異世界知識の講習会
それから二日後。冒険者ギルドの一室に、多数の人が集まっていた。その中心にいるのはリョウジとコウタであり、集まっている人々は医師や学者など、それなり以上の知識を持つ者達である。
魔法もマジックアイテムも、スキルすらない世界の人間ということは既に周知されており、ついでに息子のコウタの方は絶対に刺激するなという厳命の元、質疑応答という名の座談会が始まっていた。
「ええと、ポーションを使って傷を治しても死ぬ……出血多量ですかね?であれば、輸血で対応できますね」
質問は多岐に渡るが、幸いにも一般人でもわかる質問が多かったため、リョウジは内心冷や汗をダラダラかきつつも、何とか対応できていた。
「とんでもない!そんなことをしたら、血液が固まって死んでしまうだろう!?」
「ああ、それは血液型が合ってないからですよ。血液型にはA、B、O、ABと四つあって……あ、それにRHのマイナスとプラスもあるか。あと亜型?とかいうのもあるとかないとか……」
「血液型……だと?そ、それはどうやったら調べられるんだ?」
「いやぁ、それは何とも……それこそ、相手の血と分ける人の血を少量取ってみて、混ぜ合わせて確認するとか……」
そこまで言った瞬間、突然出席者の一人である女性の体が、白く眩く光った。一体何事かとリョウジが驚いていると、その人は唖然とした顔で自分の掌を見つめていた。
「……お、覚えた……スキル……」
「おー、おめでとう。このタイミングで覚えたってことは、何か医療関係か?」
腰を抜かさんばかりに驚いていたのはリョウジだけで、他の人は皆祝福ムードになっていた。どうやらスキルを習得するときは、このように全身が発光するものらしい。
女性は周囲を見つめ、続いてリョウジの顔をまっすぐに見つめると、口を開いた。
「貴方は……血液型はA型、ですよね?」
「え?あ、はい、そうですが……」
「息子さんもA型、で合ってますか?」
「え!?あ、ええと、息子の血液型はまだ調べてないんですが……まあ、OかAなので、可能性は十分あるかと」
「先生はB型、ギルドマスターはO型、私もO型、貴方はAB型……私、わかります!皆さんの血液型!」
「おお!『血液型鑑定』か!素晴らしいな、これでリョウジさんの言ってることが本当なのか、実験できるぞ!」
そんなスキルまであるのか、とリョウジが驚いていると、ギルドマスターが小声で話しかけてきた。
「今まで『血液型』なんてもんがあるなんて知らなかったから、あのスキルを覚えたのはあの人が初めてだ。ある意味で、あんたとお揃いだな」
「ははは。でも、今は血液型についての知識が得られましたから、この先同じスキルを持つ人が増えるかもしれませんね」
「ああ、まさにそれを期待したいところだ」
その間にも、医師同士でどんどんと話は進んでおり、現在は罪人から血液を採り、それを混ぜ合わせることでリョウジから得た知識の裏付けを進めるということになっていた。罪人の人権がまったく考慮されない辺り、やはり現代日本とは違うなあとリョウジは若干遠い目になる。とはいえ、それは人体実験がしやすいということでもあるため、まったく悪いことばかりでもないのだろうと、リョウジはそう考えることにした。
「しかし、血が足りないのなら血を、という理屈はわかったが、水などを入れてはダメなのか?」
「あ、それはやめた方がいいです。血が薄まると、酸素運搬能力が下がるので……と言っても、血圧が下がるのもまずいので、本っ当に血が出過ぎて今にも死にそう、というのなら輸液もありです。ただ、その場合は生理食塩水……えっと、血液と同じ程度の塩を含んだ水にしてください」
「ほう、血が酸素というものを運んでいるのか……すごいな、このたった数十分で医学がどんどん進んでいく」
「ああ、今世界の医療の最先端は、間違いなくここだな」
そんな医師の言葉が聞こえてくるが、それは誇張でも何でもない事実なのだろう。そもそもが、怪我の治療があまりに簡単に行えるため、詳しい研究が為されなかったのも大きいのだろう。
「あ、ところで私からも皆さんに質問していいですか?」
リョウジが声をかけると、話していた人達は一斉に口を閉じ、リョウジに注目する。それまでの喧騒から一転、しんと静まり返った室内に、リョウジはむず痒さすら感じる。
