モントン家の逃亡
翌日、王都の中央広場にある、巨大な処刑台の前に大勢の市民が集まっていた。それは、解放騎士団の長でありながら、国を裏切っていたジャレッド将軍とその父母の処刑という、非常にセンセーショナルなイベントがあるためだ。
猿轡を噛まされ、後ろ手に縛り上げられたジャレッドは文字通り馬に引きずられ、父母も同じような目に遭わされていたが、彼等は誰一人悲鳴すら上げず、ただじっと苦痛を耐えていた。
普通であれば、罪人に石を投げたり唾を吐きかけたりする市民が大勢出るのだが、この時に限っては誰一人そういった行動はとらず、ただただ黙って見送っていた。
というのも、ジャレッドの一家はモントン家という、国でも有名な騎士の家系であり、また王への忠誠心も非常に強いと有名であり、しかもジャレッドは武芸大会で前人未到の6連覇を成し遂げ、実務でも2年で5つの国を滅ぼすなどしており、今や子供達で彼に憧れていない者はいない。さらに言えば、その父も敵陣の中で孤軍奮闘し、剣が折れても盾で戦い、その腕を斬り落とされてもなお戦い続けたという猛将だった。そのため、父子共に市民からの人気は高いのである。
そんな一家が、王国を裏切っていたなど到底信じられず、しかしそれを口に出すこともできず、市民達はただ罪人のように引きずられていく彼等を困惑しつつ見送ることしかできなかった。
やがて、三人は処刑台に上がらされ、官吏が罪状を読み上げる。内容としては、王国の裏切りは最悪の罪ではあるが、これまでの功績を考慮し、四肢裂きではなく斬首とすること。ただし、騎士らしい剣での斬首ではなく、罪人として斧での斬首になるという内容であった。
最初にジャレッドが引き立てられ、無理矢理跪かせられる。そして処刑人が巨大な斧を携えて現れ、ジャレッドの横に立つと、その斧を大きく振り上げた。
瞬間、ジャレッドは大きく叫んだ。
「ンーーー!!!」
直後、両手それぞれに拳銃が出現し、縛られたままで即座に左手の引き金を引いた。
「ぐあぁ!?」
パパン!と軽快な音が響き、処刑人は両膝を撃ち抜かれてその場に倒れた。それに驚いたのは、処刑場に詰めかけた群衆だけではなく、裏切り者の死を見に来ていた国王もだった。
「何だと!?あの者のスキルは、きちんと言い切らねば発動しないはずだ!どうなっておる!?」
「そ、その……拷問官の報告では、いかなる責めでも無言で耐えていたと……」
「無言で……?」
言われて、国王は気づいた。彼に脅しをかけた時、スキルをギリギリで止めていたことを。
「くっ、そういうことか!あれから数日間、悲鳴すら上げずにこの時を待っていたという事か!」
思わぬ反撃に、誰もが驚いて動きを忘れる中、ジャレッドは処刑用の斧に縄を押し付け、自身の腕を縛る縄を切り、即座に猿轡を外した。
「おい!早く押さえろ!スキルを使えるようになったら手が付けられないぞ!」
遅れて衛兵達が動き出すも、既に遅かった。
「クリエイトウェポン!」
拳銃を握る左手に、さらにオリハルコンの短剣が現れ、ジャレッドはそれを使って父母を縛る縄を切る。そして、自由になった父に拳銃を渡す。
「やはり、仕込みがあったのだな」
「なかなか、拷問が苛烈で苦労しました。父上、その武器は異世界の飛び道具です。狙い方はクロスボウと同じようなものですが、9発まで連続発射可能です」
「ふむ、試させてもらうぞ」
ジャレッドの父は軽く言うと、処刑台に駆け上がってきた衛兵を次々に撃ち抜いていく。5人の衛兵がたちまち殺され、他の衛兵達は思わず足を竦ませる。
「実に良い玩具だな。王が狂うのも納得だ」
「ジャレッド、わたくしにもそれ、いただけるかしら?」
おっとりとした声に、ジャレッドは自身の耳を疑った。
「は、母上?しかし、これは……いえ、わかりました。クリエイトウェポン!」
新たに拳銃を作り母に渡すと、彼女はにっこり微笑み、処刑人に銃を向けた。
「は、母上!?彼は責務を果たしただけで――!」
「存じておりますよ。でもね、息子を殺そうとした相手を許せる親など、いないのですよ」
パン!パン!と華奢な手の中で拳銃が跳ね、処刑人の肩に穴が空いて血が噴き出す。
「ぐう、ああぁぁぁ!!!」
「痛いでしょう?肩はね、射抜かれると騎士様でも悲鳴を上げるほど、痛い場所なのですよ。貴方は少し、そこで苦しんでいなさいな」
ジャレッドの母は、返り血を浴びながらおっとりとした口調で言い、笑顔すら浮かべる。
