EP 1
5階の部屋とトラックと、コタツのダメ女神
青田優也、25歳。
三ツ星レストランの副料理長を務める彼は、その日、久々の休日を自宅のマンションで満喫していた。
場所は5階。淹れたてのコーヒーを片手に、ソファーで大きく伸びをした、まさにその時である。
プァアアアアアン!!
「……は?」
窓の外から聞こえるはずのないクラクションが鳴り響き、視界が壁ごと巨大なトラックのフロントガラスに覆い尽くされた。
(いや、ここ5階だぞ!?)
常識へのツッコミも虚しく、優也は異世界転生における絶対的ノルマ「トラックとの衝突」をまさかの空中で果たし、あっけなく短い生涯を終えたのだった。
***
「どんまい。まあ、そんな事も有るんすねぇ」
優也が目を覚ますと、そこは四畳半ほどの和室だった。
部屋の中央にはコタツ。そして、どう見ても休日のオッサンにしか見えない「芋ジャージに健康サンダル」姿の女が、コタツでくつろぎながら『ピアニッシモ・メンソール』の煙をふかしていた。
「そんな事があってたまるか!?」
5階にトラックが突っ込んできた理不尽さに優也が吠える。
しかし、女――アナステシア世界を管理する女神ルチアナは、全く悪びれる様子もなく紫煙を吐き出した。
「まぁまぁ。とりあえず、そこのガラポン回して。私、定時に帰りたいから」
「……ガラポン?」
怒る気すら削がれた優也は、言われるがままに商店街のくじ引きでよく見るガラポンを回した。
コロン、と出てきた金色の玉。
次の瞬間、脳内に無機質な声が響く。
『ユニークスキル:ネット通販を獲得しました』
「ネット通販……?」
「おっ、当たりじゃん。じゃあ、頑張って」
ルチアナは小指で鼻をほじりながら立ち上がると、無防備な優也の背後に回り込み――
「えいっ」
ボゴォッ!!
「ぐふぁっ!?」
慈愛の欠片もない健康サンダルによる強烈なケツキックを放ち、優也を異世界の次元の穴へと容赦なく蹴り落としたのだった。
***
――それから、25年の歳月が流れた。
アナステシア世界、ルナミス帝国。
優也は『リアン・クライン』として赤ちゃん転生を果たし、見事に成長していた。
元S級冒険者の両親による地獄のスパルタ教育を生き抜き、卓越した戦闘技術と魔力、そして前世の記憶と【ネット通販】を駆使して、帝国の裏社会で暗躍する「影の始末屋」として。
さらには、隣国との戦争を裏から単独で終わらせた功績により、クライン公爵家の当主として。
しかし、その輝かしい経歴の裏で、彼の精神は限界を迎えていた。
「……疲れた」
執務室の机に山積みになった決裁書類。夜な夜な街の悪党の頸動脈を斬り裂く日々。
前世で三ツ星レストランの副料理長だった彼が望んでいたのは、こんな血生臭い激務ではない。美味しいものを作って、のんびりと暮らすスローライフだったはずなのだ。
「クラウス、後は任せた。俺は領地を出る」
「えっ!? 兄上!? ちょっ、待っ――」
リアンは優秀な弟であるクラウスに公爵の全権を丸投げすると、制止する声を聞き流して執務室の窓から飛び出した。
目指すは、帝国、皇国、獣人王国の三カ国が睨み合う辺境の緩衝地帯。
のどかな特産品と宿屋の噂を聞いた『ポポロ村』である。
最強の暗殺術と現代日本のネット通販スキル、そして三ツ星シェフの腕前を持つ過労死公爵の、全く休まらないスローライフが、ここから幕を開けようとしていた。




