友人とのひと時
長い冬も終わり、気温がマイナスになることが珍しくなってきた日本。
街行く人々の服装も厚いダウンなどから、薄いカーディガンなどに変わってきている。
その日は特に暖かく、人によっては半袖でも十分だというぐらいの気温だった。
割と暑がりである由美も、そんな半袖族の一人である。彼女は現在、家の近くのファミリーレストランに向かって歩いていた。
目的地に着くと、入り口のドアを開け、店内を見回す。そこで、店員が声をかけた。
「いらっしゃいませー。何名様ですか?」
「すみません、先に一人来てると思うんですが」
その声を聞きつけたのか、客の一人が顔を上げ、由美に向かって手を挙げた。
「由美、こっち!」
店員に軽く頭を下げ、由美はその客の方へ歩き出す。一方の相手も、席を立って由美を出迎えた。
「涼子、久しぶりー!結婚式以来ね!」
「由美、あんた本っ当に変わってないのね……子供、産んだんだよね?」
彼女は、大学の同級生だった。直接会うのは久しぶりだが、SNSなどを通じてのやり取りは今でもしており、今回はお互いに暇ができたため、久しぶりに会おうという話になっていたのだった。
「とりあえず、メニュー見る?」
「小エビのサラダとハンバーグステーキ、あとフォッカチオにしようかな」
「見ないで決めるとか、相変わらずね……」
頼んだものが運ばれてくるまで、二人はとりとめもなく色々な話をした。
お互いの近況から始まり、大学時代の思い出、職場の愚痴、どこの店がおいしかったというグルメの話など、話題はいくらでもあり、尽きることがない。
だが唯一、家庭の話は一切出ないまま、二人の会話は進んでいた。
やがて注文したものが来て、二人はいったん食事に集中する。だが、後から来た由美の方が先に食べ終わり、そのことについてまた二人で盛り上がる。
「由美、昔はそこまで食べるの早くなかったよね?今じゃ下手な男より早いんじゃない?」
「早寝早飯は職業病ね。退職して少ししたら戻ったんだけど、子育てでまた復活したわ」
二人の間に、一瞬沈黙が訪れた。ややあって、涼子が言い辛そうに口を開く。
「あの……旦那さんと、子供ってまだ……なんだよね?」
だが、当の由美は軽い調子で答えた。
「まだねー。そのうち帰ってくるとは思ってるけど、十年後とかならないかは心配だわ」
どうやら、そこまで気にしていない、と言うよりは、すでに開き直っているなと判断した涼子は、気になっていたことを聞いてみることにした。
「ねえ、よかったら旦那さんってどんな人なのか教えてくれない?私、結婚式のときにちょこちょこっと話しただけだからさ。優しそうなのはわかったけど」
すると、由美は涼子の言葉に、何とも微妙な表情を浮かべた。
「うう~ん……まあ、間違ってはいないけど……あの人、あれで結構な食わせもんよ」
思いもしない言葉に、涼子は驚いて聞き返した。
「えっ?ま、まさか結構なモラハラしてくるとか……!?」
「あ、そういうんじゃないの。けど……優しいのはガワだけと言うか……いや、それもちょっと違うか。けど、うーん……」
どう説明したものかと、由美はしばらく考えていた。
「そうねえ。『宮田自爆バイオテロ事件』って言ったことあったっけ?」
「ああ、ノロにかかったのに出勤強要されて、翌日感染した課長を引きずってきたんだっけ?」
「それそれ。まずね、あの人、確かに優しいし穏やかな感じなんだけど……一度『こいつは敵だ』って認識すると、もう周りのこととか考えないでとんでもない行動に走るのよ。自爆テロのときだって、アフターケアはしつつも、会社まるまる感染させかねない、とんでもないやり方だしね」
ウーロン茶を一口飲んでから、由美は続ける。
「あと、義実家と絶縁状態なのは話したっけ?」
「う、うん。洸太君のことで色々あったって聞いたけど……」
由美は小さく笑うと、ポツンと呟いた。
「包丁と鎌で斬り合う親子喧嘩とか、あの時初めて見たわ……」
「は!?」
一瞬、聞き間違いかと涼子は耳を疑った。だが、由美は遠い目をしながら続ける。
「あの時ねー、お義母さんの方が言っちゃったのよ。『こんな出来損ない生むような女に~』って感じで。そしたらさ、良治さんそこはギリギリ耐えて、『帰るぞ』って私達連れて玄関まで行ったんだけど……」
そこで再び、由美はウーロン茶を口に含む。
「やっぱり、我慢ならなかったんだろうね。お義母さんにさ『人の妻に出来損ないとか言う前に、まず鏡でも見れば?』って言い返したわけ。そしたら、お義母さんがなんか台所向かったなーって思ったら、包丁持ってこっち来て」
どんな地獄絵図だと、涼子は自身の耳を疑いながら聞いている。
「さすがにね、そこはお義父さんが止めてくれたのよ。そしたら良治さん、玄関にあった鎌引っ掴んで『親父、そのまま押さえといて』って言って斬りかかって……」
