異世界転生人との邂逅
「あーりでーりで、とたお~。あーりでーりで、とたお~」
「その歌は、何?お父さんを讃える歌か何か?」
ご機嫌で歌っているコウタに、手を繋ぎながら尋ねるリョウジ。二人は現在、ウェイルース王国付近の町で護衛依頼を探していた。
以前にトリアの町のアイシャから聞いた通り、ウェイルース王国は現在もファギア皇国と戦争中とのことで、あまり近寄りたくはなかったのだが、前回の護衛任務でどうしてもこちら側に来る必要があり、仕方なくこの町に辿り着いたのだ。
戦争している国の近くということで、人気は少ないかと思っていたのだが、意外なことに冒険者も商人もかなり多く、ギルド内はごった返している。
できれば、ウェイルースから遠ざかる依頼があるといいなと思いつつ探していると、都合よく希望通りの護衛依頼が見つかり、即座にそれを受注する。依頼者は複数人での護衛を希望しており、受注した者は現在リョウジのみだということで、ひとまず挨拶だけ済ませようと冒険者ギルドを出る。
「それにしても、結構活気がある町だねえ。戦争特需ってやつかな?」
「りどーりどー、とあと。あーりどーりどー、とあと」
「なぜトマト……?」
どうやら小腹が減っているらしいと判断し、リョウジは手近な屋台で串焼きを購入する。少し赤みがかった、元の世界では見ない野菜を挟んだもので、食べてみると独特の風味を持っていた。
「ん、結構おいしいね。コウタはどう?」
「とあと」
「この赤い奴?これはトマトじゃないよ」
「とあと!」
リョウジの言葉に機嫌を損ねたようで、コウタはリョウジの目をじっと見つめながらトマトだと主張する。
「いや、だからトマトじゃ……」
「とあと!とーあーと!とあと!」
しまいに、リョウジは顎を掴まれ、全力でトマトと言えと強要される。決してトマトではないのだが、争う意味もないということで、結局はリョウジが折れた。
「と、トマト……」
すると、コウタは『それでいい』とでも言うように満足げな表情で、野菜を口に運んだ。絶対にトマトではないのだが、コウタの中ではトマトで確定しており、明らかに違う味も『変わったトマト』で済まされているようだった。
「何だったの、ほんとに……」
皆目見当もつかないが、そもそもコウタの言う事を完全に理解出来たら、それはもはやコウタである。リョウジは息子を理解することを諦め、再び依頼人の元へと足を進める。
しばらく歩いて、どうやら依頼人らしき人物を見つけたところで、その人物が誰かと揉めているのが目に入った。
「いや、ほんと頼みますって。俺腕は立つんで、絶対安全に送り届けますから」
「だから、無理だと言ってるでしょう?冒険者ギルドにも所属してない、出身もどこだか言えない、そんな人に護衛なんか頼めるわけないですから」
どうやら、冒険者ギルドに所属していない、フリーの傭兵か何かが護衛させてくれと頼み込んできて、それを断っているようだった。その男は見るからに体格も良く、自分よりもよっぽど頼りになりそうだなと思いつつも、リョウジはそこに声をかけた。
「失礼します。護衛依頼を受けたリョウジと申しますが、冒険者ギルドに護衛依頼を出した、エウファンさんで間違いないですか?」
リョウジの声に、言い合いをしていた二人は揃ってそちらに顔を向けた。
「え?ああ、私ですけど、冒険者の人ですね。待ってましたよ、変な人にしつこく食い下がられて、困ってたんです」
ああ、早速護衛をしろということだな、と苦笑いしつつ、リョウジは傭兵らしき人物に顔を向けた。
「すみませんが、ギルドに依頼が出されている以上、依頼人さんもフリーの人は雇えないのです。申し訳ありませんが、今回はお引き取り願えませんか?」
その人物は、リョウジを何やら驚いたように見ており、若干居心地の悪さを感じつつも、丁寧に断りを入れる。
「あ……えっと、すみま、せん。あの……リョウジ、さん、ですか?」
「はい、リョウジです」
「……苗字ってあります?」
変なことを聞く奴だな、と思いつつも、知られて困る情報でもないので、リョウジは答える。
「ミヤタです。ミヤタ リョ……こっちだとリョウジ ミヤタですね」
すると、その人物はそれこそ目を真ん丸に見開き、リョウジを見つめた。一体何なんだと思いつつも、襲ってくるような気配はないため、リョウジはごく軽く身構えるにとどめる。
「……黒目、黒髪……いや、でも……いや、でも、なあ……」
その人物は何やらぶつぶつ呟くと、ぎこちない作り笑顔を浮かべ、何度か深呼吸をした。
「あ、あの、その、えっと……」
「はい、何でしょう?」
「そのー、ですね?な、名前が、その、ですね……」
「はい」
「その……に……」
「に?」
「日本人……みたいだなー、なんて」
今度は、リョウジが驚きに目を見開く番だった。
「えっ!?なっ、なんっ……はぁ!?」
思いもよらぬ言葉に、リョウジは思わず男に詰め寄ってしまう。
