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EP 12

三ツ星の癒やし飯と、弟の絶望

「絶対に帰らん。俺はここで骨を埋める」

「そんな殺生なああああッ!!」

ポポロ亭の床に突っ伏したまま、現クライン公爵である弟のクラウスが絶望の叫びを上げた。

しかし、リアンの決意はダイヤモンドより硬い。25年間、休む間もなく政務と暗殺をこなしてきたのだ。いまさらあのブラック労働環境(帝国)に戻る気など、毛頭なかった。

「……だが」

リアンは、目の下に真っ黒なクマを作り、頬がこけ、今にも魂が抜けかけている弟の姿を見て、小さくため息をついた。

暗殺者としての同情はない。だが、三ツ星レストランの副料理長だった青田優也の『料理人としての魂』が、限界を迎えた胃袋を放っておけと許さなかったのだ。

「帰る気はないが……とりあえず、飯くらいは食わせてやる。カウンターに座れ」

「あ、兄上……」

リアンは厨房に入ると、手早く調理を始めた。

ストレスと過労で荒れ果てたクラウスの胃腸に、先ほどの豚汁やモツ鍋は重すぎる。ここは、極限まで優しく、それでいて栄養満点なメニューが必要だ。

リアンは『米麦草こめむぎそう』の粉を手打ちした特製のうどんを大鍋で茹で上げる。

その横で、『シープピッグ(羊豚)』のガラと上質な昆布(ネット通販で購入)をコトコト煮込み、透き通るような黄金色の『極上出汁』をとる。

さらに、村の特産品である『月見大根』をたっぷりとすり下ろし、ふんわりとしたみぞれ状にする。

「待たせたな。『シープピッグ出汁の月見大根みぞれうどん』だ」

リアンがカウンターにどんぶりを置くと、クラウスの鼻腔を、カツオと昆布、そしてシープピッグの豊潤な脂の香りがくすぐった。

透き通った黄金のスープに、真っ白な大根おろしが雪のように浮かび、中央には温泉卵がトッピングされている。

クラウスは震える手で箸を持ち、うどんを一口すすった。

「…………ッ!!」

ズルルッ、と麺が喉を通った瞬間。

クラウスの目から、ブワッと大粒の涙が溢れ出した。

「うっ、ううぅぅぅ……っ! 美味しい……なんて優しい味なんだ……!」

徹夜続きでエナジードリンク(怪しい魔力回復薬)ばかり流し込んでいた荒れた胃壁に、シープピッグの濃厚な旨味と、大根おろしのさっぱりとした甘みが、まるで聖女の回復魔法のようにじんわりと染み渡っていく。

麺の程よいコシを噛み締めるたび、クラウスの全身の力が抜け、ガチガチに凝り固まっていた肩の緊張が解けていった。

「兄上……私、分かりました。こんなに美味しくて温かいご飯を作れる兄上が、血とインクにまみれた帝国の生活を捨てた理由が……」

「分かればいい。お前も少し休め」

「はい……っ。この温かい村で、兄上のご飯を食べていれば、私も救われる気が――」

感動の兄弟ドラマが完結しようとした、まさにその時だった。

「ねえねえ公爵の弟くぅん! そのうどんの残り汁、ちょっとでいいから私に頂戴っ! このパンの耳を浸して食べたいのぉぉ!」

ズザーッ!! と、限界地下アイドル人魚のリーザがカウンターの下から這い出てきて、クラウスのどんぶりにパンの耳を突っ込もうとした。

「ヒッ!? な、なんだこの薄汚れた美少女は!?」

「こらリーザ、お客さんのご飯を取っちゃダメでしょ!」

村長のキャルルがリーザの首根っこを掴んで引き剥がす。

「ごめんねクラウス君。この子、常に飢えてるからさ。あ、そういえばリアン君、さっき畑で『ネタキャベツ』がまた私のスリーサイズを暴露しようとしたから、トンファーで粉砕して星にしておいたよ! 晩御飯はキャベツ以外でよろしくね!」

「……お前、あれだけ美味いキャベツをまた消し飛ばしたのか」

「あらあら。弟さんが寒そうにしていますわね。私が森ごと燃やして、特大のキャンプファイヤー(火炎龍)を作って差し上げましょうか?」

「やめろルナ。村が消滅する」

図太すぎるホームレス人魚。

笑顔で野菜(魔獣)を宇宙まで殴り飛ばすウサギ耳の村長。

善意で地形を変えようとする天然エルフ。

「…………えっ?」

うどんをすするクラウスの箸がピタリと止まった。

目の前で繰り広げられる、規格外の暴力と非常識のオンパレード。

帝国の暗殺者たちなど可愛いと思えるほどの、純度100%のカオスがそこにはあった。

(……あ、兄上……)

クラウスは、目の下のクマをさらに濃くしながら、ガタガタと震え出した。

(この村……帝国より、よっぽど治安悪くないですか……!?)

過労死寸前の弟が、兄のスローライフ(という名の異常空間)の現実を目の当たりにし、さらなる絶望の淵へと叩き落とされた瞬間であった。

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