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最強は私じゃなくて障害持ちの息子です  作者: Beo9
二章 冒険者ギルドの講師 準備編
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お互いにとって良い話

「お返事は、昨日しましたよね。私で良ければ、喜んで」

 ちょっと捻った返事をすると、ギルドマスターは一瞬呆気に取られ、そしてニヤリと笑った。

「あんたな、体よく利用しようとされてるとかは考えねえのか?」

「利用できるものはすればいいんです。現実として、私達には頼れるものも先立つ物もないので、出来る仕事があるのはありがたいですし」

「少なくともあんたは、気質的には冒険者向きだよ」

 そう言うと、ギルドマスターは机の山の中から書類を一枚抜き取り、リョウジの前に置いた。

「これが契約書だ。サインと、血判を頼む」

「ええと……見たことのない文字ですねえ……」

「あれ?でもあんた、ステータスは普通に読めてるんだよな?」

「あれは私の世界の言葉で表示されてますので……」

「え?……ええ!?ちょっ、それ結構な発見だぞ!俺はあんたのステータスを見た時、これと同じ文字で見えてたんだぞ!」

「あ、そういえばコウタも、文字読めないはずが普通にパーティ組めましたね」

「これは……王都の学者にでも手紙を送っておこう。うまく使えば、喋れない奴とも意思の疎通ができるかもしれん」

 思わぬ発見に興奮はしたものの、このままでは契約ができないことに変わりはない。

「ええっと、この国の文字って表音文字ですか?」

「ひょう……何だって?」

「表音文字。つまり、一文字とか二文字で、『あ』とか『か』とか読む文字ですか?」

「あんた、学者みたいな表現するんだな……あ、まさかそれも、義務教育とやらで習うのか?」

「そうです。あとは表意文字と言って、文字で意味を表わすものもあるんですよ」

「……マジで今度、町中の学者とか集めてあんたと話してもらうかな。あんたの話、聞く奴が聞けば滅っ茶苦茶喜びそうだ」

 文字に関しては、どうやらアルファベットと同じように、母音と子音を組み合わせるものらしく、それほど難しいものではなさそうだった。そして驚いたことに、言葉は日本語そのものであり、文章は実質ローマ字で書いてあるようなものだった。

