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天神様に嫌われた話

作者: ニッカ
掲載日:2026/01/29

 皆さんは菅原道真という人物をご存知だろうか。平安時代の貴族にして天才学者。学問に励み、異例の大出世を遂げたものの、彼の才能を妬む者の策略で左遷されてしまい、その地で生涯を終えた悲劇の人物。


 しかし話はそこで終わらない。彼の死後、様々な不幸が起こる。彼を左遷した張本人は急死、朝廷に落雷で多数の死者、疫病飢餓のオンパレード。

 こりゃまずいということで朝廷は道真を祀りに祀った。


 こうして、日本三大怨霊の内の一柱とされながらも学問の神様、天神様としても崇められる。


 もっとも、僕は歴史に詳しいわけでもなく、それほど信心深いわけでもない。

 ただそれでも、この出来事を、「たまたま」や「偶然」の一言で片づける気には、どうしてもなれないのだ。


これは、僕が菅原道真を怒らせてしまった――かもしれない、そんなお話だ。



 あれは確か社会人1年目の頃だろうか。当時僕にはお付き合いをしている女性がいた。梅ちゃんというそれはそれは可愛い女の子だった。


 笑うとき、彼女は少し目を細め、ちょっとだけ歯茎が見える。それだけ全力で笑う子だった。その笑顔を見るたびになにか救われた気持ちになるほど、僕はその笑顔に強く惹かれた。


 梅ちゃんとはとにかく話が合った。出会いは大学の図書館。彼女は本が大好きだった。小説や随筆、エッセイや短歌など。なんというか、感性そのものを愛している。そんな子だった。

 そして、梅ちゃんは僕の話をとても気に入ってくれた。毎晩、布団に入ってからスマホを握り、その日一日の出来事を彼女に送った。短編小説ばりの長文だ。


 この世の中、彼女に伝えたいことが多すぎる。自分が思った面白いことを彼女に伝えたくて仕方がなかった。送信してから、既読がつくまでの時間が、妙に長く感じられたことも覚えている。顔を合わせて話した後なのに、その日の深夜まで通話する日もあった。いつまで経っても話題が尽きない。僕の話を笑って聞いてくれて、そして彼女はその話をより深めてくれる。

 その会話の中で見えてくる彼女の感性、僕もそれを愛していた。


 そんな彼女との毎日は大体3年くらい続いていた。それだけお付き合いをしているのだから、当然こんな話になることもある。旅行に行こうと。飛行機に乗って福岡旅行。首都圏から普段殆ど出ない僕らカップルにとってはちょっとした冒険だ。


 実は、梅ちゃんは飛行機に乗るのが初めてだった。僕らは結構、物よりも体験を重要視していた。飛行機に乗ったことがない、なら飛行機を楽しみ尽くそうじゃないか!とはいえ当時はまだまだお金のない若者。結局選んだのはLCC、格安の飛行機だ。そんなものでも初体験に変わりはなく、空港を含めてデートを楽しんだ。

 そしていざ飛行機に乗り込み、離陸の瞬間のことだ。彼女は黙って僕の手を握った。力は強くない。ただ、離そうとはしなかった。その温もりを感じながら思う。あの子は何でも知っていて、自分では追いつけないほど凄い人だ。ただ、時々こんな風にとても弱々しい子になる。明らかに不安そうな様子をしていたのだ。大丈夫だよと僕は笑う。彼女はコツンと、頭を僕の肩に乗せた。

 

 きっと彼女は凄い人だが、こういうところは僕が守って、支えなきゃと心に誓った。


 こうして辿り着いたのはあの有名な太宰府天満宮。さて、実際に行けばわかるのだが太宰府はとにかく梅づくし。梅が枝餅を始め、どこに行っても梅だらけ。何でも菅原道真が梅が大好き。梅に関する歌をいくつも遺した。挙句の果てには道真を追って梅の木が京都から飛んできた、なんて伝説もあるらしい。

「完全に私のテリトリーじゃん」

 そんな事を言っていた気がする。


 そんな梅だらけの土地に彼女である梅ちゃんと行くのである。なんだか不思議な縁を感じたりしていた。その時は、あくまで「よい縁」として感じていた。


 デートなのだから参拝以外にも色々観光するものである。その日の参道はとても賑わっていた。僕たちは名物の梅が枝餅に舌鼓を打ちつつ、お土産屋を覗いたり、たまたまあった射的の屋台に行ったりしていた。自慢じゃないが僕は射的がかなり上手い。なぜそれを狙ったのかは覚えていないが、戦利品として兎の形の鈴を持って帰ったのを覚えている。


