実力とは
「……ええ、と……ま、まだやるか?」
ほとんど八百長であるためか、シラッドはかなり遠慮がちになっている。その様子は観客にも伝わってしまったようで、何人かが訝しげに話すのが聞こえた。
「おい、なんかシラッドの様子変じゃねえか?」
「だよな?そもそも、あれだったら足にナイフぶっ刺さっててもおかしくねえのに、なんで今回はわざわざ止めてるんだ?」
いきなりの演技を強いられたシラッドはそこまで考えられず、どうやって収拾を付けようかと冷や汗をかいていた。
しかし、リョウジは違う。円滑な仕事のため、良い父親として振る舞うため、ズル休みのため、ありとあらゆる場面で演技をし続けている男にとっては、この程度はなんてことのない場面だった。
「いやあ、参りました!降参です!さすが、S級の先輩だけあって、お強いですね!」
右手でコウタの手を握り直し、左手は降参の意を示すために頭上に掲げる。
「おまけに、息子のために気遣いもいただけたようで……ベテランの余裕、というやつですか」
「え?あ、あ~、まあ、うん」
非常に危なっかしいながらも、シラッドは何とかリョウジの助け舟に乗り、ナイフを外してリョウジを解放した。
「そ、そりゃな!ガキの前で親父をバラすような趣味はねえし!怪我しても、その、ほらぁ、なんだ……大変だろ!?」
「ええ、まったくです。それに実は私、ポーションが効かないので……刺されてたら、月単位で動けない所でしたよ」
何とか調子を取り戻すシラッドに、リョウジは情けをかけてもらった冒険者として振舞い続ける。シラッドはともかく、リョウジの言動は極めて自然だったため、観客も納得する。
だが、言動などには関係なく納得できない者もいた。それは、リョウジに賭けていた者である。
「てめえ、負けた癖に何へらへらしてやがる!?」
「あの程度避けられんだろうが!俺等の金返せ!」
最前列にいた二人の男が、そう叫びながらリョウジに詰め寄ってきた。どうやら冒険者らしく、体格はリョウジよりもかなり良い。
「いや、あれは無理ですよ。というか、そんなに言うならシラッドさんと直に勝負してみてくださいよ」
「俺等が勝てるわけねえだろうが!知ってるぞ、お前最古のドラゴン殺したんだろ!?だったらそいつに勝つぐらい、わけねえだろうが!」
一体どれだけ賭けたのやらと思いつつ、リョウジはシラッドに視線を送る。しかし、シラッドは難しい顔で首を振った。どうやら、まだスキルは使えないらしい。
「手抜きしやがって!ふざけんな!」
「うわっ!?ちょっと待っ――!」
胸倉を掴まれ、持ち上げられる。それと同時に、コウタがくるりと手首を返し、リョウジの手を振り払った。
「こあ、だり」
音もなく、男二人が後ろに吹き飛んだ。家の屋根より高く、そして飛ぶ鳥よりも速く飛ばされ、男達は一瞬で見えなくなってしまった。
その光景に、リョウジ達はもちろん、観客達も声が出なかった。一体何が起きたのかすら把握できず、唯一、コウタだけが満足げな表情をしていた。
まず、リョウジが何が起こったのかを把握し、慌ててコウタの手を掴むと、即座に口を開いた。
「い、いやぁ!『迅影』と呼ばれるだけありますねえ!本気で蹴飛ばすと、あんな勢いで人が飛ぶんですか!」
シラッドは『何言ってるんだこいつ』という顔でリョウジを見たが、リョウジの『頼むから乗って!』という表情に気付き、ぎこちなく胸を張った。
「ま、まあな!本気出せばこんなもんよ!ま、まったく困っちまうな、ああいう手合いは!」
その言葉で、観客達は納得したようだった。ただでさえ、シラッドは神速を超える速度のスキル持ちだと思われているのだ。その脚力で蹴られれば、ああなるのも納得だというところだろう。
「……あとで詳しい話、聞かせろよな」
「ええ、助かりました本当に……」
こうして、S級同士の決闘は、今回もシラッドが連勝記録を更新したという形で決着がつき、さらに珍しくシラッドの本気の攻撃が見られたということで、観客達もほぼ満足して帰るのだった。
「では、お疲れ様でした」