「いやいやいやいやいや、親子なんだよね!?遺産争いしてる兄弟とかじゃなくて親子だよね!?」
「私は洸太抱えてるから何もできないし……お義父さんは『お前もやめろ』って言いつつさすがに身をかわして、その隙をついてお義母さんが包丁突き出して、良治さんがそれを鎌で弾き飛ばして……まあ、すごかったわ。最終的にあれを無傷で収めたお義父さんが一番すごかったわ」
「……でしょうね」
第一印象どころか、恐らくはしばらく付き合っても知ることのない一面に、涼子はそれしか言えなかった。
「あー……ちなみにさ、馴れ初めってどんなだったの?」
これ以上血生臭い話になる前に話題を変えようと、涼子はそう尋ねた。
「馴れ初めか……最初に会ったのは、千葉だったかな?の、サバゲフィールドね」
「ちょっと待って色々予想外。そもそもサバゲフィールドって何?」
「サバイバルゲームのフィールド……まあ専用施設ね」
「やってるっていうのは知ってたけど、そんなとこでやるのね」
「うん。で、いつもみたいにクルツ……小さいマシンガン抱えて前線に向かったら、狙撃銃持ったあの人がついてきたの」
いまいち状況が頭に浮かばない涼子だったが、ひとまず一緒に戦ったのだということは理解できた。
「もしかして、それで危ないところ助けてもらったとか?」
「あ、いやその時は全然。むしろ、私が反対の路地に飛び込んだ後、あの人が一瞬だけ顔出したらそこにタイミング良く威嚇が飛んできて、ヘッドショット食らって第一離脱者になってたわ」
「運悪すぎない?」
「そのあとはまあ、助けたり助けられたりで、結構楽しかったけどね。私が気を引いて、良治さんが仕留めるっていう連携も結構できたしさ」
当時を思い出しているのか、由美の顔には自然と笑みが浮かび、声も少し弾んだものになってきている。
「で、それで仲良くなって連絡先交換とか、そんな感じ?」
涼子が尋ねると、由美はふと真顔になった。一体何事かと思っていると、由美は涼子の目をまっすぐ見つめながら口を開いた。
「サバゲとかやってる女子ってね、少ないんだ」
「え?あ、そうだろうね?」
「自衛隊でもね、やっぱりWAFって少ないわけ」
「わっふ?」
「女性隊員。ちなみに陸自だとWACで海自がWAVEね。つまり何が言いたいかっていうと、軍事系好きな女子はモテるのよ、意外と」
真顔で何を言い出しているんだという思いはさておき、涼子は黙って耳を傾ける。
「当然、私も声かけられた男はめっちゃ多いのよ。一緒に戦ってたりしたら、もう聞かれる率100%なわけ。正直うんざりよ。私は男探しにサバゲしてんじゃなくて、サバゲしたいからサバゲしてるわけで」
その気持ちは涼子も何となくわかるため、ただ黙って頷く。
「ところがよ。『女性一人で帰すのは~』って駅まで送ってくれて、電車が別方向ってわかった瞬間『じゃあお疲れさまでした』って笑顔で去っていったわけよ、あの男!」
「え、連絡先とか何も聞かなかったの?」
「一切!何にもなし!私そんなに魅力ないですか!?って感じよ!」
「でもあんた、さっきうんざりって……」
「それはそれ!これまで100%声かけられてて、今回も声かけられんだろうなって思ったら爽やかに『さようなら』って、なんかこれはこれで悔しくない!?」
「あんたって結構面倒くさい性格してたのね……」
「自覚はあるわよ!けど思うもんはしょうがないでしょ!?んでまあ、それ以来サバゲフィールドで会うことはなかったんだけどさ」
ウーロン茶を飲み干し、由美は言葉を続けた。
「神奈川の、武山駐屯地ってとこのイベント行った時、たまたま再会してさ」
「あんたら本当にすごい変なとこで出会うのね」
「向こうも私のこと覚えてて、そこでようやく連絡先交換して、あとはまあ、普通に仲良くなってって感じかなあ」
そこで由美は席を立ち、飲み物のお代わりを取りに行った。今度は紅茶にしたようで、ガムシロップとミルクを持ってきている。
「まあ……優しい人ではあるのよね。妊娠中もすっごく色々やってくれたし、洸太のことも、色々悩んだりはしてたけど、すごく可愛がってるし……可愛がってるからこその、あのブチ切れだったわけだし」
「切れるにしても、ちょっと度を越してる気はするけどね……」
そんな涼子の言葉に、紅茶を混ぜる由美の手が一瞬止まった。やがて、その手が再び動き出すとともに、ゆっくりと口を開く。
「実はね、保健師さんともその話はしてて……良治さんも、発達障害なんじゃないかって……というより、ほぼ間違いないとまでは言われてるんだ」
「えっ……つまり、遺伝ってこと……?」
「知的の方はどうしようもないけど、自閉スペクトラムの方はその可能性がめちゃくちゃ高いって感じかな。あの人、得意不得意が激しすぎるとこあってさ。高校とかでも、国語は学年トップ、数学3点とかあったみたいだし、人の顔はまったく覚えないくせに近所の柴犬三兄弟の顔全部見分けてるし……まあそもそも、刃物を持ち出す親子が普通ってことはないよね」
