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死闘

 ブッキングを起こした護衛依頼を終えた翌日。リョウジは再び護衛依頼を受け、次の町へと歩いていた。

「……」

「……な、なんかすみません」

 護衛対象は、先日に引き続き『ちょっといい物』を持っているという依頼人である。どう考えても、どこかの国の機密に関わるような情報であり、先日のこともあってリョウジは全力拒否の構えだったのだが、この情報が欲しい側の都合を優先される形で護衛任務を受ける羽目になってしまったのだ。

 その代わり、実入りは非常に良い仕事となっているのだが、リョウジにとってはもはや金貨などどうでもいい存在に成り果てているため、実質旨み無しの外れ依頼である。

 そもそも、自身と息子の身の安全が第一であるというリョウジにとって、単独護衛依頼は最も受けたくない依頼の一つである。その時点で、どんな条件の依頼であろうと外れ依頼以外の何者でもないのだが。

「まあ、受けてしまった以上は、手を抜いたりはしません。全力でお守りしますよ」

「ありがたいです。一応、国の方からも軍は出していると思うので……実際は二日か三日程度の護衛になると思います」

 軍が出てるのか、と思いつつも、もうそれ以上の情報を知りたいとは思わなかったため、リョウジは口に出さずに留める。

「それにしても、なぜ私の単独依頼なんですか?もっと大量に護衛を雇った方がいいと思いますが」

「その場合、身動きが取り辛くなるのと、大所帯になるとどうしても目立ってしまうからです。二人であれば……三人かな?であれば、身を隠すのも簡単ですし」

「なるほど、そういう視点もあるんですね」

 だったらもっと良い護衛を雇え、とも言いたかったのだが、防御面に限って言えば、魔法も魔力毒も効かないリョウジは悪くない選択と言えた。それに気づいてしまったリョウジは、なお深い溜め息をついて歩き続ける。

 どこから襲撃があるかわからないため、リョウジは普段以上に気を張って護衛を続ける。できれば街道以外を移動したくもあるのだが、コウタカーが不整地で使い辛い事と、そもそもリョウジ自身が森などを歩くことに不慣れなため、だったらいっそ歩きやすい街道を使ってさっさと動いた方がいいかという話になり、いつも通りの護衛を続けている。

 初日は特に何事もなく、無事に一日を終える。

 二日目はオークの襲撃を受けたものの、遠距離から麻痺瓶を蹴り込む戦い方で問題なく切り抜け、この日も無事にやり過ごせた。

 そして三日目。そろそろ、動いているという軍に合流できるかなと淡い期待を持って歩いていると、行く手に初老の男性が立っているのが見えた。

 髪は白が多分に混じり、あまり覇気のない姿に見えるが、抜身の剣を持っていることと、老いてなお鍛え上げられた身体は、男が只者ではないことを雄弁に物語っている。

「一応確認しますが、軍の人ですか?」

「ち……違う、あれは……あれは、まさか……!?」

 依頼人は目に見えて動揺しており、この時点でリョウジの淡い期待は完全に消え去った。そしてどうやら、とんでもない人物であることは察しがつき、リョウジは深い深い溜め息をつく。

 確実に戦うことになるだろう相手を、リョウジは注意深く観察する。

 強い反身の曲刀は、恐らくタルワールと呼ばれるものだろう。であれば、斬り付ける攻撃が得意である可能性が高い。むしろ、敢えて曲刀を使っている分、斬る攻撃には相当な自信があるのかもしれない。

「……ハンレイと、護衛のリョウジ、とやらだな?」

 おもむろに、男が口を開いた。ハンレイとは依頼人の名前であり、リョウジは軽く身構えながら答える。

「その通りです。貴方は、刺客と見ていいですか?」

「そうだ、お前達を確実に葬るよう、国から命を受けている」

「なぜ私まで?私はただの護衛ですが?」

「二度にわたって護衛を受けているだろう?であれば、何か余計なことを知っているかもしれん。知らないかもしれないが、それは俺には関係のない話だ」

 随分な横暴だと嘆きたくなったが、嘆いたところで状況は変わらない。とりあえず、無理矢理受けさせたギルド係員をぶん殴ろうと心に決め、リョウジはフレイルとバックラーを構える。

