EP 11
平和な朝食と、限界突破の追跡者
辺境の緩衝地帯、ポポロ村。
『ポポロ亭』の朝は、暴力的なまでの「美味そうな匂い」から始まる。
「ほら、お前ら。朝飯だ」
真っ白なコックコートを身に纏ったリアンがカウンターに並べたのは、日本の朝の完全食――『究極の納豆卵かけご飯(TKG)』と『豚汁』である。
ふっくらと炊き上がったツヤツヤの『米麦草』のご飯。
その上には、『ダイズラ豆』を発酵させた粘り気たっぷりの納豆と、新鮮で濃厚な生卵。そこへ、絞るだけで芳醇な香りを放つ『醤油草』のタレを回しかけ、刻みネギをパラリと散らす。
さらに横に添えられているのは、村の特産品『月見大根』と『太陽芋』、そして『シープピッグの豚肉』がたっぷりと入った、湯気を立てる熱々の豚汁だ。
「いっただっきまーすっ!!」
最も早く反応したのは、限界地下アイドル人魚のリーザだった。
彼女は箸を持ち、納豆と卵とご飯を猛烈な勢いでかき混ぜると、大きな口を開けてかきこんだ。
「んんんんんんんんっっ!! おいひぃぃぃ!! 卵の濃厚な甘みと、お醤油の香ばしさが最高だよぉ! パンの耳と雑草のサラダしか食べてなかった私の胃袋に、栄養が染み渡っていくぅぅ……っ!」
涙と鼻水を流しながら、凄まじい吸引力でTKGを飲み込んでいくリーザ。
その横では、村長であるキャルルもウサギ耳をピョコピョコと揺らしながら豚汁をすすっていた。
「はぁ〜、お出汁が効いてて五臓六腑に染み渡るねぇ。リアン君のご飯を食べると、今日も一日トンファーで暴れ回れそうな気がするよ!」
「朝から物騒なこと言うな」
ツッコミを入れつつ、リアン自身もカウンターの隅で自分の朝食を口に運ぶ。
ヤンデレ世界樹の加護を受ける天然エルフのルナは「あらあら、朝からお豆の発酵食品なんて、お肌に良さそうですわ♡」と優雅に微笑み、商人のニャングルは「この定食、帝都で出したら金貨一枚は堅いで……ジュルリ」と算盤を弾きながら涎を垂らしている。
血生臭い暗殺稼業から足を洗い、美味しいご飯を作って、愉快な仲間たちと食べる。
これぞ、リアン・クラインが求めていた究極のスローライフ。
完全なる平和が、ここにはあった。
――ドドドドドドドドッ!!
「……ん?」
リアンが食後の温かいお茶を飲もうとした、その時だった。
ポポロ村の広場に、凄まじい土煙を上げて一台の馬車が猛スピードで突っ込んできた。
黒塗りの重厚な車体には、ルナミス帝国の頂点に立つ大貴族『クライン公爵家』の紋章がデカデカと刻まれている。しかし、馬車はあちこちが傷だらけで、泥にまみれ、まるで死地を抜け出してきたかのようだった。
ギギィィィィッ!! と車輪を軋ませて、ポポロ亭の目の前で馬車が急停車する。
「お、おい! なんだあの立派な馬車は!?」
「帝国の公爵様の紋章やないか! なんでこんな辺境に!?」
キャルルとニャングルが警戒して立ち上がる中、馬車の扉がバタンッ! と勢いよく開いた。
「ハァッ……ハァッ……ようやく、着いた……」
そこから転がり出てきたのは、一人の青年だった。
仕立ての良い最高級の貴族服を着ているが、その着こなしはボロボロ。ネクタイはひん曲がり、髪はボサボサ。
何よりも目を引くのは、その『顔』である。
「ひぃっ!? ア、アンデッドだよぉ! 死体が動いてるぅ!」
「失礼な……。私は、生きて、います……ギリギリ……」
リーザが悲鳴を上げたのも無理はない。青年の顔は土気色に染まり、両目の下には『深淵』のような真っ黒なクマが刻み込まれていた。
彼は虚ろな目で辺りを見回すと、ポポロ亭の入り口に立つリアンの姿を捉え、地面を這うようにしてすがりついてきた。
「あ、兄上ェェェェェ……ッ!!」
「……」
リアンは無言で、持っていた湯呑みをスッと後ろに隠した。
「探しましたよ、兄上! 公爵の地位と執務を私に丸投げして失踪したと思ったら、こんな辺境で呑気に食堂を開いているなんて……ッ!」
「人違いだ。俺はただの料理人、リアンだ」
「ごまかさないでください! 兄上がいなくなってから、クライン公爵領の政務と、軍部の暗殺部隊の指揮と、領地の予算管理が全部私に降りかかってきて……ここ一週間、一睡もしてないんです! 死にます! 事務処理で過労死しますぅぅぅ!」
地面に突っ伏して号泣する青年――リアンの実の弟であり、現クライン公爵である『クラウス』の悲痛な叫びが、平和なポポロ村に響き渡った。
「「「弟ォォォ!?」」」
キャルルたちが驚きの声を上げる中、リアンは冷たい目で弟を見下ろした。
「甘えるなクラウス。俺はその『死ぬほど多い事務処理と暗殺のスケジュール』を、赤ん坊の頃から25年間ぶっ続けでやってきたんだ。たった一週間で泣き言を言うな」
「兄上が異常だっただけです!! お願いですから帝国に帰ってきてくださいぃぃ!」
限界突破の過労死寸前な弟の登場により、リアンのスローライフに早くも暗雲が立ち込めようとしていた。




