災厄、町に行く
「そういえば、ウィスプさんも魔力だけの生命体みたいですけど、レイスとかリッチとは違うんですか?」
「似て非なる物、じゃな。儂等は魂に魔力が融合した存在じゃが、その者等は魔力に魂が宿った存在じゃ。魔力と魂の融合体、という意味では似たような存在じゃが、成り立ちが大きく異なるの」
「ええ……ウィスプがアンデッドと似た存在……?な、なんかイメージが……」
ジーリャの言葉に、ウィスプは怒ったようにチカチカと瞬いた。
「あ、ごめんごめん。ごめんってば……」
「しかし、随分仲が良いの?それほど魔力を食ってはおらんようじゃが」
「私と話していたら、召喚深度とやらが深くなったそうですよ」
「ふむ……ふむ、なるほどの。やはり存在そのものが大きく違っても、共感は関係を深くする大きな助けになるようじゃの」
どうやらエルダーリッチは召喚魔法についても詳しいらしく、最低限のリョウジの説明でも十分に理解できているようだった。
と、そこへエリーが走って戻って来る。その後ろには、町中の衛兵と聖職者と魔法使いがついて来ていた。
「お待たせー!えっと、ギルドからは『リョウジさんを止めてください!あとそのエルダーリッチも止めてください!』って言われたよ!」
「なぜ私を止める必要が……エルダーリッチさん……いちいち長いな。ええと、名前はありますか?」
「人間の頃は、マギウスと名乗っておったの。長ったらしい名前もあるんじゃが、全部名乗っておるとエルダーリッチよりも長く――」
まだ二人が喋っている間に、聖職者達が真っ先に動いた。
「不浄なるものを神の御許へ!ディヴァインクロス!」
「不浄のものを焼き清めよ!ホーリーレイ!」
「執着を払い天へと帰れ!ターンアンデッド!」
次々に襲い掛かる神聖魔法を見て、マギウスは苦笑いを浮かべた。
「やれやれ、人がまだ話しておるというに……少し、反撃しても構わんかの?」
「殺さなければ良いかと」
とんでもない許可を出すリョウジに、シーカーズの面々は驚いて彼を見つめるも、その許可が覆る気配は全くない。
「恩に着る。さてせっかくじゃ、ひよっこ共に魔法の使い方を教えてやろう!ディヴァインクロス、ホーリーレイ、ターンアンデッド!」
マギウスは飛んでくる魔法に全く同じ魔法をぶつけ、次々に相殺していく。それどころか、若干威力を高めて放ったらしく、マギウスの魔法は聖職者達の魔法を突き抜けて襲い掛かっていった。
「なっ!?ぐあ!」
「アンデッドが神聖魔法!?うぐっ!」
「あ、ありえない!我等の魔法がなぜ……あ、あれ?痛くないな……?」
「当たり前じゃ。ターンアンデッドはアンデッドにしか効かぬからの」
聖職者達の魔法が効かないとわかると、今度は魔法使い達が一斉に詠唱を開始し、同時に衛兵達が斬りかかってきた。
「ファイアーボール!」
「アイススピア!」
「ロックキャノン!」
「くたばれ、アンデッドめ!」
「無駄じゃ無駄じゃ。ほいのほいのほい、とな」
まるで子供をあしらうかの如く、マギウスは放たれた魔法より少しだけ強い魔法を返し、あっという間に魔法使い達を戦闘不能に追い込んだ。続けて斬りかかってきた衛兵達は、あっという間に魔力の鎖に絡め取られ、身動きができなくなってしまった。
「な……なんて、化けもんだ……!」
「つ、強すぎる……!これが、災厄か……!」
「ほっほっほ。力の差がわかったかの?どれ、お前等は割と活きが良さそうじゃ。レイスとして儂の元に――」
「触りますよ?」
「――いや、やめとくかの。いや、本当にやめるんで、その手を下ろしてもらえるかの?」
手も足も出ないとは、まさにこのことだった。町を守る衛兵として、民を守る聖職者として、全員がそれなり以上の研鑽を積んできた者達である。それが、放った攻撃を強化して返され、しかも死なない程度に手加減され、一撃でやられてしまった。
そんな恐ろしい相手だが、リョウジのことだけは本気で恐れているようで、触ろうとするだけで頭を下げている。その光景を見た者達は、S級冒険者というものがどれほど恐ろしい存在なのかを知った。