「それはまったくもってその通りね」
「小学校でも『人の気持ちが理解できていない』みたいに通信簿に書かれてたって聞いたしね」
そう言ってから、由美は小さく笑った。
「でもね、そのおかげで信じられるってところもあるのよ。あの人、自分と洸太のためだったら、他人がどうなろうと構わないって行動、平気で取れるだろうから……だから何があっても、他人を優先なんて絶対にしないで、自分達のためだけに行動するだろうからね。だからきっと、無事に帰ってきてくれるって、信じてるんだ」
由美の目は笑みこそ浮かんでいるが、その言葉は本気のようであり、冗談のような雰囲気は一切感じられない。
「じゃあ、その……たとえば、人を殺さなきゃいけなくなったとかあっても、そう思う?」
涼子の言葉に、由美は首を傾げた。
「そりゃそうよ?見ず知らずの他人様より、うちのお子様と旦那様の方が大切だしね」
なんの躊躇いもなく、そう言い放つ級友を見つめ、涼子はぽつりと呟いた。
「……まあ、似たもの夫婦って感じで、お似合いね……」
「誉め言葉として受け取っておくね」
笑って紅茶を一息で飲み干すと、由美はまたもドリンクバーに向かう。涼子も、せっかくのドリンクバーだし、自分もお代わりをするかと席を立とうとした時、甲高い声が聞こえてきた。
「まあまあまあ!あなた、あれでしょ!?あれよね!?旦那さんと息子さんが行方不明になったっていう!?」
「……はあ、まあ、そうですけど、それが何か?」
声の方に視線を向けると、由美がグラスを持ったまま、初老の女性に絡まれているのが見えた。
「ねえ、こんなところで何してるの!?どうして探してないの!?二人とも、どっかで生きてるかもしれないのよ!?それなのに、あなたはどうしてこんなところで呑気に飲み物なんか飲んでるの!?」
まずいことになったなと、涼子は内心で頭を抱えた。
そもそも、由美はこういった『良心による加害』に疲れ果てていたのだ。半年以上が過ぎて、それらもようやく落ち着き、気分転換をしようというのが今日の趣旨だった。それが、SNS上などではなく、直にこういった手合いと会うとは、本当についていないとしか言い様がない。
そして、本当にまずいと思う理由は、由美の心労の方ではない。
「……は~~~~~~ぁ」
由美はわざとらしく、大きな大きなため息をついて見せた。それについて相手が口を開く前に、由美は猛然とまくしたてた。
「そもそも水を飲まなきゃ人は三日で死にますけど?私に死ねというわけ?そもそも私が探してないとか本気で思ってる?まあ自分ならそうするだろうから、そう思うのも仕方ないわね。こちとら月一であの山に通ってるし警察にも顔出してますけど。それで探してないってんならどこ探せばいいか教えてもらえます?」
涼子の知る限り、由美も良治と同じく『敵と見なした相手には容赦しない』人物である。さすがに刃物を持ち出すようなことはないが、一度スイッチが入ると立て板に水どころではない。
「そ、そんなの私が――!」
「知るわけないですよねえ?知るわけないのに私はどこを探せばいいかわかってると思ってるわけ?あんた、どこまで馬鹿なの?まあ馬鹿じゃなきゃあんな発想でないわね。『子供と旦那が苦しんでるかもしれないから同じ目に遭え』ってんだもんね、んなもん一人でやってろっての。私は体調も何も万全にして、完璧なお出迎えするのが愛情だと思ってるけど、あんたは疲れて帰ってきた旦那を、死にそうな顔で迎えるのが愛情だと思ってんだもんね。しかも、『仕事で疲れてるあなたのために私も無駄に疲れてみました』ってのが愛情ってんだもん、私には理解できないわ。あ、その年まで結婚したこともない人にはわかんない例えだったかな?まあそんな愛情表現する奴と一緒にいたいって人はこの先も現れないだろうから、遠慮なく独身生活謳歌するといいわ。あ、ちょっとどこ行くのよ?まだ私喋ってんだけど!?」
十倍返しどころではない反撃に、相手の女性は途中で逃げ出してしまった。一方の由美は、その後姿を満足げに見つめており、やがて何事もなかったかのようにジュースを取ると、再び席に戻ってきた。
「お、おかえり……」
「ただいまー。いや~、さすがにイラっと来たけど、あとはいいサンドバッグになってくれたから結果オーライかな。少しは、すっきりするもんね」
心の底からすっきりした笑顔を見せ、おいしそうにジュースを飲む級友を見て、涼子は再びぽつりと呟く。
「ほんっとに……似たもの夫婦で、お似合いね……」
裏設定的に考えてたのですが、感想で見事な考察されてた方がいたので、せっかくなので表に出すことにしました