「に、日本人!?日本人なんですか!?え、でも違いますよね!?え、なんで知って……!?」
「ちょ、待って待ってください!よかった、やっぱり日本人なんスね」
「あ、あの、リョウジさん?」
驚いた様子の依頼人をちらりと見て、リョウジは一度大きく深呼吸をする。そして、改めて目の前の男を眺めた。
金髪に緑の目。肌の色は日焼けしているのか浅黒いが、少なくとも日本人の肌の色ではなさそうである。であれば、やはり日本人ではないようだったが、どこか日本人を感じさせる雰囲気は確かにある。
「ええと、エウファンさん。まず、すみません。少々取り乱しました。ただ、私は別の世界の人間でして……彼の言う『日本』とは、私が暮らしていた国の名前なんですよ」
「え、別の世界の人?そんなことが……?そ、それがなぜ、その男が知ってるんですか?」
「そこに関しては、本人に直接聞いてみましょう」
そう言うと、リョウジは男に視線で話すよう促す。それを受けて、男は口を開いた。
「や、俺はササキ ノブユキッス。確かに、今は日本人じゃないんスが、17歳の時に、事故で死にまして……で、この世界の人間に生まれ変わったってわけッス」
「ああ、異世界転生って奴ですね。うわ、まさか本物をこの目で見るとは」
リョウジの言葉に、ノブユキは首を傾げた。
「異世界転生?」
「ああ、そういうジャンルがネット小説とかで流行りまして……あ、死んだのはいつです?」
「ねっと……?まあいいや、えっと、97年の夏ッスね。高校遅刻しそうになって、坂道をノーブレーキでチャリぶっ飛ばして、止まれなくて車がドン、ッス」
「え、ちょい待ってください。97年で17ってことは、私より4歳上ですか!?」
「お、てことは宮田さんは昭和59年生まれッスか」
「そうですそうです!ああ、しかしホッとするその『宮田さん』呼び……こっちだと大体『リョウジ』ですからね」
すっかり打ち解けている二人を、依頼人のエウファンは戸惑いの目で見ている。
「しっかし、宮田さんが生きてるってことは、1999年も無事に乗り切ったんスね。猫型ロボットはもうできました?」
「できるわけないです」
「ですよねー。あ、ちなみに宮田さんって今いくつなんスか?」
「今年で38ですよ。すっかりおっさんです」
「あの~、リョウジ、さん?」
完全に依頼人置いてけぼりで盛り上がっていた二人だったが、リョウジはハッとして口を噤む。
「ん、ゴホン。失礼しました。えっと、エウファンさんは今、佐々木さん……こちらの方に、護衛をさせてくれと言われていたんですよね?」
「え、ええ。ただ、素性が分からない人に護衛してもらう気はなかったので、お断りしていたんですが」
そこで、リョウジはノブユキの方へ視線を向けた。
「佐々木さんは、戦闘は得意なんですか?」
「得意中の得意ッス。スキルも戦闘向きなんで」
「わかりました。ではエウファンさん、私が彼を雇う、という形でもよろしいですか?私、戦闘は得意ではないので、出来れば戦闘が得意な人に入ってもらいたいんですよ」
エウファンは一瞬悩んだものの、リョウジの人となりを見て頷いた。
「報酬は上乗せできませんが、それでもいいなら構いませんよ」
「わかりました。では、その形で」
先にエウファンと握手し、続いてノブユキに握手を求める。
「なんか、すいません。気ぃ使ってもらっちゃって」
「私が戦闘苦手なのは本当ですし、色々お話してみたいので構いませんよ。エウファンさん、護衛の人数は何人のご予定ですか?」
「最低二人いれば、何とかなるかなとは思ってました。そっちの人は確かに強そうですし、これで出発してもいいかもしれませんね。ギルドには、あと1時間後に発つと伝えてきます」
「では、私はここで待ってますね。あっと、佐々木さんはどうします?何かやっておきたい事とかないですか?」
リョウジが尋ねると、途端にノブユキはバツの悪そうな表情を浮かべた。
「あ、あの~……報酬、前借してもいいッスか?実は、金とか全然なくって、飯も何も……」
「……何があったかは聞きませんので、これで装備と体調整えてきてください」
そう言い、リョウジは大銀貨を握らせた。思った以上の大金に、ノブユキは目を見開く。
「ちょっと太っ腹すぎじゃないッスか!?」
「色々あって、お金は滅茶苦茶あるので……自由に使ってください」
「ありがとうございます!じゃあ、ちょっと行ってきますね!」
言うが早いか、ノブユキはダッと町の中へ駆けこんでいった。それを見送って、リョウジはコウタを抱き上げる。
「他の日本人の人と会えるとは思わなかったねえ、コウタ」
「どぅえっひ」
「まあ、純日本人ではないけど……正直、ちょっとホッとしたよ」
「ふひー、ふひー、ふひーぁっははははーぁ!」
「なんかご機嫌だねえ。コウタも嬉しかったのかな?」
「うひひひはーぁ!……とあと」
「なぜトマト」
急に真顔になる息子に突っ込みを入れつつも、リョウジはどことなくワクワクしながら二人を待つのだった。




