ギルドマスターからの勧誘
日の光が瞼の上から差し込み、リョウジは目を覚ました。窓はガラスではなく、木製の観音開きのものだったため、寝る前に閉まっていることは確認したはずだと思いつつ、リョウジはそちらに目をやった。
そこには、満足気な顔で外を眺めるコウタの姿があり、リョウジの頭は急速に覚醒していく。
「ちょっ……コウタ、何やった!?」
慌てて窓の外を見ると、あまりの衝撃にリョウジは完全に思考を停止した。30秒ほど経ってから、ようやく言葉を絞り出す。
「……やりやがった……!」
昨日までは、窓から見える景色は雑然とした街並みだった。傍から見ても、後から建てられた家なのがわかるものがあったり、妙に家と家の隙間が空いているような場所もあった。
それが、今では全ての家が等間隔で並んでおり、しかも街を囲う外柵は丸かったはずが、真四角に作り変えられていた。
最初は、一体どれほどの混乱が起きているのか戦々恐々としていたが、外からは昨日と同じ様な音しか聞こえてこない。町の人々はごく普通に暮らしているとしか思えなかった。
食堂に行き、朝食を食べる。その際、女将さんに町についてそれとなく尋ねてみると、思いもよらぬ言葉が返ってきた。
「ああ、この町は昔っから整然と並んだ町並みが特徴でね。むしろうちなんか、変わってるって言われるぐらいさ」
「ええ……?」
一体どういうことかと、リョウジはコウタと一緒に外に出る。すると、宿屋の位置はまったく変わっていなかったようで、整然とした町並みの中でここだけが、少し角度が変わっている。
頭の中を疑問符だらけにしつつ、衛兵の詰所へと向かってみる。位置が変わっていたので少し探すのに手間取ったが、程なく昨日対応してくれた隊長を見つけることができた。
「隊長さん、おはようございます」
「ん?あんたは……ああ、いきなり現れたって親子か。無事にギルドへは辿り着けたか?」
「はい、何とか。で、その事なんですけど……この町って、前からこんなに整然とした町並みでした?」
リョウジの質問に、隊長は訝しげな視線を送る。
「ああ、そうだが?」
やはり、全員の記憶までも改変されているようだった。そこで、リョウジはポケットに入れたままだった地図を出し、隊長に見せる。
「これ、昨日頂いた地図なんですが……」
「ん?これがどうか……」
言いかけて、隊長は驚きに目を見開いた。
「えっ……ど、どういうことだ?確かに、昨日こんな地図描いた覚えが……あれ?でも、ギルドは右に曲がって三つめの路地……ゆるく右になんて曲がってねえ……あ、あれ?」
「あ、えっと、すみません。それについては、あとでギルドマスターにでも説明してもらいますので……えっと、場所は合ってましたので、ありがとうございました!」
リョウジはコウタを連れ、逃げるようにその場を後にする。
どうやら、根本的な記憶などは改変されてしまったようだが、地図を描いた記憶などは残っているようだった。また、宿屋だけが改変されていなかった理由も気になる。
ひとまずは冒険者のギルドマスターと話そうと思い、二人は冒険者ギルドへと向かった。
受付のアイシャにギルドマスターへ会いたい旨を伝え、部屋へと通される。中に入ると、昨日と同じように書類の山と格闘するギルドマスターの姿があった。
「おはようございます」
「おう、おはようさん。悪いが、今回も少し待ってくれ。なるべく早く片付ける」
これまた昨日と同じように、二人はソファに腰かける。コウタを刺激しないためか、ギルドマスターは少し早目に切り上げ、二人の前に座った。
「待たせた。悪いな、朝から」
「いえ、それは別に。それより、ちょっと聞きたいことが」
リョウジが町並みについて確認すると、ギルドマスターも前から整然と並んだ町並みだったと答える。しかし、先日隊長にもらった地図を見せると訝しげな表情になり、さらに説明を重ねるとギルドマスターは頭を抱えた。
「……つまり、その子がこの町の建物を残らず並べ替えて……記憶までちょちょいっと弄ったってことか……」
「そのようです」
「……悪夢っつうか、夢であってほしい……」
そこでふと、ギルドマスターはリョウジの顔を見つめた。
「そういや、なんであんたはその影響を受けてないんだ?宿屋も元のままだって言ってたよな?」
「あ、言われてみれば……この世界の人間じゃないからですか?」
「というよりも、スキルの影響じゃないか?」
「ああ、あの『治外法権』でしたっけ?それは確かに……ああ、言われてみると、なんでこんな能力をもらったのか、わかる気がします」
そこで、リョウジはこれまでのコウタと関わる中で、どのような出来事があったのかをギルドマスターに話した。
一歳の頃は、とにかく何でも整然と並べたがり、二歳になるとテレビのスイッチを切った状態で映るようにしろと要求されたり、三角の積み木の上に四角い積み木を四つ積めと要求されたり、とにかく物理法則完全無視で、コウタの望む状況を作りたがっていた。
そんな要求をするコウタを見ながら、心のどこかで『この子が思うままの世界になったら、たまったもんじゃないな』と思っていたこと。
「――なので、その思いがこの世界に来て、『治外法権』というスキルになったのではないかと思うんです」
「なるほど。だったら、あんたは『ワールドマスター』なんていう最強のスキルに、唯一対抗できる存在なんだな」
「そもそもが対立したくないですけどね」
