫌を損ねてはいけない、史上最悪の『影の始末屋』だったのだ。