正確に言えばそれは誤解なのだが、それを知る術はない。結局、町が総出でも敵わない相手を、軽く止めてしまうリョウジに縋るしか助かる道はなく、そうなるとエルダーリッチを町に入れるのも仕方ないという結論になり、結局一行はマギウス込みでギルドへと戻ることとなるのだった。
「――というわけで、冒険者が失踪していた原因はこのエルダーリッチ、マギウスさんが原因です。なれの果てと思われるレイスも多々いましたが、連れてきますか?」
「やめてください!お願いします!本当にやめてください!私、今漏らさないでいられるのがすごいと自分で思ってるんですから!」
受付嬢は完全に涙目である。本来、これほどの大ごとであればギルドマスターが出てくるのが道理なのだが、『お腹が痛くなった』と言って部屋から出てこないそうである。
「それで!?なぜリョウジさんとシーカーズの皆さんは、この危険な存在を町に連れてきたんですか!?世界を滅ぼすつもりですか!?」
「私達を巻き込まないで……リョウジの独断だから……」
エリーが九割方死んだ目で、ボソリと呟く。
「いえ、マギウスさんは魔法の研究を続けていたそうで、研究ができれば場所はどこでもいいそうなんです。実際、発狂したエリーさんを治療したり、有用な魔法が使えることはわかっています。なので、町の一角を提供して、魔法研究及び町の防衛を担ってもらうのも手かと思いまして」
「へーそうですか!そんなすごい魔法使いなんですか!そりゃすごいですね!」
もうやけくそになっているようで、受付嬢は涙目のまま捲し立てる。
「だったら!今すぐ私をここから逃がしてくださいよ!代わりの人を誰か引っ立ててきて!私を家に帰してくださいよ!」
「ふむ。なら、お主の家を教えてもらえるかの?」
マギウスが言うと、受付嬢はビクッと震え、涙をボロボロ零し始めた。
「……い、家を教えられるわけないじゃないですかぁぁぁぁ……!うえぇぇ、もうやだぁぁぁ……誰か代わってよぉぉぉ……!」
「見た目と声はどうにもならんでな……ふぅむ、ちょっと弄って良いかの?」
「エリーさんにやった程度でお願いしますよ?」
「無論じゃ」
「えっ……ちょ、待って!?弄るって何!?待って、やめてぇぇぇ!!!」
絶叫する受付嬢に構わず、マギウスは頭に手をかざし、軽く意識を集中する。すると、受付嬢の顔から恐怖が消えていき、やがてすっかり落ち着きを取り戻し、果ては笑顔まで浮かび始めた。
「恐怖緩和、幸福感増幅、尿除去。どうじゃ、落ち着いたかの?」
「あ、はいぃ……すごいですねぇ、これぇ……えへへぇ、マギウスさんっていうんでしたっけぇ?悪い人ではなさそうですねぇ……」
今のは洗脳と何が違うんだろう、とシーカーズの面々は考えたが、もう何を言っても無駄そうだったので何も言わなかった。
「それで、町に住む件でしたっけぇ?ギルドマスターからは『お前に任せた』って言われてるんで、許可しちゃいますねぇ」
「あ、一応魔法契約は結んでおきましょう。その方が、皆さんも安心ですよね?」
「ふむ、儂は構わんぞ。殺人の禁止、人に危害を加えることの禁止、で良いかの?」
「それだと、犯罪者にも手を出せないのでぇ、『悪人は除く』と付けましょうかぁ。あと、あんまり危険な魔法の研究も、ご遠慮願いたいですねぇ」
「悪人、のう?まさか、かっぱらい相手に全力を出して良いとも思えんが、どれくらいの悪人じゃ?」
「マギウスさんぐらい、で良くないですか?」
「それでは、誰も殺せなくなるのう!ほっほっほ!」
「ですよねー、あははは!」
「面白いですねぇ、うふふふふ」
もはや笑うこともできず、シーカーズの面々は真顔で置き物になり続けることしかできなかった。
その後、リョウジとマギウス、受付嬢、たまにシーカーズの意見で契約書が作られた。内容としては『重犯罪者以外への加害の基本禁止、町人への加害の基本禁止、人間から危害を加えられた場合は同程度の加害まで可、危険な魔法の実験禁止、町の防衛に力を貸すこと、希望者への魔法知識の教育に力を入れること』というところである。
