ドワーフの鍛冶屋
リョウジが冒険者の講師となる前日。その日はギルドマスターに呼び出されており、リョウジとコウタは冒険者ギルドに顔を出していた。
「それで、今日の用事というのは?」
「いやなに、あんたがどれだけ動けるのかってのと、武具についてどんな知識があるのか知りたくてな」
ギルドマスターの言葉に、リョウジは苦笑いを浮かべた。
「あ~……武術関連は、もうまったくで……動きは、まあ……普通の人くらいは?」
「その『普通』がどんなもんかわかんねえもんでな。あと、その関連で会わせたい奴がいるんだ。グルーガっていう鍛冶屋の奴なんだが……ま、あんたも確実にお世話になるから、その顔見せとでも思ってくれ」
今日も今日とて大量の書類に埋まっているギルドマスターは、それらをある程度左右に振り分けると、席を立って大きく背中を反らした。同時に、腰の辺りからバキボキと大きな音が聞こえる。
「うおおぉぉ……こんだけ鳴ると気持ちいいよな」
「あ、わかります。あんまり身体には良くなさそうですけどね」
「こんだけ気持ちいいんだから、身体に悪い訳ねえさ」
「若い頃は、あんまり鳴らなかったんですけどね」
「言うな、悲しくなる」
おっさん二人と子供一人は、連れだって部屋を出ると、そのまま一階に降り、ギルドの外へと足を向ける。
「アイシャ、俺はグルーガの所にいる。何かあればそっちに回せ」
「わかりました、行ってらっしゃい。リョウジさんもお気をつけて」
「あ、はい、ありがとうございます。行ってきます」
まさか自分にも言われるとは思っておらず、リョウジは慌ててそう返した。すると、アイシャはおかしそうに笑った。
「ふふふ。リョウジさんも明日からはギルド職員、つまり同僚ですから。挨拶くらいしますよ」
「あ、そうでしたね。では改めて、行ってきますアイシャさん」
「はい、行ってらっしゃい」
挨拶を交わし、ギルドマスターに少し遅れて建物を出る。少し歩いたところで、ギルドマスターがポツリと言った。
「アイシャってな、基本的に仕事以外のお喋りしねえんだわ」
「そうなんですか?」
「あんた、懐かれてるなぁ。まあ、あんたみてえに人当たりのいい奴、冒険者には少ねえからな」
「そ、そうですか。まあ、嫌われるよりはいいですね」
そんな話をしつつ、あちこち興味を示すコウタを宥めながら町を歩く。二分ほど歩いたところで、そこそこの大きさの武具屋に着き、三人はその前で足を止めた。
「ここがグルーガの鍛冶屋兼武具屋だ。おーい、グルーガ!入るぞ!」
言いながら、ギルドマスターは返事も待たずに店の中へ入っていく。リョウジも慌ててそれに続き、少し経つと店の奥から筋骨隆々の髭面の小男が姿を現した。
「おう、マスターじゃねえか!思ったより早ぇな!」
「……ドワーフ?」
リョウジの呟きに、グルーガとギルドマスターは揃って顔を向けた。
「お?異世界にもドワーフはいるのか?」
「あ、いえ、お伽噺の中では出ますが……実際に見たのは初めてです」
「お伽噺ぃ?はっはっは!俺ぁお伽噺の住人かぁ!そいつぁ面白れぇ!」
そう言って笑いながら、グルーガは右手を差し出した。
「俺ぁグルーガだ!武器、防具、細工もん、何なら家具でも宝石磨きでも、鍛冶とか手先の仕事なら任せてくんな!」
その手をしっかりと握り返し、リョウジは軽く頭を下げた。
「お世話になります、明日からギルドの臨時職員になる宮本良治です。こっちは息子の洸太です、よろしくお願いします」
かなり畏まった挨拶だったが、グルーガはむしろ楽しげな笑みを浮かべた。
「きっちりした野郎だな!そういう奴は嫌いじゃねえぞ!よろしくな、リョウジにコウタ!」
笑いかけられたコウタは、グルーガの顔をじっと見つめ、おもむろにその手を取った。
「お?」