穏やかで、常に一歩下がって父や自分を立てる母の姿しか知らなかったジャレッドは、思わぬ苛烈な一面に言葉を失う。しかしそこで、ジャレッドの父が楽しげに笑った。
「良い女だろう?こういう一面は知らなかったか?」
「……今までは、なぜ母上は父上と結婚したのだろうと思っておりましたが、これからは、なぜ父上は母上と結婚したのかと、悩むことにします」
「片腕になって戦えないと嘆く私を『まだ片方あるし、腕が無きゃ歯で喉笛を食い破ればいい。武器が無きゃ戦えないなど甘えだ』とぶん殴った女だからな。惚れるだろう?」
「恐怖と恋心をはき違えたのでは?」
言いながら、ジャレッドは衛兵の死体から剣を奪い取り、父に渡す。自分も一つ腰に下げると、そこで国王の声が響き渡った。
「何をしている衛兵共!そいつらを一刻も早く殺すのだ!」
王命を受けた衛兵が、再び向かって来ようとするが、ジャレッドは即座に叫んだ。
「私は国への忠誠を捨ててはいない!降りかかる火の粉は払うが、国民を傷つけたくはない!その場を動くな!」
王命は絶対ではある。あるのだが、死が確定した場所へ進んで飛び込んで行けるような狂人も、ほとんどいなかった。
そもそも、ジャレッドはスキル無しでも王国一の強者であり、彼に食らいつける者は副将軍の百目のバイドと、実の父だけである。近衛兵長もある程度は戦えるが、師範代と師範程度には実力差がある。
そんな相手が、しかも訳の分からぬ強力な飛び道具を持っているのだ。戦いを挑めば即座に殺されることなど、火を見るより明らかである。
だが、一部の魔法使いは魔法の詠唱を始めた。そこには『所詮は近接戦闘しかできない兵士』という侮りもあったのだろう。
「動くなと言っているのに……クリエイトウェポン!」
ジャレッドは顔を歪めると、今度は64式自動小銃を作り出す。素早く単発へ切り替え、照門と照星を立てると、まだ詠唱を続ける魔法使いに狙いを付ける。
立て続けに発砲音が響き、詠唱していた魔法使い達は肩を押さえて倒れ込んだ。それを確認すると、ジャレッドは動作を連発へと切り替え、銃口を空へと向けた。
ダダダダダァン!と連続した発砲音が響いた。初めて見る兵器ながらも、発砲音と同時に人が撃たれること、そして凄まじい連射ができることを察し、誰もがその動きを止めた。
しぃんと静まり返った広場に、ジャレッドは大きな声で叫んだ。
「王よ!私の貴方への忠誠は、揺らいだことはなかった!しかしその忠を疑われ、殺されるというのなら、私はこの国に留まることはできない!故に、私はこの国を去る!ウェイルース王国に、栄えあれ!」
そう叫んで処刑台を飛び降りるジャレッド。その父も、笑顔を浮かべながら大きく声を張った。
「我が君よ!私は息子を信じる!こいつが国を裏切るなど、あり得ぬこと!故に、私達も国を去らせていただく!邪魔立てしないでいただこう!」
そして、父が先に処刑台を飛び降り、即座に手を出すと、その腕の中に母も飛び込む。片腕ながらにしっかりとそれを受け止めてみせると、二人は一瞬お互いの顔を見つめ合い、笑顔を交わした。
「誰でもよい!その者達を捕えろ!そうでなければ、殺すのだ!」
王が叫ぶが、周囲に集まっていた市民達はどうすればよいのかわからず、三人を怯えたように見つめていた。ジャレッドは真っ先に体勢を整えると、手近にいた恰幅の良い女性に歩み寄った。
「失礼、お嬢さん」
「ひっ!?な、何だい!?あたしは何もしないよ!?」
「では、こうなら?」
戦闘で鍛えた筋力を使い、ジャレッドはその女性を軽々と抱き上げてみせる。そして、吐息が感じられるほどの距離に顔を近づけると、小声で尋ねる。
「脅されたと言えば良い。近くに、馬はいないか?」
全国民の憧れの的である竜鱗将軍に、抱き上げられて間近で顔を覗き込まれ、女性は顔を真っ赤に染めながら何とか答えた。
「に……西の、裏手、馬具屋が……そ、そこに、何頭か……」
「恩に着る」
笑顔を浮かべて言うと、ジャレッドは女性の手に口づけをした。
「ひやぁぁぁ!?」
優しく女性を下ろしてから、ジャレッドは即座に走り出す。女性は真っ赤な顔でぼーっとしており、追えるような状態ではない。そもそも、彼の行く先は人波がサッと左右に割れ、邪魔する者は誰もいない。
両親もその後ろを追いかけていたが、不意に母が群衆の一人に目を付け、拳銃を発砲した。
「どうしたのだ!?」