「そ、そこまでかしこまられると恐縮ですが……その、ポーションについてなんですが、ポーションは傷口に掛けるか、飲むかしかないんですか?」
「それは……まあ、そうだな。それ以外に何かあるか?」
「ヒッヒッヒ、そりゃああるさね」
何やら聞き覚えのある笑い声に顔を向けると、そこには以前薬を買った薬屋の老婆が座っていた。コウタも同時に気付き、即座に掌を自分に向けて振り始める。
「わいわーい!」
「やめなさい」
何が起こるかわからないため、一応コウタの手をしっかりと握りつつ、リョウジは優しく窘める。
「もちろん、ポーションは飲み込むか、掛けるかしかないねえ。だけど薬は、色んな飲み方がある。舌の下に置いたり、患部に貼り付けたりねえ。そういうことを、聞きたいんだろう?」
「ええ、そうです。まさにそういったことですね」
周囲の反応を見ると、どうやらポーション以外の薬を扱う薬師は、変わり者のような扱いを受けているらしい。もっとも、魔法や即効性のある薬がある中で、わざわざ自然治癒力に頼る薬を作っているのは、十分に変わり者だろう。
「その飲み方で、何が違うんだ?」
「あたしが答えてもいいが、そこは異世界の先生にお任せするかねえ」
いや、任せないでくれ、と喉元まで出かかったが、リョウジはぐっと堪えて質問に答える。
「舌下の場合は、この舌の下……プニプニしてる部分から直接取り込まれるんで、胃で消化されない分効果が高いんですよ。貼り薬は、痛み止めの湿布なんかが多いですね。あとは、肛門から入れる座薬なんていうのもあるんですが」
「ざ、座薬……!?」
出席者の大半が眉をひそめる中、薬師の老婆だけは楽しげにリョウジを見ている。恐らくは彼女も、こういった知識を持っているのだろう。
「その……肛門に?薬を?入れるのか?それに何の意味が?」
「直腸からは吸収が早いんです。あともう一つの利点が、自分で薬を飲めない相手にも使えるというところですね」
ちらりとコウタを見て、リョウジは続ける。
「こちらでは怪我をする人が多いと聞きましたが、たとえば内臓が傷ついた場合、その人が気絶してたら、どうやって治すんですか?」
リョウジの質問に、医師達は言葉に詰まった。
「それは……口移しで、何とか飲んでもらうしか……」
「やっぱりそうなんですね。であれば、座薬型のポーションとかあれば、助けられる命もあるんじゃないかな、と思うんですけど、どうでしょうか?」
医師達はざわざわと話していたが、見解としてはほぼ満場一致で『良い案』である。しかし、如何せん肛門に薬を入れる、というところに抵抗があるようだった。どちらかというと、入れるより入れられる方を想像してしまうのだろう。
「そ、そうは言うがなっ……その、あんたはそんなことされて、嫌じゃないか!?よりによって、尻に薬をぶち込まれるとか……!」
「あ~、嫌ですね。嫌でしたね……」
自身の苦い記憶を思い出し、リョウジは遥か彼方を見つめる目で続ける。
「19歳の時、高熱を出して病院に行って、若い女の先生に押し込まれた時は……本当に……本っ当に……恥ずかしかった……」
「……」
その場にいた全員が、同情の籠った目でリョウジを見つめていた。
「ですが、それのおかげで楽になったのも事実なんですよ。あの時は喉も腫れ上がってて、水を飲むのも辛かったし……それに、命を取るか尊厳を取るかって言われたら、よっぽどのことがない限りは命を取りますよ、私は」
「……そ、そうか。辛いことを思い出させて、すまなかった」
「い、いえ、そこまで謝られることでもないので……」
命が助かるのなら、ということで、医師達は再び活発に議論を交わし始めた。今度はそこに薬師も混じっており、ポーションをどう固めるかなど、具体的な話が進んでいた。
そしてやはり、直腸からの吸収の早さを確かめるため、罪人の尻に酒を入れてみようという話になっている辺り、リョウジは心の中で囚人達にそっと頭を下げていた。
医療関係の話がひと段落つくと、今度は学者と思しき男性が質問を始めた。
「ところで、貴方の国では表意文字、という物を使っているらしいが、どういうものか聞いても?」