そのまま、コウタは店の扉の前にグルーガを引っ張り、そして全身の力を込めてグルーガを外へと押し出した。
「わいわーい」
「ちょ、コウタ待てぇぇぇぇ!!!」
コウタが閉めようとした扉を全力で抑え、リョウジは真っ青な顔でグルーガに頭を下げた。
「も、申し訳ありません!息子が大変失礼な真似を……!」
しかし、当のグルーガはまったく気にしていないようで、大きく口を開けて豪快に笑った。
「だぁっはっはっは!!まさか俺が、てめえの店から締め出されるとは思わなかったぜ!いや、面白れえガキじゃねえか!」
「本っ当に申し訳ない……!」
「気にすんな気にすんな!そんな小せえこと、俺は気にしねえ!だからおめえも気にすんな!」
「そ、そう言っていただけると救われます……コウタ、ここあの人のお店だからね。お店の人を締め出すのはダメ、いい?」
戻ってきたグルーガを、コウタは『なぜ戻ってきた』とでも言いたげな目で見つめているが、リョウジがしっかりと手を握っているため、何もせずに見つめている。
「くっくっく……いや、悪りいな。けど、なかなか傑作だったぞ今のは。クッククク……」
ギルドマスターはだいぶツボに入っていたようで、顔を伏せながら肩をブルブル震わせている。
「クク……いや、仕事の話に戻るか。ゴホン、あんたを連れてきたのは、ここで基本的な武器防具について教えたかったのと、あんた自身がどれだけ使えるのか見たかったんだ」
「使うのは全然自信ないですが……」
「どんだけ使えねえかも見てみたいからな。まずは……グルーガ、適当に武器持ってきてくれ」
「おうよ!ちょっと待ってな!」
そう言って、グルーガは店の奥へと引っ込む。少し経つと、その両手いっぱいに武器を抱えて戻ってきた。
「ほらよ、この辺でどうだ!?」
「おう、ありがとな。さて、リョウジさんよ。この武器、わかるのはどんだけある?」
言われて、リョウジはその武器の山を見つめる。
「ええと……ショートソード、ロングソード、ツーハンデッドソード、これは……カットラス。こっちはブロード……いや、バスタードソード?それとレイピア……かな?あとハルパー。槍はショートスピア、ランス、トライデント、ウィングドスピア……」
「おい、おいおいちょっと待て待て待て!」
さらさらと回答を始めたリョウジを、ギルドマスターが慌てて止めた。
「え、どうかしました?」
「どうしたもこうしたも、あんた武術関連はまったくだって言ってなかったか?えらく詳しいように見えるんだが?」
「あ、それはゲームで……えっと、私の世界では、こう……なんだ……」
リョウジはテレビゲームについて説明しようとするが、そもそもテレビなどが全く無い世界でそれを説明するのは想像以上に難しいことに気付く。
「映像を、映し出す機械があって、それで……キャラ……ええい、もういいや。自分の好きな外見にできる駒みたいのがあって、それを動かして遊べるんですよ。で、そういったゲームの中にはこの世界に似たような世界観の物もあって、その中に色んな武器が出てくるんで、遊んでるうちに私も知識だけはついたんです」
リョウジの説明に、ギルドマスターもグルーガも半分ほどしか理解が追い付かないようだったが、それでも何となくは伝わったようだった。
「遊びで武器が出てくるのか……いや、こっちでも子供がチャンバラしてると色んな武器出てくるな」
「だがおめえ、ハルパーを知ってるとはやるじゃねえか!そんなに有名な武器じゃねえと思うんだが?」
「あ、それは神話にメデューサ退治の話があって、それに使われたのがハルパーだったんです。こう、睨まれると石化するんで、鏡のような盾を使って位置を把握して、あとはそれで首をスパッと」
「へーぇ、メデューサの倒し方が伝わってるとは面白れえもんだな!ちなみにさっきの武器の答えだが、レイピアだけ不正解だ!ありゃエストックだぜ!」