「びっくりですよ、まさかまったく同じ言語だったなんて……」

 言いながら、リョウジは契約書にサインを書き込む。

「普通に話ができるから、何でだろうなとは俺も思ってた。言語が同じだからこそ、この国に呼び出されたのかもな」

「あとは血判か……あの、針とかあります?」

「針はねえが、こいつならあるぞ」

 言うなり、ギルドマスターはリョウジの手を取り、その指先を素早くナイフで切り付けた。

「あ痛った!?」

「とた?」

 思わず上げた悲鳴に、コウタが反応する。リョウジは慌てて笑顔を作り、コウタの頭を撫でる。

「な、何でもないよ。ほら、こっちにもお茶よろしく」

 溢れる血で血判を押し、コウタには空のティーカップを差し出す。

「痛ったたた……結構、深く切りましたね?」

 ギルドマスターに恨みがましい目を向けると、彼は苦笑いを浮かべた。

「そんな目で見るなよ。大した怪我じゃねえだろ?」

「一日中、コウタの面倒を見なきゃいけない状況で、この血が溢れる上にズッキズキ痛む指でそれをやれと?」

「……いや、悪かった。ポーションやるから、機嫌直してくれ」

 そう言い、ギルドマスターは赤っぽい液体の入った瓶を開け、中身をリョウジの指に垂らした。

 液体が付いたことで、リョウジの傷口は再び流血が始まり、リョウジは黙って指の根元を押さえる。

「……あれ、効かねえ……?え、古くねえよなこれ?」

 ギルドマスターは自分の掌を切り、即座にポーションを振りかける。すると、その傷は見る間に塞がり、一瞬にして傷跡も残さず治癒した。

「悪いが、これ飲んでみてくれねえか?」

「飲めるんですかこれ?」

「傷には直接振りかけるのが、一番効果がある。けど飲めば、身体の傷を勝手に治してくれる……はずだ」

 訝しげな目で見つめてから、リョウジはポーションを飲む。しかし、傷は変わらずそこにあり、じくじくと血が溢れている。

「な、何で効かねえんだ!?」

「私が聞きたいんですが?」

「いや、俺は問題なく効いたし、何かスキルとか……あっ!?」

「あっ」

 二人は同時に気付き、声を上げた。

「……あんたの世界って、ポーションは……」

「ないですね。こんな便利なものがあれば、世界が変わると思います」

「ワールドマスターだけに効くスキルじゃねえのか……!ちょっと待ってくれ、別の奴呼んでくる」

 ギルドマスターは慌てて部屋を出ていき、程なくして一人の男性を連れてきた。

「悪いが、こいつの指を治してやってくれねえか?」

「この程度の怪我なら、ポーションで治るのでは?」

「こいつ、ポーションが効かねえんだ。だから魔法でやってみてくれ」

 この時点で、リョウジは非常に嫌な予感がしていたのだが、ひとまずは黙って様子を見る。

「ポーションが効かない?特異体質か何かですか?まあいいでしょう、では……ん?んん!?」

 男の掌から光が溢れ、それがリョウジの指に触れたと思った瞬間、光は一瞬にして霧散した。

「な、何ですかこの人は!?魔力が……通らない!?いや、弾かれた!?いや違う、消された!魔力が消されましたよ!?」

「……私の世界、魔力とか魔法もないんで……」

「嘘だろ!?あんたの世界はどんな世界なんだよ!?魔力が無くて、どうやって人間が生きてるんだ!?怪我はどうやって治すんだ!?」

「自然治癒とか、消毒薬塗って自然治癒とか、傷口を縫い止めて自然治癒ですね」

「傷を縫う!?え、針と糸で!?それで傷が治せるんですか!?」

 治療師らしい男性がそれに食いつき、リョウジは頷く。ちなみにコウタは、先程リョウジに渡されたティーカップにお茶を注ぎ続けている。もちろん、溢れる気配はない。

「ええ。傷口が開いていると、いつまでも治らないので、あんまりひどい傷は針と糸で縫い合わせるんです。そうすると出血も抑えられますし、組織同士がくっついてるんで、程度にもよりますけど、一週間程度で傷口も塞がります」

「なんと乱暴な……しかし合理的な……」

 どうやら、こちらの世界では傷をほとんど魔法とポーションで治しているようだった。それ故に、自然治癒の知識が少なく、傷を縫うという発想にも至らなかったらしい。

「あんた……いや、リョウジさんよ」

 もはや驚くことにも疲れたのか、ギルドマスターは無の境地のような表情になっている。

「明日か明後日、町中の医者と薬師と知識人集めるからよ、異世界の知識を教えてくれねえか?」

「ええと……講習の方は?」

「そっちは準備の関係もあって、五日ほどくれ。こっちはこっちで、講師としての扱いにする。もちろん給料は出す。むしろ、滞在費はこれからギルドで持つ」

「それはありがたいので、ぜひお願いします」

 そうして、リョウジはなし崩し的にギルドの臨時講師として雇われることが決まった。

 痛む指をこれ見よがしに抑えながらの交渉の結果、宿泊及び三食の代金はギルド持ち。給料は1日銀貨2枚と決まった。一ヶ月ともなれば、大銀貨6枚分にもなるため、当面は薬代の心配をしなくてもよさそうである。

 そうでなくとも、これから旅をするとなれば何かと入用になるため、金はいくらあっても困ることはない。正直なところ、もっと給料を上げろと交渉しようかとも思ったのだが、何かと面倒を見てくれる分、そこで相殺だと考えてその条件に決めたのだった。

 後々の業務を考えると、日当で大銀貨くらいならもらえたかなぁと思いつつも、やっぱり下手にこじれるより話をさっさとまとめて正解だったなと、コウタを見てリョウジはしみじみ思う。

 そのコウタは、ふと目を離した隙に宿屋もしっかり並べ替えてしまい、ついに町全体が整然と並んだ町並みに変わってしまった。

 不安は尽きないものの、ひとまずはいい仕事に就けたとホッとするリョウジだった。


 一方のギルドマスターの方も、非常に良い話をまとめられたとホクホク顔である。その日の業務が終わり、当直以外の職員が帰る頃、一階へ降りてきたギルドマスターに受付嬢のアイシャが声をかけた。

「マスター、本当にあの人……リョウジさんでしたっけ?あんな条件で受けたんですか?金貨くらい出してもいい案件ですよね、あれ?」

 若干責めるような口調ではあったが、ギルドマスターはどこ吹く風である。

「ああ。あの人、どうにも教育を安く見てる……ああ、値段的にな。そんなところがあるからよ。正直、若干吹っかけすぎたかな、とも思ったんだが」

「そもそも、話を信じるなら……まあ本当なんでしょうけど。世界の常識を知らない人に、その無知に付け込んで破格の安さでこき使うってことですよね?」

「まさにその通りだが、あいつはそれでいいと言ってたし、それに向こうにとっても結局は悪い話じゃなかったと思うぞ」

 人の好さが垣間見える、しかし老獪な気配も帯びた笑顔でギルドマスターは続ける。

「あっちは衣食住に困らなくなって、それなりの金までもらえる。おまけに冒険者講習も事前打ち合わせから何から、全部やることになるから、理解度は非常に深くなる。冒険者の卵共を相手にしてれば、常識だって身に着く。な?条件は結構いいだろ?」

 アイシャは呆れた顔を浮かべ、軽く溜め息をついた。

「それはわかりますけどね。ただあの人、私にも丁寧な対応してくれますし、すごく人が好さそうだから、不当に安い給料で働かされてるって思うと、ちょっと可哀想に思うんですよねぇ」

 そんなアイシャの言葉に、ギルドマスターは笑って答えた。

「なぁに。お前の言うこともわからんではないが、あいつもその辺はわかってて受けたと思うぞ」

「ええっ?なんでそう思うんですか?」

「それこそ、あいつはしっかりした教育を受けてる。ちょっと子供の方に意識取られてる節はあるが、物の価値がわからない奴じゃない。下手な男爵、あるいはちょっとした商人並には頭が回るし、物が分かる。確かにちょっと吹っかけはしたし、無知にも付け込んだが、そうされてる事をわかってる上で、あいつも納得してるはずさ」

「そうですか……で?ギルドマスターはどう思ってます?」

 アイシャの質問に、ギルドマスターはにっこり笑って答えた。

「未知の知識をタダみたいな値段で教えてもらえて、おまけに真面目でよく働きそうな講師を冗談みたいな安さで雇えてマジで最高」

「……やっぱりひどいと思います」

「いいんだよ、お互い納得してて、お互いありがたいと思ってんだから」

 そう言って、ギルドマスターは若干腹黒そうに笑うのだった。

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