 そんな寄り道をしながらも2人並んで仲良く参拝。

 二礼二拍手一礼。

 何を願ったのかは、はっきり覚えている。

「この人と、できるだけ長く一緒にいられますように」

 欲張らないように、言葉を選んだ。永遠でも、幸せでもなく、ただ「できるだけ長く」

 それが、当時の僕なりの誠実さだった。

 実際、それくらい良い子だったのだ。


 参拝が終わり、せっかくなのでお守りを買って、おみくじも引いてみた。正直内容は全く覚えていない。


 その後は近くの観光名所を巡りに巡り、屋台のラーメンを食べ、モツ鍋を食べ。福岡旅行を満喫した。


 ここで話が終われば良かったのだが残念ながらそんなことはない。


 フラれた。


 フラれたのだ。忘れもしない。大型ショッピングモールの2階、休憩スペース。お昼ご飯にフライドチキンを食べ終わった後だった。僕の視線の先、彼女の背後から老夫婦が僕たちの別れ話をじっと見ていた。僕はもう、あの二人のようにはなれないのだろうか。そんな光景と考えだけを良く覚えている。


 話した内容は上手く思い出せない。


 彼女は最後まで、僕を責めなかった。それが、いちばん堪えた。怒鳴られた方が、泣かれた方が、あるいは「もう顔も見たくない」と言われた方が、ずっと楽だった。単純に嫌われただけならどれだけマシだっただろうか。


「本当に、嫌いになったわけじゃないの」


「ただ、何というか、疲れちゃった」


 彼女曰く、僕は愛が重かったらしい。


 その言葉の裏に、どれほどの時間と感情が折り重なっていたのか、当時の僕には想像する余裕がなかった。

 今となっては、少しだけわかる。毎晩毎晩、届く長文のメッセージ。読むだけで数分、返事を考えるのにはもっと時間と体力を使う。

 真面目な彼女のことだ。「ちゃんと受け止めなきゃ」と思っただろう。思えば思うほど返信欄は空白のまま伸びていく。それでも3年間、受け止めて、返し続けたのだ。

 僕は言葉を贈っているつもりだった。だが彼女からすれば、それは受け取り続けなければならない荷物だったのかもしれない。


 重いと言われたとき、僕は愛情の話をしているのだと思った。


 でも彼女が言っていたのはそんなに単純な話ではなかった、のだと思う。

 愛は多ければいいものだと、相手のことを思う時間や量なのだと、無意識に信じていた自分がいた。

 与えすぎることが、相手の呼吸を奪うこともあるなんて、その時の僕には到底考えも出来なかった。

 彼女は、それを説明しなかった。説明しなくてもいいように、最後まで優しくしてくれた。彼女はそれを説明することが、僕にとどめを刺すことだとわかっていたのだ。


 彼女は本当に、最後まで、ただ優しい子だったのだ。残酷なまでに、優しい子だったのだ。


 もちろん理由は複合的だろうし、他にも思うことは多々あったのだろう。ただ、主な原因にこれがあったことに、間違いはない。


 今思えば、それほど優しい彼女に、それでも別れたいと思わせた僕は、一体どれほどの悪人なのだろうか。彼女を押し潰したのは、まず間違いなく僕だ。


 だが振られた直後の僕は、とにかく冷静ではなかった。そして一つの結論に至る。


 そう、僕は厄年だから振られたのだと。


 厄年だからだ、と思えば楽だった。理由が外にあれば、自分の中を掘り返さなくて済む。誰かを責めることも、自分を直視することもなくて済む。


 スマホで「厄年 別れた」と検索した。予測変換が出るということは、同じことを考えた人間が、それだけいるということだ。妙に安心した。


 前厄、本厄、後厄。調べてみて、自分の年齢と照らし合わせる。見事なほど、今年が本厄だった。去年は良すぎたのだ。仕事も、恋愛も、何もかもが順調すぎた。人生の絶頂と言えるほどに。だから今、帳尻が合ったのだ。そう考えると、すべてが説明できる気がした。