「何も知らないんですけどね。お金で解決はできませんか?」

「無理だ」

「依頼人のハンレイさんを引き渡すと言ったら?」

「ちょっ、リョウジさん!?」

 ハンレイは慌てて止めようとするが、それより早く相手が口を開く。

「それでも、お前も抹殺対象に入っている。見逃すことはできん」

「でしょうね。なら、私も抵抗させてもらいますよ。ハンレイさん、息子を連れて下がってください」

「わ、わかった……裏切らないですよね!?」

「ハンレイさんはともかく、息子は裏切れませんから」

 人の親から見た命の重さの違いを噛み締めつつ、ハンレイはコウタを連れて距離を取る。そしてある程度の距離を取ると、リョウジに向かって声をかける。

「リョウジさん!そいつはヘジャフという男で、スライサーとも呼ばれた、隣国の元軍団長です!」

 料理人か何かかと思っていると、追加の情報は非常に気の滅入るものだった。

「戦争に行くと、そいつの周りには、輪切りにされた死体が山と積み上がったという、とんでもない強さの人間です!絶対に油断しないでください!」

「……勝てなくても怒らないでくださいね」

 リョウジは慎重に間合いを測るが、ヘジャフはまるで散歩でもするかのように、悠然と歩み寄ってくる。あまりの警戒心のなさに、何か話に来たのかと思ってしまうほどだったが、抜身のタルワールを見て気合を入れ直す。

 そろそろ間合いに入るかと言う頃、リョウジはバックラーを顔の横に構えた。

 直後、何とも言えない、非常に嫌な感覚を覚えたリョウジは、反射的に頭を下げた。

 ヒュウ、とそよ風が吹いたと思った瞬間、リョウジの側頭部の髪が一束と、バックラーの上部三分の一が斬られて宙に舞った。

「うぅおおおぉぉぉあああ!?」

 思わず奇声を上げ、思いきり距離を取る。瞬きするほどの間に、ヘジャフは距離を詰め、タルワールを振り切っていたのだ。

 しかも、リョウジのバックラーは丈夫なオークウッドに、縁は鉄で補強したものである。それをまるでバターのように斬り飛ばす剣技は、間違いなく今まで出会った相手の中でもトップクラスである。

「がっ、なっ、ふざ、けるな!」

 リョウジは一瞬で余裕を失い、咄嗟に懐から麻痺瓶と魔力毒瓶を取り出し、相手に蹴り込んだ。しかし、ヘジャフは瓶を切らず、軽くいなすようにして悠々とかわし、少しずつ足を速めてくる。

――やばいやばいやばいやばいやばい!!!

 リョウジの心臓は早鐘のように打ち始め、全身からじっとりした汗が噴き出す。呼吸は速まり、瞬きを一切せずに相手を見つめる。

「俺の初太刀を避けるとは、敵ながら見事。しかし、終わらせてもらう」

 ヘジャフはタルワールを軽く握り直すと、軽く地を蹴った。間合いが一瞬にして縮まり、タルワールが振りかぶられた。

「だりん」

 後ろで、コウタがポツンと呟いた。その瞬間、タルワールが勢い良く振られ、リョウジの首元に迫った。

「うあっぶな!?」

 ギリギリ、リョウジはその一撃をかわす。しかしヘジャフは即座に体勢を整え、返す刃で再び首を狙う。

 反撃など出来るはずもなく、リョウジはとにかく下がって攻撃をかわした。そこで動きが変わり、今度は頭に向けてタルワールが振り下ろされる。

 こちらもギリギリで回避し、しかしかわされたと見るや、タルワールが足を薙ぎに地を滑る。

 素早く下がる。相手が一歩踏み込み、突きを放つ。

 体を開いてかわすが、再び刃がこちらを向き、腹に押し当てられそうになる。

 咄嗟にフレイルを振り上げ、鎖で巻き込むようにして相手の攻撃をいなす。

 タルワールがするりと抜け、袈裟がけに襲い掛かってくる。

 それをかわそうと後ろに跳んだ瞬間、リョウジはそこで初めて違和感を覚えた。

 なぜ、自分が相手の攻撃をすべて見切れているのか。最初の一撃は勘でしか避けられなかったのに、なぜ今はすべて見てから避けているのか。

 その答えは、タルワールに刈り取られた草が教えてくれた。草はスローモーションのように、ゆっくりと回りながらゆっくりと浮かび上がり、そしてゆっくりと落ちてゆく。

「遅い……!?コウタか!」

 どうやら相手の動きが見えなかったため、よく見えるように世界全体の時間の流れを遅くしたらしい。おかげで、リョウジだけはその影響を受けず、この化け物と渡り合えるようになったのだ。

 とはいえ、それでも相手の攻撃はとんでもなく速く、いつ事故が起きてもおかしくない。リョウジは一撃に賭けることを決め、相手の攻撃を避けつつ振り下ろし攻撃が来るのを待った。

 かわし、いなし、下がり、とにかく避ける。そしてついに、目当ての振り下ろし攻撃が来た瞬間、リョウジは全神経を集中し、頭に刃が届く寸前に、それをバックラーで打ち払った。

 思わぬ反撃に、相手がゆっくりと目を見開くのが見える。しかしそこで満足などせず、リョウジはフレイルを思い切り振り回した。

「うおおおぉぉぉ!!!」

 途中、異様な抵抗を感じたと思った瞬間、パァンと何かが弾ける音がし、フレイルが一気に加速した。それに気づいたヘジャフは剣で受けようとしたが、刃に当たった瞬間、剣があっさりとへし折れた。