「あ、はい。主に漢字と言われているもので、文字そのものに意味があるんです。たとえば天気の『天』であれば、空とか上とか、あとは神とかいった意味になります」
「ふぅむ。そうなると、流し読みでも大まかな意味は取れるという利点があるな」
さすがに学者だけあり、頭の回転は早いようだった。
「良ければだが、何か文章を書いてもらってもいいかね?実際にどのようなものなのか確認したい」
「いいですよ。では、ちょっと失礼しまして……」
リョウジは漢字を使った文章、さらにひらがなやカタカナを混ぜることにより、様々な意味や印象を出せることなどを説明し、学者達は興味深そうにそれを聞いていた。
そうして、その後も様々な質疑応答が続き、日が傾く頃には、リョウジはもうへとへとに疲れ果てていた。
「よし、我々はこのまま新型ポーションの開発に移ろう!薬師殿、もう少し付き合ってもらいますぞ!」
「ヒッヒ、構わんよ。どうせ客なんかほとんど来ない店だ、一日休んだところで構わないさ」
「リョウジさん、ありがとうございました。これで古代文字の研究にも進展があるかもしれません」
「暗号も作れるかもしれないな。王都の友人に連絡を取ってみよう」
「み……皆さん、お疲れ様でした……」
グロッキーなリョウジと違い、出席者の面々は元気いっぱいである。むしろ、新たな知識を早く試したいという者ばかりで、この後は彼等だけの二次会を行うようである。さすがにそれに参加する気は起きず、またコウタをこれ以上宥めるのも限界だったため、リョウジはそそくさとその場を離れた。
コウタの手を引き、宿屋へと戻る。さすがにもう何かしようという気も起こらず、できることならさっさと寝てしまいたいぐらいには疲れている。
「コウタ、あとはご飯食べて寝ようか」
「どあん、どーあーん」
「ご飯ね」
宿で夕食を取り、部屋へと戻る。今日の夕飯は骨付き肉に何らかのソースを付けて焼いた物が出て、それをコウタがいたくお気に召してしまい、リョウジの分まで全部取られていた。おかげで小腹が減っているのだが、さすがに出かける気にもならず、まして出かけた場合、コウタが興奮して寝なくなる可能性まであるため、大人しく部屋に帰るしかなかった。
「コウタ、頼むから今日は早めに寝てくれるかな」
「おりおってぃ。あいおりおー」
コウタ語で返事はあったものの、まったく通じている気配はない。結局、その日もコウタは0時まで眠らずに遊び続け、それに付き合わされていたリョウジはコウタが寝たのを確認すると、そのまま気絶するように眠るのだった。
その後、町では新たなポーションが開発され、冒険者の間でちょっとした噂になっていた。
医師と薬師が共同で開発し、それをギルドが全面的に支援して、現在はその臨床試験中ということで、試験に協力してくれた冒険者は無償で治療をするという触れ込みであった。
当然、多くの冒険者が名乗りを上げたが、内容を知るとほぼ全員が辞退していた。そのためデータが集まらずに苦戦していたのだが、思わぬ場所で活躍の機会が出来た。
ギルド職員から頼まれ、一つだけ新型ポーションを携帯していた冒険者がいたのだが、その日パーティはオーガの群れと出会ってしまい、数体を倒して何とか逃げることはできたのだが、仲間の一人が頭を殴られてしまったのだ。
鼻と耳から血を流し、不気味な痙攣を繰り返す彼女は、よりにもよって回復術師であった。他に回復魔法を使える者はおらず、ポーションを飲ませようにも意識が全く無く、飲み込もうという反応すらない状態である。
これまでなら、彼女はそのまま死ぬ運命だっただろう。しかし、そこで新型ポーションの存在を思い出し、それを使用したところ、たちどころに出血は止まり、意識もすぐに取り戻すことができた。
その話が伝わると、お守り代わりに新型ポーションを求める者が増え、僅かながらも臨床試験に協力する者も現れ、やがてそのポーションは冒険者必携アイテムの一つとなっていく。
ちなみに、初期に新型ポーションを求める者は男性がやたら多かった。そしてそのパーティには大抵、女性の仲間がいるのだった。
後に、普及に貢献したギルドマスターはこう述懐する。
「やっぱり男に訴えかけるなら、エロ目的が一番効率いいのかもしれねえな」