「おー、ごちそうさま」
観客達も帰り、騒動がひと段落ついたところで、リョウジ父子とシラッドは冒険者ギルドの酒場に来ていた。形的には負けた上で手加減してもらったリョウジが、そのお礼にシラッドに食事をご馳走しているという形である。
「んで、あんたの子供がすげえスキル持ちってのはわかったけど、どんなスキルなんだ?」
「……パーティ誘いますんで、声出さないでくださいね?」
説明するより見た方が早いと考え、リョウジはシラッドをパーティに誘う。そしてすぐにコウタのスキルを確認すると、シラッドは驚きに目を見開いた。
「ワ、ワールド――!?」
「しぃ!しぃー!」
「あ、わ、悪りい……いやでも、これビビるなって方が無理だろ……まあ、でも、うん、全部子供のおかげだってのは納得した」
この世を作った神が持っていたスキルの持ち主など、何をどう足掻いても勝てる相手ではない。つくづく、温厚な人で良かったと、シラッドは内心ホッとしていた。
それから、二人は色々な話をした。
リョウジ達は、実は別の世界の人間であること。元の世界に帰るため、時空魔法の使い手を探していること。魔法とスキルが効かないため、ポーションや回復魔法まで効かないせいで無理ができないこと。
シラッドに関しては、特例で8歳から冒険者をやっていること。戦闘は本気で苦手なこと。魔法も一切使えないこと。
「――だからさ、マジでスキルが通じねえと誰にも勝てなくて……何か強くなれる方法、ねえかなあ」
「魔物を倒したら強くなるはずでは?」
「あ~、安全のためにめっちゃ距離取っちゃうから、全然強くなれねえんだよね」
「距離制限あるんですか……でしたら、うーん……そのスキル、止めてた時間分は再使用不可能なんですよね?でしたら、0.1秒ごとに0.1秒ずつ止めるのはどうです?」
「ええっと……時間停止連打ってこと?」
「そうです。単純に考えて、今の倍の速度で動けるようになりません?」
「やろうとしたこともなかったな……今度試してみるよ」
言いながら、シラッドは秘かに試していたのだが、細かいスキル発動がかなり大変である以外は、問題なくできそうであった。
「んで、時空魔法の使い手ねえ……S級は何人か知ってるし、魔法使いの奴もいるけど、時空魔法を使う奴はいなかったなあ」
「そうですか……ありがとうございます。では、S級の人達は無関係っぽいですね」
「隠されてたら、わかんねえけどねー」
気の無いように言うと、シラッドはレモンジュースを飲み干した。
「てかさ、あんた元の世界に帰る方法が分かったら、すぐ帰っちまうの?」
「そのつもりです。妻も待ってますし」
「せっかくこっちの世界では大金持ちなんだし、残ろうとか思わねえの?何なら、新しい奥さんとか――」
「興味ないですね」
被せ気味に、リョウジはきっぱりと言い切った。
「私の妻は一人だけです。まあ、そうでなくとも、この子の親は私と妻の二人だけですし……」
「あ、あ~……その子の相手は、確かに無理そう……」
リョウジに関してはともかく、コウタは極力早めにお帰り願いたいなと、シラッドも納得した。
「まあ、そうだな。俺の方も何かわかったら、あんたに教えてやるよ」
シラッドの言葉に、リョウジは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。シラッドさんに手伝っていただけるなら、それこそ百人力ですね」
「ま、まあな。そこはマジで期待してくれていいぜ」
そんな話をする二人を、酒場のマスターは遠巻きに見ており、そしてぼそっと呟く。
「他のS級まで巻き込む、と……財力どうこうより、あのたらしっぷりが真の実力じゃねえのかね」
こうして、リョウジはあちこち飛び回るS級の協力を得られることとなり、少なくとも気分の上ではだいぶ楽になった。
シラッドはシラッドで、新たなスキルの使い方も知ることができ、また事故とはいえ、人々に強力な力を持っていると見せつけることもできた。
結果として、二人の中でこの一日は、非常に実りの多い一日となるのだった。




