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最強は私じゃなくて障害持ちの息子です  作者: Beo9
二章 冒険者ギルドの講師 準備編
8/40

リョウジとコウタのいつもの一日

 部屋の明るさに目を覚ますと、鼻先数センチのところにコウタの顔があり、リョウジはビクッと身体を震わせた。

「お、おはようコウタ。めっちゃ近いな」

「お、は、よ」

「おお、おはよう。今日は返事できたねえ」

 体を起こし、大きく伸びをする。リョウジに倣ってコウタも起き上がり、足に縋りつく。

「コウタ、歩き辛いよ」

 まとわりついてくるコウタを適当にいなしつつ、顔を洗う。コウタの顔を洗おうとすると、するりとその手をかわして逃げてしまい、リョウジは小さくため息をつく。

 タオルで顔を拭いていると、不意にコウタの声が響いた。

「い、び、まー!」

「どうしたコウタ、何が不満?」

 見ると、単にリョウジの鞄を漁ろうとして、チャックが開かないと怒っているようだった。それを開けてやろうかと手を伸ばしたところで、チャックが勝手に開き始め、コウタは満足気な表情を浮かべた。

「……あんまり悪戯しないでね」

 言ったところで無駄ではあるのだが、一応そう注意してから、リョウジはしっかりと顔を洗う。

 洗顔を終えてコウタを見ると、鞄の中の物を全部出してからすぐに飽きたらしく、お気に入りの毛布と同じものを作り出して包まっていた。ご機嫌でうふうふ笑うコウタを微笑ましく思うも、増えた毛布について宿の者にどう説明するかを考えると、今から頭の痛いリョウジだった。

 身支度を整え、昨日買った服に袖を通す。さすがに着たきり雀という訳にもいかないので、コウタ共々服を一式買い揃えたのだ。冒険者になることを考え、少し厚手のしっかりした服で、お値段はやや高めだったが、いい買い物をしたと思っている。

 食堂に行き、朝食を取る。以前の一件以来、リョウジは女将さんの手を借りずにいるため、基本的にコウタに掛かりっきりである。一瞬一瞬の隙を見つけ、パンを口に放り込んではいるものの、まともに食事ができるのはごく稀である。

「ごっきごきった!」

「ちょ、待って。お父さんまだほとんど食べてない」

 きちんと手を合わせ、即座に部屋へ戻ろうとするコウタに対し、リョウジは何とか引き留めて自分の食事を再開する。しかし、その合間もコウタが隙を見て部屋に戻ろうとするため、せっかくの料理を味わう暇もない。

 とにかく手早く腹に詰め込み、慌ただしい食事を終える。部屋に戻ると休む間もなく、コウタが腕を引っ張り始める。

「おいお」

「ん、なぁに?何すればいい?」

「でげ」

「ああ、お出かけ?散歩でもしようか」

 日本であれば、適当にあしらって休ませてもらうところなのだが、この世界ではコウタの要求が通らないと、何が起きるかわからない。そのため食休みの間もなく、リョウジは町の中を散歩することになった。

 半強制的に連れ出された散歩とはいえ、中世ヨーロッパのような町中を散策するのは、海外旅行のようで存外楽しいものである。出来れば妻も一緒だったらなと思いつつ、リョウジはコウタの手をしっかりと握って歩く。コウタはそれをいいことに、数歩ごとにブランと力を抜いてぶら下がって遊んでいる。

「コウタ、重いからちゃんと歩いて」

 それに対する返事はない。都合の悪いことなどは大体返事をしない上で、まるで聞こえていないかのように振る舞うのが普通であり、リョウジ自身もそれはわかっている。それでも、一言言わずにはいられないため、無駄だとわかりつつも声はかけるようにしている。

 しばらく歩くと、コウタがしきりにリョウジの手を振り払おうとし始めた。くるりと手首を回し、こちらの指を外してくるため、その度にしっかりと繋ぎ直す。それを何度か繰り返していると、今度はしきりに手を引っ張り始めた。

「ん、どうした?どこ行きたい?」

 すると、どうやら近くの店からいい匂いがしていたらしく、食堂に入れと言っているらしかった。散策で小腹も減っていたため、リョウジはコウタの手をしっかりと握って店に入る。

「いらっしゃい。おっ、あんた最近噂の、異世界の親子って奴かい?」

 店に入るなり、店主にそう話しかけられ、リョウジは思わず苦笑いを浮かべた。

「う、噂になってるんですか?」

「まあ、小さな町だからなぁ。それにあんたが、色々ギルドと何かしてるって噂も聞くしな。まあそれはいいや、何か食いに来たんだろ?適当に座ってくれ」

「あ、はい、どうも」

 コウタと共に席に着き、クリムゾンバッファローのミートスープとやらを注文する。名前からして、筋張った硬い肉を想像していたのだが、食べてみると意外なほどに軟らかく、また味も良いものだった。

「この肉、おいしいですね。ここら辺では一般的なものなんですか?」

「お、嬉しいねぇ。そいつは一般的ってほどじゃないが、ここらだとたまに冒険者が狩ってくるんだ。そのままだとゴリッゴリで食えたもんじゃないが、8時間ほど煮込んでやれば、その通り肉汁たっぷりの美味しい肉になってくれんのさ」

 やはり、本来は想像通りの肉だったらしい。口の中でほろりと崩れる肉は、料理人の創意工夫の賜物だったようだ。コウタもその肉が大いに気に入ったようで、リョウジの分まで半分以上食べられてしまった。