 友人にそれとなく話したこともある。

「それ、普通に振られただけじゃない?」

 正論だった。

 だから僕は、その言葉を採用しなかった。正論になんの意味がある?正しい言葉より、自分を守ってくれる言葉を、

人は無意識に選ぶ。少なくとも僕はそうだ。

 厄年という概念は、その点で非常に都合がよかった。悪いのは年回りであって、僕ではない。少なくとも、全部が僕のせいではない。そう思えるだけで、やっと呼吸が出来る。そんな気分になった。

 

 理由はどうであれ、僕はお祓いをすることに決めた。その結論に辿り着いたのはちょうど年末。新年開ければお祓いシーズン到来だ。


 僕は彼女との同棲のため貯めた資金からお祓い費用を捻出する。どうせもう、有って無いような泡銭だ。スマホで調べてみると、普段ならちょっと躊躇するような金額が表示されている。

 だが、金で解決できる不幸なら、安いものだと思った。

 この考えがもう、だいぶ終わっているとは思うのだが。


 僕は子供の頃からお世話になっている近所の神社に初詣、そしてお祓いに向かった。いつもよりずっとグレードの高いお祓い。これはご利益があるに違いない。


 お祓いの祝詞と鈴の音を一身に受け、僕は身を清める。そして、お祓いが終わった後、色々なお土産を渡された。破魔矢や御神酒、御神菓など。流石グレードの高いお祓い。紙袋いっぱいにご利益がありそうなものをくれる。


 そうして家に帰り、貰ったものを片付けていると、この神社の由緒が書かれたパンフレットが入っていた。そういえば僕はこの神社が誰を祀っているのか良く知らない。せっかくグレードの高いお祓いをしてもらったのだ。ちゃんとその神様に感謝せねばならない。


 そうして御祭神の欄に目を通す。スサノオノミコト、クシナダヒメ、オオクニヌシノミコト。そのあたりはビッグネーム、オタクである僕は当然お見かけしたことがある有名な神様だ。だが一柱、見慣れない名前があった。


 藤原時平命。


 平安時代の貴族らしい。当時は相当なエリートだったとパンフレットには書かれていた。添えられている絵は、何かの絵巻物の一部だ。貴族にはそぐわない刀を構えている。勇ましさすらある姿だ。雅なイメージの平安貴族が?

 もう一つ引っかかる記述。彼は僕の住む地域でしか信仰されていない神様だそうだ。


 僕の住む地域でだけ、信仰される神様。言葉の響きとして、なかなか面白い。彼に興味が出た僕はその名前をスマホで検索した。


 すぐにヒットする。藤原時平。そして何故か菅原道真。なぜ?


 当たり前だ。




 藤原時平は、菅原道真を左遷した張本人。




 天神様の呪いを、最も濃く受けた人物だ。


 記憶にある限り、僕は七五三の頃からこの神社にお世話になっている。必ずこの神社のお守りを身に着けて生活してきた。


 もちろん、あの旅行の日もそうである。僕は何も知らずノコノコと、彼の天敵である人物のお守りを付けて、彼女とイチャイチャしながら能天気に将来末永く続くイチャイチャを祈ったのだ。


 その事実を知って、こう僕は叫んだ。別に、誰に聞かれているとも思っていない。ただ、こう、叫ばずにいられなかった。


「つまり、そんな能天気に天敵の僕がノコノコ参拝行ったから別れさせられた!もしかしてそういうことですか!?神様!?」




リン……と背中で音が鳴った。




 何かが床に落ちている。兎の鈴だ。何だこれ。


 太宰府の参道で貰った鈴だ。だが、ここは自分の家。風も何もないし、僕は棚に触れてもいない。そもそもこの鈴は落ちるような場所にあったか?


 鈴は、床の上で静かに揺れていた。音は、もう鳴っていなかった。


 わからない。ただゾッとした。


 これは僕を見ていた藤原時平公が、僕にそうだと教えてくれたのか。それとも天神様が答えたのか。僕にはわからない。


 ただ、これからあまり天神様の神社には近づかないようにしよう、と思った。恐ろしいには恐ろしいが、自分は何だかんだ時平公を祀る神社にお世話になり、何だかんだ健康にこの年まで幸せに生きてきた。ここで鞍替えしたりするのも、何か違うと思ったのだ。


 そうだ、そう言えばお土産に御神酒を貰っていたのだった。丁度いい、今飲んでしまおう。




 箱を開けて中に入っていたのは、それはそれは美味しそうな、梅酒でありました。

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