 直後、衝撃を殺そうとヘジャフがフレイルと反対側に飛んだ。しかしそれでも勢いは殺し切れず、木球は相手の脇腹に深々とめり込み、明らかに何かが粉砕された音がリョウジにも聞こえた。

「んぐぉ~~お~~ぁ~~あ~~~!?」

 スローモーな悲鳴を上げ、ヘジャフが激しく吹っ飛んでいく。直後、フレイルの鎖も引き千切れて吹っ飛んで行き、リョウジの手には柄だけが残った。

「はっ……はっ……はぁ……!か、勝てた……!?」

 不意に、世界の動きが元に戻る。リョウジは急に眩暈を覚え、その場にへたり込んだ。そこへ、コウタを連れたハンレイが駆け寄ってきた。

「リョウジさん!何ですかあの動き!?とんでもない戦いでしたよ今の!?」

「あ……そう……ですか……はぁ……」

「あ、すみません!とりあえず水、飲んでください」

 水をもらうと、リョウジはそれを一気に飲み干した。そこへコウタがまったく空気を読まず、抱っこをしろと要求してくる。

「ん~~~~」

「ああ、はいはい……まあ、コウタのおかげだしね……」

 まだ少しふらふらする頭と足を何とか宥めつつ、リョウジはコウタを抱き上げる。そして、重傷を負ったはずのヘジャフを探し、その傍らに立つ。

 ヘジャフの脇腹は木球型に凹んでおり、その凄まじい衝撃を物語っていた。音速を超える一撃を、魔力による補正無しで受けたにも拘らず生きているのは、もはや奇跡と言ってもいいだろう。

「何とか勝てましたが、貴方は猛烈な強さでしたよ。できれば、二度と会いたくないです」

 言いながら、リョウジは麻痺毒濃い目のポーション混合薬を作り、ヘジャフの頭からぶっかけた。

「ぐっ……誰かに、負けたのは……初めて、だ……俺は、今まで、誰にも――」

「そうですか、興味ないです」

 冷たく言い放ち、リョウジは吹っ飛んだフレイルの頭を回収すると、ハンレイの元へ戻る。

「お、お前……なぜ、ポーションを……?」

「人殺しにはなりたくないんで。ただ、見えないところで死ぬのは別に構わないので、麻痺毒は多めに盛らせてもらいましたよ。では、金輪際会わないことを祈ります」

 それだけ言って、リョウジは去って行った。それを麻痺した体で見送り、ヘジャフは思いを巡らせる。

 初めて剣を握った時から、負けたことなど無かった。剣を教えてくれた師匠にすら初見で勝ち、その後も負けたことなど一度も無かった。

 しかし今日、初めて敗北した。敗北の味とはどんなものかと、昔から考えてはいたが、ついぞ知ることのなかったものである。そして、それを知った感想としては。

「……なんと、甘美なっ……!」

 パアッとヘジャフの全身が白く光り、スキルの習得が告げられる。だがそんな物に頼るまでもなく、ヘジャフはその味に酔い痴れていた。

「しかも、情けをかけられ、麻痺させられ、こちらの言葉は無視とはっ……何たる……何たる快感っ!!!」

 だいぶおかしな方向に目覚めていたヘジャフだが、不意に近くの草むらががさりと揺れた。そしてそこから、数匹のオークが顔を出す。

「……おい、こいつか?昨日俺達に毒を蹴り込んできた奴」

「いや、違う。けど、ちょうどいい。こいつを八つ裂きにして、憂さ晴らしするか」

 ヘジャフの全身は未だにひどく麻痺しており、指一本すら動かせない。普通ならば負ける要素など欠片もない雑魚相手だが、今では対抗する手段すらない。

 そして恐らく、自分はこのままオークに嬲り殺されるのだろう。本来ならば相手にもならない雑魚に、手も足も出ずに殺される。

 そう考えるだけで、ヘジャフの全身は震えだし、心の中は歓喜で満たされていく。

「う、ぐ……んほおおおぉぉぉ!!!」

「な、何だこいつ!?頭おかしいのか!?」

「なんで嬉しそうなんだこいつ!?気持ち悪い、さっさと殺そうぜ!」

 錆びて刃の欠けた刃が、幾度となく振り下ろされる。その痛みは、スキル『被虐嗜好』により強い快感となり、ヘジャフの心をどんどん高ぶらせていく。

「もっと、もっとだぁぁぁぁ!!!刻め!!刺せ!!動けない俺をもっと甚振るんだああぁぁ!!!」

「何なんだこの爺!?刃が通らねえぞ!?」

「もう何でもいいからさっさと殺せ!!仲間も呼んで来い!!放っておいたら世の中の為にならねえ気がする!!」

 かくして、不敗の剣士ヘジャフはたった一度の敗北により、変態的嗜好を開花させ、想像を絶する快感の中で誰にも知られず絶命していくのだった。

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