 店を出て、再び町中を歩く。リョウジとしては生活用品の店に目が行くが、よくよく見れば武具を売っている店も当たり前のように存在しており、改めてここが異世界なのだと実感する。

「冒険者になったら、俺もああいうの使うことになるんだろうねえ」

 そうコウタにぼやいてみるものの、コウタは完全無視である。その合間も、隙あらばリョウジの手を振り払おうとしており、静かな戦いはずっと続いている。

 いくつかの店を回り、商品を眺め、時に質問し、不規則に走り出そうとするコウタを止める。そんなことを繰り返しているうちに、日は少しずつ傾き始め、あちこちの家から良い匂いが漂い始める。

「コウタ、そろそろホテル帰ろうか」

「かーり」

「……ごめんね、ホテルに戻ろうね」

「かり!かぁーり!!」

 地雷を踏んだ、と後悔するも後の祭りである。

「ごめんて……部屋、戻るよ。ホテルのお部屋、戻ろうね」

「ういいぃぃーー!!かりぃーーー!!!うぉああぁぁーー!!!かぁーりぃー!!!」

 家に帰れと泣き叫び、活きの良いマグロのように暴れるコウタを何とか抱き上げ、リョウジは必死の思いで宿屋へ戻る。

 部屋に戻っても、コウタは水揚げされたクロマグロだったため、リョウジは仕方なくずっと付いている羽目になっていた。この状態のコウタを放置したら、どんな大事件が起こるか分かったものではない。町が半壊する程度なら生易しいという可能性すらあるため、とにかくコウタを落ち着かせることに腐心する。

 とてもではないが、食堂にコウタと共に行くのは不可能だったため、無理を言って夕食を部屋に運んでもらう。コウタは最初、食事すら拒否して釣り上げられたビンチョウマグロの様に大暴れしていたが、2時間ほど暴れ続けてさすがに疲れたらしく、少しずつ興味が食事の方に移っていった。

「お~りや。おんあー?」

「美味しい?よかったねえ」

 付き合わされていたリョウジは、コウタ以上に疲労困憊と言った様子である。それでも何とか笑顔を作り、コウタの機嫌が再び悪化しないよう細心の注意を払っている。

 食事が終わって少し経った頃、コウタが不意に動きを止めた。一体何かと訝る間もなく、コウタはやや腰を落とし、軽く踏ん張る。

「っ……ふー」

「ああ、うん……美味しく食べたからねえ。じゃあコウタ、バッグからおむつとお尻拭き、お願いね」

 あえてコウタから手を離し、代わりに自分のバッグを持たせる。すると、コウタは中身を漁り、いつも使っているおむつとお尻拭きを取り出した。ちなみに、本来ならどちらもとっくに使い切っており、あるはずの無い物である。こういったところは、コウタのスキルのおかげで大助かりだった。

「コウタカタッターコウタカタッターコウタカタッタッター、おむつを替えるぞコウタカタタッタッター」

 作詞作曲:宮田良治のおむつ交換の歌を歌いつつ、てきぱきと処理を終えていく。別におむつ交換が楽しい訳ではなく、歌にでもしていないとやっていられないという、切実な事情である。コウタ自身も歌は好きなので、歌っている間は比較的大人しいという実用的な理由もある。

 おむつの処理を終え、一息ついたところで、宿屋の浴場を借りる。どうやらこちらの世界でも風呂に入る習慣はあるようで、割と立派な大浴場があるのだ。

 さすがにシャンプーなどはないので、石鹸で頭も含めた全身を洗い、風呂に入って温まる。コウタは風呂というより水が好きで、放っておくと1時間以上は風呂で遊んでいる。おかげで、リョウジは元々10分も入らなかったのだが、今ではすっかり長風呂に慣らされていた。

 たっぷり1時間強の風呂を終え、部屋に戻る。そのタイミングで、薬師から購入していた精神安定剤と睡眠薬を飲ませる。それらを服用してなお、コウタは元気に暴れ回っている。

「いーー、あ、い、あ」

「うんうん、そうだねえ。楽しいねえ。もう少し、眠くなるまで遊んでいいからね」

 そうしてさらに1時間半が経ち、さすがのコウタも目がトロンとし始め、ベッドに横たわると、リョウジの手をぐいぐいと引っ張る。隣に寝転んでやると、その胸に顔を埋め、幸せそうに一つ深呼吸をし、やがてすうすうと小さな寝息を立て始めた。

 それを見届けると、リョウジはそっとベッドから這い出し、こっそり買っておいた肉の串焼きとエールを取り出した。

 串の根元から、肉を豪快に剥ぎ取り、それをエールで流し込む。疲れた体に肉汁とアルコールが染み渡る感覚に、リョウジは満足気に息をつく。

 二本目の肉串を取り出し、今度は少しずつ口に運び、じっくり味わって食べる。しょっぱい中にも微かな甘みのあるソースに、噛めば噛むほど肉汁が溢れる肉。その味と匂いを存分に味わい、エールで胃へと押し流す。

 ささやかな、酔いの欠片もない程度の酒盛りを終えると、リョウジはもう一つのベッドに潜り込み、静かに目を瞑った。

「……今日は、随分楽な日だったな……いっつもこの程度だと助かるんだけどねぇ……」

 そう独り言ち、意識を手放す。コウタ疲れのおかげで、いつも眠りにつくのは一瞬である。そして、部屋の寝息が二つとなり、いつもの一日が終わるのだった。

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