これはギルドマスターから全権を委任されていた(ことにされた)受付嬢によって作成され、破った場合は死という重めの設定だったが、マギウスは文句を言うこともなく受け入れていた。
住む場所は拘らないということだったので、これ幸いと街の片隅の幽霊屋敷と言われている場所があてがわれたが、マギウスはむしろ喜んでいた。
「ほっほ、なかなかに重めの思念が溜まっておるの。アンデッドとしては実に居心地のいい空間じゃ」
「幽霊がそれっぽい所に出るのって、理由があったんですね……」
「レイス共も引き取りたいところじゃの。一度、研究所に戻っても構わんかの?」
「いいんじゃないですか?あそこにずっと置いておくわけにもいかないでしょうしね」
リョウジの言葉で、幽霊屋敷と呼ばれているだけだった屋敷は、完全無欠の幽霊屋敷へと変貌した。後に、マギウスの魔法契約書には『夜8時以降の発言禁止(レイス含む)』という項目が追加されることとなる。
「では、依頼も達成しましたし、私達はそろそろこの町を出るとします。シーカーズの皆さんとの探索、面白かったですよ」
「あー、うん……そう言ってもらえて何より……」
「あたしらも、二度と経験できないような経験させてもらえたよ、うん……」
「リョウジさんがいなかったら、今頃全員レイスになってたとか……恐怖でしかないよね」
「ウィスプとの召喚深度、おかげでかな~り深くなったのは感謝してるわ!出来ればまた組んでほしいわね!」
「儂もじゃぁ。エルダーリッチとの遭遇など、生きて帰れる方がおかしいんじゃぁ。それをこうしていられるのは、リョウジのおかげじゃぁ」
エルダーリッチを町に住まわせることにしたリョウジの決定には、各々思うところはあったが、そもそも彼がいなければ全滅確定だったところである。そのため、二度と組みたくないとは誰も思ってはいなかった。
「マギウスさんも、研究に根詰めすぎたり、うっかり町の人に危害を加えないように注意してくださいね」
「ほっほっほ。見た目と声で怖がられるところだけは、大目に見てほしい所じゃの」
白昼堂々、ギルドにエルダーリッチが出没していることについては、もはや誰も何も言わない。ただし、冒険者の数は非常に少なくなっているが。
「お主の息子共々、元の世界に戻れることを祈っておるぞ、リョウジ殿」
「わいわーい」
逆さバイバイをするコウタに、マギウスも手を振り返す。意外な人物の意外な行動に、シーカーズの面々は驚いてマギウスを見つめる。
「あれ、子供に優しくしたりはするんだ?意外ー」
「子供は嫌いではないのでな。久しぶりに見てみれば、愛らしいもんじゃの」
「何百年子供見てなかったのよ?」
「少なくとも300年は超えておるの」
「なっが」
「エリーも馴染むの早すぎだろ……」
そうして、リョウジとコウタは新たな依頼を受けて町を去り、後には伝説級の災厄、エルダーリッチが残された。
魔法契約で色々縛られているとはいえ、やはり恐ろしい存在であることに変わりはなく、町の人々は誰もその住処には近寄らなかった。
だが、ある時町に犯罪者が逃げ込むという事件があり、しかも特殊なスキルを持っていたようで、捕まる気配すらなく、やがて町人に犠牲者が出始めてしまい、衛兵の一人が勇気を振り絞り、マギウスに援護を頼んだ。すると、マギウスは一瞬にして犯罪者を見つけだし、あっという間に捕えると衛兵の詰所にぶち込んでしまった。
その一件以降、町の人々がマギウスを見る目が変わり、また極々一部の者が魔法の知識を求めてマギウスに弟子入りしていくようになった。
伝説の災厄と呼ばれるエルダーリッチが守る町。300年を超える魔法の知識を伝える場所。夜警にレイスが飛び交う異常地帯。
これらによって、この町はやがて大きな国へと成長していくのだが、それはもう何百年か後の話である。
そしてその建国記には、魔法どころか魔力の一切効かない冒険者がエルダーリッチを下した、と書かれており、それを見た多くの者は後世の創作だと思うのだが、その生き証人どころか当事者が存命であり、その話が事実であると、懐かしげに、そして楽しげに語るのだった。