「あら、そうでしたか。確かに大きいなーとは思いましたが……あれがエストックでしたか」
「存在は知ってんのかよ」
どうやら武器については詳しいようだとわかり、今度は鎧や盾などを持ってきたが、そちらも半分以上は正解していた。その間、コウタはグルーガが手慰みに作ったという弥次郎兵衛を真剣な眼差しで見つめていた。
「本当にあんた、知識はそれなり以上だな。じゃあ次だが、実際にどれだけの腕か見たいんで、店の裏手に回ってくれ。グルーガ、準備頼むぞ」
「おう!武器はどうする!?」
「あー、剣と槍をいくつか運んでおいてくれ。長さはそれぞれ変えてくれ」
「よっしゃ、任しとけ!」
「武器を壊さないよう頑張ります……コウタ、おいで。お店の裏行くよ」
そこは、意外と広い裏庭のような場所になっており、恐らくは試し切り用の案山子のような物がいくつか立っていた。まったく斬れる気がしないな、と思いながらも、同時にどうやったら斬れるかを考えつつ、走り出そうとするコウタを止める。
「待たせたな!とりあえず、この辺から試してみな!」
グルーガが用意した物は、ショートソード、ロングソード、ショートスピア、レイピアといった、比較的扱いやすい武器だった。とはいえ、高校で習った剣道以外、武器など使ったことがないリョウジには、どれもこれも手に余る代物である。
「では……この辺からやってみます。あ、誰かコウタを見ててもらえます?」
「お、おう。俺が見とく……グルーガ、さっきの玩具ねえか?」
「おう、持ってきてやる!ちょっと待ってな!」
腰が引けているギルドマスターに若干の不安を覚えつつ、リョウジは昔習った正眼の構えを取る。しかし、改めて見ても、やはり斬れる気はしなかった。
「……でぇい!」
覚悟を決め、胴を薙ぎ払うように剣を振る。ビュゥン!という唸りをあげて振られた剣は、案山子の胴に食い込んだだけで止まってしまい、リョウジの手には鈍い痺れが残った。
「いったた……け、結構斬れないものですね」
リョウジの言葉に、ギルドマスターは若干遠い目をし、グルーガは豪快に笑った。
「いや……うん……あんた、思った以上に下手だな」
「がっははは!まさに駆け出し冒険家ってところだな!剣がびゅんびゅん鳴るようじゃ、そりゃ斬れねえよ!」
「そ、そうなんですか。えっと……他の武器、試してみますね」
それから、用意された武器を一通り使ってみたが、どれもこれも現代日本で育ったリョウジには扱いかねる物だった。剣はビュウンという鈍い唸りをあげ、槍は伸びきるところで派手に穂先が下がり、レイピアでは手首を痛めかけた。
唯一、多少は望みが持てたのは、程々の大きさの手斧だけであった。それも、スパッと切れたわけではなく、重さと勢いに任せて圧し折ったという方が近い。
そんなリョウジを見ていたコウタは、自分もやる!と言わんばかりに剣を持とうとしていたが、リョウジとギルドマスターに全力で止められていた。
「うん、本当にダメだっていうのはよくわかった」
「なんか……すみません」
「がっはっは!これから慣れていきゃいいんだ!落ち込むこっちゃねえよ!」
それでも、せめて剣で案山子を斬ってみたいと思っていたリョウジは他に何か使えそうな武器が無いか見回す。すると、一本のサーベルが目についた。
「あの……あれ、使ってみてもいいですか?」
「お、サーベルか!?これこそ、斬る武器の代表格みてえなもんだが、やってみるか!?」
「はい、お願いします」
鞘に入ったサーベルを受け取り、それを抜こうとして、リョウジはふと動きを止めた。
「……あれ、やってみようかな」
もしも現代日本に戻ったら、絶対に触れない代物である。であれば、自由に楽しく振ってみようという思いが湧き上がり、リョウジは鞘に納めたままのサーベルを左腰に構え、右手で柄をしっかりと握った。