「嫌ですねえ、暗殺者ですよ。こんな人ごみで気配を消したら、逆に目立つでしょうにねえ」
その言葉に反応したのか、群衆の中で明らかに気配が増えた。
「……職業病、というものだな。ジャレッド!」
「聞こえております!クリエイトウェポン!」
ジャレッドは銃剣を作り出すと、それを64式の先端に取り付けた。ほぼ同時、群衆に紛れた暗殺者の一人がジャレッドに飛びかかったが、まるでゴミでも引っかけて捨てるかのように、胸を貫いて放り投げる。
「それよりも、母上は一体何者で!?」
「従軍看護師だが、武術の心得はあるし、夜襲を何度か受けた結果、気配を読むのが得意なのだ」
「ぜひ現役復帰していただきたいものですね!」
そんなことを喋りつつ、一行は襲ってくる暗殺者を倒しながら馬具屋に入り、鞍と頭絡を拝借して適当な馬に取り付ける。
「ジャレッド、今更だが、お前はなぜ異世界の武器など作れるのだ?」
馬に跨り、妻を引き上げたところで、ジャレッドの父が尋ねる。
「先の戦いで、頭にメイスを受けた衝撃で思い出したのです。かつて、私は別の世界で、別の人物として生きていたことを」
「そんなことが……いや、あるのだろうな」
ジャレッド自身も馬具を取りつけ、ひらりと馬に跨る。その途中、後ろから暗殺者が襲ってきたが、ジャレッドの父が素早く撃ち殺した。音に驚いた馬に振り回されはしたものの、ジャレッドは何とか落馬せずに乗ることができた。
「お前は嘘は言わん。私は……いや、私達は、お前の言葉を信じるぞ」
「……ありがとうございます、父上、母上」
忠誠を捧げた人物から疑いを掛けられていた彼にとって、その言葉はひどく心に沁みた。しかし、軽く息をつくと、すぐに戦士の目に戻る。
「父上、母上。私はもう、ジャレッドとして生きていくことはできません。私の忠は、死にました。ですので、ここを脱出した後は……お別れです」
意を決して述べた言葉だったが、両親はあっさり頷いた。
「そうね、追っ手を撒くという意味でも、それがいいでしょうね」
「ああ、国を離れてお前とゆっくり、二人で暮らすのも夢がある。戦いで死にたいとは思っていたが、寿命で死ぬのも悪くは無かろう」
父は冗談めかして言った後、真面目な顔でジャレッドを見つめた。
「それに、私も王には愛想が尽きた。私とて、この忠義は国に捧げていたのだ」
「心中、お察しします」
「お互い様に、だな。さあ、いつまでも喋っていないで、脱出するぞ!」
そして、三人は二頭の馬で駆け出した。西の門を目指して走ると、既に異常を察知して門は閉じられており、無数の衛兵がいるのが見えた。そこに、ジャレッドは大声で叫ぶ。
「衛兵共!そんな数で、そんな門で、この私を止められるつもりか!?死ぬ気が無いのなら、今すぐ門を開けろぉ!」
その言葉に、衛兵達に動揺が走ったが、さすがに王命に背くことはできず、全員で一斉に槍衾を作った。
「馬鹿共が……急ぎ故、手加減はできんぞ!」
鐙の上に立ち上がり、64式の引き金を引く。途端に、ダダダダダダダ!と凄まじい轟音が響き、衛兵達がバタバタと倒れていく。
「もう一度言う!道を開けろぉ!それとも無駄死にするつもりかぁ!?」
さすがに、そんな武器の威力を見せられては士気も無くなり、衛兵達はわっと逃げ出す。門だけは閉めたままだったが、ジャレッドはそのまま馬を走らせ、直前で馬から飛び降り、腕を振るった。
「クリエイトウェポン!」
その手に、驚くほど巨大なウォーハンマーが現れた。ジャレッド自身、普通に扱うには重すぎる代物だが、勢いを付けてから生成することで、それは高速の超重量武器と化す。
大地を揺るがす轟音と共に、巨大な門に大穴が開いた。ジャレッドは即座にハンマーを消し、再び武器を作り出す。
「クリエイトウェポン!」
高熱を放つ魔剣、イフリートハンドを両手に持ち、ジャレッドは門を切り刻む。開いた穴をさらに拡張し、馬一頭が余裕で通れるほどの大きさにした直後、父母を乗せた馬がそこを駆け抜けてゆく。
「さらばだ、ジャレッド!」
「父上、母上、息災で!」
短い別れの言葉を交わし、ジャレッドも先程の馬を捕まえ、再び馬上の人となる。門から飛び出して百メートルほど走ったところで、ジャレッドは後ろを振り返る。
「さらばウェイルース……私は……いや、俺は今から、佐々木 伸行として生きていくよ」
その言葉と共に、口調も雰囲気も、全てが一変する。そして、彼はそのまま馬を走らせ、いずこともなく消えていくのだった。