ちなみに、テレビに関してはこちらの世界に無いため、『馬なしで馬車を走らせるようなもの』と説明している。
「たぶんだが、あんたが触れてる物も、その影響を受けないんだろう。だから宿屋も地図も、そのままの形で残ったんじゃねえか?」
「そういえば、昨日女将さんがコウタの影響で異常行動を起こした時も、触ったら元に戻りましたね」
「なんだその異常行動ってのは……ああいや、何となく想像はつくからいいんだが、他人まで操るのか。そこまで何でもできるのはおっそろしいな」
ひとまず、コウタとリョウジのスキルに関しては凡そ把握できたため、ギルドマスターは話を進める。
「さて、それでこれからのことなんだが……あんたは、元の世界に帰りたいんだよな」
「はい」
「だったら、時空魔法を使った奴をとっ捕まえて、無理矢理戻させるか、あるいは別の手段を模索するか、いずれにしろ、かなり広い範囲での活動をすることになるだろう」
ハイキング用の登山靴とリュックがあって良かったなぁ、と、リョウジは現実逃避気味に考えていた。
「そうなると、冒険者として活動するのが一番手っ取り早い。行商人でも悪くはないが、自由な動きは取り辛いし、冒険者ほどあちこち動き回るのにも向いてない」
「どう違うんですか?」
「たとえば、冒険者ならどこに行っても問題ないし、町や村に入るのに税金もほとんどかからない。だが行商人となると、事前に目的地の申請が必要になったり、それ以外の場所に行くと税金が高くなったりする」
実はこの人、冒険者を増やしたいだけじゃないのかな、と心の中で思いつつ、リョウジは黙って話を聞く。
「一応説明しとくと、冒険者ってのは未開の地を開拓したり、町や村の間を行き来できる奴等のことをそう呼んでたんだ。つまり、そいつらに頼んで行商人はあちこち旅するわけで、冒険者がいねえと他の場所への護衛も配達もできなくなるから、冒険者は優遇されてんだ」
そんな話をしている中、コウタは応接用のティーポットを手に取り、そこから無限にお茶を注ぎ続けている。
「……俺は何も見てねえ。それはともかく、そういう訳で冒険者には護衛依頼も多く来る。その依頼に乗っかって、別の町に移動すれば旅費もかからないし、それどころか金までもらえてお得ってとこだな」
「でも、戦いになったりすることもありますよね?」
「そりゃまあな。モンスターだったり盗賊だったり……あんた、荒事は得意か?」
「殴り合いの喧嘩なんて、十数年前にしたっきりですねぇ……」
「だろうな。今のあんたじゃ、隣村に行くのも一苦労だろう。そこで、昨日ちょっと話した、あんたに頼みたい仕事が出てくる」
ギルドマスターは身を乗り出すと、リョウジの顔をまっすぐに見つめた。
「あんた、新米冒険者の講師をやってくれねえか?」
「え!?わ、私が講師、ですか?え、でも、私自身まったく未経験者なんですが……」
「もちろん、俺も補佐はする。そもそも何でこんな話をしたかっていうとだな、冒険者ってのは何でも『経験して覚えろ』ってのが主流なんだ」
仕事でもそういう人いたなと思い、リョウジは黙って続きを聞く。
「そりゃ当然、簡単な依頼から始まって、少しずつ難しい仕事をっていう風にはこっちも配慮してる。だがな、いくら経験しなきゃわからないったって、事前に知識がありゃあ何でも効率良く進められるし、焦ることだって減る。対処法を知ってれば、命だって助かるかもしれねえ」
「それはわかります。キャンプするにも、危険な動植物とか食べられるキノコとか、何ならテントの立て方とか、そういったもの予習しとけば不安も少ないですよね」
「そうなんだよ!だけど中央のお偉いさん方は、昔てめえだって嫌ってほど苦労した癖に『苦労しなきゃ覚えねえ』とか言いやがってよぉ。C級に上がるまでに、何人の冒険者が引退してるか……生きて引退してりゃあまだいいが、死ぬ奴だって沢山いるんだ」
ギルドマスターは吐き捨てるように言う。恐らくずっと、そうやって帰ってこなかった新人達を見てきたのだろう。
「だからな、俺は事前に講習を受けさせて、その上で冒険者としての活動を始めてもらうってのを考えたんだが、如何せん教えられる奴がいねえ。読み書き計算、戦い方に逃げ方、契約の仕方、詐欺の見極め方……はぁ、貴族やら商人やらに騙されて、借金まみれになって奴隷落ち、なんて奴だっているんだぜ?苦労して覚えろったって、覚える前に人生終わってりゃ世話ねえよな」
もはや愚痴に近いものになってきていたが、リョウジとしてもその意見には頷ける。事前準備がどれほど大切かは、旅行でも仕事でも嫌というほど実感してきた。部屋に風呂が無いだけで発狂するコウタのおかげで、随分と細かいところまで確認する癖がついたものである。
「だから、頼む。一ヶ月だけでいい。あんた自身にも勉強になるだろうし、実績と前例を作ってくれりゃあ、あとはこっちの職員で何とかする。もちろん給料も払う。どうか、引き受けてくれないか」
そう言って、ギルドマスターは頭を下げた。マスターという地位にいる者が、頭を下げて頼むなど、本当に切実なのだろう。
一方で、リョウジ自身にも十分に利益のある話だった。いきなり冒険者として活動しろと言われたら一週間以内に死ねる自信があるが、一ヶ月も講習を受けられれば多少はマシになるだろうし、この世界への理解も深められる。
何より、彼は忙しい中でも時間を作り、色々と世話を焼いてくれている。打算ももちろんあるだろうが、頼れるものが一つもない自分達には、それが非常に心強かった。